なにやら騒がしい。
スルホニル砦の地下監獄で囚人が目を開ける。身体は動かさずに、瞳だけをきょろと動かした。斜め向かいの最も奥の牢にも囚人が入っており、それは随分古い客のようだ。自分はここに来たばかりだから、交流は無い。
騒がしさはこちらに近付いてきているようだ。さて、そろそろ頃合か。
その囚人が完全に意識を覚醒させたのと同時に、喧騒はすぐそこに迫った。どうやらこの監獄に向かってきているらしい。自分が目的ではないことは確かだ。そのような覚えはない。…ということは、目的は…。
ガン!
何かがぶつかった衝撃で監獄の扉が開いた。同時に見張りの兵士らしき身体が吹っ飛び、カラン…と金属の音を立てて何かが石の床に落ちる。
静寂は一瞬で、すぐにカツカツ…と硬質の足音が響き、余裕の気配を纏った何かが扉をくぐる。その足音の主は、見張りの兵士の側に無造作にやってくると、やはり無造作に見張りの顎を蹴り飛ばした。低い呻き声を最後に、見張りの兵士がぴくりとも動かなくなる。傍らに落ちているのは、どうやら剣のようだ。見張りが持っていたものだろう。無残にも、刃の途中から折れていた。
足音の主は旅装に身を包んでいる。マントとコート。フードを深く被り、一見して顔は見えない。背はあまり高く無いようだが、身のこなしは軽やかだ。その者は、倒れて動かなくなった見張りの傍らにしゃがみこむと、その腰元を探る。
探る動きが止まる。目的のものを探し当てたのだろう。探っていた手を動かすと、鍵の付いた輪を取り出して立ち上がった。
そして、そのまま奥の囚人へと歩みを進める。カチャン…と音を立てて牢の鍵を開け、何事かを話している気配が伝わってきた。だが、何を話しているかはよく分からない。一連の動きに気を取られていたが、砦の中だけではなく外が騒がしくなってきたようだ。まるで何かが攻め込んできているような、そのような気配がする。
その気配が砦に流れ込んできたのが分かった。奥の牢を開けた人物…牢破りが、そっと身を翻して気配を窺っていた囚人の牢の前を通り過ぎた。
「って、おおおい、ちょっと待てい!」
足が止まり、牢破りが振り返る。僅かに首を傾げた。
「ここは、そっちのお客さんだけじゃなくてこっちも開けるところだろうが!」
囚人は扉に近付くと、鉄格子を掴んでがちゃがちゃと揺らした。檻に入っている猿のようである。その姿をフードの下からしばらく眺めていたその人物は、やがて手に持っていた鍵の輪をかしゃんと囚人の入っている牢に投げ入れた。
「おっ、ありがとよ!」
鍵を受け取ってうきうきと牢を開けている囚人を尻目に、監獄の扉を出た。「おい、待てって、お前!」何事かをぶつぶつと言いながら鍵を開け、囚人も監獄の扉を出たところで動きが止まる。
監獄の扉を出て広くなっている見張り達の居る場所には、既に数名の兵士が後続していた。その兵士の1人が言う。
「牢破りか…。砦の中に騎士を手引きしたのもお前か!」
「いや。私が依頼されたのは、宰相の牢を破り助けが来るまでここを守ることだ。」
「同じことだ!」
「砦を破られたのはお前たちの過失だろう。私は知らん。後で助けが来る…としか聞いていない。」
「貴様…。」
既に剣を構えている数名の兵士が、今にも飛び掛らん気配で間合いをじりじりと詰める。
「…逃がさん。かかれ!」
号令と共に後ろに控えていた兵士が3人飛び出した。牢破りが腰の剣を抜いて、1人の剣を受け止める。受け止めた手が翻ったと思った瞬間、ガキィ!と鈍い音がして剣が折れた。剣の金属が奇妙にきらめき、魔法の力を帯びていることが分かる。
「…な…。」
剣が折れてしまったことに衝撃を受けたのか、受け止められた兵士の動きが僅かに鈍る。その動きを逃すはずも無く、軽く足払いして倒しながら牢破りが手に持った剣を振った。カランと音がして、折れた剣の刃が飛び、柄が足元に落ちる。倒れた身体をものか何かのように足で横に払うと、その身体がうめきながら勢いよく、部屋の片隅の棚をあさっていた囚人の元に転がってきた。うめく兵士の目と囚人の目が合う。
ニ…と囚人が人懐こい笑みを浮かべて首をかしげ、いつの間にか持っていた短剣を倒れた兵士の首に宛て、躊躇うことなくそれを引いた。
「へえ。」
囚人は絶命させた兵士には既に気をとめることも無く、牢破りが戦う姿を見て感嘆の声を零した。あの武器は…。
「そいつも仲間か!? …おのれ…」
「あれは関係ない。」
牢破りが2人目の兵士の剣を受け止め、受け止めたまま振り下ろす。再び剣がきらめいて、魔法の力が込められたのが分かった。受け止めた刃が下ろされたにも関わらず、兵士の剣は受け流されず、剣を持った身体が何故か床に向かって引っ張られるように転倒する。無様に転がり天井に背を向けている兵士の首元に、牢破りが剣を持っていないほうの手をかざす。魔力の光が浮かび、ドン…! と鈍い音がして兵士の顔が跳ねて床にぶつかり、動かなくなった。魔法弾を打ち込んだのだろう。そのまま手に持っていた剣を持ち上げた。何かがその刃に引っかかっている。引っかかっている何かを、牢破りは後ろへそれを勢いよく放る。
空を切る音がして、牢破りの背後から切りかかろうとした兵士が、甲高い悲鳴を上げて後ろに後ずさった。剣が刺さっている胸元をかきむしるように後ろへ倒れる。
「破壊剣か。」
ヒュウ…と囚人が口笛を吹いて、牢破りの横に並ぶ。手に持っている剣には、片方には磨かれた刃が、片方には深い切り込みがいくつもあり、いってみれば櫛のようになっていた。1人目は櫛の隙間に剣をあてがい、てこの原理で折ったのだろう。2人目とやりあった時は折れ切れなかったと見たが、剣を引っ掛けただけで無理に折ろうとせずにバランスを崩させる。3人目は引っ掛けた剣を上手く後ろに飛ばして、その剣で殺した…というわけだ。
「それに、魔法使いと来た。」
ソードブレイクする剣は珍しいが、無いものではない。対人戦に非常に有効…な戦法だが、それほど簡単に剣は折れない。しかし、魔法で強化しているようだ。ただ、囚人が知っているそれは普通は盾の代わりに使う。あの牢破りは2刀流ではないようだ。腰にまだ得物をぶら下げてはいるようだが、2人目にとどめを刺すとき魔法弾を至近距離から打ち込んでいた。あれが、あの牢破りの…魔法剣士の基本的な戦法なのだろう。しかも、あの声は…。
「くっそ…死ね!」
リーダー格の4人目はある程度腕が立つ男のようだ。剣を折られることを分かったか、数度剣を合わせては、櫛に絡め取られないようにすぐさま刃を離している。何度か打ち合いの音が響いた。剣の腕は牢破りの方が上のようで、徐々に壁際に追い詰めていく。無造作な所作の割に、この牢破りは慎重派らしい。隙を狙っているのか、じりじりと追い詰めてなかなかとどめを刺さない。圧倒的に兵士の分が悪いだろう。そもそも、剣を折られないように集中していては…。
「ほい、こっちがお留守だぜ兵士さんよ。」
「な…。」
打ち合いの一瞬の隙を見計らって、2本の細身の剣が兵士の首元に交差させられた。僅かでも動けばそこが朱に染まるだろう。牢破りと囚人の位置が入れ替わり、剣を兵士に突きつけているのは囚人だ。ニヤ…と口元に笑みを浮かべて、刃を深くした。大人しく引いた牢破りを振り返る。
「で、どうするこれ?」
問われた牢破りの表情が胡乱なものになったような気がした。「好きにしろ。」と言い捨てて、剣を納めて見張り部屋を後にする。
「って、だーから、ちょっと待てって。なあ!」
うぐ…と小さな絶命の呻き声が聞こえて人が倒れる音がした。だが、そちらに顔を向けずに囚人が牢破りを追いかける。
「なあ、あんた魔法使いでソードブレイカーでおまけに…。」
まとわりつく囚人には目を向けずに牢破りが歩いていく。すれ違う兵士に生きている者は居ない。やがて突き当たり、左右に廊下が分かれているのが見えた。右方からざわついた人の気配が近付く。囚人が瞳を細めて警戒したが、牢破りはお構いなく歩いた。
「ハウメア殿!」
ハウメア…と呼ばれたらしい牢破りが足を止めた。人の気配のした右手から、数名の屈強な戦士を連れた…どうやら騎士らしい一団がやってくる。その一団のリーダーの声のようだった。ハウメアがそちらを見て、顎で地下監獄の方を指す。
「宰相閣下は…」
「無事だ。水と武器を与えている。早く行ってやれ。」
「は…。感謝を。お前たち、行くぞ。ハウメア殿、共に…」
「私は少し野暮用があるんでな。依頼主に金ならもらっている。早く行け。」
「しかし…」
「後で行くから。」
渋るリーダー格に背を向けてハウメアは、左側の通路に入る。諦めたように地下監獄へと向かっていく騎士達をやりすごしながら、囚人は面白そうに再びハウメアについていく。
「ハウメアっていうのか、姐さん。」
「まだいたのか。」
ハウメアの足が止まる。フードから響く声はなるほど、美しい、女の声だった。剣を持つ手も細い。
「ひどい言い草だなあ。」
まるで散歩道を行くように、のんびりとした歩調で…だが引き離されないような距離を保って、囚人はついていく。魔法の灯りに浮かぶ囚人の顔は飄々としていて食えない。しばらくの間牢に入れられていたからだろう、無精髭が顎を象っていて粗野な風だが、身体つきはしなやかで剃刀のようだ。
砦を守る兵下たちは、外から攻めてくる騎士達に奔走されて出払っているのだろう。時折すれ違う兵士たちは、哀れにもハウメアに剣を折られて気絶させられたところを、囚人に首を掻き切られた。
2人はそうした連携を見せながら砦の階段を最上階まで登り、立派な扉の付いた部屋の前までやってくる。
「指揮官部屋かい。何か探しモンが?」
「お前には関係ない。」
「お前じゃねーよ。名前はケレク。…なあ、もう逃げたんじゃねーの?」
「どうだろうな。」
ハウメアの左手に魔力が集中され、それが放たれると扉は吹っ飛ぶように開かれた。「おうおう、豪快な開け方で。」あきれ返るように、だがやはり楽しそうに囚人…ケレクは部屋に立ち入るハウメアの後に続く。
誰もいないかと思っていた部屋には2つの身体があった。
ひとつは、寝台で倒れている年かさの男。もうひとつは、色っぽい目で倒れている男を眺めている豊満な女だ。この砦の指揮官には、美しい情人がいるという。それは彼女のことなのだろう。…女はどうやら指揮官を寝台の上で殺したようだ。ゆっくりと、こちらを見て、真っ赤な唇でにんまりと笑った。
「…てめえ!」
その女の顔を見たケレクが弾かれたように叫び、腰から2本の剣を抜き放った。片方の剣で女を指し、ぎらついた表情で女を睨みつける。
「あら?」
「てめえのせいで、俺はこんなところで油売る羽目になったんだよ、クソが! ただで済むと思うなよ!」
た…とケレクが床を蹴って、ハウメアを追い抜き女と距離を詰めた。女は、笑みを浮かべたまま寝台を蹴り、そのまま窓へと手を掛ける。振り向きざま、チュ…と投げキッスをひとつ。
「楽しい夜だったわよ? お兄さん。また遊びましょう?」
そう言って、ふわりと窓から飛び降りた。ここは2階や3階などではない。飛び降りればただでは済まないだろう。
「ちくしょう!」
窓のへりからケレクが覗くが、もう闇夜に溶けて外には何も見えなかった。ち…と大きく舌打ちして振り向くと、ハウメアが盛大にため息を付いていた。
「逃げられたではないか。」
「ああ? あの女に用があったのかよ。」
「正確にはあの女が持っていたものだ。」
「はあん? もしかしてこれかあ?」
ケレクが下穿きの奥の奥から、ごそりと紙切れを取り出した。取り出した場所が場所だけに、再びハウメアがため息をつく。
「いつ奪った?」
「あの女と寝てるとき。酒場の領収書と交換してやった。」
「なるほどな。」
ローブから見える口元が、初めて笑みを見せる。独特の形状をした剣を持ち上げて、ケレクの首元に突きつける。「おっと」…などといいながら、ケレクは大袈裟に両手を挙げて見せた。
「渡してもらっても?」
「おとなしく渡すと思うか?」
「何が望みだ。」
「あんた傭兵だろ?」
ハウメアがケレクの様子を窺うように首を傾ける。
「俺に雇われねえか?」
その言葉に、ははっ…とハウメアが笑った。
「バカかおまえは。」
笑いがくすくす笑いに変わって、肩を揺らすハウメアにケレクがムっとする。
「ああ? なんだよ。」
「別に私はその紙切れが無くてもかまわない。」
立場は自分が上だ…ということをハウメアは言っているのだろう。ケレクが続きを待つように黙り込む。ハウメアは剣を持たないほうの手を懐に入れて何かを取り出すと、ケレクに向かって放り投げた。
「お前を雇うのはこの私だ。盗賊ケレク。金貨5000の賞金首め。」
言いながら、女が逃げた窓とは別の窓へ歩いていく。受け取った何かは貨幣の入った袋のようだ。その袋を覗いてケレクはぎょっとした顔でハウメアと袋の中身を交互に眺める。貨幣を一枚取り出して、しげしげと見入ってそれを袋に再びしまった。
「…てめえ、何させるつもりだよ。」
「その紙を見なかったのか?」
「見たさ。地図だろう。だが…」
「読めない?」
チッ…とケレクが舌打ちする。ハウメアが悠然と言った。
「私ならば読める。」
「何の地図なんだよ?」
「別に。ただの遺跡だ。」
「何がある。」
「私にとっては重要な古い本達が。お前にとっては価値のある金目のものが。」
「分け前は?」
「さあ、行ってみなければ分からんな。」
「…お前、最初から俺が誰だか分かってたな?」
ハウメアがローブに手をかけて顔を出した。ふるふると髪を振って整えると、挑戦的な目つきでケレクを見た。睫の長い少しだけ切れ長の瞳に薄い唇。顎のラインで切りそろえた見事な黒い髪。極上の美人…というわけではないのに、堂々とした表情が目を惹く女だ。ケレクは、ハウメアの顔を楽しげに眺めて顎を撫でた。
「遺跡には行ったことがあるんだが、罠だの鍵のかかった扉だの面倒でな。」
「面倒って、あんたな…。」
その顔に感嘆したのも一瞬。放たれた言葉に聞いて呆れる。
「何か手が無いかと思っていたら、この砦に稀代の盗賊が囚われているというではないか。」
「宰相が目的じゃなかったのかよ?」
「あのじいさんを助ければ金貨を貰えると聞いたんでな? ついでだ。」
「てめえ…。」
じゃあ、さっさと助けろよ…とぶつぶつ言いながらケレクは貨幣の入った袋を懐に収めた。見張り部屋で取り返した自分の商売道具も揃っている。
「契約成立だな? …ではケレク。手っ取り早くここから降りたいのだが、何かいい方法は無いのか。」
「人使いの荒いご主人様だねえ…。」
がり…と頭を搔いて、商売道具から鉤のついたロープを取り出した。先端には魔法が掛かっている。力の負荷に耐えられる…というわけだろう。それを手馴れた様子で窓に取り付け、2,3度引いて手ごたえを足しかめると、窓辺に身を乗り出してハウメアに手を伸ばした。
「来いよ。」
ハウメアがその手を取ると、ぐっ…と引っ張り恋人たちがするように抱き寄せられた。唐突に色めいた声になって、ケレクが笑う。半分乗り出した2人の身体は今にも絡み合って、落ちていきそうだ。
「おう、身体はやっぱり女なんだな?」
耳元に舌が触れそうなほどの位置で囁いたが、ハウメアはどうという風もなく呆れたような表情で言った。
「手馴れているな。」
「女の扱いが?」
「いや、鉤フックの扱いが。」
「ああん?」
「金貨5000の手練れなのに、なんでこんな程度の低い砦に囚われたんだ?」
「あの女だよ。」
「ん?」
「胸に毒を塗ってやがった。」
「おやおや、それは気の毒だったな。」
心底同情しているような声で、だが僅かに笑みを含んでハウメアが言った。
胸に塗った毒。寝台の上でそれと気付かず幾度か口に含んだ瞬間、ケレクの意識は当然のように崩れていき、気がつけば砦の地下監獄に閉じ込められていた…というわけだ。
嫌なことを思い出すかのようにケレクは顔をゆがめ、ハウメアの腰をきつく抱いて互いの身体にくるりとロープを回した。とん…と窓のヘリを蹴るとしゅるりと布を擦るような音がして2人の身体が落ちて行く。地面に足が届く瞬間、きゅ…とケレクがロープを握って速度を落とし、2人はあっという間に地面に降り立った。ケレクが片方の腕を引くと、取り付けた鉤が外れてロープが巻かれて手の中に納まる。
2人を巻きつけたロープも解いたが、その身体に自分の身体を重ねたまま、ケレクはハウメアを砦の壁に押し付けた。
「なあ、あんたは…。」
「ケレク?」
「あんたは胸に毒を塗っていないだろうな?」
恋人を寝台に誘うような声で耳元に近づき、不埒な動きで腰を絡める。それに誘われるかのように、ハウメアの声が濡れた…しっとりとした心地よいものになった。
「安心しろ…」
「へえ?」
「お前がそれを心配するような事態にはならない。…不埒な真似は止めなさい、ケレク。」
前半は恐ろしく色っぽい声で。後半は、貴族が使用人に命じるかのような口調で言うと、ケレクがハウメアの身体に這わせようとした手が止まった。
「ってめえ…!」
「言い忘れていたが、ケレク。…お前に渡したあの貨幣、主従の呪いがかけてあってね。」
「卑怯だろ!」
「お前が迂闊なのがいけないのだよ。」
「あのなあ!」
「ついでに教えておこうか。」
「…まだ何かあるのかよ。」
主従の呪いにより、主はハウメア、従士はケレクとなった。主人の命により動きが止められたケレクは動けるようになると、奥歯を噛み締めながらハウメアを睨みつける。その表情をハウメアは楽しそうに眺めた。そうしてにっこりと、それはそれは綺麗で魅力的な笑顔で言い放つ。
「この砦の指揮官は同性愛者でね?」
ケレクの瞳が見開かれる。
「美しいその情人は男だ…ということだよ。」
「は…はああああああああ!?」
「やあ、怖い話だな。」
はっはっはっ…と笑いながら、ハウメアはケレクに背を向けて歩き出した。砦に攻め込んでいる騎士達の騒ぎとは逆の方向だ。その背を追いかけながら、ケレクが喚く。
「いやいやいやいや、ちょっと待てよ! どう見ても女だったろう、アレは!? あの胸はっ」
「胸などどうにでもなる。魔法生物から採取できる体液を注入するとか、そういう東の国の技もあるらしいぞ?」
「け、けど、どう見たって…」
「下は見たのか?」
「し…」
「挿れたのか?」
「い…。」
ハウメアは言葉を失ったケレクを振り返り、楽しそうに再び笑った。
「いやいや、怖い話だ。」
「くっそ…あの女、いや、あの野郎…今度見かけたら絶対殺す! 100回コロス!」
頭をかかえて、ぐおおおおおと咆哮する盗賊を従えてハウメアは砦を離れる。
稀代の盗賊ケレクと、魔法使いであり破壊剣ハウメアのコンビは、その名を知らぬ者がないほどの遺跡発見者となるのだが、今はまだまだコンビとも言えぬほどの組み合わせだ。後に、多くの遺跡の謎を解くだけではなく、とある国の王をたぶらかした傾城の美女の正体を暴いたり、とある国の宰相閣下の跡継ぎになってくれと頼み込まれたりするのは、また…別の物語である。