女王陛下と愛告げの日

007.女王陛下のお戯れ

「いつも侍女は呼んでないでしょう!?」

「ええ、陛下はいつも一人で湯を使われますな。身を守るために護衛を置きなさいといつも言っているのに。ですがご安心を。今宵は私が僭越ながらお世話いたしましょう」

「ちょっと待って、その手には乗らないから!」

「さあ、こちらへ、陛下。ちょうど良い温度になるようにしておきましたからな」

「なんで! なんでちょうどいい温度になるようにしてあるの!?」

シャルロークの言う通り、寝室の奥にある女王のごくごく私的な小さな浴室は温かな水蒸気で満たされている。アレクシスはシャルロークに押し出されるように浴室に連れて行かれ、服を脱がされた。

「ちょ、待って、自分でやるから」

「いつも脱がして差し上げているでしょう。何を今更恥ずかしがっているのですか」

「いやいつも自分でやるって言ってるのにあなたが勝手に、あっ」

バスタオルを身体に巻きつけたアレクシスは、シャルロークに腰を抱かれて浴室に引き寄せられた。シャルロークが部屋に来る前にさっさと湯を使っていたらよかった。いつもシャルロークと一緒に部屋に戻ってきたら、絶対に侍女を呼ばずにお風呂の世話をされるから、先に入っておこうと思っていたのに。

っていうか、そんなにチョコレートの香りしたかな。

すんすんと、腕の辺りを嗅いでいると、シャルロークが強く腕を引いた。

「何をされておいでですか、さあこちらにお座りください」

「こちらって、そこ、わっ!」

シャルロークの膝の上だ。

身体を洗うための海綿に石鹸をたっぷりと含ませて、お腹をゆっくりと撫でられた。きめの細やかな泡が身体を滑り落ちていき、それを掬うように柔らかくて少しざらつきのある綿の感触が這う。思わず息を飲むと、シャルロークが耳元で囁いた。

「隅々まで洗わねばなりませんな」

「んっ……」

そのまま持ち上げたシャルロークの手が、先ほど触れかけたアレクシスの胸を持ち上げた。ぷるんと柔らかに揺れて、突起が海綿で擦られる。その刺激に、アレクシスの背中が逸れて、近づいた耳をシャルロークが口に含んだ。

「あっ、ん」

ペロリと舐められて、身体を揺らすと、今度は首筋に噛みつかれる。優しい甘噛みに誘われてアレクシスが振り向くと、顔をあげたシャルロークが唇を重ねた。

肩と腕を泡で撫でられ、さらに背中から深く抱えるように身体を重ねて、太ももから足元へと泡を滑らせる。そのまま身体を持ち上げられて、再び胸に手が触れた。

「こちらを向けますかな、陛下」

言われるがままにアレクシスがシャルロークの方を振り向く。向かい合わせに座らされて、泡だらけのアレクシスの身体をシャルロークが抱き寄せた。

シャルロークの息も徐々に荒くなり、堪えきれぬ風にアレクシスの身体をきつく抱き寄せ、肌をすり寄せる。胸の膨らみがシャルロークの胸板に押し付けられ、シャルロークの肌にも泡が滑った。作法を習ったわけではないのに、情欲のまま身体を動かし、お互いの肌を弄り合う。

片方の腕を回してアレクシスの腰を支えたまま、胸の膨らみに手を滑らせ、つんと上向いた突起をもう一度優しく擦る。

「あっ、あっ……、!」

「陛下は……」

「んっ、……ぅん……」

「ここを弄られるのが好きですな」

意地悪い声も少し荒く、いつもの余裕が無い。後ろから手を伸ばしてアレクシスの秘部を探ると、泡とは違う滑りに触れた。

ぬるりと誘われるように指を挿れる。

「……っ!」

アレクシスの身体が小さく震え、シャルロークにしがみ付く。アレクシスの手が自分の背中に回ることに、至上の喜びを感じながらゆるゆると指を動かすと、耳元で「シャルぅ」と甘えた声が聞こえた。

「……陛下? いかがしました?」

「ん……」

掠れた声で囁くと、恥ずかしそうにアレクシスがシャルロークの頬に唇を寄せる。追いかけるように重ね合わせると、シャルロークの熱にアレクシスの細い指が触れた。

「っく、陛下……!」

唐突な刺激に今度はシャルロークが、身体をびくつかせる。基本的に閨ではシャルロークがアレクシスに傅き、奉仕している。口では意地悪なことを言い、愉悦で籠絡して夜毎その身体を組み敷いても、アレクシスはシャルロークの女王であり、アレクシスに奉仕させることは無いし、望まない。奉仕するのは自分の役割なのだ。しかし、もちろん、閨でアレクシスが上になったり、腰を揺らしたり、ほんの少し求め、自ら積極的に動くこともある。それはシャルロークにとって僥倖であり、それだけで二、三回は自分で抜けるだろう悦を感じるものなのだ。

その女王アレクシスの手がシャルロークのものに触れている。それだけで射精しそうになるのをシャルロークは堪えねばならなかった。

アレクシスの手がシャルロークの竿を、繊細な指先でつつうと撫でる。そのやんわりとした切ない感触に思わず呻き声を上げた。「陛下」と呼ぶ己の声が掠れていることに苦笑する。

「陛下、……アレクシス、お止めなさい……」

「どうして、いやなの?」

「……そうではなく……」

「じゃあ、もうちょっと」

甘えた声のアレクシスが、さらに根元にあるふくらみの二つを探る。指先で形を確認するように触れ、そのまま優しく撫でた。泡の滑りに助けられ、今にもはちきれそうに脈打つシャルロークの先端の、大きく張った段差に指を引っ掛ける。

「は……」

思わず息を吐くと、それに気を良くしたのかアレクシスが念入りにそこを撫で始めた。一体どこでどのように覚えたのか、時々、握り込んでは扱き上げる動きが悩ましく、このままでは本当に陥落してしまいそうだ。

身を委ねそうになる己の理性を総動員して、アレクシスを抱えている手を動かす。後ろに回してアレクシスの膣内を探っていた指をもう一度深く沈め、少し強めに掻き混ぜた。

「あっ!」

「こんなに蜜を増やして」

「んんっ……だって、触るから、」

「私のものを? ですか?」

「ちが、う。シャルが、私の、あっ」

「……私のものに触れて、濡れたのではありませんか? どこで覚えたのです、陛下」

「どこでもな、い。だって、シャルロークが」

気持ち良さそうにしてるんだもん。

濡れた唇を尖らせて、愉悦に潤んだ瞳で見つめられて、 甘えた声で拗ねられて。常に冷静なシャルロークの理性は焼き切れそうだ。

シャルロークは、そばの湯桶に溜めていた湯を取ると、二人の身体にかけた。

「シャル……?」

「アレクシス、もう……」

このまま耐えるのは困難だ。

シャルロークはアレクシスの腰を持ち上げると、立ち上がった禊でゆっくりと秘部を擦った。何をされるのか分かったアレクシスも抵抗はせず、どことなくソワソワとした表情で少し下にあるシャルロークを見下ろしている。

「挿れても?」

「い、いれ、いれていいよ……」

「挿れて、欲しいのですかな?」

ようやく形勢が元に戻った。擦っていると膨らんだ花芽の感触も生々しく、襞の潤みが増えていくのが分かる。アレクシスの顔を見上げると、その先の愉悦を求める情欲が見え隠れしていた。

アレクシスが小さく頷くと、シャルロークは急いて荒い息を隠すように口角を上げた。

「陛下のお言葉とあれば」

アレクシスの懇願を聞いて、ようやくシャルロークは理性をつなぎとめた。しかし、アレクシスの望みを叶えているのか、シャルロークの欲望を満たしているのかは定かではない。シャルロークが愉悦でアレクシスを籠絡したのではないのだ。間違いなく、アレクシスの愛らしさがシャルロークを捕らえている。

「シャルぅ」

「ああ……アレクシス……」

アレクシスの腰を少しずつ下ろしていくと、シャルロークがアレクシスの膣内なかに入っていく。ぬるぬると温かく、独特の感触に包まれた。

挿入したまま、暫くの間抱き合う。アレクシスの柔らかな身体を抱き寄せ、誘われるままに唇を滑らせた。こうしているだけで興奮する。興奮するが、もっと愛しく優しいもので満たされている気もする。腰を引きつけるように動かすと、粘膜の混ざり合ういやらしい音がした。

「あ、あ……シャルローク……」

「アレク、動かしても……?」

「ん、あっ」

グチャ、グチャ、とお互いの身体が揺れるたびに音が響く。人よりも多少長いらしいシャルロークの滾りが、アレクシスに柔らかく包まれて、奥までぴったりと嵌っている。揺らすだけで先端が吸い付かれるようで、力を入れれば滑りが増えて、それなのに締まって離さない。

たまらなく気持ちがいいが、アレクシスの好い部分にも当たるように意識を傾ける。細く華奢で、そのくせ心地のいい柔らかさの身体を抱きしめると、アレクシスの命で再び拵えた髭に手を触れた。

「シャルローク、」

「陛下、……アレクシス……?」

呼び声に見下ろしてみると、アレクシスがうっとりと甘えるように見つめている。

「シャル、キスして」

そのお強請りに、シャルロークが目を見開いた。

****

「あ、ん、んん……!」

キスして、と言った瞬間、シャルロークが驚いたような顔になり、そして食べられたのかと覆うほど深く唇が重なり、覆いかぶさってきた。

そのままズルズルと腰掛けから落ちるが、口づけの激しさとは真逆の優しい扱いで下ろされ、床に押し倒される。太ももがシャルロークの肩に乗せられて、そのままグッと身体が近づいた。きつく抱きしめられ、離れない唇の間で舌が絡まり合った。シャルロークの先端は奥を突き、子宮口の窪みに幾度も触れる。その度に濃厚な愉悦が全身に響いて、アレクシスはシャルロークにしがみつくしかなかった。喘ぎ声も口づけに飲み込まれる。

唇が離れた。

「アレクシス……」

余裕を失ったシャルロークのかすれた声に、アレクシスの下腹がキュンと疼く。「あ」と思った瞬間、強い快楽が腰から背中を貫いて、「あ、あ」と声を上げながら、再びシャルロークに強く抱きついた。シャルロークもまた、己の限界を感じてその体を抱き止め、脈打つ膣内を感じながら強く腰を打ち付ける。

アレクシスの愉悦が一番高まった瞬間、シャルロークの飛沫が注がれた。何度も抱かれて何度も味わっているのに、何度味わっても慣れることなく溺れてしまう。長い吐精を抱き合ったまま感じていると、シャルロークが荒い息を吐きながらアレクシスの耳元に唇を寄せた。

「陛下」

「ん」

「寒くはありませんか?」

「うん……」

でも、甘い気持ちはまだまだ持続していて、アレクシスは腕を伸ばした。もちろんシャルロークはそれを受け止めて、背中を抱き寄せて身体を起こす。

「んっ……!」

ずるんとシャルロークのものが出ていく感触に、思わず声をあげてしまう。その様子にシャルロークがニヤリと笑っているのを見て、アレクシスはムッと顔をしかめた。

「陛下、どうされました、急にご機嫌ななめですかな?」

シャルロークは余裕を取り戻したようで、しかし甘い雰囲気はそのままに、アレクシスを抱き起こして立ち上がり、ゆっくりと湯船に入っていく。

情事の余韻をわずかに残しながら、アレクシスはシャルロークの首筋に擦り寄せた。

「だって、シャルローク、せっかくさっきちょっと焦ってたのに、すぐに余裕ぶるんだもの」

「余裕ぶる?」

「ねえ、さっき気持ちよかった?」

もちろん意地悪を言うつもりで、そのような言葉をかけたのだが、シャルロークは焦ることもなく常の余裕の表情で、ふむ……と顎を撫でた。

「さっき、とはどの時のことですかな?」

「さっき……えっと、」

反撃された。

シャルロークのものを触っていた時、と口にするのは恥ずかしくてモゴモゴとしていたが、やがて思いついたアレクシスは、もう一度、そうっとシャルロークのものに手を触れた。

「……! 陛下!」

そこはいまだ勃ち上がっていたが、少しだけ柔らかくなったかな? という程度のふんわりした手触りだった。スルスルと撫でると、少しずつ力を持ってくる。わあ、と思って先ほどのように指先を動かそうとすると、がしりと両腕を掴まれ、持ち上げられた。

「陛下、悪戯はそこまでです」

「え、どうして? いやだった?」

「嫌ではありません」

「じゃあ、どうして?」

後ろから腕を掴まれたまま身体を捻ると、シャルロークは随分と不機嫌な……不機嫌といっても、どことなく困ったような顔をしていた。そうした表情は珍しく首をかしげると、シャルロークは何事かを思案し、腹黒い顔に戻った。

「陛下はそのようなことをなさらずともよいのです。まったく……一体どこで習ったのやら」

まったく、の部分を鼻息も荒く呆れたような口調で言ったシャルロークに、アレクシスはなんとなく誤魔化したな……と思ったが、深くは追求しないことにした。こういう時に深く追求すると、大概アレクシスは負けるのだ。

「別にどこでも習ってないもの。……シャルロークが気持ちよさそうだったから……」

チラチラとシャルロークを伺いながらそのように言ってみると、再び眉間にしわを寄せた。

「じゃあ、今度口でしていい?」

「……陛下、どこでそのようなことを覚えたのですか。誰に教わったのですか」

「だから誰にも習ってないし」

嘘は言っていない。ただし、こういう方面に初心かというと、無駄に前世の知識があるからか、照れや羞恥はあってもやり方が分からないというわけではないのだ。

「けど、いつもシャルロークばっかり余裕だから」

「余裕? 私がですか?」

閨ではいつもシャルロークばかり余裕の態度で、アレクシスばかりが乱れているのがなんだか少し悔しくて、触れた時の焦った顔が嬉しくて、もっと悦ばせたいと思ったのだ。

しかしシャルロークは、半眼でアレクシスのことをじっと見つめ、ふん……とせせら笑っただけだった。他人が見れば明らかに人を馬鹿にした笑いだったが、いつものことなのでアレクシスは気にしない。ただ、「何よう」と唇を尖らせると、掴んでいたアレクシスの手をシャルロークの胸に当てる。

そこは、信じられないくらいドキドキしていた。

「あ」

「陛下とこうして触れているときは、いつも私はこうですが」

シャルロークの声が甘くなる。悪い顔をして、いつも人を何か企んでいるように見えるくせに、アレクシスをひどく安心させる吐息と、青白いのにひ弱じゃない、硬い身体。それに包まれてアレクシスは急に頬が熱くなった。

「おや」

大きくて筋張った手がアレクシスの腕から離れ、湯にたゆたう胸を掬う。

「陛下の鼓動も大きいですな」

「んっ……ちょっと、シャルローク……」

「湯から上がりますか。寝台の上で、陛下の音をお聞きいたしましょう」

言って、アレクシスの身体を湯から起こす。連れてこられた時と同じようにシャルロークに抱えられ、今度はふかふかのバスタオルに包まれた。

寝る前の色々な始末をして寝台に運び込まれると、今度は不埒な真似はされずにただ、やんわりと抱き寄せられた。見た目で決めるのは良くないが、亡霊みたいな薄暗い見た目に反してシャルロークの体温は案外心地がいい。アレクシスが眠りやすいように身体の位置を決め、寒くならないように己の体温と上質の上掛けで身体を包み込んでくれる。

だから、アレクシスはシャルロークの胸板に遠慮なく体重をかけた。腹黒いことをいうシャルロークだが、アレクシスは全幅の信頼を寄せていて、絶対にアレクシスを損なわないことを知っている。だから結局、シャルロークに安心して甘えることが出来るのだ。

****

朝目が覚めたら、シャルロークはすでにきちんとした格好に着替えていて、アレクシスがだらだらと寝台に転がっている横で朝食の用意をしていた。起き上がって寝ぼけ眼でその様子を眺めていると、アレクシスが作ったチョコレートが綺麗に箱詰めされてサイドテーブルに置かれているのが視界に入る。アレクシスが寝ている間に、シャルロークが手配したらしい。

「食べないの?」

「せっかく陛下から賜ったものですから、このまま仕舞っておこうかと」

「えっ? 美味しくなかった?」

「いいえ、非常に美味でした」

アレクシスがキョトンとしていると、シャルロークが手を伸ばしてきた。アレクシスの少し寝乱れた白金色の髪を撫でて整えながら、実に楽しげないやらしい笑みを浮かべる。

「食べると無くなってしまうでしょう。せっかく陛下の手で、私のために作ってくださったものですのに」

「そりゃ、チョコレートなのだから食べたらなくなってしまうわよ」

「ええ、ですから。このまま腐らぬように保存して、愛でようと」

「わああああああ、なにそれやめて! 絶対やめて」

「なぜですかな?」

「そんなことするくらいなら私が食べる、腐る前に食べる!!」

「やめてください。私がいただいたものですから、腐らぬように保存して」

「やめてって!!」

今度こそ、シャルロークは不機嫌な顔で眉根を寄せた。もちろん、シャルロークは本気で言っていた。食べるものの何がダメと言われると、食べると無くなってしまうことだ。アレクシスの髪の毛一本でも、いただいたものは全て大切に置いておくと言ったのは比喩ではなくて本気である。

「こ、今度はチョコレートじゃなくて、腐らないものをあげるから、食べて! これは食べて!」

「……陛下が作ったチョコレートはいただけない、と?」

「作ったら私が一緒に食べる」

「……どうしてもダメなのですか」

「どーーーーーーーしてもダメ!」

言うと、渋々シャルロークはアレクシスのチョコレートを食べてくれることにしたようだ。朝食後のお茶は、今日はコーヒーにして、その時にアレクシスと一緒に楽しむことにする。

一個だけでもと言うシャルロークの手をピシャリと叩いて、ふと思いついたアレクシスは、最後の一個になったチョコレートを手にする。

「シャルローク、ねえ、口開けて」

「は?」

ニンマリ笑ってチョコレートをシャルロークの口に近づけると、昨日の浴室と同じように、まんまと変な表情で眉間にしわを寄せてくれた。人を見下しているようにも見えるこのジト目は、困っている顔だとアレクシスは知っている。シャルロークを困らせていることに満足しながら、アレクシスはチョコレートを持ったままのし掛かった。

「陛下、何を」

「あーんして、ってば」

「陛下、これ、おやめなさい」

それでもしつこくチョコレートを持ったまま甘えた瞳を向けていると、スウっとシャルロークが真顔になった。

あ、しまった。

……とアレクシスが思った時には遅い。二人戯れていたソファの上で、くるりと体勢が逆になった。シャルロークがアレクシスに覆い被さり、チョコレートを持っている腕を掴まれる。

シャルロークが、ニヤアと笑った。

「あ」

シャルロークは掴んだ腕を自分の口元に近づけ、アレクシスの指の根元に舌を伸ばした。いやらしくチロチロと舌先で舐め、そのまま指を口に含む。チョコレートを落とせないアレクシスは為されるがまま、むしろされていることに衝撃を覚えて動けない。シャルロークは舌先で器用にアレクシスの指先からチョコレートを絡め取り、指先を口に含んだままゆっくりとチョコレートを味わった。

「ちょ、ぬ、抜いて」

チョコレートを全て食べ、念入りにアレクシスの指を嬲ると、ようやくシャルロークは離してくれた。テーブルに置いていたお手拭きとフィンガーボールでアレクシスの指先を丁寧に清めてから、手の甲に口付ける。

「美味ですな」

手の甲に口付けるところまでおとなしく享受してしまったアレクシスは、ようやく我に返ると、ば!と手を振り払ってクッションをシャルロークの顔に押し付けた。

「へ、変態! シャルの変態!」

「どの辺りをそのようにお感じになったのか、皆目見当がつきませんな」

「どの辺りって、全部! 全部よ! シャルローク!」

「はい、陛下」

アレクシスのクッションを冷静に退けると、相変わらず人を小馬鹿にしたような澄ました顔がこちらを見ている。

「他に、私の何か、変なもの持ってないでしょうね」

「陛下から頂いたものは、全て大切に置いてありますが」

「私、何かそんなにあげたっけ……?」

「主に書簡や、勲章」

あ、そういうやつね。確かにそれなら置いておいても、まあ、問題ないか……と安心していると、非常に満足そうな顔でシャルロークが髭を撫でた。

「それから髪飾りに、手袋……」

「手袋?」

「覚えておりませんかな? 陛下が、まだ王女殿下だった頃、私の領地で木登りをした時に持っておけと言った……」

「そんな頃から!? っていうか普通返すよね、そういうの!」

「はあ。しかし、返せと言われておりませんのでそのまま持っております。今更お返しはいたしませんぞ」

「髪飾りは?」

「壊れたので処分しておいてと言われましたものを、私がお預かりしても? とお伺いすると、いいよと仰られたので……」

「気持ちわる! なにそれ気持ちわる! それは捨てるのに預けておくって言った意味で、ワアアアアア」

変態! シャルの変態!

そう言いながら、アレクシスは再びシャルロークにクッションを投げつけた。これくらいのことで驚かれると困る。他にもシャルロークはアレクシスが使い切った文房具や、やり損ねた封蝋の欠片など「処分しておいて」と言われたもので、公務上処分しなくても問題無いものについては、すべてアレクシスの許可(「お預かりしても?」「いいよ」)を得たうえで保管している。

もちろんシャルロークは気持ち悪いと言われようが、変態と言われようが、少しも動じることなくクッションを傍らに退けて、歪んでしまった髭を整える。

「さて、そろそろ執務の時間ですな。陛下、お着替えを」

「シャルローク! まだ話は終わってない!」

「お話しすること……ふむ、本日の予定ですか? 本日は……」

シャルロークは飄々とした態度で本日の予定を諳んじながらソファを立ち、新しいお手拭きで手を拭きつつ女王陛下のクローゼットへと足を運ぶ。チリンと鈴を鳴らすと隣の部屋に控えていた侍女達がやってきて、朝食と食後のお茶を片付け始めた。アレクシスが追い立てられるように席を立つと、着替えを選んだシャルロークがやってきて姿見の前に誘導した。腹の立つことに、アレクシスの機嫌を取るときのシャルロークは、こうしたときの選択肢を間違えない。今日着ようと思っていた二番目くらいにお気に入りのワンピースとジャケットを横目で見て、文句のつけようもなくてそれを受け取る。

こうしてルー・ルディアル王国アレクシス女王陛下の愛告げの日は終わり、平穏な日常が戻る。今年の愛告げの日は手作りのチョコレートを贈るのが流行ったのだが、では、高級菓子店の売り上げが落ちたかというとそうでもない。愛告げの日のその後、愛を確かめ合った二人が仲良く食べることができるようにと、女性が好みそうなチョコレートと男性が好みそうなチョコレートをセット売りするのが多く見受けられ、そのうちのいくつかは王室御用達となり、女王陛下とその王配のお茶の時間を賑わせたそうだ。

また愛告げの日から一ヶ月後、今度は男性から女性へと愛を受け入れた証として、美味しいホワイトチョコレートを贈るという、愛寄せの日と呼ばれる行事がある。この時、シャルロークはこんな顔、こんな悪役面、こんな陰気な雰囲気で、完璧なホワイトチョコレートムースを手作りし、愛する女王陛下へと贈って彼女を悔しがらせるのだが、それが城下で流行したかどうかは別の話である。