お花見悪魔と召喚主、それから

キスの日小話。


悪魔がいつもの不適な笑みを浮かべ、頬杖に端正な顔を預けてウィーネを見ている。鋭い紅茶色の視線が捉えるのは、むむう……と唇を尖らせた少女の顔だ。

「で、糧は?」

「……」

「我はお前の望みのままに、この花を散らぬようにしてやっただろう」

「だって、……アシュマが、そうしてくれるって……」

「それに同意したのはお前だ、ウィーネ・シエナ」

悪魔……アシュマがウィーネから視線を外し、ちらりと寝台の横のテーブルを見る。その上にはアシュマの眷属が闇の王の城から少しばかり拝借してきた、薄桃色の花を咲かせた木の枝が生けられていた。

闇の界にこの花を見に行きたい……というウィーネを連れて、アシュマの住まう東城に出向いたのはつい先ほどのことだ。もちろん約束通りウィーネと共に花を愛で、タコサンウィンナや、アツヤキタマゴなどを食し、休みを丸1日使ってウィーネを堪能した。闇の界への行き来を突き付けて糧を要求してやろうかと思ったが気が変わって、……ただ、花の下でウィーネの身体を楽しんだ。

その後、窓からも花は見えるから……とアシュマの部屋に連れ帰り、寝台でゆっくりと味わうウィーネの身体は常にも増して甘く、容易く離してやるはずもない。

そんな風に楽しめば、悪魔の欲も多少は満足するかと思ったのだが、そんな状態には一切ならなかった。闇の界は闇の魔が充満していて悪魔の欲望を剥き出しにしたが、少女の……召喚主の小さな部屋は少女の香りで一杯で、なぜか悪魔を疼かせる。

ふと視線に入った、小さな木枝に開いた花。そうだ、この花を散らさぬように魔力をかけてやったのだ。

糧などという明確な契約が無くても、悪魔は少女が欲しい。しかし、時にそれを材料に少女の瞳が揺れるのを見るのも、楽しいに違いなかった。

「契約は契約だ」

「それは……」

「お前は召喚主で、我は使い魔。望みを叶えれば糧を要求するのは当然の理だ」

「……」

そう言ってやると、ウィーネが急に切なげな表情になった。またこの顔だ。ウィーネが時々悪魔に向けて浮かべるこうした表情に、引っかかりを覚える事もあった。しかし、同時のこの切なげな表情が愛らしくもあった。どこか脆そうで、繊細な感情。壊れそうなものを自分の腕の中だけで守り、見つめる……そうした行為に、悪魔は悦びを覚えるのだ。

ウィーネが、意を決したようにアシュマを見た。

黒い瞳は闇の色。アシュマの司る魔の色だ。

「糧って、何が要るの」

「そうだな……お前から、我に口付けを」

「え」

「簡単だろう」

そう。簡単なことだ。悪魔と少女がいつも行っている行為に比べれば、口付けなどと可愛らしいものである。だが、時々ウィーネはただの口付けに酷く狼狽したり、顔を赤くしたりすることがあった。アシュマにはそれが不思議でたまらず、同時に欲望が満たされるのを感じるのだ。

見れば、案の定、ウィーネは顔を真っ赤にして口をはくはくとさせていた。

「ほら、我は動かないでいてやるから、お前からこちらに来るといい」

「で、も」

「糧だろう」

「それは……!」

暫くの間葛藤していたウィーネは、やがて意を決したようにアシュマへと近付く。寝台の上で鷹揚に座っている悪魔の膝に手を付いて、そうっと唇を近付ける。

「め、めをつぶって!」

「ああ」

ぐるる……と悪魔が喉を鳴らして笑った。紅茶色の視線が消えるのを感じて、ウィーネは悪魔の……アシュマの唇に、自分の唇を触れさせる。

ふにゅりとそれが触れて、もう終わり!とばかりにアシュマの身体から、自分の身体を離そうとして……。

もちろん、それは離れなかった。

「……!!」

ウィーネの頭が捕われて、強く引き寄せられる。腰に腕が回され、絡めとられるようにきつく抱き締められた。覆われた唇の中に熱いぬめりが入り込むのを感じて、どうしようもないまま、悪魔の蝙蝠羽が広がって少女の身体が隠される。

「ウィーネ」

アシュマの……悪魔の低い声が響く。ウィーネの切ない瞳の理由が欲しい。明確にそれを望めば、この少女はそれに答えるだろうか。