001.見習いのふたり

街にある背の高い鐘楼が、リーンゴーンと鐘を鳴らしておりました。これは街の人々に一日の真ん中を知らせる音でしょう。この音を聞いて、街の人達は一度働く手を止めて、お昼ご飯を食べる時間にするのです。

そうしたお昼どきの街中は、いつもよりも一層にぎわっておりました。なぜかといいますと、冬のおまつりの日が近付いていたからです。街の人達は一月も前から準備をして、当日は広場の雪でランタンを作ります。街の人たち全員が1人1つずつ作るのです。そうして、そのランタンに灯りを灯して家中の灯りをみんな消します。それから街の大きな鐘楼の、いちばん高いところにある大きな鐘のところにも灯りを灯します。こうして雪の灯りの中で愛する人と身体を寄せ合って、冬の最後の日を迎えるのです。このおまつりが終わると、少しずつ暖かくなってやがて春が来ます。

さて、この特別なおまつりには2つ、街の人たちの知らない秘密がありました。

それはなんと、光の国にいらっしゃる神さまが見習いの天使を寄越す日なのです。

おまつりの時期はたくさんの楽しい事があるでしょう? だから、神さまは見習いの天使たちに地上の人間のいいところやすばらしいところを、たくさん見つけてくるようにお命じになるのです。そうして人間が神さまにお祈りするいちばん尊いお願いごとを、神さまに届けるのが仕事でした。

そしてもう1つ、闇の国に暮らす魔王が見習いの悪魔を寄越す日でもありました。

おまつりの時期はたくさんの人が集まるでしょう? だから、魔王は見習いの悪魔たちに地上の人間の自分勝手で欲深いところを、たくさん見つけてくるように命令するのです。そうして、人間が悪魔に願ういちばん欲深い願望を、魔王に届けるのが仕事でした。

見習いの天使と見習いの悪魔は街の人たちには見えません。けれども天使と悪魔は街の人たちのいろんなところを見る事が出来ました。おまつりの日がくるまで、人間のいいところや欲の深いところをたくさん見てまわります。そうしていよいよおまつりの日になると、それぞれの国に帰る決まりになっておりました。

今年のおまつりの時期にも、くるくると巻いた金色の髪の小さなかわいらしい天使の女の子と、真っ直ぐで硬そうな黒い髪の小さな生意気そうな悪魔の男の子が降りてきました。

天使の女の子は、はじめて降りる人間の街というものに心をおどらせました。なにしろ街の人たちは、男の人も女の人も、子供たちも大人たちも、若い人たちもお年寄りも、犬や猫までみなはしゃいでいて楽しそうです。街中を歩く恋人たちはしっかりと腕を組んで微笑んでおりますし、公園でおさんぽをしているお母さんと子供たちはニコニコ笑っております。みな、おまつりが近いから、その準備でいつもよりももっともっと楽しい気分でいるのでしょうね。

悪魔の男の子は、はじめて降りる人間の街をつまらなさそうに見まわしました。みんな何がそんなに楽しいというのでしょう。へらへらと浮かれて笑っていますが、そのすみっこでは悪巧みを考える人達も居ました。おまつりの日は人間がたくさん集まります。いつもの倍も多くの物売りの人たちがおりますし、こんな中ですから、いつもの倍も、食べ物や飾り物を高く売り付ける人たちだっておりました。楽しい気分の人たちは、いつもより気安くなりますからね。

こうした中で、天使の女の子が広場を歩いておりますと、小さな子供たちが大きな子供たちから雪のランタンの作り方を教えてもらっていました。いつもは小さい子供たちをお遊びの仲間にいれてあげない大きな子供たちでしたが、今の時期だけは小さな子たちに優しくなります。天使の女の子は、小さな子供たちと大きな子供たちが仲良くしている様子をとてもすばらしいと思いました。

悪魔の男の子が広場を歩いている天使の女の子を見つけました。天使の女の子は、子供たちが遊んでいる様子をじっと見つめています。

「よう天使」

悪魔の男の子は天使の女の子に呼びかけました。

「こんにちわ悪魔」

天使の女の子は悪魔の男の子ににっこりと笑いかけました。

「何を見つけたんだよ」

悪魔の男の子はわざと意地悪そうにいいました。すると天使の女の子は、子供たちのほうを指差しました。

「大きい子たちと小さい子たちが仲良く遊んでいるの」

悪魔は、ふうんと言ってじっと子供たちのほうを見ておりました。そうしてニヤリと笑います。

「おい、あれを見ろよ」

そういって別のほうを指差しました。

天使の女の子と悪魔の男の子がそちらを向きますと、身なりのよい可愛らしい小さな男の子を相手に、みすぼらしい格好をした大きな男の子が、雪のランタンの作り方を教えてあげていました。大きな男の子が手伝うと、小さな男の子の小さなランタンはみるみる綺麗な形になっていきます。小さな男の子は目をきらきら輝かせて「すごいや!」といいました。

「すごいやエドガー! こんなにきれいにできたの始めてだ!」

「おう。お前は不器用だからな」

エドガーと呼ばれた大きな男の子は、ふふんと笑いました。小さな男の子は「お父さんとお母さんに見せてくる」と喜んでいます。その様子をみて、天使の女の子も思わず小さく微笑みました。

しかし。

「じゃあ、約束だからな」

「うん。ありがとう」

そういって、エドガーは男の子に手を差し出しました。エドガーは男の子の手から砂糖菓子を2つ、ひったくるように取りました。

「まつりの当日も手伝ってやるよ!」

「やくそくだよ、エドガー」

「ちゃんとお菓子を持ってこいよ!」

そう言って、エドガーは広場に背中を向けてさっさと走っていってしまいました。なんと、エドガーはお菓子を目当てに小さな子供たちにランタンの作り方を教えていたのです。エドガーはずっとずっと大きな男の子なのに。

それを見た悪魔の男の子は、意地悪そうに笑いました。

「ほれみろ、あいつあんなに大きいくせに、お菓子が目的なんだぜ!」

寒い冬の街を走っていくエドガーの後姿を見送りながら、天使の女の子はなぜだかとても悲しくなりました。エドガーは小さな子供たちと仲良くしたいわけでもなく、優しかったわけでもなく、ただ、小さな男の子が持っているほんの少しの小さなお菓子が欲しかっただけなのです。

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それから、天使の女の子がいろんな場所ですてきなことを見つけるたびに、悪魔の男の子は意地悪を言いました。

美味しそうなアップルパイをたくさん売っているお店を見つけると、普段とおんなじアップルパイなのにいつもよりも高く売ってるんだぜ!と言います。
仲のよさそうな恋人をみつけると、いつもはすっごく喧嘩してるんだぜ! と言い、お土産を買って帰る旦那さんを見つけると、今日だけじゃねーか! と言います。

天使の女の子はそのたびにしょんぼりしました。だって悪魔の男の子の言うとおりなのです。みんなみんな、おまつりだから優しくなって、おまつりだからお金をたくさんとろうと思って、おまつりだから仲良くしているのです。だからこれまでよりもずっとずっときょろきょろと辺りを見渡しました。もっともっと、悪魔の男の子がにっこりするくらいすてきなことを探そうと、そんな風に思ったのです。だって悪魔の男の子は、とてもつまらなさそうでしたから。

悪魔の男の子は天使の女の子がしょんぼりとするたびに満足しましたが、天使の女の子がますますきょろきょろとすると、なんだかとてもイライラしました。だってさきほどから天使の女の子は悪魔の男の子のほうをちっとも見ませんでした。悪魔の男の子は、天使の女の子をずっとずっと見ているのに。

天使の女の子と悪魔の男の子は、こんな風にいっしょに街をあるきました。