女王陛下のそれから

004.女王陛下、十九歳になる

十九歳の初日は、貴族の挨拶を受けたり、諸外国の大使と会談したり、バルコニーに出て国民へ手を振ったり、晩餐会に出席したり、晩餐会の後の気軽な夜会に出席したりと、いつもよりものんびりしたいのに、いつもよりも忙しい日だった。国王だから生活の何もかもが政務であるのは仕方がないが、誕生日くらいゆっくりさせて欲しい。

しかもこの日は、閣議用のドレス、謁見用のドレス、諸外国との会談用ドレス、国民に手を振る用のドレス、晩餐会用ドレス、晩餐会の後のお茶会用ドレス……と、場所を変えるたび、会う人を変えるたびに、着替えさせられるのだ。 税金の無駄遣いじゃない?と問うてみたが、半分は上級王である父と母の私財から仕立て、もう半分は母から譲られたものをリメイクしたもので、侍女やお針子達がが拳を握り締めて、無駄遣いではありません、むしろ城下の流行、すなわち経済を陛下が作るのですと言い切られ、押し切られた。つまりこれも仕事ということか。

そうしてアレクシスは、ようやく今日最後のドレスに着替え、部屋で一番豪奢なソファから談笑する人の流れを眺めていた。

別室では軽めの音楽が鳴っており、気楽なムードで人が出入りしている。傍らにはシャルロークが鷹揚に座り、アレクシスと同じように人々の流れに目を配っていた。

貴族からの「おめでとうございます陛下」の言葉はもう一通り聞いたし、晩餐会でももう一度聞いた。さすがにお茶会でアレクシスにおめでとうございますの挨拶をしてくるものはおらず、めいめいが社交にいそしんでいる。つまりアレクシスは飽きてきたのだが、主賓がつまらなさそうな顔をするのもどうかと思うので、周囲の貴族たちとの雑談にもにこやかに応じなければならない。

ようやく人の波が途切れた時、あふ、と欠伸をかみ殺した。誰にも見られてなかったかな……と周囲をちらりと見渡すと、人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべているシャルロークと目があう。

「何よ」

「お行儀が悪いですな陛下」

「別に何もしていないわ」

「涙目になっておりますぞ」

あくびをかみ殺して涙目になったくらいで、悪巧みを思いついたような顔にならなくてもいいじゃない。恨めしげにシャルロークを見ていると、彼は少し姿勢を正してアレクシスの顔を覗き込んだ。

「何か食べますかな?」

「晩餐会であれだけ食べたでしょう、もういいわ」

「おや、オレンジのキャラメルムースがありますが」

えっ

パッと顔を輝かせてしまったが、コルセットの締め付けを思い出して顔をしかめた。城のシェフが作ったオレンジのキャラメルムースは、アレクシスも大好きなデザートだが、晩餐会を終えた今のお腹の具合とコルセットの締め付けを考えると無理は禁物だ。つまりこれ以上食べるとお腹が苦しい。

「……オレンジのキャラメルムースは朝食べる」

「ではそのように手配しておきましょう」

シャルロークが席を立って、給仕をしている侍従の一人に何かを申し付けに行った。今日はいつもの侍従長の黒い長衣ローブではなく、黒を基調にした落ち着いた色の正装だ。装飾品には銀色がかった薄蒼色の宝石を使っていて、おそらくアレクシスの瞳の色に合わせたのだろう。まだ正式に結婚したわけではないが、それに準じた、アレクシスの王配としての格好をしている。

すぐに作れるものではないだろうから、しばらく前から準備していたはずだ。そういえば朝の閣議で、かなりの決意を持って「王配はシャルローク・ディロス侯とします」と発表したのに、「あ、そうですか、ハイハイ」みたいな生温い雰囲気で迎えられたのだった。そもそもシャルロークのことだから何の根回しもしていないなどということは無かったのだろう。つくづく周到な男だ。

隣にシャルロークがいなくなったからか、男性の貴族が一人、ご機嫌伺いにやってきた。確か男爵位を持っている者だ。今まではこうした場では周囲に王配候補がいたから最低限の挨拶と、顔つなぎの者しかやってこなかったが、王配候補がいなくなってからは、下心的なものを持った男の人にも声をかけられるようになった。

女王とはいえ十八、十九歳の小娘だと思われても仕方がない。特に、シャルロークやウルドラと交際の少ない新興貴族にとっては。

「今日は多くの行事があって陛下もお疲れでしょう」

「そうね、朝からずっと着せかえ人形だったのよ」

「どれも陛下に大変お似合いでしたよ」

「そう? ありがとう」

定型文にそれっぽい返事をしながら、アレクシスはこちらに戻って来るシャルロークに視線を向けた。いつもの陰気な悪役ヒゲを剃り落したシャルロークは、よくよく考えてみれば背は高いし、怜悧な切れ長の瞳に形の良い鼻梁と、顔の造作が整っている。やたら色白だがイケメンに見えるのがイラっとする。

さらにイラっとすることに、ヒゲを落としてから女性に声をかけられるのが目につくのだ。だからヒゲを落とさないでって言ったのに。もちろん、言ったのはシャルロークがヒゲを落としたら整った顔に見えると分かってからなので八つ当たりだが。

今も、いずれかのご婦人に声をかけられている。しかも何人かに囲まれている。ヒゲが生えていた頃はアレクシスから見ても声のかけにくさが半端なかったのに、幾分それが和らいだのだろう。この間までは陰気で意地悪そうな雰囲気だったのに、今はちょっと影のある美青年に見えるのが腹立たしい。

シャルロークから視線を外すと、アレクシスのそばにいる青年貴族がこちらを見つめていた。わずかに邪なものも感じられる。今の時間は夜も少し遅いから、そのような雰囲気にもなるのかもしれない。

「陛下、人の気配にお疲れならば静かなところで休まれますか?」

「そうねぇ……」

なんの気なく返事をすると「それならば」と青年貴族がアレクシスの方に手を伸ばした。

……が、

「陛下はもうお疲れのようですな。お部屋までお送りいたしましょう」

青年貴族の手が届く前に、別の声と手が割り込んだ。慣れた風にアレクシスの手を取り、身体を割り込ませて席を立たせる。さすがにアレクシスの将来の王配、そして侍従長でもあるシャルロークが相手となると分が悪すぎると思ったのか、青年貴族は舌打ちしそうな表情を一瞬だけシャルロークに向けたが、さすがにそこは、小さく笑ってアレクシスに丁寧な礼を取った。

「さ、陛下、参りますよ」

潔く手を引いてくれた青年貴族に「おやすみなさい」の挨拶をしようと思って振り向いたが、眼前はシャルロークの身体で視線を遮られた。エスコートにしては親密な距離感で速やかに部屋から押し出され、廊下に出ても手は離されなかった。

「ちょっと、どうしたのよシャルローク」

「何がですかな?」

「あんな風に、急ぎ足で退室しなくても」

「常のことでしょう」

夜分に差し掛かる晩餐会後のお茶会は、あまり長くなるとアレクシスはすぐに飽きて眠くなってしまう。最後まで付き合わずに、大体いい頃合いにシャルロークが静かに退室させてくれるのはいつものことだった。

反論を止めると疲れがどっと押し寄せて、ふたたび大きなあくびをしてしまう。

「疲れたわね……」

「お疲れ様でございました」

今度はあくびは咎められなかった。いくつかの廊下を歩いてアレクシスの私的な居間に着くと、早くコルセットを脱ぎたくて寝室へと直行した。扉を開き、髪を解きながらいつものように着いてきたシャルロークに、いつものように命じる。

「ミアーナとエルシェを呼んでおいてくれる?」

さすがにコルセットは一人で脱ぐことが出来ない。着替えを手伝ってもらう侍女を手配するように頼み、寝室と居間の境目のところでシャルロークを振り向いた。

「それじゃあおやすみなさい、シャルローク」

「ええ、おやすみなさいませ陛下」

アレクシスの背後でバタンと扉の閉まる音がする。

なぜかシャルロークも扉の内側にいた。

****

「って、なんで部屋の中に一緒に入ってきてるのシャルローク! ミアーナとエルシェは!?」

「呼ぶ必要はないかと思いましてな」

「な、なんでよ」

「私が脱がしてさしあげるからに決まっているでしょう」

何を言っているんですか陛下は。

みたいな真顔で言いきられ、アレクシスは思わず次の言葉を失った。寝室の扉の内側で、ポカンとした顔でシャルロークを見上げていると、悪役風に眉をピクリと動かして顎を撫でた。

「何をお行儀の悪い顔をなさっているのですか」

「は?」

「お疲れなのでしょう。さっさと後ろをお向きなさい」

「ちょっ」

肩をつかまれ、ぐるんと身体を反転させられた。大きく開いた背中に手袋を外したシャルロークの指先が触れる。服を脱がせるには艶かしく、首筋から肩甲骨にかけて指がすべっていった。その感触に思わず肩に力が入る。

「ちょ、ちょっとここ扉の前でしょ、こんなところで……」

「そうでしたな」

背中の留め具を一つだけ外したところで、シャルロークはアレクシスの手を引いて、いつものお気に入りのソファにいざなった。腰を攫うように抱えられたままシャルロークが座ると、アレクシスはその膝の上に乗せられる。背中を抱えられ、唇が近づいた。

軽くかすめるように触れられ、そのまま重なる。重なるが深くは交わらず、唇同士を軽く触れ合わせるだけの時間がしばらく続いた。唇でゆっくりと撫でられているようで、時折感じる吐息も優しい。だけど少しだけもどかしくて、あふ、と唇を開いてしまう。

アレクシスの上唇をシャルロークが軽く咥えてすぐに離す。真似するように追いかけると、腰を抱くシャルロークの手に込められた力が、少しだけ強くなった。ほんの少しの力加減なのに引き寄せられたように感じて、上着にぎゅっとしがみつく。

やわやわと唇を触れ合わせながら、シャルロークの手がアレクシスの背中を再びなぞった。ぷつん、ぷつんと留め具が外され、肩からするりと生地が落ちると、ふんわりとゆるく広がっていた袖も抜ける。晒された二の腕をシャルロークの手が撫で、剣もペンも持つその掌の硬さを知った。

唇が離れる。

離れた瞬間、コルセットの背中の紐がぐっと引かれて、解かれた。一度強く引かれた衝撃とゆるまった感覚に、ふ、と息を吐くと、その吐息をすくい上げるようにシャルロークが再び唇を触れ合わせる。背中の紐が少しずつ緩められていくと、締め付けられていた感触を思い出した。思わず息が荒くなってシャルロークに視線を向けると、銀色の瞳が確かな情欲に燃えてアレクシスを見つめている。

いやらしいのに優しい触れ合いに恥ずかしくなって俯くと、耳たぶをくすぐるように再び唇が寄せられた。

「陛下」

吐息交じりの声がアレクシスを呼ぶと同時に、コルセットの前留めがぷつんと外される。あ、と思う間にシャルロークの親指が侵入してきて、胸の膨らみを撫で始めた。

「ん……」

柔らかかったそこが徐々に硬くなり、シャルロークの指の動きに合わせて揺れる。ずっとそこに触れられていると、お腹の奥を撫でられているように下半身が熱くなった。

「や、シャルローク……」

「はい、陛下」

「こ、なとこで」

「たまにはよろしいでしょう」

話しながら戯れるようにシャルロークの唇がアレクシスの顎や頬を追いかける。くすぐったさはすぐに愉悦になって、触れ合うことの悦びに翻弄される。

「それとも私に鏡の前で脱がされたいですかな?」

「ち、違うっ」

「ええ」

ククク……と唇が笑みを象ると、そのまま深く唇が重なる。舌が唇を割って入り込み、アレクシスの口腔内を探り始めた。

「ん、んん……」

シャルロークの膝の上に横座りという不安定な格好で、落ちないように必死でしがみ付く。それが可愛いのかシャルロークの動きは大胆になり、大胆になればなるほどもどかしく、アレクシスの腰を掴むと持ち上げた。

「うわ」

「陛下、私の足を跨いでください」

「え、えええええ」

「ほら、こうして、少し膝を立てて」

アレクシスに自分の太ももを跨がせて膝で立たせる。その間にシャルロークは自身の服をくつろげ、ベルトを外してトラウザーズを下ろした。

首筋にシャルロークが口付けをして、それを合図にアレクシスの身体がゆっくりと下ろされる。下着越しに屹立した先端が触れ、少し揺らされると探るように刺激される。

「あ」

硬くそそり立った熱に、冷静そうなシャルロークの欲望が伝わって、お腹がじくじくと疼く。

「これは邪魔ですな」

言いながら、シャルロークの片方の手がペチコートの中に入ってきた。

「ま、待って」

「陛下は昨日からそればかりだ」

「……!」

下着の両脇の紐が解かれ、いとも簡単にアレクシスの秘部が暴かれた。シャルロークの長い指が遠慮なく裂け目に伸ばされ、少しずつ開こうと入口を往復し始める。

ひっかかりのない指の動きに、そこがもうトロリと蕩けたように蜜をこぼしているのが分かった。

「あっ……う」

「もうこんなにして」

「だ、って」

「胸がよかったですか? それとも唇が?」

「も、黙っ、て」

「そういうわけにも参りません」

シャルロークに抱かれたのは昨日が初めてなのに、たった二回目でこんな風になってしまうなんて、自分がどうなってしまったのかひどく混乱する。膝立ちのまま腰を下ろすことができず、脇に退こうと思っても片方の腕がしっかりとアレクシスの腰を抱き寄せていてそれもできない。ただシャルロークの指が、入り込んでくるのを享受するしかない。

「あ、ああ……」

ぬかるみの中に指が挿入され、中を確認するようにかき混ぜられる。

「アレクシス」

シャルロークの声に荒い息が混ざっていて、思わずその瞳を覗き込む。瞼に軽く口付けされて、くちゅんと音を立てて指先が抜かれた。

入れ替わりに身体を下ろされ、別の熱量がアレクシスの膣内なかを埋める。その衝撃に声を上げて背中を仰け反らせると、シャルロークが白い喉を食らうように甘噛みした。

シャルロークの口がアレクシスの喉から離れ、繋がり合ったまま互いの顔を見つめあう。

少し見下ろす位置にあるシャルロークの顔を思わず両手で挟むと、どこか懇願するようなシャルロークの余裕のない視線にぶつかった。昨日はあんなに翻弄されていたのに、今は自分の方が少し優位に立っているような気がした。

「アレクシス……」

口付けをねだるようにシャルロークの顔が近付く。繋がり合った箇所が揺れ、互いに刺激を与えあった。その衝撃の大きさからは想像できないほど、柔らかに唇が触れ合う。

その柔らかさに油断していると、急にがくんと突き上げられた。

「ふっ……あっ、ああ!」

「アレクシス……ああ、とても……」

いつの間にか半分以上留め具が外されているコルセットから、解放された胸の柔らかみがまろび出る。その柔らかな膨らみはシャルロークの動きに合わせて艶かしく揺れ、吸い付かれた。

腰の動きに合わせて、アレクシスの身体は上下に動かされ、対面で繋がり合った箇所は子宮を押し上げるように奥にぶつかる。痛みはあまり感じない。それよりも触れ合わせる肌から伝わる温もりが愛しくて仕方がない。

「シャル、シャル、あっ、ああ……や、」

高まっていく感覚に思わずシャルロークの頭をぎゅっと抱える。呼応するようにシャルロークがアレクシスの首筋に顔を埋め、激しく揺らしていた腰を強く引き寄せた。

「は、あ……っ、アレク……っ」

じわりと粘ついた熱が広がり、注がれる感触を感じる。

息を整えているとシャルロークも閉じていた瞳をうっすらと開け、ニヤリと薄く笑む。愛おしげにアレクシスの頬に唇を寄せ、目元に触れ、耳元に触れた。

「シャルローク?」

「はい、陛下」

「あ。あの」

「なんですかな?」

「えと、その」

シャルロークはアレクシスの肌に順に口付けを落としながら、再びゆっくりと腰を揺らし始める。アレクシスがシャルロークを睨んでも、涼しげな顔をしている。

「ちょっと、シャルローク、まだ、その、抜けてな」

「抜いてませんからな」

「抜いて……あっ!」

小さく揺らされると、達したばかりの膣内がヒクヒクと収縮する。誘われるようなその動きにシャルロークもわずかに眉間にシワを寄せるが、楽しげに笑んだまま耳元に口を寄せた。

「こうしていると周囲の者には我らが繋がっているとは分かりませんな」

「なっ」

「陛下がお行儀の悪い声を上げなければ」

ちゅ、と顎に口付けされる。

幾重にも広がったペチコートが、確かにアレクシスとシャルロークの繋がり合った部分は隠しているが、半分脱げかけたコルセットから覗く胸の膨らみは隠しきれていない。

そのひどく魅力的な姿をシャルロークが見下ろすと、何か言いたげで、反抗的なアレクシスがこちらを見つめている。

シャルロークは蛇のように舌なめずりした。