001.ウルリカ

ある国のある街に、とてもうつくしい天使さまの像がかざられた、ちいさな聖堂がありました。

その聖堂にはおとうさんやおかあさんがいないこどもたちがくらしておりました。こどもたちは親切な街の人や司祭さまにおそわって、刺繍をしたりパンを焼いたりして、それをおいのりに来る人に買ってもらう仕事をしておりました。

そのなかの年長のこどもに、ウルリカという名前のおんなのこがおりました。ウルリカは、他のこどもたちと同じように、おとうさんもおかあさんもいませんでした。

ウルリカはさえない灰色の髪をしたやせっぽちのおんなのこです。おかねもちのおんなのこのソフィアのように、りっぱなおとうさんもやさしいおかあさんもいませんでしたし、きれいな金色の髪でもありません。おんなのこたちの仕事である刺繍をするのも、だれよりもおそくてのろまなおんなのこでした。

けれどもウルリカは、だれよりもきれいな声で歌うことができました。ソフィアよりも上手に歌うことができたウルリカは、聖堂の聖歌隊のひとりです。それに、領主さまの前でたったひとりで歌う役にも選ばれたんですよ。それくらい、きれいな声で歌うことができたのでした。なんでも持っているソフィアが、いいなあとうらやましがるくらい、ウルリカの歌う声はきれいでした。

ウルリカは聖歌隊ですので、天使さまの像の前で歌をうたいます。そんなとき、天使さまのお顔はとてもきれいにほほえんでいて、やさしくウルリカの歌をきいてくれているように見えました。天使さまの前でうたうと、ウルリカはとてもほこらしく思うのでした。

ある日のことです。

ウルリカは、ちいさなこどもたちと、刺繍をおしえてくれるおばさんといっしょにおりました。中庭のスイカズラの花が咲いているそばで、歌のれんしゅうをしながら刺繍の仕事をしていたのです。やっぱりウルリカは刺繍の手がおそくて、おもわずため息をついてしまいます。するとどこからかおとこのこがやってきて言いました。

「ウルリカは、歌をうたいながら指をうごかすから遅いんだよ」

おとこのこは、フレデリクといいます。聖堂の庭をきれいにしている庭師のおじさんのむすこさんでした。フレデリクはとても背が高くて、こどもたちにもやさしいおとこのこです。ですが、いつもウルリカの仕事がおそいことや、灰色の髪ややせっぽちなことをからかうのでした。

ウルリカはフレデリクのことばを聞いてしょんぼりしました。

「でも、つぎに領主さまがくるときまでに、歌をおぼえないといけないんだもの」

悲しげに声を落としたウルリカを見て、フレデリクはむつかしい顔をしてだまりました。おばさんが「こら。フレデリク」と怒ると、だまったままフレデリクはどこかに行ってしまいました。

フレデリクからいつものようにからかわれましたが、ウルリカは歌のれんしゅうをやめませんでした。街の聖歌隊は、領主さまのおたんじょうびにおいわいの歌をうたうことになっているのです。ウルリカの歌のすばらしさを知っているおばさんは、「やれやれしかたないね」と言いながら手元の刺繍のかたちをととのえてくれました。

ウルリカはほかのちいさなこどもたちにも歌をおしえています。ウルリカは歌をおしえるのもじょうずでした。ちいさなこたちがうたうようすに合わせて、オルガンだって弾くことができます。「ウルリカのおうたはきれいねえ」と、ちいさな女の子がうっとりしました。ウルリカにはほかにほめられるところなんてありませんでしたから、「うたがきれい」とほめられるのは、ウルリカにとってとてもうれしいことでした。

けれどもウルリカはフレデリクの言ったように、自分がやるぶんの刺繍はおくれてしまって、午後のじかんにぜんぶ終わらせることができませんでした。ウルリカが刺繍をしなければならない量はきまっておりましたから、残りのぶんは夜にじぶんの部屋ですることにしました。ウルリカは年長でしたので、ほかのこと違ってひとりの部屋をもらっています。そのおかげで、こうして遅くまで仕事ができるのです。

刺繍はずいぶんと遅くまでかかってしまいました。歌のれんしゅうをしていなくても、のろまなウルリカの仕事はとてもおそいのです。

まわりはとてもしずかでした。だれもおきていない時間でしたのであたりまえです。

ウルリカはできあがった刺繍をしまうと、ランプの灯りを落として眼をとじました。おそくまでの刺繍の仕事でとても疲れていたウルリカは、すぐに眠ってしまいました。

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パチパチとどこかで音がしていて、人のさけび声が聞こえます。さけび声にはこどもたちの名前がまじっていて、そのなかにはどうやらウルリカを呼ぶ声もありました。「ウルリカ、ウルリカ」と庭師のおじさんや刺繍のおばさんや司祭さまの声が聞こえます。

ウルリカはあわてて起きました。

とてもこげくさい匂いがします。ちいさなこどもたちのひめいも聞こえました。

今は夜中でまっくらなはずなのに窓の外はとても明るく、真っ赤に光っておりました。

「火事なの?」

真っ赤に光っていたのはウルリカの住んでいるむこう、天使さまがかざってある、聖堂のいちばん大きくてりっぱな部屋の方向でした。いつもウルリカが歌をうたっているところです。

「天使さまが燃えてしまうわ!」

ウルリカはあわてて部屋をとびだしました。

廊下に出るとちょうどこどもたちを外ににがしている司祭さまが出てきました。

「ウルリカ、火事です、おにげなさい!」

けれどもウルリカの頭のなかは、にげることよりももっともっとべつのことでいっぱいでした。ウルリカは首をふりました。

「司祭さま、天使さまが、燃えてしまう」

ウルリカは司祭さまが何か言うのもきかずに、聖堂の方に走っていきました。聖堂の方は、もう真っ赤になっていました。ウルリカの白い寝巻きを赤くてらすほどでした。

「ウルリカ、ウルリカ、もどってきなさい!」

司祭さまはけんめいにウルリカにむかってさけびましたが、だんだんまわりが熱くなり、なによりも真っ赤な火がウルリカの背中をかくしてしまい、その声はウルリカに届きませんでした。

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「天使さま、天使さま」

ウルリカはいっしょうけんめい熱いなかをすすみます。広くていつもすぐ向こうを見わたすことができる聖堂の、いちばんおくに天使さまの像はかざってあります。けれども今は、真っ赤な火と落ちてきた木がたくさん重なっているために、なかなか向こうが見えません。

ごほっごほっ

煙をすってしまい、ウルリカののどからせきが出ました。けむりは今までけむたいとしか思ったことがありませんでしたが、前も見えないくらいたくさんのけむりは、とてもとても苦しいものでした。おまけに熱くて、のどが燃えるように痛くなります。

けれども、ウルリカはいっしょうけんめい天使さまの像をさがしました。

なぜなら、聖歌隊は天使さまと天使さまにおいのりをする人のためにうたうからです。天使さまがウルリカの歌をいつもやさしく聞いてくれるからです。だからウルリカは天使さまの像をなんとか燃やさないようにと思いました。

「天使さま、あった!」

やっと天使さまの像がみえました。ウルリカの灰色の髪はあちこち焦げてしまい、やせっぽちの身体はところどころ焼けて赤くなっておりますが、そんなことは気になりません。ウルリカは天使さまの像をおなかに抱えて、こんどはひきかえすために後ろをむきました。

けれども、うしろは真っ赤で足のふみばもありません。

あわてて別のほうに走ろうと思いましたが、ウルリカの足は思うとおりにうごけません。頭のなかがくらくらとして目のまえがゆらゆらと揺れました。どうも走れそうにないのです。

「私はのろまだから、しかたがないわ」

しかたなくウルリカはべつの方に歩きました。おなかに天使さまの像を守って、火の無いほうに、いっぽいっぽ歩きました。

いつもちいさなこどもたちと行ったり来たりしている聖堂の中なのに、どうしてだか、いつまでたっても知っているばしょにたどりつきません。それどころかどちらに行っても熱くなり、ウルリカはとうとう動けなくなりました。

「天使さま」

ウルリカは天使さまの像をかかえてうずくまりました。

「ウルリカ、ウルリカ!」

「司祭さま、ウルリカが! おい、フレデリク下がれ!」

「なんとか梁をもちあげて!」

フレデリクと、庭師のおじさんと、司祭さまの声がウルリカを呼んでいます。ウルリカは「天使さまはここよ」と返事をしましたが、そのとたんにふたたびのどが燃えてしまったように痛くなり、その痛みのせいで目のまえがまっくらになりました。