コハルはカンテラを置くと、むんっ、と背伸びをして、外を眺めた。
今はグリマルディの暦の最も大きな単位……一年の中でも真ん中の時期に当たる。
グリマルディでは一年の真ん中が最も気温が高く、そこから離れるに従って寒くなり、近くなるに従って暖かくなる。その気温差は、世界の中心が最も差がなく、世界の果ては最も気温差がある厳しい気候となる。コハルが居るシャンカラは、グリマルディの中央。もっとも穏やかなこの地の今は、少し汗ばむ程度の気温だ。
一年の切り替わる日はもちろん大きな祝いの日ではあるが、一年の真ん中に当たる日も、また、暦の節目として様々な神事が行われる。一年の初めの日が生者の暦の切り替えの日であるならば、一年の真ん中のこの日は死者の暦の切り替えの日。死者が次の輪廻に向かう日だとされているのだ。生者にとっては死者との厳かな別れの日であり、死者にとっては派手やかな門出の日でもある。
その神事が終わるまでの半月の間、神殿の夜は、蝋燭の明かりが灯される。
グリマルディでは、夜の灯りは灯火石というものに火をつけて、それを光源にするのが一般的だ。カンテラのような入れ物に火をつけた石を入れておけば、ほのほのと光り、一ヶ月ほど保つ。昼間はカンテラの蓋を閉め、光源が必要になったら開けて使う。
神殿の要所にはこのカンテラが使われており、暗くなったら女官たちが蓋を開けて灯りにする。ちなみにこの灯火石に入れる元となる火種は首都の大神殿から頂いたもので、切らさないように注意深く管理されているものだ。
しかし今の時期だけは、その火種を使って蝋燭に火を灯す。蝋燭の火は魔除けとなり、また、目印にもなる。いつもとは異なる光源にこの世界を惑う魂たちが集められ、その蝋燭の火を消す時に、集められた魂たちが輪廻に帰るのだと言われていた。
女官や神官たちによって、蝋燭の火は保たれる。神殿の方は神官たちが、他の施設は神官以外の女官などが交代で蝋燭の日の番をする。蝋燭は長持ちするものではあるが、それでも一晩に二回ほどは交換する必要がある。今日のコハルは深夜の当番に当たっていた。
夜が深くなればなるほど、星明かりが美しい。
グリマルディでの生活は規則正しく、神事でもなければ深夜に起きていることなどほとんどないので、こうして深い夜の星空を見るのは稀だ。
よくよく考えてみれば、コハルが元いた世界とこちらの世界では成り立ちも何もかも違うはずなのに、昼と夜があって、昼は太陽が、夜は月と星が見える……というのは不思議だ。どういう形であれ、世界が成り立つにはこれらは必ず必要なものなのかもしれない。
日本に生きていたころは、のんきに星なんて見たことが無かった。死ぬ直前、男に悩んでいた時は特に。それでも子供の頃に見上げた記憶を辿ってみたが、砂を撒いたような美しい星空ではなかったはずだ。今、この世界で見上げている星空には、吸い込まれそうなほどに深い闇に、星の色としか形容しがたい美しい明滅が一面に撒かれている。いつ以来だろう、こんなふうに星を見上げて「綺麗だな」って思うのは。
そんな風に夜の星の美しさを思いながら渡り廊下にあるカンテラの一つに手を伸ばそうとした時、後ろからのっしのっしとこちらに迫ってくる人の気配を感じた。
「コッハルゥー!?」
太い声は聞き間違えようのないシャンハのものだ。まあ大体気配で分かる。朗々としたいい声だったが、なぜかちょっと慌てていて、そしていつものことだが大きい。今は深夜で静かな神殿の渡り廊下に、それはそれは大きく響いて、コハルはちょっと慌ててしまった。
「ちょっと! しーっ! しーって! なに大きな声出してるのよ今何時だと思ってるの!?」
コハルは出来る限りのひそひそ声で、蝋燭の籠を持っている方の腕を上げ、人差し指を唇に当てた。後ろからコハルを追いかけてきたらしいシャンハが大きな図体を気持ち小さくして、コハルと同じように人差し指を唇に当てるのを見て、なんだかムカつく。
一生懸命声を抑えていますアピールをしながらシャンハがコハルの元に辿り着く。
「っていうかコハル!」
「なによ、もうちょっと声小さくしてってば」
「小さくしてるだろ。おい、お前なぁ!」
「だからなに、ってば」
シャンハが主張するよりも、シャンハの声は小さくなっていないと思う。そもそもこのシャンハの声はそうでなくても大きいし、しかもよく通る。神殿ならばまだしも、渡り廊下を渡ってしまえば、皆が住んでいる住居棟だ。さらに言えばカカラ神殿は、賑わっているが、規模の小さな神殿である。シャンハの声は神殿の端から住居棟の向こうまで響いてしまう。
「シャンハ、夜番なの? それなら神殿側の蝋燭の交換でしょう? なんで此処にいるのよ」
「お前がいるからだろ!」
全く理由になってない理由を口にしながら、シャンハは自信満々に胸を張って胸筋を盛り上げた。多分シャンハはたくましい胸筋を褒めてもらいたいんだろうと思うが、コハルはそこはスルーして、渡り廊下に残る蝋燭の短いカンテラに手を伸ばした。
「私は夜番だからいるのよ。蝋燭を変えているの、見れば分かるでしょ」
「わかるさ!夜番ってこともな。だが、それなら俺を呼べばいいだろう。夜だぞ? 真っ暗だ!」
「カンテラの灯りがあるじゃない」
「そうじゃない、危ないだろ。女の子なんだから」
大真面目にそう言って、コハルが取ろうとしていたカンテラを取り上げた。
「ここは神殿の中だよ。街中よりは安全です」
「いくら神殿の中だから危ないもんは危ない!だって……」
「だって?」
コハルはかわいいから……
……と、モゴモゴと言った言葉はコハルには届かなかった。その代わり、怪訝そうな顔をして首をかしげる。
コハルが首を傾げていると、シャンハは顔を赤くしてウーーーーと妙な唸り声をあげた。「とにかく!!」とさらに声をあげ、コハルは慌てて人差し指を唇に当てて「静かにしろ」のジェスチャーを送る。
だがシャンハはそんなことを気に留めぬように、カンテラをコハルの前に下ろす。
「俺が見ててやる」
「は? 何を?」
「お前の仕事をだ!」
「……あのねえ」
しかし、何をどう言ってもシャンハは帰ろうとしないので、とりあえずシャンハが持っているカンテラの蝋燭を取り替えた。
小さくなった蝋燭を取り出して新しい蝋燭に火を移し、古い蝋燭を籠に入れる。入れ替えたカンテラを再びシャンハが持ち上げて、元のところに戻してくれた。
「もう終わりか?」
「あと一個よ」
渡り廊下のカンテラは全て取り替え終えた。だがあと一つ、残っているカンテラがある。渡り廊下から庭に降りた先の、小さな東屋に置いてあるものだ。小さな東屋といっても、人が休憩するためのものではなく、小さな動物神が休みに来るといわれている祭壇のようなものだ。
「あれか」
「うん」
シャンハが庭の隅に光るカンテラの方を見る。その脇を通り抜けるようにコハルは渡り廊下を降りた。
小さな東屋は昼間見るとミニチュアのように愛らしいが、夜の闇の中で見ると少し怖い。庭の向こうが森になっていて、鬱蒼としているからかもしれない。
だが今はあまり怖くない。
「おいそんな急ぐなよ、ちょっと待て、俺を置いていくな、コハル!」
シャンハが困ったような声で追いかけてくるからだ。
意地悪をするわけではないし、困らせたいわけではないのだけれど、夜の帳の中でシャンハの存在が少し心強いのも事実だ。庭は広いものではなく、東屋に着くのはすぐだった。カンテラに手を伸ばす頃には後ろにシャンハの気配を感じて、ホッとしたのもつかの間、スーン……とコハルの耳元を風が通り抜けた。
変な感覚に思わず、そわそわ……と肩が揺れてしまう。
「ちょ、なに!?」
「な、俺はなにもやってないぞ?」
……?
腑に落ちないものを感じながら再びシャンハに背を向けて、カンテラに手を伸ばす。すると再び、スーン……とコハルの耳元を生温かい風がくすぐった。
再びそわそわそわ……と背中が震える。
「ちょっと、だからなんなの?」
「いやだから俺何もやってないし」
「ねえシャンハ、距離近くない?」
「えっ、俺神様だよ。近くていいじゃん、ご利益ありそうだろ? おまけにコハルの恋人だからコハル守る距離にいて当たり前、って聞いてる? コハルさん聞いてます!?」
あんまり聞いてない。
腑に落ちないものを感じながら、ひとまずシャンハの言い分は右から左へとスルーする。耳元を通り抜ける不審な風を不審に思いつつカンテラの蓋を開けると、三度、スーン……とコハルの肩越しに温い風が吹き抜け、今度こそフッ……と蝋燭の炎と火種の炎が消えた。
神の火種が消えた。
消えた。
消えた。
「あああああああああ!!」
「えええええええええ!?」
「ちょっとシャンハ、何やってるの!!」
「いやだからおれ何もやってないって!」
「消したでしょ! カンテラの火ぃ、消したでしょ!!」
「消してないし!」
「消した」
「消してない」
「消した!」
「ちょっとまて俺が何やった」
火の消えたカンテラを持ったまま、ギロリとコハルが振り向く。フンスフンスと怒るシャンハの鼻をむんずと摘んでふさぐと、大きく長い溜息を吐いた。
「あのね、多分ね、鼻息」
「フガ!?」
「さっきから鼻息がうざい」
ガーン!!!
脳天でもカチ割られたのかと思うほど衝撃を受けた顔をしたシャンハが、鼻をつままれたまましばし動きを止めてコハルを見下ろしている。
そして
「はな、鼻息がウザいって……」
コハルに摘まれたまま、鼻声だ。
「鼻息がウザいって神様に言うかふつう!?」
「神様が神官になって女官の耳元に息吹きかけます普通!?」
「え、ちょっとなんかめちゃくちゃショックなんですけど、鼻息って! 神様だから鼻息も尊くない!?」
「鼻息尊くても蝋燭の火が消えるのは困るわよ」
鼻から手を離すと、シャンハに背中を向けて火の消えてしまったカンテラを、さて、どうしようかと見下ろす。火種の火も蝋燭の火も消えてしまった。今から神殿に行って火種をもらってこようか、それとも同じ火種から着けた火だからいいよねってことで、渡り廊下のカンテラのどれかから火をもらおうか。
葛藤して、結局コハルは神殿まで行くことにした。神様の前で、インチキをするのは良くないし。
そう、思っていたら。
「蝋燭の火なんか、俺様がいつでも点けてやるよ。それより……」
コハルの身体が何かに掴まれて、ふんわりと浮いた。
「よいしょっと」
「えっ?」
「せっかくカンテラの火が消えたんだ、ちょっと上見てみ」
シャンハはコハルの両脇を抱えて持ち上げると、太い腕に乗せて抱き上げた。ちょっと下ろしてよと身体を離そうとしたが、足をぎゅっと支えられているので暴れることもできない。ひとしきり頑張ってはみたが、どうしても離そうとしないシャンハが、「ほら、上見てみってば」などと促すので、渋々空を見上げてみる。
手元のカンテラの灯りは消え、渡り廊下の灯りは遠い。真っ暗に近い地上から見る空は、驚くほど……
「う、わあ……」
先ほど見た時よりも、さらに星々の輝きが強くなった気がする。まるで生きているように瞬いていて、手を伸ばせばこぼれ落ちてきそうだ。
「今日はウェンドゥーラの機嫌がいいな」
「機嫌? 機嫌で星の強さが左右されるの?」
「当たり前だろ。ウェンドゥーラがあの辺りを管轄してるからな」
「いや、当たり前って」
ウェンドゥーラというのは、この世界の天候を管理している神様だと伝わっている。グリマルディに生ける者たちが、生活をしやすいように夜と昼を作ったのだという伝説だ。しかし、実際はグリマルディの自然を愛でるのが好きな、盆栽が趣味のおじいちゃんなんだとか。
ただ、その力の一部がグリマルディの天空と直結しているため、機嫌がいいと空が澄み渡るのだそうだ。それで星々が美しく見えるらしい。星々の一部は空高く舞う精霊の瞬きとも言われていて、時折チリチリと瞬いたり、流れたりするのは、精霊が遊んでいるのだそうだ。
同じ星に見えるのに、コハルの知っているそれとはあらましが全く違う。
そのことに少しだけ黙り込むと、コハルを抱えているシャンハが覗き込んだ。
「コハル?」
「ん?」
「どうした。あんまり綺麗でびっくりしたか?」
いつもシャンハの前ではキビキビとしているコハルが、今日は少し言葉に迷う。なんと言おうか迷っていると、見上げている星の一つが、シュっと流れた。
「あ」
「ん?」
「今、流れ星。見えた!」
「見えねえ、どこだよ」
「もう流れちゃった」
「えー、もう一回流せってウェンドゥーラに頼むか?」
「ちょっと、そういうインチキダメよ」
「神様の特権って言え。……流れ星、そんなに珍しいか?」
言われて、まじまじとシャンハを見下ろす。今はシャンハの腕に乗せられているから、いつもの視線よりも少し低くて、そして近い。星の明かりだけなのに、シャンハの顔がはっきり見えるほどだ。
その近い距離になぜか、いつもとは全然違う風に少しだけ心臓が跳ねて、コハルは慌てて他所を向いた。
「流れ星が見えなくなる前に、願い事を三回唱えると叶うのよ」
「へえ?」
「……私が元いた世界ではそう言われてるの。流れ星なんて見えたことなかったけど」
コハルが元いた世界……日本では、年に数回、なんとか流星群などといって流れ星が見える機会があったように思うが、コハルは実際に見たことがなかった。そもそもゆっくり星を観に行ったこともなかった。
だがそこまでは言わずに、もう一度空を見上げる。
いつもより、空が近くに見える気がする。
よいしょ、とシャンハがコハルを抱え直した。
その時。
「あっ!」
またコハルの頭上を流れ星が流れた。コハルはシャンハにしがみついたまま、慌てて目を閉じる。シャンハがわずかに支えている腕に力を込め、近い距離がさらに近い距離になったような気がするが、今は指摘しないでおいた。目を開けて夜空を見上げると、流れ星はもう消えている。
「コハル、何をお願いすることがあるんだよ、そんなの俺が叶えてやる」
目を開けたコハルの顔を、シャンハが覗き込む。いつものふざけた冗談かと思ったが、シャンハの眼差しはとても真面目だった。それにコハルがしがみついていたからか、距離がひどく近い。思わず腕に力を込めたが、抱えるシャンハの身体はビクともしなかった。
諦めて、それから少しの照れ隠しに、コハルはそっぽを向く。
「教えてあげない」
「ええええー恋人だろケチ」
「恋人じゃないし、それに」
「それに、なんだよ」
不意に言葉を止めたコハルに顔を向ける。距離が近いのはわざとだが、もしコハルに願い事があるのなら、叶えてやりたいというのも素朴な本心だ。いつもなら「近すぎ」と言ってつれない態度を取ってくる距離なのに、シャンハの予測に反してコハルは唇を少し尖らせ、豊かなまつげを伏せた。
「コハル?」
少し顔を傾ければ、本当に、伏せたまつげに唇が触れそうだ。だが触れたら怒るだろうなあ。そう思ってシャンハは我慢し、代わりに抱き寄せるように空いている腕を背中に回してポンポンと撫でた。
そうして、コハルにはその背中ポンポンが、まるで子供をあやしているようにも思えたし、それよりももっと甘い風にも思えた。そう思うのは、ちょっとだけ、今、星を見上げて郷愁のようなものにかられてしまったからだろう。
この世界と、向こうの世界では、何もかもが違う。
一度死んでしまってこちらの世界でもう一度やり直しているのだから、もう戻れないことは分かっているが、それでも向こうの世界が懐かしいと思うことがある。しかし戻りたいか……と問われるとそれも違う気がする。死んでいるのだから、元の世界に戻るのはルール違反だ。
戻りたい、とかそういうのではなく、ただ、あの世界はどうなっているかなあと、そういう郷愁に近いものだ。
文化、言葉、人種、食べるもの、習慣、そういう何もかもが、こちらとあちらは異なる。一年も経つと不思議と、まるでこの世界に最初からいたみたいにしっくりと馴染んだが、馴染めば馴染むほど、遠い記憶になっていくあちらの世界に、寂しさのような焦りのようなものを覚えた。
だが、元いた世界と今の世界、その違いを知るたびに少しだけ感じる胸の痛みは、あまりシャンハには知られたくない。シャンハはこう見えても結構気にするタイプで、それに少し単純だから。
だから、郷愁を訴える代わりに別のことを口にする。
「明日」
「ん?」
「……出店でポメアが食べたい。揚げたやつ」
「おう。一緒に行こうぜ」
「うん」
シャンハが嬉しそうに笑って、それから調子に乗ってコハルの頭をくしゃくしゃと撫でた。いつもは「髪がくしゃくしゃになるからやめて」とつれなくするコハルも、ぎゅっと眉をしかめただけで我慢する。
それに気を良くしたのか、シャンハがコハルの身体を抱き寄せるようにこちらに向け、大きな腕を回してゆっくりと頭を撫でた。
「お前といるのは楽しいなあ」
その大きな手はコハルに安心をもたらすが、その安心に身を委ねるのもまだちょっと何かが足りない。シャンハはコハルの魂の行く末と男運について、責任を感じている。コハルのそばにいるのは、きっとその責任感が元になっているからだ。シャンハはこう見えても結構気にするタイプだし、多分責任感も強い方だから。
夏の神事は死者の暦の切り替えの日。死者が次の輪廻に向かう日だ。
コハルはこちらに来て、ちょうど一年経った。一年前、輪廻を超えたコハルはシャンハの力によって、この世界に十六歳の姿で生き返った。
「あ」
「どうした?」
「カンテラに火、入れなきゃ」
「おう、俺に貸せよ」
言ったそばから、コハルを抱えたまま片方の腕をカンテラにかざすと、ぽ、と小さく温かな炎が灯る。
「ちょっと、火種は……」
「俺だって神様なんだから同じだ」
「もう。しょうがないわね」
だが、コハルはそれ以上言わずに、それどころか小さく笑いさえして、シャンハを驚かせた。コハルの笑顔はどうしてか、この戦神の心を夢中にさせる。
「よし。これで仕事終わりだろ」
「そうね」
「まだ眠くねえか?」
「眠くないけど、何?」
「ちょっと夜の散歩しようぜ。神様と!」
「えっ、なにそれせめて下ろして」
「ダーメだ。今日は俺様の機嫌がいいからな! 神様に抱っこしてもらえるんだぞ、ありがたく思え!」
「ありがたくない! ちっともありがたくない、ちょっと!」
カンテラが東屋にそっと置かれて、シャンハがコハルを担いだまま庭に向かって歩き出した。上には満天の星空があって、神殿の上には空にもっともっと近い場所がある。そこから見る星はもっと美しく、そして今日はウェンドゥーラの爺もご機嫌だ。
それに明日は非番で、おまけにコハルとデートと決まっている。
戦神は、天界随一の将軍とは思えぬフニャンとした笑顔で、可愛いコハルを抱え直す。神殿にある数多のカンテラ……輪廻を見送る炎の中で、たった一つがこの天界の将軍・戦神シャンの炎であることを知っているのは、コハルとシャンハの二人だけ。