「も、……あつ、暑いから、離れてよ……!」
「暑いなど理由にならぬと思わぬか」
夏のお風呂上がり、寝台脇の窓を開けて星を見上げていると、後ろから手が伸びてきて腹に回され、そのまま引き寄せられた。ふおう、と可愛くない悲鳴をあげて後ろに転がると、人間の姿のアシュマの胸板に抱きとめられる。
暑い空気とすぐにべとつく肌にただでさえうんざりしているのに、アシュマは上半身に何も着ていない。夏の空気の中、裸にペタリと直接触れ合うのは勇気がいる。世の恋人同士と言われる人達はこの悩みをどう解消しているのだろう。もっとも、ウィーネはこのアシュマと恋人同士など、断じて認めていないのだが。
ウィーネはキャミソールワンピースに肩からストールをかけていたが、アシュマからそれを取り上げられた。振り向いて取り戻そうと暴れるが、容易に捕まえられてしまう。
ストールは寝台の脇にぽいと置かれ、伸び上がったウィーネの身体を、上半身裸のアシュマが捕まえた。剥き出しの腕と鎖骨に、アシュマの体温が触れ合う。
予測通り、汗ばんだ互いの身体がペタリと吸い付きあった。うわうわと慌てて、「暑いから離れて」の言葉が出たのだ。
しかし、その程度でアシュマがウィーネを離すはずがなかった。暑いから離れねばならぬ、という理由が理解出来ない。そもそも人間の肌というものは温度があって然るべきものだ。悪魔の肌も冷たくはなく、むしろ熱を感じるとウィーネは言うが、人のそれとは全く違う。人の肌の持つ熱は体温だが、悪魔の持つ熱は魔力の熱量でしか無い。ウィーネの肌が発する温度は、魔力を源としなくとも心地がいい。そして、魔力の香りとは全く異なるよい香りがする。
堪能しようと鼻でウィーネの首筋に触れる。そのまま息で温めていると、ウィーネが奇妙な声を上げた。
「うひぃ、やめてよう……! あ、汗、暑いし、暑いから!」
しかも、なんとかアシュマから逃げようと身体をよじって悶えている。いつもの嫌がり方とは少し違って、羞恥が大半を占めているような魔力の流れだ。
その心の流れは魔力に含むと、常よりも愛らしさを感じる。ウィーネの肌の香りを鼻腔で感じ、魔力の香りを身体で感じ取った。そうしていると、ますますウィーネは顔を真っ赤にしてなんとかアシュマの腕を逃れようと暴れている。
わざと腕を緩めてやると、あたふたとアシュマの腕をすり抜けた。しかし、狭い寝台の上で、しかも下りられる場所はアシュマが塞いでいる。ウィーネは結局枕の方か足の方に逃げるしか出来ず、追い詰めるのは容易だ。
枕の方に転がるウィーネの身体を後ろから被さって捕まえると、四つん這いのウィーネがアシュマの重みにぺたんとつぶれた。
「ウィーネ」
髪の毛を避け、うなじに沿って唇を沿わせると、耳まで真っ赤にして「やめてえ」と必死だ。先ほどから「汗かいてるから」「暑いから」とよく分からぬ言い訳を並べ立てているが、なぜそれがそんなに嫌なのか。
「汗など、いつものことではないか。何故そんなに嫌がるのだ」
「だ、だって、いつもとか! いわ、言わないでよ」
「嫌いではない。身体が吸い付く感じがするからな」
少し湿った肌は重ねる範囲を大きくすると、ぺたりと付いて離れない。その感触がアシュマは嫌いではなかった。自分の身体で圧し潰したウィーネの背中から肩紐を外して、外した場所にちゅ、と音をたてて唇を寄せる。噛み付くと傷付いてしまうから、強く吸い付いた。赤い痕はすぐに付いてウィーネの白く柔らかい肌によく映える。
その痕を見れば、何かが満たされる気がした。しかしその理由は分からなかった。人間の男は、この女の肌は自分のものだと主張するために痕を付けるというが、悪魔にとってこの少女が悪魔のものであり、己の召喚主であることは永劫変わらぬ当たり前のことだからだ。
しかし、この痕を誰かが見る、ウィーネの服を別の男が脱がす、……と考えると。
グルル……と悪魔の喉が鳴る。
気に食わない。
誰が触れてもウィーネであることには変わりなく、アシュマのものであるはずなのに気に食わない。もしウィーネの肌を見る男が現れようものなら、その目を潰すか焼くかしてやらねば気が済まない。
「ウィーネ……」
アシュマの声が急に甘くなった。耳元で囁かれてぞくりと背中が揺れ、ウィーネの声が静かになる。
「や、やめてよう……暑いから、離れて……」
「今からもっと暑くなる」
「……やっ……」
アシュマがウィーネの身体を後ろから抱え、背中と胸板を合わせたまま、スカートの中に手をいれた。太ももを軽く掴んで力を入れると指が沈み、どれほどその場所が柔らかいかを想像して口許を緩める。
「それほど暑いと文句を言うなら、今日はここにだけ触れてやろう」
太ももを上へとなぞっていくと、下着に辿り着く。いつもは下着を探る楽しみを堪能するのだが、アシュマはするりとそれを抜いた。ウィーネの身体を片手で抱えて掛ける体重を少し軽くしてやると、再び太ももの間に手を入れて、遮るものの無くなった深みへと指を伸ばす。
「あ、あっ……」
もちろん、いまだ愛撫を施していないそこはまだ濡れていない。裂け目の両側に指を触れ、挟むようにして揉み解す。信じられないほど柔らかいその場所を軽く押さえつけ、その柔らかみを頼りに軽く揺らすとその振動が奥に伝える。
ちゅ、……と首筋に口付けると、小さなウィーネのさえずりが止んだ。声を我慢する必要などないと思うが、我慢している様子を見る気分だったからそのままにしておく。身体の反応は素直で、羞恥ではなく頬が桃色に染まっていた。必死で歯を食いしばって何かを我慢している表情は愛らしく、その手で触れる事無く悪魔の欲望を固く勃ち上げさせる。
ウィーネ、と名前を呼んだだけで、枕を掴む指に力が入った。同時に腰が緊張するのが伝わる。足と足の間で動かしている指を少しずらし、そっと中に触れてみせた。
「っ、あ」
「濡れ始めたな」
笑みを含んだ声でウィーネに報告し、裂け目を指で広げて引っかからぬように丁寧に奥に触れる。熱いぬめりが指先に触れて、少しずつ少しずつ、小さな潤みを大切に集めるように搔き出して、入り口の襞に擦り付けた。
「分かるだろう、ウィーネ。我の指で少しずつ濡れる様子が」
「ん……ん……」
「魔力が……濃く、甘くなっていくな」
「ま、りょく、のこととかいわないでっ……あ……」
「……」
魔力が甘いと褒めると、ウィーネの機嫌が悪くなることにアシュマは最近気が付いた。魔力が減るから怖いのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。だが、アシュマにはウィーネの機嫌が悪くなる理由が分からない。ならば、仕方なく常とは異なる言葉を口にした。
「お前も甘い。……息と、肌が、甘く感じる」
「……あっ」
そう囁いた途端ウィーネの花弁がひくりと動き、アシュマの指先が軽く飲み込まれた。アシュマが少し動かしたのか、ウィーネの吸い付きに引き込まれたのか判別できない。
ウィーネの肌と息は甘い。魔力を感じず、人と同じ器官でそれを味わっても甘いと感じるのだ。甘いと感じるはずなど無いとアシュマにも分かっているが、そう感じるのだから仕方が無い。いつも浴室で使っている香りと肌の香りが混ざり合っているからだろうか。湿って張り付いた髪を避け、くちゅ、くちゅ……と粘ついた音を響かせて肌を吸う。舌を出してちろちろと舐めるとやはり甘い。その甘さはアシュマの何かをしびれさせる。
そうしていると、力を加えていないのに、ウィーネがアシュマの指を飲み込んでいく。
「触れているだけなのに、もう指が全て入ってしまったな」
「んっ……あぅ……」
動かし始めた。
く、と指を付け根まで沈ませて、引き抜いて、また沈み込ませる。その度に、ぷちゃ、と音が響いて、アシュマの指を濡らしていく。少し引き抜いて、別の指で花弁を少しくすぐり、もう一度……今度は2本の指を挿れる。
中で指を動かすより、静かに出し入れをしたほうがウィーネは感じるということをアシュマは知っている。膨らんだ花芽を時々ひっかきながら、優しく出し入れを繰り返すと、粘液が泡立つような音がして、ウィーネの吐息が荒くなっていく。
ウィーネの潤んだ瞳と少し開いたふっくらとした唇を見ているだけで、アシュマの身体も熱を含んでくる。外敵の攻撃がアシュマを傷つけたとて痛みなど感じぬのに、ウィーネに触れウィーネを待ち望むこの瞬間は、悪魔の身体を痛く苛むほどだ。
びくびくと震えて今にも達しそうなウィーネの膣内から指を引き抜き、入れ替わりにアシュマの欲望を突き入れる。
「ひっ……ああああっ……!!」
「くっ……は、……ああ……ウィーネ」
うつ伏せのままのウィーネに突き入れると、直前まで高められていた身体が達したようだ。これにはアシュマも声を漏らさずにはいられなかった。待ちきれぬほど熱くなったそれを飲み込んだ瞬間、ウィーネの膣内もまた、待ちきれなかったようにびくびくと脈打ちアシュマの禊に吸い付いたのだ。脈動に合わせて小刻みに動かすと、その度に襞がまとわりつく感じが堪らなく好い。
激しく出し入れを繰り返すと、その動きの度にウィーネの声がゆさぶられる。しかし激しく動かしすぎたからか、ウィーネの手から力が抜け、枕を掴んでいた指がするりと解けた。その途端「アシュ……ぅ」と小さな声でアシュマを呼ぶ。
その声を聞いて、アシュマは動きを止めた。まるで激しく運動した後のように、興奮の荒い息を吐く。
アシュマは一度引き抜くとウィーネの身体を背中から抱き寄せて寝台に転がり、細い足の片方を持ち上げた。間にアシュマの足を割り込ませ、再び深く挿入する。
ウィーネの声が緊張した苦しげなものから、甘く柔らかなものになった。
「ふ、あ……うあ……ん」
「ウィーネ、瞳を開けろ……」
「ん……」
達する愉悦は快楽だが、ウィーネにはあまりに過ぎて苦しくなることが度々ある。そのまま気を失ってしまう事もあったが、今日は少し違う。体勢を楽なものに変えられて、後ろから抱き締めるアシュマの吐息を優しく感じた。心地よさは相変わらずだが激しい愉悦は収まり、やわやわとした体温の交錯だけに息をついて、ウィーネは言われるままに瞳を開ける。
窓の外には、白銀の星の河が流れていた。
「あ……」
「ウィーネ、ウィーネ……」
すごい。星。
そう言おうとすると、再びアシュマが動き始める。割り込んでいる方の筋肉質の太腿が、繋がり合っている部分に押し付けられ、重なり合った身体がぬめぬめと揺らされた。
苦しいほどの愉悦を何度も何度も思い知らされて疲弊していたはずなのに、奥まで挿入されて丁寧で優しい抽送を繰り返されると、身体が溶けるように疲れが解れてくる。力は出ない。けれど、じわじわと快楽は果てまで押し上げられて、いつ達したのか分からないほど重く長くそれが続き、やがてくたくたと力が抜けていった。
心地がいいと、感じてしまう。
ずるずるとゆっくりと落ちていくのも。
「ウィーネ・シエナ……お前の身体は柔らかく、美味い」
落ちていく先で、悪魔の腕に受け止められるのも。
****
窓の外に白銀の帯が光り輝いている。この時期にしか見られない天空現象で、精霊が作る星河と呼ばれている。力の弱い精霊達が懸命に星を集めている様子だと言われているが、実際のところは、秋のサーウィン祭の前に、六界がこの界から大きく離れることによって魔力の偏りが生じて起こる現象だ。
夜の空に、霧のような細やかな星が集まっている様子は精霊の橋、精霊の河……とも呼ばれているが、ウィーネには夜空が切り裂かれてその中に星が吸い込まれているように見えた。輝く星々の霧の真ん中には、夜の闇よりもさらに深い闇色の部分があって、白銀はその周辺を覆っている。
くったりと力の入らない身体を悪魔の黒い身体に預けたまま、ウィーネは開かれた窓の外にそれを見ながら、あの天空現象がアクィラ・リュラエと呼ばれている由来を思い出す。
「ウィーネ……」
いつのまにか悪魔の本性を露わにしているアシュマが、後ろからウィーネを抱き締めていた。ウィーネの身体を足と足の間に挟んで、頭の上に顎を乗せて喉を震わせ、グルル……という唸り声を聞かせている。
「あの星」
「ん?」
「アクィラ・リュラエっていうの」
「知っている」
その由来は人間によるものなのにアシュマはなぜ知っているのだろう。意外な言葉にウィーネが顔をあげる。アシュマは悪魔の口許をニヤリとゆがめ、そのままウィーネの唇に軽く唇を触れ合わせた。
アクィラ・リュラエ……とは、精霊の作った星河を意味するが、実はこの名前がそのまま祭の名前となっている。その由来は諸説あるが、もっとも有力なものが、とある男女の仲が引き裂かれたという恋物語だ。
機織りの一族と牛飼いの一族、川を挟んで対岸に住まう2つの一族があった。2つの一族は川の水の利権を争い仲が悪かったのだが、ある時、それぞれの一族の男と女が恋に落ちてしまった。相容れぬ2つの一族の長はそれを怒り、2人の仲を引き裂く。2つの土地をつないでいた唯一の橋を壊して、離ればなれにしてしまったのだ。それを悲しく思った2人は、お互いに「会いたい」と願いごとを込めた魔法の札を作って対岸に飾ったのだが、その姿を哀れに思った小さな精霊たちが、その魔法の札の魔力を使って星を集め、川を星で埋めて渡れるようにしたという。それ以後、その川が星で埋まるときだけ、2人は会えるようになった。
この物語に従って、アクィラ・リュラエがもっとも美しく見える日、2人が対岸に飾ったとされるティモルという木に、魔力を込めた札に願い事を書いて吊るしておくと、精霊の鳥がその札の魔力を使って願いごとを叶えてくれるのだとされている。ただ、実際のところ札の魔力は小さな灯りも灯せないほどの微かなもので、実際に精霊が願いごとを叶えてくれるのは稀だ。魔力に見合った願い事しか叶えられないからである。おまじないのようなものだ。
魔術学校でも毎年この魔力札が配られる。それぞれ六界を象徴する色の札になっていて、生徒は好きな色を1枚だけ選び、めいめい願いごとを書いて中庭にあるティモルに飾ることが許されていた。
祭のお遊びなので無記名でも構わない。書かれるのは真剣な願いごとから、おふざけのものまで様々だ。
「お前は書いたのか」
「え?」
「願い事を書いたのかと聞いている」
ウィーネはふるふると首を振った。
まだ書いていない。ネルウァ・セルギアあたりは毎年何かしらお遊びめいた願いごとを書いていたが、ウィーネはそもそもこういうお遊びに思い浮かぶ手頃な願いごとというものも無い。毎年「アクィラ・リュラエ」とだけ書いて吊るしている。特に願いごとが無い時に書く、飾りのような決まり文句だ。
今年、もし書くとしたら何を書くだろう。
願い事は……
ぼんやりと考えていると、なぜか心の奥にしまって忘れたふりをしている気持ちが顔を出そうとした。
だけど。
「くだらぬな」
せせら笑った悪魔の声に我に返る。悪魔の冷たい言葉は少なからずウィーネを切なくさせたが、開きそうになっていた心の蓋がパタンと閉まってくれて、少し安心もした。
「どうせ、くだらないわよ、うるさいな」
誤摩化すために、傍らに置いていたクッションを掴んで悪魔の顔にぼふんと押し付けた。アシュマの本性の力を知る者が見れば震え上がりそうな光景だが、別段アシュマは怒ることもなく、真顔でそれを取り上げて避ける。
「何か願いがあったのか?」
「別にないわ」
ウィーネはアシュマに背中を向けて、拗ねたように丸まった。悪魔は黒い鋼の身体に、丸まった少女の身体を乗せて抱き締める。夏とはいえ薄着だと風邪を引くから、毛布を引き寄せて肩に掛けてやる。
なぜか拗ねてしまったウィーネを抱き直しながら、アシュマはわずかに首を傾げた。願いごとを吊るすなどくだらない。この少女には闇の界の上位二位の悪魔が使い魔となって側にいるのに、なぜそのようなことをする必要があるのだ。ウィーネの願いはこの使い魔が叶えてやるべきものだ。もちろん、甘い魔力を糧にして。
それなのに何故拗ねるのか。
「ウィーネ、怒ったのか?」
甘く囁けば、少女は悪魔に願いを請うだろうか。そうして得た糧に少女を味わえば、今度こそ悪魔の飢えは満たされるのだろうか。
「怒ってない……」
まだ僅かに拗ねているウィーネの声を自分の腕の中に閉じ込めながら、悪魔はこの少女の機嫌をどう取ってやろうかと考え始めた。実をいえば、まだ悪魔は物足りていないから、もう少し少女を味わいたいのだ。
一晩中優しく抱けば、ウィーネの機嫌は直るだろうか。
****
結局、ウィーネは今年も特に願いごとは書く事無く、「アクィラ・リュラエ」とだけ書いて吊り下げ、ネルウァからさすが優等生は書くことが違うとからかわれただけだった。
しかしそれを吊り下げて2日ほど経ったある日の午後。図書室の奥のお気に入りの談話スペースで本を読んでいると、小さな箱がすっと目の前に差し出された。
「何、これ」
差し出した手はアシュマで、ウィーネの読んでいる本の上にそれを置くと、隣に座ってニヤリと笑った。
「お前にやろう」
「え、なんで?」
別に祝い事があるわけでもなく、プレゼントをもらうような特別な日ではないはずだ。それなのに、小さな黒い箱に綺麗な薄黄色のリボンがかかっていた。
不審に思ったが、箱の可愛らしさの誘惑には抗いきれず、リボンの紐を引っ張ってみる。強すぎず弱すぎず結ばれたそれは、心地よい力加減でしゅるりと解けた。箱の蓋を開けてみると、そこには小さくて透明な四角い物体が入っていた。
なんだろうと思って覗いてみると、四角い透明な物体はつやつやと美しく輝いていて、ほんの少し暗い青で色づいている。蓋を取り払って光に透かしてみると、向こうが見えるほどの透明度で、その中には青の濃い部分と白銀の星が閉じ込められていた。
「う、わあ……」
まるでこの間見た、精霊が作った星河のようだ。精霊が夜空に作ったといわれる星の河が、手の平に乗るほどの小さな四角の中に作られている。
「これ、……もしかしてお菓子?」
「そうだ。よく分かったな」
そうして、この四角はよくよく見てみればゼーレと呼ばれる透明な水菓子だった。普通は果物の汁や砂糖を溶かしたシロップなどをぷるぷると柔らかく固める夏の菓子だが、それを少し固めに作り、中にアクィラ・リュラエを再現したのだろう。
「すごくきれい。食べるのもったいない」
「ほう。なら我が食べる」
「えっ、私も半分食べる!……でも、食べるのは、もう少し眺めてからにしていい?」
「好きにするがいい」
アシュマが少し笑ったような気がして慌てた自分が恥ずかしかったが、ウィーネはその視線から逃れるためにも、もう一度小さなアクィラ・リュラエを見つめた。こんな綺麗なお菓子初めて見た。覗き込むと、川の向こうとこちら側に緑色の木まで再現されていた。アシュマが肩を抱き寄せたが、それを振り払う事も忘れて見つめる。
だが、どうしてアシュマはこれを贈り物にしてくれたのだろう。
ウィーネは何も願わなかったのに。
「どうして……?」
「何が?」
「どうして、何もない日なのに、こんなの買ってきたの」
「お前が好きそうだったからな」
それを聞いてウィーネが困ったように眉を下げて、頬を赤らめた。その横顔を眺めてから、アシュマは満足げに唇を寄せる。
悪魔に少女の一番欲しいものは分からない。
しかし、そのことに悪魔は気付かず、少女は気付かぬふりをする。
アシュマはウィーネの頬に手を伸ばし、小さな作り物の星空を眺めている闇色の瞳の下にそっと触れた。
アクィラ・リュラエは、我らが世界の七夕祭とは関係ありませんよ!