呼ばれた悪魔と召喚主

召喚

「満月は水より出で、
海はしろがねの板となりぬ。
小舟には、人々さかづきを干し、
月明りの雲、かそけきを見る。
山の上にただよう雲」(※)

学校の地下にある、広い部屋。床一杯に描かれた魔法陣の北に黒水晶、南に紅水晶、西に白水晶、東に青水晶が小さな器に設えている。部屋の南、丁度魔法陣を正面に見据える位置に、1人の少女が立っていた。少女が手に持っているのは、魔法を閉じ込める杖。少女はそれを水平に持って構え、瞑目して呪文らしい言葉を唱えている。

「水のなか、
明かにうつれる橋は
碧玉の三日の月めき、
綵衣の人ら
逆様に酒のめる見ゆ、
陶器の亭のもなかに」(※)

少女の瞳が開いた。

パシン……と魔力がはじける

東西南北に設置している器がゆれ、カタカタと音を立てている。

「ショウ・ワン」

少女が杖で北を指す。パリン……!と黒水晶が割れ、器の中で黒い水となった。

「チョウチュ」

杖が南を指すと紅水晶が割れ、器の中で血のような液体となる。

「ファーイフ」

杖は東に向けられる。白水晶が割れ、乳のような液体が器を満たす。

「ティーロ」

杖が西に振り上げられると青水晶が割れ、器の中に美しい青い水が満ちた。

少女が杖を正眼に構え、トン……と魔法陣を一部を叩くと、陣を描く線に命が吹き込まれるように、白く光った。

「私の名前はウィーネ・シエナ。ウィーネの呼びかけに応えて出でよ。つぐみの騎士!」

少女が呼びかけた瞬間、……カッ!……と部屋に光が満ち、魔法陣が煙で包まれた。

ドライアイスよろしくもくもくと立ち込める煙の中心には、黒い影。……召喚されたその影の正体が、今まさに、少女の前に姿を現した。

****

「我を呼び出したるはお前か……」

低い重厚な掠れた声。身体はウィーネより二回りは大きいだろうか、バサリと羽の音が聞こえ、煙の中から足を踏み出したそれが、ウィーネの前に現れた。

全身は黒く硬い皮膚で覆われ、赤い血のような文様が刻まれている。赤い瞳は動くたびに残像を残し、頭には2本の捩れたような角が大きく生えている。背には蝙蝠羽を巨大にしたような翼を持っていた。翼の先端には鍵爪が付いていて、時折ガキガキと動いていた。禍々しいその気配は、その場を圧倒する。

「だ……」

ウィーネは驚きに目を見開いた。震える唇が開く。

「……誰っすか」

……………………。
……………………。
……………………。
……………………。

赤い瞳で、呼び出された存在はウィーネを見下ろした。

「……我名はアーシュムデウ・アクィナス・ラクシュリアス。……アシュマと呼べ。お前の呼びかけに呼応して現れた」

「……いやいやいやいやいや、呼んでないし!こんなすごいの呼んでないし!」

「呼んだ」

「だから呼んでないってば!私が呼んだのは鶫の騎士で、こーんなちっちゃな鳥が剣持った子が現れる予定で、……その、あの、アシュマさん?だっけ?みたいな?……怖……じゃない、強そうなのが出てくる予定じゃなかったんだけど、ホント、誰?……自分」

……………………。

「我はアーシュムデウ・アクィナス……」

「……あの、それさっき聞いた。鶫の騎士は……?」

アシュマが異形の顔の口元を歪め、ふん……と笑った。

「鶫の騎士を呼ぶには、お前の魔力は強すぎた。お前の強い召喚力に惹かれ、多くの魔がこのあたりをうろうろしておったが、もっとも適応したのが我だ。ゆえに、この召喚でお前と契約するのは我となる」

「……誰の許可で?」

「闇の魔力で召喚を行ったのはお前だろう。鶫の魔から悪魔に変わっただけだ、何の問題もあるまい」

「問題しか無いわ!」

はあ?何だそれ。鳥の魔を呼ぼうとしただけなのに、なんで?何で悪魔が呼ばれるわけ?……ウィーネは頭を抱えた。

ウィーネは魔術学校の生徒だ。夏休みに出された「召喚」という課題をこなすために、わざわざ休みくんだりで学校の地下に潜って、こうして儀式を行っていた。自分がもっとも得意とするジャンルの召喚を行い、使い魔とする……という課題だ。ウィーネの得意とするジャンルは「闇の魔力」。使い魔にする存在は、もっとも下位の階級のみ。その条件に従って、召喚の呪文と術を構築したはずだった。可愛い鶫の騎士を呼んだはずが、なぜか黒くて怖い異形のオッサンが呼ばれている。何を間違ったというのだ!

「……えーと、私、どっか術式間違えてた?」

「……いや、見事なものだな。寸分間違いない」

「呪文は?」

「完璧だったが?」

「何間違えてたの?」

「強いていえば、お前自身の魔力だな」

「ちょっと意味が分かんない」

「あの術式で、もちろん鶫の騎士も呼びかけに応じることはできるが、お前の魔力は、それよりも遥かに上位の存在を呼び出せるほどの、上等の魔力だ。その魔力を自分のものにしたい者達が、呼びかけに応じようと先を争っていたぞ」

「だから意味が分からないってば」

「召喚者の魔力に応じた位の者がやってきた……ということだ」

……召喚者の魔力に応じた者?……ウィーネは怪訝そうに首をかしげた。確かに、自慢じゃないが学校の成績はトップクラスだ。術式理解も呪文構築も飛び級が期待されるほど、優秀だった。だがウィーネが得意とする魔力は、……珍しい「闇の魔力」で扱いが面倒くさく、実用的ではない。その魔力も別段量が多いというわけではないし、他の系統の魔力は中の下。魔力を褒められたことなど無かったが……どういうことなのだろうか。

「闇の魔力は量ではない。質だ」

「質?」

「そうだ。……そしてお前の魔力はとんでもなく、……質がいい」

アシュマの声が低くなった。

ずっと動かなかった羽がばさりと動き、瞳の光が残像となって赤い筋を揺らす。一歩踏み込みウィーネに距離を詰めると、禍々しい文様が描かれた腕でウィーネの顎を掴んだ。ニヤリと口元を歪め、笑む。……肌は真っ黒で顔にも赤い文様が筋のように這っているが、その顔はよく見れば逞しく、整っていた。赤い眼光は鋭く、見つめられると目が離せない。圧倒的な存在に、ウィーネの背筋がぞ……と震えた。自分はとんでもない存在を呼び出してしまったのではないか。

「……あの、お帰りになっていただくわけには……」

「召喚の意味を知らぬわけではあるまい」

「……それは」

使い魔としてこの世ならざる存在を召喚した場合、どちらかの存在が消滅するまで、その契約は続く。

対象としては、召喚主の魔力の方が圧倒的に上回る、固有名詞を持たない最下位の存在を呼ぶのが基本だ。契約に使い魔が応じるのは、召喚主の魔力を糧に、自分の存在を高めることができるからである。つまり、使い魔にとっては召喚主は糧であり、召喚主にとって使い魔は、その名の通り、使いである。伝言、偵察、戦闘などをさせるもよし。調査や単なる話し相手にするもよし。そういう契約を「召喚」というのだ。

「既に契約は開始された。……さあ、完了させようぞ。……分かっておるだろう。契約の開始は、魔力の交換だ。……早速、お前の魔力を味わわせてもらおう」

「……魔力を味わうってどういう……っ……!」

ウィーネの腰にアシュマの羽の鍵爪が回された。ウィーネを傷つけないように気を使っているのか、鍵爪は痛くない。アシュマはその身体を持ち上げる。ウィーネの足が少し浮き、互いの顔が近づいた。

「……ちょっと……なに、」

「ああ……予想通り、とてもよい香りだな……極上だ」

アシュマの唇がウィーネのそれに重なる。ウィーネの腕はもちろん抵抗したが、体が少し浮いている状態が恐ろしく力が入らない。

「暴れるな。お前の身体が傷つくぞ」

触れていた唇を離すと、アシュマの低い声がウィーネに囁いた。

「……ちょっと、ほんと、やめて、魔力の交換は魔法陣でできるはずでしょう。欲しいなら……そういう術式書くから、だからっ……ぁっ……!」

アシュマの唇がウィーネの首筋を這い、もう片方の手が腹を弄り始めた。羽は腰を捉まえたままだ。人間のウィーネから見れば、アシュマの腕は4本あるも同然で、2本で身体を押さえつけられ、もう2本で抱き寄せられて触れられると、抵抗しても暴れても、その身体は離れず一層密着したままだ。

「術式……?そんなもので、我が満足するとでも?……我が欲しいのは……」

「……っう……く、まって……や……」

アシュマの唇は首筋を這い上がると、再びウィーネの唇を塞いだ。何度か方向を変えてなぞると、徐々にウィーネの息が上がってくる。その隙を狙ったように、アシュマの口から舌が伸びてきてウィーネの口腔内に侵入してきた。人のそれより厚く長いアシュマの舌は、慌てることなくウィーネの舌を探している。

「……んっ……んん……」

ほどなく、ウィーネの舌はアシュマに絡め取られ、途端に荒々しく掻き回された。いつの間にか頭を抱えられ、顔を引き剥がすことが出来なくなっている。アシュマから注ぎ込まれる唾液は恐ろしく魔力が込められていて、得体の知れないそれがウィーネの喉へと流れ落ちていった。じくじくと下腹が甘く疼き始め、時折角度を変えて少しだけ浮く唇からは、小さな喘ぎ声が零れてしまうのが、ウィーネにも分かった。

アシュマの唇が離され、耳元に寄せられる。寄せられた箇所に熱い……情感的にも、そして実質的にも、熱い……吐息がかかり、舌が這ってそこが濡れる。

「我が欲しいのはお前だ、ウィーネ・シエナ」

「……ふっ……あ、……魔、魔力が欲しいんでしょ、それだったら……っああっ……!」

「術式によって加工された魔力など要らぬ。……身体から直接注がれる魔力に比べれば……。啼くお前の声も、触れる肌の香りも、魔力に満ちていてこの上ない」

服を破ってしまっては可哀相だと、アシュマはウィーネの服を弄った。腹が露にされ、遠慮なくその手がウィーネの身体を滑っていく。アシュマの肌は黒く、人のものとは全く異なる質感だ。硬くざらついているが、冷たくは無い。どちらかというと熱い。赤い文様は脈打つようにじりじりと揺らめいていて、逞しい身体全体からむせ返るような魔力が溢れているのが分かる。

「やめ、て、こんなの嫌だって……っ、はぁぅ……」

「ほう……、我をこのまま放逐するのか?」

「んっ……そ、れは……」

「我は、……上位2位の魔だが、このまま放逐してもよいのか……?」

「じょ、上位2位……!?」

人間に認識できる魔の12位の階位のうち、上位2位……ウィーネは眩暈がした。手に余りすぎる。街1つ吹っ飛ばすことくらい、造作もなくできる程度の魔力は持っているだろう。……いや、それ以上かもしれない。

「……我はお前以外は特に興味が無い。別にこの街がどのようになろうとも」

ねっとりと舌が耳を這った。びくん……とウィーネの身体が動く。舌の動きに翻弄されたのか、アシュマの言った言葉に反応したのか。魔の囁く言葉は耳元を這う舌の水音と混じりあい、低く抗い難い力を伴ってウィーネに入り込んでいく。手は焦らすように肌を撫ぜ、少しずつ上に上がってきた。

「お前を奪うついでに、この街を1つ消し飛ばしても構わないが、どうだ」

「……そんな、のっ、……脅迫じゃない、あなた、つ、使い魔で、しょう……!」

「よく分かっているではないか」

ウィーネの抵抗する声に時折甘さが交じる。アシュマの指がウィーネの胸の膨らみを捉えたのだ。下着を少しずらし、指が胸の頂に触れてきた。こんな恐ろしい様相をしているくせに、攻める指は酷く細やかだ。ウィーネの腰からカクンと力が抜ける。だが、ウィーネの身体は落下せず、羽に僅かに力が込められそれを支えた。

はあ……と息が上がるウィーネの唇をぺろりと舐めると、アシュマはふん……と笑う。どこから見ても、異形だ。話す口元からは時折鋭い牙が見え、視界に入る肌の黒は鋼のようで、目の前の存在は明らかに人外である……と、嫌でも認識させられた。

「だから契約を完了させるのだろう。……我はお前の魔力を糧とし、お前は我を使役する。……お前になんら損は無い」

「……あるわよっ、こんなのっ……い……」

アシュマは羽で掴んでいるウィーネの身体を持ち上げた。服を首まで弄り、少しずらしていた下着を完全に剥がすと、ウィーネの胸の膨らみが全て露になった。アシュマはウィーネの腕を自分の2本の腕で押さえつけると、そこに顔を埋める。冷やりと触れる空気の冷たさと反する、熱い何かがそこに触れた。

先ほどまでウィーネの口腔内を犯していた舌が、そこを這っているのだ。既に硬くなっている頂には触れない。……いや、触れるか、触れないかのところを舌が滑り、周囲をちろちろと舐めている。その度に熱く濡れていくそこは、決して決定的なところには触れない。ウィーネの息が荒くなる。大きく触れて欲しい……という切ないほどの感覚に襲われたが、それを口にすることは出来なかった。

「い、いや……ぁ……」

代わりに口から零れたのは、甘い吐息と、喘ぎ交じりの声だった。だがアシュマの攻めがそれで終わるはずが無い。吐息に誘われるように、熱い舌がウィーネの胸の膨らみに押し付けられ、敏感な先端をじゅるりと舐め取り、吸い上げた。その感覚に、ウィーネの身体が激しく揺れる。

誘われるように、アシュマの舌が激しく吸い付き始めた。大きく食まれ、口の中で音を立てて転がされる。指で与えられるものとは全く異なる刺激と、腰と手を拘束された感覚に、ウィーネの身体の疼きは激しくなっていく。

「嫌?……嫌な思いはさせぬ。多少痛いだろうが、じきによくなる」

アシュマはウィーネの胸から唇を離すと、少し身体を下ろしてやった。互いの腰が引き寄せられ、そこに熱い何かが触れる。まさかと思って、ウィーネがそれを覗き込む。……人のものではないそれは、だが人と同じ形状をしているようだ。もっとも、ウィーネは知識があるだけで、実物を見たことがあるわけではない……問題はその大きさだ。

「……いやいやいや、無理無理無理無理無理! 絶対無理。せめてもうちょっとどうにかできないの!? 上位2位なんでしょう!」

「駄目だ。契約の完了に召喚主の純潔……もっとも美味な魔力を味わう瞬間に、別の姿など取れぬ」

「……そんな、待って……あ……ぁぁぁっ……!」

ウィーネの背がガクンと逸れ、下半身がびくびくと震えた。ウィーネの下着を剥し、アシュマの長い指が音を立てて足の間を割り、中に入ってきたのだ。初めて感じる異物感と圧迫感、そして何より……すんなりとその指を受け入れてしまう羞恥に、思わず顔をアシュマの身体に押し付けた。額に感じるのは男の身体そのものだ。そして、触れた肌からも自分に注がれてくる魔力。

……先ほどアシュマは、「触れる肌の香りも魔力に満ちている」……と言っていた。恐らくこのことだろう。自分の魔力も相手に流れているのだろうか。……糧として。今行われている行為とは全く関係ないことが脳裏をよぎった。


※「満月は水より出で……」「水のなか、明かにうつれる橋は……」『パステルの龍』(芥川龍之介 著)より引用