「何、あれ、なにあれなにあれなにあれ!! ウォルフのバカ!変態!変態!!」
ワッシャワッシャと頭を洗いながら優月はつい先ほど、流されまくってウォルフになにやらいろいろ許してしまった時間を思い出し、思い出しては顔を真っ赤にしていた。
嫌と言うなら止めてやる、とウォルフは言った。確かに「いや」と言った時だけは手を止めてくれた。だが、まるで優月の心を読むように、少しでも気持ちがウォルフに向くと……例えば、ウォルフとのキスは心地がいいなとか、身体がたくましくて安心するなとか、そんな風に少しでも考えたら、突然その手が強引になる。
洗う手を止めて、ふ、とため息を吐く。
自分の感情と向き合ってみる。少しでも時間を先延ばしにしたくて、髪も身体も念入りに洗ったがもうそろそろ潮時だろう。優月にウォルフのことを追い出すことはできないし、拒否することもできない。
それでもあと少し粘ろうと、ドライヤーの仕上げも丁寧にやってやったが、まあなんというか、時間的には限界だった。覚悟を決めたわけではないけれど、それでもなんとか心を落ち着かせ、お気に入りの寝間着を着て、そうっと部屋を伺ってみる。
「ウォルフ?」
あれ、いない。
どうやらお風呂に入っている間にどこかに行ってしまったようだ。さすがに長風呂だっただろうか。お風呂って言ってもシャワーを浴びただけなのだが、それにしたって長すぎたかも。部屋に戻ってしまったのだろうか。壁を見てみると、そこには謎の扉が付いていた。
タオルを首にかけたまま、優月は謎の扉に近づいてみる。
いつも……以前、その扉が付いていた時は、扉を開けるのはウォルフで、優月から手をかけたことはない。だがこのドアの向こうにはウォルフがいるのを知っている。
「……」
どうしよう、開けようか。でもなんと言って? 「お風呂上がったよ」って言って? でもそれではあまりにも積極的すぎるではないか、今更。
だが、悩む時間はさほど長くはなかった。
扉の前で呆然としていると、かちゃりとノブが下りたのだ。
ハッと顔を上げるとゆったりとしたガウンを着たウォルフが出てきた。目の前に優月が立っていることに些か面食らったようで、少々驚いた顔をしている。ウォルフが驚いた顔も珍しいから、思わず優月もキョトンとしてしまって言葉を忘れた。
しかし沈黙は一瞬で、すぐにウォルフの方が調子を取り戻した。
後ずさる優月をすぐに捕まえ、指の背で髪の毛を撫でる。念入りに手入れした髪は、するりと指をすり抜けた。
「どうした? 待っていたのか?」
「待ってない」
「そうか、余は待っていた。遅かったな。余のために念入りに湯を使ったか」
「ち、ちが……」
両手を掴まれ、唇が重なる。むぐう、と色気のない声を上げてしまったが、ウォルフの有無を言わせない強引な手管に、そんなことはどうでもよくなる。先ほどまで慎重に進めてくれていたように思っていたウォルフの動きが性急になって、唇に舌を割り込ませてきた。
唾液を多く含んだ口づけは、舌を絡ませあうと水音を響かせる。そのまま、ぐ、と身体を押され、足と足がもつれ合うようにして寝台へと倒された。
ただ流されるなんて悔しい。あんな突拍子も無い人(何しろ宇宙人だ)を認めて受け入れるのは怖い。
けれど、分かってもいる。1ヶ月指輪をしたまま待ったのは自分だ。本当は拒否なんて出来ない。だから今は……、強引なウォルフに優月は安堵を覚えた。
ウォルフの大きな掌が、再び優月の服の中に入ってくる。先ほどのように焦らすような動きではなく、今度は、本気だ。
例えば今、優月が「やめて」と言ってもきっとウォルフはやめてくれないだろう。だって優月もやめてほしくないから。
「ウォルフ……」
「ああ……、悪いが、もうやめてやれぬぞ」
狭い寝台の上で優月の身体を暴きながら囁くウォルフの声を聞いて、優月は身体に伸し掛る男の腕をぎゅっとつかむ。
それが今のところ優月にできる精一杯の「イエス」だった。
****
優月が風呂に入ると言い出した時に、おそらく時間がある程度掛かるだろうと予測して、ウォルフもまた、自室に戻り湯を使ったのだ。
終わった気配を感じて優月の部屋に戻ってみれば、ちょうど扉のところに優月が無防備な姿で立っていた。どうすればいいのか途方にくれたような、困惑したような表情に、さては自分がいなかったから急に不安になったのかと考えが至って愛しさに拍車がかかる。優月に会ってから無数に体験した心持ちだが、伴侶というのはこれほどまでに己の心を動かすものなのか。
優月の何もかもがウォルフには好ましいものだったが、その身体もまた極上だった。
邪魔な寝間着を全て脱がせ、裸の背中に腕を回す。優月にしがみつくような格好で胸の膨らみを口に含んだ。
「……っあ」
先端を舌で転がすと、途端に優月から甘い声が跳ね上がる。身体がびくりと震える様子が手のひらに伝わり、さらに舌を動かすと、背中に回された優月の指先に力がこもった。反応も上々だ。ほんの少し触れてやっただけなのに。
しがみついたまま少しきつめに吸うと、さらに強く身体が揺れる。そういうつもりはなくても身体が愉悦を逃がそうと動いてしまうのだろう、それを許さぬように抱きしめる腕で優月を拘束し、熱くなり始めた腰を押し付けた。
「う、わ」
「ん?」
男として自己主張している箇所が優月の足と足の間に当たった。むしろ当てた。ウォルフは優月の身体に伸し掛かりながらその手を掴む。「あ」と小さく悲鳴をあげた優月の胸元に舌を這わせながら、優月の手を導いて昂りかけている自分のものに触らせた。
「う」
「優月」
「ちょ、ウォルフ」
「ん?」
「ちょっと、待った、ま、まった!」
優月の指先が遠慮がちに触れる。色めいたもの動きでもあるが、まるで形を確認するかのような興味津々な動きでもある。
「お、同じ、なの?」
「同じ?」
「触手、と、か、変なものついてたりとか、しない?」
「変なもの?」
「だって。ウォルフ、宇宙人……」
おかしなことを言っていると自覚しているのだろう。胸への愛撫を止めて視線を持ち上げると、顔を真っ赤にした優月がこちらを見つめている。
「いわゆる地球外生命体だから、余とお前との交わりに支障があると?」
「だだだだって!」
地球人とはおかしなところに不安になるものだとおもったが、そういえば彼女らはいまだ自分たち以外の知的な生命体に接触したことがないのだと思い至った。
「確かに触手の形状の生殖器を持つ者もいるな。グレナウス惑星やメルナー星の者など、そういう生態の者もあると聞いている」
「えっ」
優月がなぜか毛布を引き寄せて身体を隠し、目を丸くした。今更何を隠すことがあるのかと無理矢理それを剥ぎ取って、自分が代わりに優月に身体を重ねる。その上から毛布をかけて、自分の体温の中に優月を閉じ込めた。優月は抵抗を見せず、おとなしい。
耳元で言い聞かせる。
「だが、安心しろ。ヴァルキュイウルスの者は、地球人と同じタイプの生殖行為を主としている。愛情の確認や快楽を得る目的として性行為を行うことについても同じだ」
「か、」
「だがお前が触手に興味があるというなら開発して」
「いや! 興味ない、全然興味ない! 変なことするならもうしない!」
「ほう」
腕の中、慌てて言い募って後ろを向いた優月の身体は抱きやすくなる。滑らかな背中に自分の胸板を押し付けて、手のひらに胸の膨らみを収めた。
「変なことをしなければ、続きはしてもよいのだな?」
「ちがっ」
違うと言いかけたが、全く違わない。素直ではない優月をいつまでも許す寛容さをウォルフは持っている。いや、それは寛容さではなく執着と言った方が正しいかもしれない。優月がどのような態度であっても、ウォルフに手に入れられたが最後、離れないからだ。
「違わないな。もう服を脱いでいるし、声が甘い」
「服は、あなたが」
「脱がせた。邪魔だからな」
おしゃべりはもう終わりだ。