占う悪魔と召喚主

ほら、相性はよかっただろう

ウィーネに抱きつかれるような姿勢になったアシュマは、そのまま腰を攫って抱き上げた。ウィーネが「あ」と驚く間に、大事そうに寝台に下ろす。同時に自分もその身体に重なり、二人して寝台に倒れ込んだ。

アシュマの腕はウィーネに巻き付いたまま離れない。ウィーネの首筋に鼻先を押し付け、唇だけで首の柔らかい肉を堪能し始めた。薄い皮膚を唇と舌が這っていく感触はいつも感じているものなのに、いつにも増してぞくぞくと背筋を甘い何かが走る。その間もウィーネの腰回りを抱いていたはずのアシュマの手は休むことなく、器用にスカートのホックを外した。

するりとアシュマの手がウィーネの太ももを撫でる。

たったそれだけのことなのに身体がビクついてしまう。でも離れられない。ビクビクと反応してしまうウィーネを身体ごと押さえつけられているからではなく、ウィーネ自身がアシュマから離れたくないからだ。でもその感覚をどうすればいいのか分からず、身体は大人しくなってしまう。

「んっ!」

抵抗しない太ももに触れていた手は当然のように足の付け根を探り、下着の中に入ってくる。しかしまだ指先は肝心のところに触れず、ゆっくりと表面をなぞるだけだ。折り重なったアシュマの筋肉質な身体全てでウィーネの柔らかな肢体を弄り、厚みのある吐息で喉元をくすぐる。

は……、とアシュマの荒い息が聞こえる。

それを聞いていると無性に抱きしめ返したくなるけれど、ウィーネはぐっと堪えてそっぽを向いた。その顔を追いかけるようにアシュマが頬を寄せ、唇が重なる。下着に入っていた手が外れて、両方の手がブラウスのボタンに掛かった。ぎゅっとアシュマの身体を押してみるがびくともしないで、結局押さえつけられる。

「アシュマ」

「ん?」

やめてよ、という前にアシュマがくっと笑った。押さえつけていた手を離し、ウィーネの頬を挟む。そのまま顔を少し上げさせて、唇を重ね合せた。

ウィーネの呼吸に合わせて唇を離すが、反論を許す前に再び唇が重なる。アシュマの両手はウィーネの頬や首筋を支えている。抵抗しようと思えばできるのに、触れる唇が心地よくてそれを飲み込んでしまう。

思わず閉ざした瞳を開けると、うっとりとウィーネの頬を撫でるアシュマの顔があった。悪魔の姿と違って人の形を取っているアシュマは、それが偽りの姿だと分かっていてもやはりキリッとしていて綺麗だった。別にウィーネの好みではないけれど。

でも赤みがかった瞳の色は、嫌いじゃない。

ウィーネが片方の手をアシュマの顔に伸ばすと、その赤い瞳をくすぐったげに細める。顔に触れても何も言わずに、頬を摺り寄せてくる。まるで犬みたい。

「あっ」

そう思っていると、パクリと指先を咥えられた。なんだかものすごく恥ずかしくなって手を引くとおとなしく口を離したが、ゆっくりと身体を起こしてウィーネのブラウスに手をかけた。

何をされるのか分かって、慌てて身をよじる。今までアシュマにつられて甘い雰囲気に興じてしまっていたけれど、そんな自分は棚に上げた。

「や、待って、ちょっと、やだ」

「言ったろう。相性を確かめると。服は邪魔だ」

「邪魔じゃない。相性も確かめない!」

「服を着たまましたいのか? それも悪くはないが、我はお前の肌を見たい」

「な、なっ、そういう意味じゃなくてっ」

ウィーネがジタバタとしている間に、アシュマはうまい具合にウィーネの身体を蝙蝠羽で押さえつけ、ブラウスとスカートを剥がし、下着に丁寧に手をかけた。着ているものを慌ただしく剥がされるいつもとは異なり、恥ずかしさが半端ない。

アシュマもウィーネの上に乗ったまま、ネクタイを緩めてシャツを脱いだ。柔らかみの全くない見事に鍛えた上半身に、今日はどうしてだか一瞬目を奪われてしまう。

その隙に、ウィーネの背中をアシュマの力強い腕が掬った。

露わになった肌のギリギリに唇を寄せ、そのまま少し静止する。口付けされるかと思ってぎゅっと目を閉じ身構えたが、いつまでたってもその感触が降ってこないので、そろそろと瞳を開けた。

「あ、アシュマ……?」

その声にアシュマがニヤリと悪い笑みを浮かべる。そしてウィーネの瞳をじっと見つめながら、見せつけるように肌に舌を這わせた。胸の膨らみをたどり、敏感な部分に舌が重なる。やわい感触と強い刺激、そしていやらしい視界に、再びウィーネが身を硬くする。

だが、思っていたような激しい蹂躙はされずに重く粘着質な愉悦が背中を走る。アシュマがウィーネの身体をそうっと抱きしめて、水を舐めて喉を潤すように胸の柔らかみに吸い付いた。

「ふ、……っ、ウィーネ……」

ちゅぱ、と音を立てて唇を離しては、熱量のこもった吐息でウィーネの名前を呼ぶ。たったそれだけなのにウィーネの背中はびくびくと反応してしまって、繊細に震えた。

そんな震えを抑えるようにアシュマの身体が一層強く抱きつく。片方の腕で背中を支え、もう片方の手を再びウィーネの下半身に伸ばした。アシュマの指先がウィーネの裂け目をとらえ、さらにそこにある愉悦の芽を指で弾いて、捏ねまわした。

「あ、……っ」

「ああ……気持ちいいな?」

「ん……」

くく、と笑って、ゆっくりとアシュマの指が入ってくる。胸の膨らみを大きく食まれながら、膣内はいつのまにか二本に増やした指がぐちゅぐちゅと掻き混ぜている。時折唇が重なり舌が絡まって、アシュマに溺れている心地がした。アシュマの指と唇を知っているウィーネは、少しずつ昇らされていく。ウィーネのどこに触れればそうなるのか、アシュマはよく知っているのだ。

アシュマは念入りにウィーネの身体に触れている。きそうなのに焦らされ、そうかと思うと強く刺激された。その緩急に小さく達して身体が跳ねる。は、と息を小刻みに吐いたが、ひくつく体からアシュマの指も舌も離れない。ますますアシュマに溺れさせようと、二人の身体が絡まり合う。

今日はなんだかおかしい。こんな風に大切に触れられる日は、どうしてもおかしくなってしまう。

だが夢中になるのは悔しい。そう思って手を伸ばしアシュマの髪の毛をぐっと掴むと、強く掴んでいるのに痛がる風もなくニヤリと笑った。

「お前が我の方を向くのは心地がいい」

「……!」

恋人を抱き寄せるようにウィーネを引き寄せて、唇をまた重ねる。せわしなくベルトを外す音をさせると、もどかしげに残りの制服を脱いで、一度ウィーネを抱き直した。ぐ、と下半身に力が入ったのが分かり、明らかに他の部位とは異なる熱量が、いつのまにか下着の脱がされたウィーネの足と足の間を押し上げる。

何が起こるのか分かり、ウィーネは思わずアシュマの首にぎゅっと抱きついた。お互いが抱きしめあい、身体が密着すると同時に、入口が押し開かれる感触がする。

「は……あまり触れていないのに、もう入りそうだ……」

実際にはアシュマがうまく進めているのだろうが、ウィーネの身体を抱きしめた力だけで簡単に挿入されてしまったような感覚を覚える。密着したままグッと奥を突かれ、ウィーネの身体がその動きのままに跳ね上がった。

「あ、アシュマ……」

「ああ」

「や、あんまりうご、かさないでよう……」

「なぜ? いつも動けというくせに」

「あ、だって……もっ」

もう、いきそう。

そんな声に聞こえて、アシュマはニヤリと笑った。ウィーネの身体のどこが好くて、どこに触れればたやすく達するのかはよく知っている。けれど名前を呼んだり、少し声を優しくしただけで中の締め付けが強くなったり、ともすればキュッと抱きついてきて、それによってお互いが心地よくなるのは謎めいた動きだ。

「ウィーネ……」

つながりあい、抱きしめあった格好のまま耳元で囁けば、「ん」と小さな声で喉を鳴らして、アシュマの髪をまた掴む。そうして寄せ合った首筋に、ちゅ、と軽く口づけして、アシュマは再び動かし始めた。

目を閉じていたウィーネが、揺さぶられる感覚に目を開ける。

見上げるとアシュマが少し離れて視線を絡ませ、再び寝台にウィーネの頭を沈めて抱えるように唇を触れさせる。膣内を往復するアシュマの熱と、頬や首に吸い付く唇の音が、部屋の中にいやらしく響いた。

ウィーネの膣内なかは、もうとっくにアシュマの形を覚えている。人間に比較すれば遥かに大きいだろうアシュマの熱も隙間なく銜え込み、きつくて柔らかくてとてもいい。この場所以外では満足できないし、この啼き声以外では何も感じないだろう。

ウィーネに対するこの不可解な飢えと満足は、ウィーネが唯一であるのにも関わらず、全てでもあるかのように錯覚する。

キシキシと寝台の軋む音を響かせると、幾度目かの絶頂への予感にウィーネの息が苦しくなった。

「や、やだあ……あっ、んっ……またっ」

「……いけばいい、何度でも。我はいつまででも動いていられる」

「いつまでも、なんて、や、あ、待って、うごかさ、ないで」

「動きたくなるのだ。我も、っ……く……」

グッと奥を大きく突く。愉悦に震えたばかりのウィーネの敏感な膣壁を、強く抉ってアシュマもまた、悪魔らしからぬ声と共に吐精した。震えるウィーネに吐き出すのはこの上なく気持ちがいい。吐精しても萎えない熱を少し動かすと、自分の白濁とウィーネの蜜が混ざり合ってグチュグチュと泡立った音を立てた。魔力が混ざり合っていく感覚も心地がいいが、互いの体液が混ざり合うのをここで感じるのも気分がいい。

汗ばんだ身体を抱き寄せて、ピタリと密着するのを楽しむ。

腕の中のウィーネは事後特有のぐったりとした様子で、おとなしくアシュマの身体を享受している。この時だけ見られるそんな愛らしい様子に、まだつながり合ったままだが抜く気にはなれない。

「ウィーネ、キスしたい」

「えっ?……んっ」

そんなセリフがアシュマから出てくるとは思わなくてウィーネが我に返る。しかしウィーネが何かを言う前に、顔を近づけて唇を重ねた。アシュマとてどうしてそんな宣言をわざわざしたのかは分からないが、時折こうして優しい言葉を口にしたくなる。

今日はひときわそのような想いが強いようだ。魔力や身体に甘さを感じるように、己の気持ちに甘さを感じる。

唇を離した。

ああ、なるほど。ウィーネの気持ちによって魔力の甘さが変わるように、己の中にもそれがあるのか。

「ウィーネ・シエナ……」

だがはっきりと認識する前に、それはすぐに熱い衝動に変わった。この時だけの無防備なウィーネは、とても愛らしくて、優しくしたいのに啼かせたくなるのだ。そして悪魔たるアシュマの均衡は、常に欲望へと振り切れる。

グルル……と喉が鳴る。

「アシュ、……っ、あ!!」

ウィーネの言葉を聞かずに、挿れたままの熱を大きく穿つ。その揺れに合わせてウィーネの嬌声が心地よく耳に響き、アシュマは今度はしっかりと腰を掴んでもう一度、二度、動かした。身体が離れるたびにウィーネがすがりつき、近づくたびにぎゅっと締め付ける。身体を起こして向き合わせ、繋がったまま動かせば、ウィーネの身体がその度に跳ね上がり、肌がふれあい髪が揺れた。

仰け反る喉に唇を這わせ、繋がりあった箇所を指で捏ねると、触れた唇から喉が震える感触が伝わる。同時につながった箇所がキュッと締め付けられ、アシュマもまたどくりと己が鼓動したのを感じた。熱を……魔力をウィーネの膣内なかに解放する。

「は、あ……」

アシュマの精が流れ込んでくるのか、ウィーネの下半身は飲み込むようにゆっくりと脈動している。表情もやけに素直で、甘く惚けたような顔になっていた。赤く染まった頬に口付けて再び寝台に沈み込み、アシュマはそっとウィーネに囁く。

「まだ抜きたくない」

「ん……ダメ」

「ダメか?」

「ダメに決まってる……っん」

まだまだ留まりたい気分だったが、自分の腕の中で甘えるウィーネも見たい。アシュマが仕方なく下半身を抜くと、それで擦れてウィーネが小さな声をあげた。

なんともいい気分だ。

ウィーネはおとなしくて、アシュマが頬をすり寄せても抵抗しない。なんども達して疲れたウィーネの身体はなかなか回復しないのだが、こういう時はどれほどアシュマがウィーネの身体を蹂躙しようとも、ウィーネはなぜか素直になって抱き寄せるアシュマに甘えるのだ。

二人の吐息が混ざり合う距離で、くぐもったリップ音を重ねながらアシュマがウィーネのあちこちに小さく口付けている。

先ほどの混じり合いとは異なる小さな触れ合いにウィーネは少しだけホッとする。甘えたくなる気持ちを疲れた身体のせいにできるからだ。疲れたから動きたくない、とばかりにアシュマにもたれると、この時だけはウィーネをからかうことなくゆっくりと頭と身体を撫でてくれる。

だが次にアシュマが吐いた言葉が、甘い気持ちを吹き飛ばした。

「ほら、相性はよかっただろう」

「はあ!?」

「お前の中は我の形にぴったりだ。それに我の指とお前の肌の相性も」

「な、な……」

言いながらぎゅ、とお尻の肉をアシュマの指先が掴む。違う、相性っていうのはそういうことじゃない。

「か、身体の相性のことじゃないわよ!」

「何?」

「相性っていうのは、身体の相性のことじゃないし! 何よ、アシュマはそればっかりで……」

「ならば一体なんの相性だというのだ」

「そ、」

それは恋愛の相性だ。……と言いそうになって、それだとまるでウィーネがアシュマとの恋愛の相性が悪いことを気にかけているみたいじゃないかと思って口を閉じる。

だがむしろそれ以外は言いようがないし、しかもアシュマとウィーネの身体の相性はいいと認めてしまうようで嫌だった。

「一体なんの相性だ、ウィーネ」

「それは……それ以外の、相性よ」

「それ以外? 我とお前に、それ以外の何が必要だ」

「もう! 知らない!」

それ以外に何が必要か、なんて、それしか必要ないみたいに言わないで。
そんなことも上手く言えなくて、しかし上手く言うつもりも全くなくて、誤魔化すようにそっぽを向く。

それ以外に必要なものがあるのなら、それを満たして証明してやるのに。
急に不機嫌になった召喚主の身体の奥底と自分の欲望を探るように、悪魔はウィーネを抱き寄せた。そうして、少女の代わりに悪魔がその身体に甘えるようにすり寄って、魔力と身体の相性以外に一体どのようなものが必要なのか……「悪魔アシュマ召喚主ウィーネ」の間に何が必要なのかに思いを馳せる。

さしあたり、明日はウィーネの望みを叶えてやるとしよう。気になっていた店に昼食を食べに行くもよし、本屋に散歩に行くのもよし。

糧など要らぬからお前の望みを叶えてやる……といったら、ウィーネはどんな顔をするだろう。

「今日は悪魔にならないの?」

「本性の方がいいのか?」

「別にどっちでもいい」

そんな言葉ですらアシュマには心地がいい。

体格差があるのもいいが、体格差がさほどないのもそれはそれでいい。ウィーネがアシュマの髪を時々梳くのも悪くない。

窓の外を見ると、とうに日も暮れていて、空には星が瞬いている。

星巡エトワールのことなどすっかり忘れて、人に擬態した悪魔は少女の肩に毛布をかけた。

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「あいつ、絶対気にしてただろ」

「そりゃ気にしてたでしょう……ものすごくムッとした顔してましたもん」

学食の片隅で、ネルウァとアニウスが食後のドリンクを飲みながら、少年二人、頭を突き合わせてなにやらヒソヒソと話している。視線の先には仲良くオムライスを食べている一組のカップルがいた。赤い髪の男の方は泰然とした余裕の笑みで少女を眺めている。黒い髪の綺麗な少女の方は、ツンとした表情で静かにオムライスを口に運んでいた。

いつ見ても温度差のある恋人たちである。

いつも余裕がある構えをしているくせに、ウィーネに対しては四方八方に心が狭いアシュマール・アグリアと、恋人であることを否定しないくせに嬉しそうな顔もしないウィーネ・シエナ。以前に比べるとぐっと距離感は近づいたようにも見えるが、ウィーネは相変わらずお堅い様子だ。

「相性ねえ」

「セルギア先輩?」

あの男の相手がウィーネ以外の女子で務まるとは思えない。相性なんぞあの二人に関係あるとは全く想像できない。それなのに相性が悪いと言われて、ちょっと不機嫌になったのだ、あの男は。普通の男みたいに。

「僕、アグリア先輩は相性みたいなもの気にしないって思ってました」

「お前、それ絶対アグリアに言うなよな」

視界の端にちらりと二人を捉えて、向こうに捕捉される前にそれを外す。

相性? くだらないな。
君たちはそんなものを信じているのか?

そう言って品行方正な学生よろしくせせら笑ったアシュマール・アグリアの顔を思い出して、ネルウァは見てはいけないものを見てしまったような気がした。