執務室で目を通していた書類をトントンと整えて、アレクシスは肩をギチギチ回しながら息を吐く。多くの年越しの行事を整え、それを終わらせ、ようやく通常の業務が戻って来た。カチャリと響いた音に顔を上げると、シャルロークが自ら淹れた紅茶を置き、もう片方の手で何やら別の書類を差し出した。
「陛下、お目通しを」
「……? 何これ」
首をかしげたアレクシスの問いにシャルロークは澄ました顔のままで答えることなく、ただ興の乗らぬような顔をしただけだった。どうやら機嫌はあまり良くないようだ。
書類を受け取ると、どうやらそれは書類ではなく案内書のようだった。そして、それを見てアレクシスは「あー」と謎の声をあげた。
そのパンフレットは毎年アレクシスが目を通していたものだったが、これを見る時期になるとシャルロークがなんとなく不機嫌な様子になるのだ。その不機嫌さたるや、誰にもはっきりと分かるものではなく、ただ、彼の顔を見慣れているアレクシスが見て、ようやく、機嫌がいいか悪いかといえば悪い部類に入る、程度が分かるものだった。
ただしその不機嫌さは一瞬で、シャルロークはいつものように人を小馬鹿にしたように小さくせせら笑った。こうなってしまうと、機嫌の良し悪しは分からなくなる。
「毎年毎年、くだらぬことではありますが、無下にするわけにも参りますまいな」
「そうねえ……」
アレクシスは紅茶に砂糖を落としてぐるぐるかき混ぜながら、シャルロークが差し出したパンフレットに視線を落とした。
それは城下で最も格式の高い高級菓子店のパンフレットで、主にチョコレートのカタログだ。
「今年はどうしようかしら……」
アレクシスは、美しく美味しそうな……現にそれらは、非常に美味なる逸品ばかりなのだが……チョコレートのカタログを見ながらため息を吐いた。
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ルー・ルディアル王国には、「愛告げの日」と呼ばれる日がある。とある代の貴族の女性が、王に愛を告白し、それが成就して王妃となったという逸話を記念して制定された日である。女性が王のために小さなチョコレートを用意したことにあやかり、女性が大切な人にチョコレートを贈り、日々の感謝の気持ちや愛の言葉を伝える。大切な人……という解釈は、もちろん「愛する人」であり「伴侶」のことだ。そして、まだそうしたものがいない女性の場合は家族であったりもする。
つまりアレクシスの前世の記憶にあるバレンタインデーみたいなもの。……みたいなものというか、そのものである。
アレクシスは女王になる前、子供の頃は父であるセフティウス・ルシ・ルディアル上級王のために用意していたが、女王となった後は、王配候補の三人の男のために用意するようにしていた。もちろん、純粋な愛の行為とはあまり言えない。彼らが王配候補として女王に遇されていると対外的に示すためである。
ゆえに、毎年この時期になると高級菓子店から売り込みのパンフレットや献上品が相次ぐのだった。
その頃のアレクシスは王配をまだ定めておらず、さりとて王配候補がいるのに誰にも贈らないというわけにもいかない。しかし特定の人間に贈れば、たちまち王配候補として有利になってしまうという難しい立場だった。本来は一人に渡すべきところを三人に渡すというのは、できる限り公平性を保つための苦肉の策ではあるが、三人いれば、少なくとも三店舗は王室御用達を指定出来る。
つまり、愛告げの日はアレクシスにとっては、年に一度の王室御用達チョコレート専門店を決める日だった。
しかもこれが結構難しいのである。
もちろんアレクシスはチョコレートが大好きだ。女子であるからして大好きだ。それに王配候補の三人のことだって、別にアレクシスは嫌っていたわけではない。メイコが現れるまでは、どの候補も王配となるべく特別な勉強をし、訓練をし、切磋琢磨し、アレクシスをエスコートしてくれてきた。少なくとも、アレクシスにとってはシャルロークや宰相のウルドラ以外で、最も近しい異性だった。だからこそ、彼らの個性に合わせてチョコレートを選ぶのは楽しかった。
それが王室御用達の栄誉を与える、という仕事でなければ。
とにかく相当の数の美味しいチョコレートがアレクシスのもとに集まるのだ。しかもこの時、アレクシスが購入した店は一年間「王室御用達」の栄誉を得る事になり、諸外国への輸出品としても箔がつく。毎年毎年同じ店ばかりに偏ってはいけないし、かといって信用の足らぬところを選ぶわけにもいかない。それにアレクシスが女王である以上、愛告げの伴侶は民が期待するイベントである。年若い女王が何を誰に贈ったか、というのは、民たちの好奇心の眼差しが注がれるものだ。美味しい高級チョコレートを連日お茶の時間に口に出来るのは嬉しかったが、それを選ぶのはプレッシャーもかかる一仕事だった。
前世の記憶にある乙女ゲーム「聖女王の恋のお相手」においても、愛告げの日は重要、かつ、鉄板のイベントとして存在していた。配布できるチョコレートは全部で五つ。これはヒーロー候補の数と同じだったが、全て金額が違う。どのように配るかはプレイヤーの自由だ。五つすべてを序列をつけて配るのもよし。もっとも高価なものを一つだけ、一番好感度を上げたいものにあげるもよし。誰にもあげないのもよし。しかも、モブキャラにも、敵キャラにも配布できる。
ちなみにシャルロークからの報告によると、この世界のヒロイン、メイコは昨年、仲良くしていた男の人に全員、均等に同じランクのチョコレートをあげたようだ。それを聞いた時には、アレクシスは「えっ」と驚いたものだった。家族以外の複数人に対してチョコレートを渡すのは、例えば、王配候補が複数定められている女王アレクシスであればこそ許されるが、普通の令嬢がそれを行えば、非常に気の多い女性と見られるのだ。故に、貴族の令嬢は婚約者か、それに準ずる男性にしか贈らない。つまりメイコがやったことは、貴族令嬢としてはかなりふしだらなことなのだった。誰も教えてあげなかったのだろうか。
……ただ、まあ、甘いことを言えば、それをしてしまう気持ちも分からなくもない。愛告げの日はゲームの中では、当然、バレンタインデーの位置付けだったし、バレンタインとは、異世界の女子高生にとってはカジュアルなイベントだったはずだ。メイコもそんな気持ちでチョコレートを贈ったのだろう。
そうした行動もメイコと王配候補たちの評判を下げることになったが、それはまあ、よしとして。
問題は、今年の愛告げの日は、アレクシスは王配候補三人に渡すわけにはいかなくなったことである。アレクシスの王配にはシャルロークが内定し、三人はすでに王配候補ではなくなっている。何か罪を犯したわけではないが、彼らは自主的に社交界からは遠ざかっていた。アレクシス自身も、表立って召喚するようなことはしていない。どのように自分の身分を確立するのかは、彼らの根回しと政治力にかかっているからだ。
で、そうなったらそうなったで、アレクシスがチョコレートを渡す伴侶というのはシャルロークということになるのだが……。
ちらりと視線を上げると、シャルロークが常の半眼で首をかしげた。
「なんですかな?」
「別に」
だがしかし、非常に申し訳ないが、シャルロークにあげるなんて想像もつかない。当然のことながら、十二歳の時に初めて会ってから、シャルロークにチョコレートなんて渡したこともなかったし。
かといって、王室御用達に選ばれようと今か今かと待っている高級菓子店を無碍にするわけにもいかない。
「シャルロークにだけあげると、一店舗だけしか選べないし……うーん……」
「おやおや、私にいただける予定だったのですかな?」
「欲しい?」
「陛下から賜るものであれば、髪の毛一本でも大事にいたします」
「うわあ、やめて」
含み笑いと棒読みを披露したシャルロークに心底嫌そうな顔をして、アレクシスは甘くした紅茶を飲んだ。
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結局今年は趣向を変えることにした。
アレクシスは女王の名の下に、国内の名だたる菓子職人から今年の愛告げの日のために作られた商品を取り寄せ、貴族の夫人や令嬢を王宮に招待し、彼女らと共に高級チョコレートを中心としたお茶会という名の試食会を開催したのである。
三人の貴公子の代わりに侍従長であったシャルロークが王配候補……事実上の婚約者となっている現状は、すでに世間には知れ渡っている。よって、たった一店舗を選んでも文句は言われないだろうが、残念がられはするだろう。そこでアレクシスは、自分の婚約者や夫にどんなチョコレートを贈るか悩むご令嬢たちにそれを任せることにした。多くのご令嬢の話題をさらったチョコレートを女王陛下も気に入り、他ならぬ自身と、そしてまあ、王配候補のシャルロークとのプライベートな時間のお茶菓子として出すようになりましたとさ、という寸法だ。これならいくつか王室御用達も選ぶことができるし、貴族の夫人や令嬢から人気のお店も出てくるだろう。出席できなかったご婦人方にも、口コミは広がるはずだ。
アレクシスは母であるルクサーヌ・ルフィ・ルディアル上級王妃もお茶会に招き、母娘並んで、華やかな客間に視線を向けた。
「チョコレートの試食会だなんて、面白いことを考えるのね、アレクシス」
「恐れ入ります、お母様」
「あらやだ、恐れいらなくて結構よ。それより」
うふふ……と細めた瞳は、アレクシスと同じ銀蒼色だ。十九になる娘がいるとは思えない美しさで、アレクシスと並ぶと姉妹にしか見えない。王位をアレクシスに譲り隠居したとはいえ、上級王としての名は未だ宮廷に強く影響を及ぼしている父を、その手管でいいように転がしている。父が狸ならば、母は狐だ。それもとびきり美しく、とびきり賢い類の。
だから、その母狐が扇で口元を隠して笑った顔を見て、アレクシスはやや警戒するように訝しげに首をかしげた。
「それより?」
「それよりアレクシス、シャルロークにあげるものは決まって?」
「……」
来ると思った質問にアレクシスは視線を逸らした。
「あら、決まっていないの?」
「今年は、シャルロークしかいないので」
「一つしか選ばなくていいから、気楽なものでしょ」
「三つ選ぶ方が気楽ですよ」
む……と、いささか拗ねたような口調は、母と娘の気安さからか。狸と狐であっても、アレクシスにとっては父であり母である。そしてまた、ルクサーヌにとってもアレクシスはまだまだかわいい年頃の娘だった。
その娘が夫となる男を決めた。かつて、王配候補の三人と分け隔てなく親愛を育み、分け隔てなく愛情を寄せなかった、いい意味でも悪い意味でも薄情な娘が、たった一人の男を決めたというのだ。たいそう愉快で、なんとも喜ばしいことだ。あれは多少陰気な雰囲気のある男だが、有能であることは間違いないし、身分も申し分ない。
まあ、ルクサーヌの夫以上に悪どく腹黒いあの男のことだ。何かしらアレクシスが流されやすいようなタイミングで、流されやすいような言葉で口説いたに違いなかった。周りにどう見られようと本人がどう思っていようと、籠絡したのはアレクシスで、落とされたのはシャルロークの方だろうから、幸せではあるだろう。見た目が陰気で亡霊のようでも、愛情と実力はある。
さて、そのような男にアレクシスがどのような贈り物や愛を贈るのか、実はルクサーヌだけではなく宮廷の貴婦人の注目の的だ。故に、ささやかな母娘の会話も周辺の婦人方は耳を澄ませて聞いていた。
そうした気配を感じながら、アレクシスは思い切って問うてみる。
「お母様は、今年もアレをお父様に差し上げるのです?」
「ええ、もちろんよ。陛下も毎年楽しみにしていますもの」
ほほほ……とルクサーヌが微笑む。その会話に、周囲の貴婦人方が「まあ」とか「やっぱり」などと、声をあげた。
「お母様……、お願いしたいことがあるんですが……」
実を言うとアレクシスが王位に就くまで、チョコレートの王室御用達は無く、全く別のものが流行していた。アレクシスは今回、その流行に回帰することになる。
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その日は実に疲れた一日だった。
シャルロークはなぜか珍しくも上級王に呼び出され、最近のアレクシスについて報告をさせられたのだ。アレクシスは急を要する執務もなく、一日シャルロークがいなくてもなんとかなるからと追い出す始末で、アレクシスの世話がない分業務は多くなかったが、アレクシスの側近くにいない分、何かとストレスの溜まる一日だった。
今日は愛告げの日だ。
毎年のようにチョコレートを手配するよう言付かっていた用も今年は無くなり、先だって行われた試食会で気に入ったという菓子店のデザートをいくつか、定期的に王宮に献上するようにした程度だ。しかし、王宮はどことなく甘い香りが漂っている。特に、上級王の宮はそれが顕著だった。
そのような日に上級王のセフティウスが呼びつけた用事というのは、チェスの相手と、メイコ・ヤマシタ・シェライ伯爵令嬢の最近の動向についての報告だった。上級王とその妃には、メイコの詳細についての報告を入れている。時にアレクシスの耳には入れていないようなことも、セフティウスには報告していた。その中には、もちろん女王の暗殺疑惑も含まれている。
ちなみに、メイコは昨年あれほど愛告げの日で貴族からの評判を落としたにも関わらず、今年は公爵子息にチョコレートをあげたのはもちろんのこと、周囲の男たちに「義理チョコレート」なるものを渡したのだという。伯爵からは咎められたようだが、去年は平等だったのが悪かった、義理であれば構わないだろう、友達にあげるのと一緒だし、などと言って渡したそうだ。昨年評判を落としたことを踏まえた上でそのような行動に出るのだから、救いようがなさそうだ。
しかも、先だってのチョコレートの試食会に呼ばれなかったと憤慨している様子、とのことだった。しかしこの件に関しては呼ばれなかったのではない。アレクシスはシェライ家にも招待状を出したのだ。おそらく、伯爵と伯爵夫人が握り潰したのだろう。もちろん、伯爵家がそうするだろうことを見越して、シャルロークはアレクシスが招待状を出すことに目を瞑っていた。
……と、終始そのような話ばかりであった。
要するに、シャルロークはアレクシスと居られなかった上に、不愉快な話題を供せねばならなかった一日に疲労を覚えていたのだった。早くアレクシスに会うために、表面上は常の表情で、オーラは不機嫌さを隠さず、シャルロークはいそいそとアレクシスの私室へと向かった。
護衛はシャルロークを通すようにしてある、ノックをして声をかけても返答がなかったので、シャルロークは護衛に頷き部屋へと身体を滑り込ませた。
「陛下、もうお休みに?」
室内に視線を向けながらソファに歩み寄ると、お茶の用意をしたまま、眠っているアレクシスがいた。
「おやおや、なんとお行儀の悪い。風邪を引きますぞ」
そう言いながらシャルロークは上着を脱いで隣に座り、それをアレクシスの身体にかけて抱き寄せる。馴染みのある体重が掛かって、シャルロークは思わず片方の手で美しい白金の髪を梳いた。
そうして頭を撫でながら用意してあるお茶に目をやると、そこにはいくつかの丸い形のチョコレートが置いてある。先日、チョコレートの試食会を開いていたが、そこで気に入った品物を私的なお茶の時間のために取り寄せると言っていたが、それだろうか。
「全く。必ず毒見をさせよとあれほど……」
「ん、シャルローク……?」
むぎゅ、とシャルロークのシャツを細い手が掴んだ。シャルロークはアレクシスが服を掴むのに任せ、抱き寄せたまま白金の髪に唇を触れさせた。
「お目覚めですかな、陛下」
「うん……」
ぐずぐずと瞳をこすりながら、ふああと大きな欠伸をした。もちろん、行儀を咎めることはない。少し腕を緩めると、思い切りシャルロークの身体に体重をかけて起き上がった。
「お父様の用件は終わったの?」
「ええ、終わりました。もしや待っておられたのですかな?」
「いや、待ってない」
「おや」
単に寝てた。とつれない一言を言い添えて、アレクシスは覚醒した。寝ていた猫のように、シャルロークの胸板をぐいぐい押しながら離れようと体勢を整えている。しかしアレクシスが離れて行く前に、シャルロークがその身体を捕まえて引き寄せた。
「それで」
警戒気味のアレクシスを捕まえながら、シャルロークは声を低くする。
「毒味も為さらずに、陛下はチョコレートをお食べに?」
「えっ、食べてないわよ」
「本当ですか? 陛下から何やら甘い香りがしますが」
「うそ!」
「本当です」
言いながら、シャルロークがアレクシスの唇に自分の唇を寄せた。先ほどからほのかに、アレクシスから甘いチョコレートの香りが漂っている。どさくさに紛れてペロリと唇の端を舐めると、慌ててアレクシスがシャルロークから離れようとした。
「ふむ、チョコレートの味はしませんな。陛下の味はしますが」
「な、な、何いって」
「それで。毒味をしていないチョコレートを用意して、甘い香りをさせている理由はなんですか?」
シャルロークの尋問口調に、むう……とわずかに拗ねたような顔を見せてそっぽを向く。そうして小さな声でぼそぼそと言った。
「毒味はしなくても平気よ、それ、私が作ったんだもの」
それを聞いたシャルロークが、珍しく目を丸くした。
「ほう」
「わ、私が作ったの! ほら、その、愛告げの日だから、お母様に教えてもらって……」
「もしやセフティウス上級王陛下の宮で?」
「うん……」
それを聞いたシャルロークは、思案するようにゆっくりと顎を撫でた。なるほど、上級王の宮にいる間、なにやらずっと甘い香りが漂っていたのは、アレクシスがいたからか。アレクシスの代になって王配候補に王室御用達のチョコレートを決めるようになったが、その前の代は、王妃が手作りをして王に渡していた。事実上の王配が定まったアレクシスは、今年は手作りすることにしたらしい。これはまた、新たな流行が作られるだろう。自分のために王室御用達の美味しいチョコレートを、伴侶には手作りチョコレートを。
「陛下が、私のために作られたのですかな?」
「いや、シャルロークのためっていうか、一応王配候補だし」
「一応?」
「あ、一応っていうか、私の」
「陛下の、なんですかな」
「とにかく! 折角作ったんだから」
「食べてみても?」
「好きに食べていいわよ、それ、シャルロークのだから」
言われてシャルロークは、丸いチョコレートを一つ手に取った。スミレの砂糖漬けの欠けらが少しだけ掛かっていて、コーティングのチョコレートが艶やかだ。もちろん高級店舗にあるような完璧な形をしているわけではないが、これをアレクシスが懸命に作ったというだけでも頬が緩む。
一口口に入れると、パリンとした感触の後に柔らかなガナッシュの口当たりが続く。ほのかにブランデーの香るガナッシュが、舌の上でゆっくりと溶けた。誰か他の者に作らせたのを見ていただけではないのかと疑うこともできるが、これは確かに女王が作ったものだろう。シャルロークの女王陛下は、このようなことに嘘はつかない。
腕の中のアレクシスを見下ろすとチラチラとこちらを気にしている。
「美味しいですな」
「ほんとう?」
アレクシスがパッと顔を輝かせた。その表情の移り変わりにシャルロークがニヤリと笑うと、アレクシスはすぐに表情を改める。
「美味しい材料使ったし、お母様や城のパティシエに教えてもらったから……」
「まあそうでしょうな」
しかし、アレクシスがシャルロークの為に手を煩わせたというのが心地いい。この味がシャルロークのためだけに向けられたものだと思うと愛おしく、他の王配候補も口にしたことのないという事実に独占欲が満たされる。
「しかし、陛下がこの私めのために作ったということが、大切なのですよ」
「そう? 嬉しい?」
「もちろん」
そう言って口元を緩めると、アレクシスがホッとしたように笑った。その笑みが愛らしくて思わず唇を寄せると、今度は逃げることなくおとなしく口づけを享受する。
「陛下、お口を」
言われてアレクシスが素直に口を開ける。その素直さに苦笑してしまうが、これがアレクシスの侍従長を務めてきたシャルロークの言だからこそ聞くのだ。シャルロークはその特権と、そして王配となる特権を存分に活用するために、アレクシスのチョコレートを一つ、その愛らしい唇に入れた。
アレクシスは目を丸くしたが、すぐに、チョコレートを味わうことにしたようだ。もくもくと口の中でチョコレートを溶かし、幸せそうに飲み込む。美味しそうに瞳を細めたところで、シャルロークが唇を重ね合わせた。
「んっ……」
「陛下」
小さく呼んで、すぐにもう一度重ねて深く口付ける。舌を唇に沿って這わせていると、誘い込まれるようにぬるりと奥へと入った。舌を絡め合わせると、唾液と舌の触れ合う独特の感触と、食べたチョコレートの甘い味がする。アレクシスの味と混ざり合い、それを舐め取るのに意識が傾いた。
ちゅ、ちゅ……と唾液が混ざり合ういやらしい音に誘われて、シャルロークの手がアレクシスの胸の膨らみを探り始めた。
くつろいでいたアレクシスは薄い部屋着だ。手を差し入れると胸の突起を感じられるのはすぐだった。指先で細やかにそれを揺らすと、密着していた腰がびくんと震える。口腔内は相変わらず音と吐息を混じらせて、うっとりと囁いた。
「甘いですな、陛下」
「ん、甘い」
「陛下の味がいたします」
「あま……、ん、甘い、甘い……」
突然、何かに思い至ったようにアレクシスがガバっと身体を離した。「おや」とシャルロークが首をかしげると、アレクシスは慌てた風に服を整え、いつの間にか乗せられていたシャルロークの膝の上から下りた。
「陛下? どうなされました」
もちろん、アレクシスが突然自分から離れたとてシャルロークは冷静さを失わず、怒ることもなく、追いかけるようにゆっくりと立ち上がった。
アレクシスはそっと、後ろに下がる。
「なんでもない、えっと、私、まだお風呂はいってないから」
「ほほう」
それを聞いたシャルロークが、ニタリと底意地の悪そうな薄暗い笑みを浮かべた。シャルロークがアレクシスに見せるこの笑みは、何かしらいやらしいことを考えている時のものだ。この笑顔を見るときは、絶対にアレクシスに分が悪い。
「ちょうどいい、私もまだでした」
「えっ」
「で、あるからして、侍女を呼ぶ必要はありませんな」
言いながら、実に楽しそうに笑みを深くした。
これは何かいやらしいことを考えている時の笑みである。