昨晩と同じく浴室に伴うと、昨晩とは違って意識がはっきりしているのか、自分で洗うだの一人で入るだの片時もおとなしくしていなかった。そういうところも愛らしいのだから、シャルロークにとっては楽しいことしかない。化粧を落とし、汗を流して、ナイトドレスに着替えさせると、ようやく諦めたようにおとなしくなった。
寝台に共に入っても怒られはしない。
小さく笑って抱き寄せると、何やらアレクシスは拗ねたような顔をしていた。
「どうなさったのですかな。ご機嫌が悪いようですが」
「別に」
プイ、と後ろを向いてしまったアレクシスを背後から抱き寄せ、覗き込むふりをして耳元に唇を寄せる。アレクシスは我慢しているようだが、それだけで肩がぴくりと震えてしまうのがこれまた愛らしい。
それに白い首筋を見ていると、これに触れることができるのは己だけなのだという独占欲を強く意識する。
シャルロークは髪を下ろしたら見えなくなるだろう首筋の後ろ、耳元の陰になった部分に吸いついた。
「あ」
一際強く吸った時、何をされているのか分かったのだろう、アレクシスがシャルロークに身体を向ける。非難めいた顔で、こちらを睨みつけた。
もちろんシャルロークは悪びれずに首をかしげる。
「ちょっと今!」
「どうしましたか、陛下」
「あ。あ、あと、付けようとしたでしょう!」
「付けようとした、ではなく、付けましたが、それが何か?」
「な、」
何かって!何かって! アレクシスはむぎゅううううと腕に力を込めてシャルロークから離れようとしたが、もちろん腕力で叶うはずもない。傷つけないような力加減で腕を掴み、やんわりと押し倒す。シャルロークはアレクシスに身体の上に自分の身体を重ねると、ナイトドレスの胸元を少しだけ開き、白く張りのあるそこに再び唇を近づけた。
「あ!」
先ほどしたのと同じように強く吸い付くと、柔い白肌に小さく赤い花びらのような色がつく。胸の膨らみの少し下にも幾つか、腰のくびれにも、脇腹の方にも、順に痕をつけていく。
「ちょっと、ちょ、なにして」
「痕をつけているのですと、先ほど言いましたでしょう」
「どうして、ちょっと、困る」
「服を着たら見えぬところばかりですよ」
「服を着なかったら見えるじゃない、侍女とか、」
「それが嫌なら、陛下のお着替えは私が手伝いましょう」
「何なの! なんでそんなに当たり前みたいに言うの!」
なぜ痕を付けるのか、という理由を問われれば、男が女に痕をつけたい理由など決まっている。アレクシスは自分のものだという強い牽制だ。
「晩餐会の後、若い貴族に誘われておりましたな」
「えっ」
「手を取られようとしているのにぼーっとなさっていて」
「ぼーっとなんかしてな」
「私が手を出さなければ、別室に連れて行かれるところでしたが」
「そんなことないわ、断るつもりだったもの」
「そうですか?」
アレクシスが女王である以上、社交の場で声をかけられるのは致し方のないこと。それは分かっているが、こうして目に見えないところで独占欲を強く残したいのも事実だ。
シャルロークの動きはだんだんと大胆になり、ナイトドレスを捲り上げて太ももの内側に唇を寄せた。
「や、や、ちょっと、だって、シャルロークだって!」
「私が、なんですかな?」
片方の太ももを持ち上げ、足の付け根辺りに唇を触れさせた時、先ほどよりも格段に色めいた行為を咎めようとしているのか、アレクシスが聞き捨てならない声を上げた。
動きを止め、もう一度丁寧にアレクシスを背中から抱きしめる。
「私が、なんですか?」
「お、女の人に囲まれてたじゃない」
「ほう」
「ヒゲ落として、声かけられやすくなったからって……」
「ヒゲは関係ないでしょう」
「関係あるよ!」
今朝、腕の中で目覚めたアレクシスに何やらそのようなことを言われた気がする。シャルロークはかつてヒゲのあった部分を撫でると、「はて」と首を傾げた。王配を宣言する前までは、アレクシスの侍従長としてその傍らに立ってはいたが、侯爵として社交界に立つことはほとんどない。家名を継いだものの、社交は弟や両親に任せている。アレクシスが出席するものには必ず侍従長として傍らに侍って、その進行を仕切ったが、逆にアレクシスが出ないものには顔も出さない。シャルロークが侍従長として立っている限り、アレクシスの様子について問いかけてくる者はあったが、シャルロークに対して個人的に話してくるものはほとんどいないのだ。
だが、確かに今日の晩は違っていた。
夫に連れてこられた貴婦人たちが、こぞってシャルロークに話しかけてきたのだ。それも政治的な話でもなければ、アレクシスの様子を問うわけでもない。ただ、着ている服が素敵ですわね、とか、剣の腕もお強いと聞きました、とか、シャルロークの興味の持てないどうでもいい話題ばかりを振ってくる。邪魔でしかなかったので、失礼にならない程度に追い払ったが、その様子をアレクシスは見ていたのだろう。
それで機嫌を悪くしているのであれば、それは……
シャルロークはニヤリと笑う。
後ろから、できる限り優しく甘やかすように抱き寄せて、耳元でそうっと囁いた。
「やきもちを妬いておられるのですかな」
「なっ」
アレクシスが勢い良く振り向こうとしたので、それは抱きしめている腕に力を込めて許さず、その代わりに肌けたナイトドレスの内側に手を滑り込ませた。
先ほど痕を付けたばかりのそこを手のひらで包み込み、ゆっくりと焦らすように揉む。指先に優しい吸い付くようなしっとりとした肌と柔らかみは、何物にも形容しがたい触り心地だ。
「陛下が私にやきもちを妬いてくださるとは」
「ちょっと、私、別に、やきもちなんか、や、妬いてない……」
「いいのですよ、もっと私を想ってくださって」
「ちょっと、誤魔化さな、い、で……」
誤魔化しているのは陛下でしょう。そう言って、アレクシスの足と足の間に指を伸ばした。
ナイトドレスを脱がせ、下着も取り去る。少しずつ動かしていると、徐々に指に濡れた感触が伝わってきた。寝台に横になる前に、幾度か身体をつないでいたからだろうか。アレクシスの身体は快楽を拾いやすくなっているようだ。
シャルロークがアレクシスの王配となる件は、シャルローク自身、半ば強引に話を進めたことを自覚している。公人としても私人としても、自分以上にアレクシスの配偶者を務められるものはいないだろう。しかしそこにアレクシスの感情を伴うかどうかはアレクシス自身の問題だ。
十九歳になった瞬間の解放された気持ちと、女王としての責務でシャルロークを選んだのだとしても致し方ない。若いのだから優しい大人に絆されたとしても、それは誰にも責められない。籠絡しようとしているのは、他でもないシャルロークなのだから。
だが、アレクシス自身もまた、多少はシャルロークに感情を傾けてくれているのだとしたら。
「私は陛下だけをお慕いしておりますよ。こうして触れるのは陛下だけ」
とろりと中から蜜が溢れるのを感じて、シャルロークは指を離す。後ろから抱えるように太ももを持ち上げると、抵抗することもなく身体が開かれる。
耳元に唇を寄せると、アレクシスが顔を振り向かせた。
「陛下」
「あ、あ、シャルローク、アレクって呼んで」
「陛下……あなたという人は……」
言葉を奪うように唇を貪ると、宛てがった己の欲望に力を込めた。それはくちゅ……と粘ついた音を一度響かせ、アレクシスの膣内へと入っていく。
「アレクシス」
自分の声が請うような響きになったことを自覚する。アレクシスの名を呼ぶと、つながりあった部分が、きゅ……と締まった。アレクシスの腕がシャルロークの頭に触れ、引き寄せられるように揺れるたびに離れる唇を、何度も触れ合わせる。
「シャルぅ……」
甘えるようなアレクシスの声が、シャルロークの理性を焼いた。
持ち上げた太ももを強く引きつけ、奥を抉るように腰を動かす。温かく脈打つようなアレクシスの膣内は、動かすたびに蜜を増やした。クチュクチュと粘液をかき混ぜるいやらしい音が響き、溢れた液が繋がっている部分を濡らしていく。
揺さぶられる身体に合わせてアレクシスの官能の声が響き、触れている肌も、啼き声を聞く耳も、舌を出して味わう肌も、すべてがシャルロークの意識を奪った。
自分はいくらか冷静な男だと自負しているが、その冷静さもアレクシスに触れて熱を持てば余裕すらなくなる。
「は……ック、アレク……アレクシス……っ」
呻きとも喘ぎともつかない声が溢れ、アレクシスの中に白濁を放つ。体力には自信があるが、それとは全く関係ない感覚で、息が乱れて荒くなった。アレクシスに体重をかけてはいけないと、倒れ込む位置を少しずらす。
「シャルローク……」
せっかく体重をかけまいと避けたのに、そこにギュ、とアレクシスが抱きついてきた。アレクシスの身体を抱きとめたシャルロークと、二人して寝台をごろりと転がる。
「本当に困った方ですな」
シャルロークはアレクシスを抱き枕のように抱きしめると、それだけでは足りないとばかりに足で挟み込んで拘束する。せっかく湯を使ったばかりなのに際限がないが仕方がない。
「アレクシス……眠りますか?」
囁いてみると、ん……という声が響いて腕の中でアレクシスが頷く。抱き締めたまま頭を撫でると、うっすらと瞳が開いてじっとシャルロークを見つめた。そうして再び、腕の中に潜り込む。
「おやすみなさい……」
くぐもった声が聞こえて、シャルロークは薄く笑う。
愛らしい、シャルロークの女王陛下。
普段は確かにルー・ルディアルの国王だが、この瞬間だけは、肌も声も感情も、王配であるシャルロークのもの。この温もりは離しがたく、明日は寝過ごしてしまいそうだ。
「だが、まあ、三日間くらいは寝過ごしても、大丈夫ですよ陛下」
そう言いながら、シャルロークも眼を閉じる。明日の朝、オレンジのキャラメルムースが運ばれてくるまでには起きておかねばなるまいなと思いながら。
****
翌朝、寝坊を許された女王陛下は、寝台の上で少し遅めの朝食を摂っていた。少し早めに起床し、女王の寝室から出てきたシャルローク侍従長が、外で待機している侍女たちに遅めの時間を指示し、持ってこさせた朝食だ。余談だが、夜用のガウンに正装の上着を肩にかけた姿、つまり朝は女王陛下の部屋で共寝して過ごした直後にしか見えない格好で出てきたシャルロークに、顔を赤くする者多数だった。
寝台の上ではシャルロークがアレクシスを膝の上に乗せ、専用のベッドトレイを設えて、熱いスープと紅茶、そしてオレンジキャラメルムースを給仕している。熱めのじゃがいもポタージュスープはアレクシスが朝食に一番好きなスープで、香ばしいじゃがいものフライが細かく刻んで浮かべてある。シャルロークはそれを大きなスプーンに一口取ると、小さく口に含み、その後、もう一掬いしてアレクシスの口元に運んだ。
「自分で食べるわよ」
「陛下がご自分でなさると、卓をひっくり返してしまいますからね」
「そんなことしないってば」
「私がしたいのですよ」
引こうとしないので渋々口を開ける。喉に流れ込む暖かいスープは、ほっこりとしたじゃがいものやさしい味わいとクリームのコクがとても美味だ。美味しさに負けて、おとなしくシャルロークの持つスプーンからスープをもらう。
「シャルロークの分は?」
「私はすでにいただきました」
「……一緒に食べればいいのに」
シャルロークからスプーンを奪い取ると、アレクシスはかなりお行儀悪く、スピードを上げてスープを飲み干す。シャルロークは「お行儀が悪いですね」とは言わず、紅茶を淹れることにしたようだ。相変わらずアレクシスを膝に乗せて腕に囲ったまま、ポットからカップへ紅茶を注ぐ。
アレクシスはストレートで紅茶を飲むときもあるが、ミルクや砂糖を入れて飲みたいときもある。今日は甘いものがたくさん欲しい気分だった。
「ミルクも入れてちょうだい」
そう言うと、不機嫌そうな気配が伝わった。どうやらシャルロークは嫌そうな顔をしたようだ。紅茶にミルクを入れるのは砂糖を入れるのと同じくらい嫌がられる。紅茶にミルクと砂糖を入れるのは、日本の緑茶に砂糖とミルクを入れるようなものなのだ。
だが、アレクシスのティーセットには必ずミルクと砂糖が用意されている。入れるのが嫌なら用意しなければわがままは言わないのに。シャルロークはミルクを少しと、小さな砂糖の塊を一つカップに入れると、ゆっくりとかき混ぜて一口飲んだ。
そうして、アレクシスの前に置く。
アレクシスが一口飲むと、温かくて甘くて懐かしい味だ。懐かしいと思うのは、知識だけ残る前世の記憶だろう。両手を温めながらフウフウと紅茶を飲むアレクシスの頭をシャルロークがあやすように撫でた。
「これも食べよ」
そうしてようやくお楽しみのオレンジのキャラメルムースに手を伸ばすと、シャルロークが先にそれを取り上げた。
「あっ」
シャルロークの手がキャラメルムースのオレンジ色の側面を小さく削り、背後に消えていく。アレクシスが振り向くと、すました顔でそれを口にしているところだった。
そうして同じ部分を削ってアレクシスの口元に運ぶ。一口食べるとシャルロークも次の一口を食べ、同じところ削ってアレクシスの口に運ぶ。まるで交代でムースを食べているようだ。
毒見ってこんなことするんだっけ。そう思ったが、シャルロークとアレクシスで交互に美味しいデザートを食べるのも悪くないかもしれない……と思い直して、口を開く。
香ばしいキャラメルの香りと、ふんわりと柔らかな口どけ。それに爽やかな柑橘の香りが追いかけてくる。
「美味しい」
んふふー……と満足げにため息を吐くと、シャルロークの胸に体重をかけた。食べ終わったデザートのスプーンを置くと、シャルロークが静かにアレクシスの腰回りを抱き寄せる。少し高い陽の中で、寝坊して食べる遅い朝食もいいものだ。
しかしできれば、シャルロークに毒見をしてもらいながら食べるのではなく、一緒に楽しく食事をしたい。
「今度は一緒に朝食を食べなさい」
「……陛下がそうおっしゃるなら」
シャルロークの手がアレクシスの顎に触れ、引き寄せるように持ち上げる。アレクシスも振り向いて、シャルロークの肩に手をかけて、首を伸ばして瞳を閉じる。
唇が重なり、キャラメルの甘い味がした。
「ねえ、それより執務の時間は?」
「お休みだと申しませんでしたか?」
「えっ、聞いてないわよ!」
「確かに申し上げましたぞ」
そう言いながらシャルロークは寝台を降り、ベッドトレイを移動させると、再び寝台に戻ってきた。起き上がろうとするアレクシスを押し倒しながら、寝台に入り、その身体を抱き寄せる。
「アレクシス」
「ちょっと、何? もう朝でしょ、何やって、あっ」
「陛下と私は三日ほど休暇を頂いております」
だから何なの!?
そう言おうとした言葉は、やや強引な口づけで塞がれた。先ほど朝食を食べていた時のまったりとした柔らかい時間とは違って、激しく奪うように押し倒される。
時折アレクシスが見せるシャルロークへの感情が、自分への思慕に思えて狂おしい。
三日間の休暇をどのように過ごそうか。アレクシスの身体を腕に抱き、その肌に唇を這わせながら、甘い時間と心地よい休暇の時間を脳裏に描いて、シャルロークはニヤリと悪どい笑みを浮かべた。