変態が、この城に居る

それから数日後、執務室で書類仕事をこなしている女騎士の姿があった。ここ最近機嫌がいいのは、失くしたものを見つけたからだ。

失くしたものは意外な人物から戻ってきた。これを女騎士に贈った本人の手から戻ってきたのだ。

『すいのたいちょう? これをわすれていったでしょう!もう!』

そう言って頬を膨らませ、唇をとがらせた女騎士の主人……先日5歳になったばかりの第三王女殿下の笑顔を思い出すと顔がほころんだ。そう。落としたと思っていたものは、実は女騎士が主人の元で職務を全うしていたときに忘れていったものだったのだ。第三王女が夏の庭と秋の庭の境界にある池で遊んでいたとき、水で濡れてしまった手を拭くのに使った。皆が居たらそれをを出すのも躊躇われたが、幸いなことにその場には2人だけで、第三王女は女騎士にそれを賜った本人である。

女騎士は第三王女にそれを預けて、直後、急な任に呼ばれて場を辞したのだ。

てっきり落としたと思っていたのだが杞憂に終わり、それは無事……第三王女から女騎士へと届けられた。

まるで高貴な子供が使うような、白いレースをふんだんにあしらった……愛らしいハンカチーフだ。

思えば、これを探すとき、秋の庭師には無駄な時間を使わせてしまった。ハンカチーフを探しに秋の庭へと出向いた時、女騎士は秋の庭師と共に、随分と長いこと一緒になってこれを探したのだ。

結局見つからず、もしも見つかったら届けさせようと約束して別れたのだが、見つかった……と後で知らせにいかねばならぬ。

「不思議な男だったな」

女騎士はその役職からも雰囲気からも、男からは敬遠されがちだ。それを苦に思ったことも無いが、しかし、彼女もまた女である。第三王女の周囲でサロンを作る愛らしい少女達を見ていると、自分が過ごして来れなかった少女時代を思い出して切なくなることもしばしばあった。剣の道は自分で選んだものだが、ドレスや女性の振る舞いに憧れもある。甘い砂糖菓子のような服を着てみたいと思ったこともある。

だが自分に似合うとはとても思えない。剣を握る腕に白いハンカチーフは似合わず、筋肉の付いた身体に甘いドレスは似合うまい。そう思っていたのに、男はきっぱりと否定してくれた。

女騎士をまっすぐ見つめて、誠実で男らしい微笑みを向けたのだ。

「似合わぬことなどない」

……と。

それを聞いて、水の隊長はなぜか胸のどこかが狭くなる心地がした。初めて感じる心地だった。恥ずかしくて男の顔をまともに見られなかったが、だが、気持ちのよいくすぐったさも感じた。

見つかった……と言ったら、また「似合う」と言ってくれるだろうか。

庭師への連絡は人を使っても出来るだろうが、女騎士は自ら秋の庭に出向いてみようと思う。あのハンカチーフを持って、女らしい格好をすることは出来ないけれど。

男に、純白の探し物は見つかった……と報告をしなければ。

「水の隊長」

「ん?」

「お届けものです」

「届け物?」

考え事をしていた女騎士のもとに、小さな包みが届いた。この城では、城内の人間がやり取りをするための送達制度があるのだが、女騎士のもとに届いた包みには、それ専用の包装紙が使われていた。そして宛名が無く、季節の小さな夏の花が添えられている。

届けた部下が期待に満ちた眼をしているのはこのためだろう。

城内専用の送達物は城で働いている人間しか利用できないため、それなりに信用度が高い。無論、多くの陰謀や闇の交渉にも使われているが、一方で、密かな恋人同士のやり取りにも使われているのだ。すなわち、宛名を書かず、受取人にしか分からない印を添える。一般的には花やリボン、香りなどだ。受け取った側は誰宛かが分かるが、仲介人には分からない……という風流だった。もちろん、それが形式的なものであり、誰が誰に贈ったか……などはすぐにでも分かるだろうけれど、そういうことは関係無く、秘密めいた雰囲気を楽しむお遊び、というところだろうか。

女騎士のところにそうした風流な贈り物が届いたから、部下達が好奇心に顔を輝かせているのに違いない。

しかし、残念ながら女騎士にそうした風に贈り物を贈る人物に心当たりは無い。一体誰が……何のために? 部下達は、女騎士の想い人か……はたまた、女騎士に恋いこがれるものがいるのかなどと、ひそひそ言っているが、迷惑な話だ、と密かに思う。

かさりと包みを開けてみた。

中に入っていた白い布を手に取って広げてみる。

「……んなっ……!!!」

ふんが、と女としてはあるまじき鼻息と共に女騎士は仰け反った。「どうしました?」と振り向く部下に、あわてて女騎士は中身を執務机の中に隠す。バーン!と音をたてて勢いよく机の引き出しを閉めた。

「んなななななん、なんでもない! この!!」

「た、隊長?」

「この書類を早急に!急いで! の近衛隊長のところへ!!」

「は、はい!」

女騎士は机の上に散乱していた書類をかき集めると、部下に渡して、うおっほん、げっほげほと咳き込み始めた。大丈夫ですかとおろおろしている部下に、「大丈夫だから」を5回言って退室させる。

執務室に1人になって、女騎士はそろそろと執務机の引き出しを引いた。

「な、なんだこれは……」

届けられた白い布。女騎士が手に取って広げてみると、それは非常に繊細なレース細工を施した、美しい下着だった。それも上下でいうと下に着けるほうだ。小さな三角形に手を入れてみると、少し肌の色が透けて見える。透けて……見える……。

これで……これで、隠せるのか……?

もちろん女騎士とて、宮廷に仕える身。華やかな女性達がこのような下着を身に着けるという話も聞いたことはあるし、知ってもいる。だが、女騎士が身に着けるのは騎士用の下着がほとんどで、ドレスを着た時ですらこのような繊細なものを身につけたことが無かった。そもそもこれに足を入れたら破けてしまったりはしないのだろうか、伸びるのだろうか。

そう思って両側を少し引いてみると、かなりの伸縮性がある。しかも紐だ。両側を紐で縛る設定だ。なぜだ。何故縛るのだ。大きさが調整できるからか……なんという。これならば確かに、女騎士の太腿も入りそうだが、しかし、肝心なところが隠れそうにないではないか。いや、隠れるのか? そもそも隠れなかったとしても、見られないからよいのか? だが、見られないこと前提なのに、なぜここまで装飾にこだわるのだろう。やはり見られる前提なのだろうか、となるといつ見られるのだ、ドレスを脱いだ

「うわあああああああ」

女騎士はあまりの恥ずかしさに机に頭をぶつけた。

これを送り付けてきたものは、一体何を考えているのだ。どういうことだ。すなわちそういうことか。これを身に着けろというのか。剣しか知らぬこの、この、すいの隊長に!?

「なんという……」

ふつふつと怒りが込み上げてくる。

確かに……確かにこの下着はとても美しく高級なものだということは女騎士にも分かる。だがしかし、これは全うなものだとは到底言い難い。いやらしい、不純な目的で送ってきたものとしか思えない。たとえば、女騎士に履かせて……!!

かあ……と顔が赤くなる。下着に罪は無い。下着は可愛い。可愛いは正義。しかし、これはあまりに不埒である。不純である。不埒である。

女騎士は頭が混乱し、拳をわなわなと奮わせた。

「おのれ……変態め……変態が、この城に居る……!!」

しかも恋人や男が女に贈る贈り物の体を装ってこのようなものを、この女騎士に送りつけるなど……。

「誰が贈ったものなのか……知れたときには、必ずや」

くしゃりと女騎士は下着を握って、握ったあとハッと我に返り、丁寧に広げて折り畳み、執務室の机にしまった。

****

「はあ……いい仕事をした」

庭師の男は、下準備に整えてある秋の庭を、これから秋色に染めるためにどのように手入れしていくか、計算し、季節を思い描きながら、先日自分が行った、あの純白の行方を思って爽やかな息を吐いた。

きっと、あれを受け取った水の隊長はほっと安心しているはずだ。

匿名で贈ったのは致し方ないとして……小さな夏の花を添えたのは男の悪戯心だった。まるで恋人の手から戻ってきたみたいに思ってもいいだろうし、恋人に言えない秘密めいた棘のように思ってもいいだろう。いずれにしろ、あのとき感じた胸の鼓動は持て余し気味で自分ではどうにも出来ないのだから、それくらいの意趣返しは許して欲しい。

「あの騎士服の下に、あれを履いているのか……」

などと水の隊長の身体で妄想してしまい、秋の庭の庭師はヘラヘラと笑った。うん、よく似合う。よく似合うではないか。水の隊長は似合わないと嘆いていたが、むしろあの細く引き締まった白い肢体に繊細な細工は美しく映えるだろう。

似合うよ。と言ってやって、水の隊長がはにかむ姿を見てみたい。

しかし男が小さな純白を申し訳程度に身につけた水の隊長がはにかむ姿を妄想した次の瞬間、ぞくりと変な悪寒が走った。庭師という職業の身では分からないが、もしやこれがいわゆる「殺気」というものだろうか。

「か、風邪でも引いたのか……?」

ぶるるっ……と庭師は身体を震わせながらも、庭師は再び庭の仕事に従事し始める。

今日も四季の庭は平和である。


【登場人物紹介】
秋の庭師の男:秋の庭を預かる庭師。この国では庭師の身分は低いものではなく、五の庭の一つの長ともなれば、騎士隊長と同等の身分である。

すいの隊長:すいの君、とも呼ばれる、第三王女付き騎士隊の隊長。可愛い小物を集めるのが好きだが、自分には似合わないと思っている。

の近衛騎士隊長:の君、とも呼ばれる、国王付き近衛騎士の隊長。男。可愛い下着を集めるのが趣味だが大好きな嫁以外には知られていない。45歳のオネエ。

純白のアレ:純白の細やかなレースで作られた下着。下に身に着ける方。王家御用達の下着メーカーが国王・王妃の15周年の結婚記念日に作ったもの。限定数のすくないレアもので、火の近衛騎士隊長が手に入れようと息巻いていた。