001.宇宙で唯一

惑星ヴァルキュイウルスは闇の惑星と言う名の通り、惑星の周辺のエネルギー波の影響により、宇宙の闇よりなお深い闇に覆われている。その闇の奥に、さらに昏い黒い惑星、一見すればブラックホールにも見えるそれが、アクノテイオーン・ウォルフの治める星だ。

だがウォルフは今はヴァルキュイウルスにはいない。

彼は今、地球という惑星にある日本という国に所属する、小さなとある都市の極々小さなアパートの一室で、これまた小さくて狭い寝台の上で、愛らしい女を腕に抱いて、眠っていた。

自分の胸板にすっぽりと収まって、まるで居眠りをする猫のようだ。いつもわがままを言うくせにこうしていると大人しく、随分と可愛らしい。腕を少し曲げて頭を撫で、耳元をくすぐってやると、もぞもぞと動いてすり寄ってきた。起きている時はすり寄ってくることなどほとんどないのに。

女は闇の惑星の帝王……かつて帝王だったウォルフの至宝、宇宙で唯一の伴侶だ。名前を優月という。

休み前だからゆっくり時間をかけて愛でてやったのだが、それはそれでしつこいだのねちっこいだの文句が多い。もちろんそういう文句も総じて可愛いのだから、もっと言えばよかろう。

それにこうなるまでに随分と待ってやったのだ。過剰なお楽しみも仕方があるまい。

「ん……ォルフゥ……」

眠気を含んだ甘い声がウォルフを呼んでいる。ウォルフは小さく笑って、しかし返事はお預けだ。ただ抱きよせる腕を少し強くして、足で優月の身体を挟んだ。

「んむぅ……」

ウォルフの胸板に吐息がかかって熱い。抱き寄せたから近かった距離がより近く、ほとんど零距離になったからだ。眠りが浅くなってきた優月が、くあ……とあくびを一つしたのを感じた。

頭をなでなでとさすって、そこに顎を乗せる。ますますウォルフの大きな身体に包み込まれて、優月がうなり声をあげた。

「ぅぉるふ……」

指先に触れる髪を少し握って、サラサラとした手触りを堪能する。

「ウオルフぅ……?」

ごそごそと動き始めた優月が逃げぬように、さらに抱き締める力を強くする。

「ウォルフ、ちょっと……」

ウォルフの何も身につけていない胸板に、優月の指先がするりと触れた。

「ウォルフ! ちょっと、重ーい!」

「ああ。悪かったな」

ようやく少し腕を緩め、代わりにするりと優月の着ている寝間着の中に手を入れる。少し大きめの寝間着はウォルフが着ていたもので、上は優月が、下はウォルフが身につけていた。自分と優月の匂いが混ざるようで気分がいい。

不埒なウォルフの手が優月のなめらかな肌をなぞり始める。ウェストのくびれを確認し、そのままじっくりと上へ上へと手を動かす。具合のいい柔らかな段差に触れた時、身体を引き離すように優月がウォルフの胸を押した。

「やめてよ、もうなんなの朝から!」

「朝? 朝というには随分と陽が高いがな」

「えっ」

ウォルフが一度手を休めると、優月がぎょっとした顔をして身体を起こした。だぶついた男物の上だけ羽織った優月は、緩めの襟からチラリと見える胸の膨らみの影が随分といい眺めになっているのに気がついているのだろうか。柔らかい枕の上に頬杖をついて顔だけ起こすと、そのいい眺めを堪能した。

時計はウォルフの身体の向こうにある。優月はたくましい身体を乗り越えるように手を伸ばしてきた。時計を手にして戻ってきた腰を抱き寄せて寝台の上に転がすと、今度は背中から抱き寄せる。

「ちょっと、なにこの時間」

「ん?」

「もうちょっとでお昼、あっ」

何やらうるさい優月が、突然甘い小さな悲鳴をあげる。今度こそ服の中に手を入れて、胸の柔らかみを撫でたのだ。膨らみの曲線に沿って手を滑らせ、今はまだおとなしい頂の感触を指先に楽しむ。びくりと震えた背中を引き寄せ、耳元に唇を近づけた。

「今起きようが、少ししてから起きようが、もう同じだな」

「何、がっ……んぅ」

この闇の惑星の帝王たるウォルフに生意気な口を聞くくせに、こうして触れると、触れた柔らかさに比例した好い反応を見せる。激しく貪るように触れれば熱い吐息を、やんわりと優しく触れてやれば甘くあえかな声を上げる。触れれば触れるほど、触れたくなるのだ。優月という伴侶おんなは。

「優月?」

足で拘束したまま、本格的に後ろから触れる。胸の先端を指先で細かに弾くと、文句を言おうとしていた唇が小鳥のような声をあげた。逸れた背中に気を良くして、受け止めるために近付いた首筋に噛み付く。

ひ、と声をあげてさらにウォルフに体重がかかった。好いた女の重みというのは、こうも愛しく温かいものか。抱き寄せ、愛でる腕を深くしながら、奥を求めて指先を優月の身体に這わせる。

多少昼食の時間が遅くなるだろうが、それもまた一興。

背中から触れていると優月の指先がねだるようにウォルフの顎に触れる。振り向いた優月の唇にウォルフのそれを重ねると、ギシリとマットレスが揺れた。

****

ヴァルキュイウルスの星人は政治や物質的な利益、血族的な結びつきのために伴侶を決めることはない。己の意に沿わぬ相手と結びつくなど考えられず、そもそも、そのような相手とは性行為もままならず精神の安定も測れない。よって不利益しか産まず、結果的に非効率だ。伴侶の結びつきに性格や性の一致以外はあまり問われることはなく、問われるとすれば、それは伴侶と共にいるために解決すべき課題となる。

無論、すべての者が望む者と手を取り合うというわけではないが、だからこそ、伴侶を見つけた者、愛する者を見つけた者はそれを慈しみ、周囲にも認められ、祝福されることが多い。

そんなわけだから、伴侶を見つけたアクノテイオーンが、その伴侶と暮らすために地球の日本に移住すると宣言した時も、紆余曲折を経たものの最終的には「伴侶がいるなら全くもって仕方がない」という雰囲気で認められた。

もちろん何の見返りも無く、ただで、というわけではない。

働き盛りの帝王がその位を退くのだ、隠居など許されるはずもなく、帝王の座を退いてなおヴァルキュイウルスに利をもたらさねば説得力はない。それゆえ、ウォルフは地球に住まうため、未だ未開の地球を太陽系外惑星との交流地点にするべく、先んじて投資を行うことに決めた。別荘地として人気はあるが、基本的には田舎の田舎。開拓するにも観光するにも永住するにも不便な地だ。しかしこの多様な文化は必ず珍重されるだろう。何より日本という地の酒は美味い。

この日本にはウォルフの伴侶となるべき女、優月がいる。

あの時……怪人ロボットの試運転をしていた時、通りがかった優月という女。一目見て、己の隣にいるべき女だと分かった。まずは見た目、そして声。さらには、己に対する反応も、すべて自分好みで心惹かれる。なるほど、これが己の伴侶、己の至宝か。それまでそうした女に会ったことのなかったウォルフは、なぜ自分がどのような女にも心が動かされなかったのかがはっきりと分かった。それらの女が全て、優月ではなかったからだ。

あれは自分の隣にいるべき女、ウォルフには自信があった。その自信に揺らぎは全く無かったが、しかし、自分の嫉妬心には焦ることになった。どんな男が現れようと優月は自分のものにできると自信があったとしても、自分以外の男が優月に触れようとするのは許せない。そして、この日本にはウォルフが想像する以上に軟派な男どもが多い。目を離すと、そうした軟派な男どもが優月に手を触れようとする。

本当はもう少しゆっくりと、優月を口説く時間を楽しみたかったが、ウォルフはさっさと仕事を終わらせることにした。すなわち、エルデュルスとの因縁に決着をつけ、誰にも優月との時間を邪魔されぬようにすることだ。

長い長い時間膠着していた光の惑星エルデュルスとの戦いは、帝王ウォルフが自身の伴侶との時間を守るために終結させたのだ。

****

愛という感情に理由はないが、恋という感情には理由があるものだ。そのどちらも、ウォルフは優月に対して持っている。なぜ好きかと問われると伴侶だからだ、優月だからだと答えるしかないが、どこが好きか、愛しいか、と問われればいくらでも答えることができる。そういうものだろう。もっとも、どれほど説明しても、なぜか優月は納得していないのだが。

大きな大きな仕事を一つ終えれば、今度こそ本当にゆっくりと優月を口説くことができる。しかし、1ヶ月ぶりに優月の住まうアパートメントに戻ってきた時に、そんな時間の余裕など無関係に優月が欲しくてたまらなくなった。1ヶ月、仕事に精を出したのだ。ご褒美をもらってもよかろう。

だがそれだけではなく、優月と離れていたのは帝王たるウォルフに取っても大きなダメージだったのだ。何せ、優月の声も聞けず、優月の作った料理も食べられないのだ。もっと触れておけばよかったと後悔したが、いや、触れていたら触れていたで、離れ難かったかもしれない。

いずれにしよ、ウォルフは優月会いたさに、本来なら地球時間で半年はかかるであろう始末の多くを1ヶ月で終わらせた。そうして触れる優月なのだ、文句は言わせない。

優月を捕まえ、キラキラマンとそれが懇意にしていた少女に事情を説明した後、アパートメントに共に帰っても、優月は文句を言わなかった。

久しぶりの優月と優月の部屋の香りに満足すると、ウォルフは彼女を壁に追い詰めた。抱き寄せ、優月の左手を持ち上げる。指輪は外されていない。薬指を少しかじると、優月が抗議の声をあげた。

「ちょっと」

「なんだ」

だが構わず、薬指を口に入れる。ぺろりと舐めてやると、「もう!」と怒った声で、指を引き抜いた。

「やめ」

やめての言葉は言わせない。引き抜いた薬指ごと左手を掴むと壁に押し付け、ウォルフは優月に顔を近づけた。

お互いの呼吸が感じられるほどの距離に唇を寄せる。あとほんの少し力を入れれば、触れられるほどの距離だ。

「ま、って、ってば」

優月が言葉を発して動く唇が今にも触れそうで好い気分だ。

「何が不満だ、優月」

「不満、って」

「不満も不安も余がどうにかしてやる。言え」

言ってやると困ったような顔をして、瞳を少しだけ下に向ける。顔を動かせば唇が触れるからだろう。だがあまりに近い距離はふるえる睫毛の動きすら感じられるほどだ。

「不満、は」

「ああ」

「あなたが強引過ぎて」

「ほう」

ウォルフは小さく笑う。

「嫌というなら止めてやるが」

「……だから、それが」

意地悪なのだ。……と言う唇に触れるように、もうあとわずか、距離が縮まる。額と額をコツンと付けて、互いの瞼を触れ合わせると、かすかに顎が上を向いた。

優月は自惚れないと言ったが、優月の言葉はウォルフを自惚れさせる。従順でない言葉の向こうにある、ウォルフが気になって仕方がない感情の揺らめきがたまらない。

唇を重ねる。舌は使わずただ重ねるだけ、重ねたまま、ウォルフが何かを囁いた。

「ん」

それに答えようとしたのか、それとも羞恥のためだろうか。優月が何かを言おうとして唇が開く。ウォルフはこじ開けることなく、ゆっくりと舌を挿し入れて、左手を押さえつけていた腕を離して腰を抱いた。押さえつける力は弱まったが、優月の抵抗はもう感じない。今度は引き寄せるために腕を回し、口付けをより深くする。

時々空気を求めて唇を動かし、中の粘膜を楽しむために舌でなぞると、最初はなされるがままだった優月の舌もまた、戸惑うように動く。嫌がってないではないかなどとからかってやろうと思っていたが、意地悪を言うのはやめにした。

少し動きを緩め、唇から舌を抜く。瞳を覗き込んでみると、困ったような潤んだ眼でこちらを見つめていた。

「意地悪は言うなと言ったな」

「……」

「ならば、言うまい」

そうだ、言わない。聞いてなどやらない。ウォルフが求める答えは一つだ、それしか許さない。優月の細い腰を引き寄せると、ブラウスの裾に手を入れる。吸い付くような肌に手を触れると、男と女の肌の感触の違いに優月がびくりと肩を震わせた。

優月の手が持ち上がり、ウォルフの身体を押し返そうとしている。だがその力は弱弱しく、胸の膨らみまでたどり着くのは容易だ。邪魔な下着を押し上げるように指を滑らせると、口付けている喉の奥から「んっ」とくぐもった音がした。

反応があった箇所を探り、指先でつつく。指が沈み込む柔らかさと、その中心にある弾力を細かに揺らして楽しむと、こわばっていた優月の腰に少し力が入り、上半身の力が抜けた。

「は、あ、ウォルフ……ね、ちょ、と」

息継ぎに唇を離すと、熱い吐息とともに、優月がようやく声を上げる。唇を塞ぐのは楽しいが、ここから紡がれる自分の名前や喘ぎが聞こえなくなるのは、なるほど、もったいない。

胸を責める指先の動きは止めずに、どうした? と聞いてやると、切なげなため息を吐いた。

「待って」

「待ってやっている」

胸には触れているが。

「おねが、い、待って、お風呂」

「風呂?」

「や、なの。お風呂入りたい」

「風呂に入れば、かまわぬ、ということか?」

「そ」

それは……、と言いかけたが、ウォルフはまあいいだろうと手を放してやった。

我に返った優月が、ババッ! とウォルフから離れる。どんなに逃げるそぶりを見せてももう遅いが、まあいい。離れた優月に近づいて左手を掴むと、紳士の仕草で手の甲にキスをした。

「早く入ってこい。待ちきれないだろう」

「バカ!」

優月は顔を真っ赤にして左手を跳ね除けた。寝間着やらタオルやらをガサゴソと引っ張り出して慌てて風呂場へと逃げていく。ウォルフはソファに座って、そんな優月を泰然と見送った。