短編

滑稽なふたり

そこは、いつも男が女に会う時に使うホテルの一室だ。
そこで男は女を抱いていた。

男が女の手を押さえているのは、別に逃げられるからではない。拘束している方が、気分が出るからだ。片方の手で女の足と足の間を探り、そこが濡れているのを確認する。もちろん確認だけで終わらせるはずもない。腰を動かす女に誘われるように、そこをゆっくりと動かした。女の感じるところを知っている男は、指を折ってくすぐるように膣内を探る。女の腰が浮き、片方の足が男の足に絡まった。

「やっ…ん…、すご、気持ち、いい…。」

「気持ちいい?」

「ん…。ね、貴方、も…。」

「ああ。もう挿れるよ…。」

女の身体は、男の手が与える行為でほんのりと桜色に染まっている。ところどころに散った印は、戯れに男が付けた。やめてといいながらくすくす笑う女の手が可愛くて、ついつい付けてしまうのだ。男は女に小さく口付けると、身体を起こして避妊具をつけた。その先を待ち受ける女の淑やかな顔を見ながら、男は早く挿れたくてうずうずしている自分を宛がった。

宛てて動かしていると、そこはとろりと濡れている。焦らすように先だけ挿れたり、秘裂をなぞるように刺激をしていると、女が何かを期待しているようにうっとりと男の頭を抱き寄せる。

「ね、早く…。」

「我慢できない?」

男は抱き寄せられるままに女の顔に唇を寄せた。女の顔が恥ずかしげに染まったようだ。少し拗ねたような表情になって、視線を逸らす。

「…ん…。」

「ねえ、言って。」

「…早く…。」

「…何をして欲しいの?」

「挿れて…。」

「いい子だね。」

男はたまらなくなった。ぐい…と身体をずらすと、一気にそこがひとつになる。

「ああっ…!」

可愛い女の声が、急に色っぽい艶めいたものになった。男はゆっくりと動かし始める。できるだけ、女の身体を攻め立てたい。感じて、もっと啼かせたい。
そう思う。
理由があった。

男にとって女は、かつて恋焦がれ、他の男のものになった人の代わりだった。今まで付き合ってきた女も、男にとっては変わりない。髪が長くて、少し控えめ。淑やかに笑って、時々子供のように可愛くて、自分と同じくらいの背の高さの人。そんな女性を見つけて、男はいつも付き合ってきた。そして、少しでも相手が自分の頭の中の、焦がれたあの人とずれてしまうと、途端に冷めてしまう。たとえば、髪を切ったり、大きな口で笑ったり、我侭が過ぎたり、派手な化粧をしてみたり。焦がれたあの人が、きっとしないだろうということをすると、ああ、これは代わりの女なのだと気持ちが一気に離れてしまうのだった。

罪悪感も確かにあった。だから、男は付き合う女を全力で愛したつもりだ。だが、こうして女を抱いていると、…一度も手にしたことのない、あの人を思い浮かべてしまう。あの人なら、ここをこうするとどう啼くのだろう。あの人はどこが感じるのだろう。あの人の口が自分を咥えるとどんな心地がするのだろう。

今日も男はそんなことを考えながら、女を揺らしていた。

「…んっ…あ、もっ、と、動かしっ…」

「ああ…すごい、気持ちいいよ…くっ…う」

女の中は、なんともいえない心地よさだった。きっとあの人の中もこんな風だろうと思うと、笑みが零れる。ああ、もっと啼くといい。もっと求めてくれ。男は角度を変えた。…途端に、そこがよかったのだろう。女の奥があっという間にとろけ始める。ダメだ、これを続けると一気に達してしまう。男は再び身体の位置を変えた。女の中がきゅるりと締まり、男が腰を掴んで堪えるようなゆっくりとした動きになる。

「…やぁぁ…ん…。」

なんて甘い声なんだろう。もう少し聞かせて欲しい。

「…ね、もっと…激し、く、して…ぁぁっ…!」

女のねだる声に、男は思わず激しく腰を打ちつけた。女も足を絡めて、男の動きに合わせるように動いてくる。2人の動きが、最後の瞬間を目指す独特の激しい動きになった。

「…あ、ああ…も、少しっ、…。」

「くうっ…もうっ…、つっ…。」

男の陽根が女の中でびくびくと脈打つ。はあ…と2人は荒い息を吐いた。男は女から自分を抜くと、ゆるりとその身体を抱きしめた。少し汗ばんだ身体は柔らかく、思わず首筋に小さく口付けた。男は手早く避妊具を外すと、もう一度女に覆いかぶさる。

「もう一度だ…。君はまだ、イッてないだろ?」

「え?」

女がきょとんとした。小さく微笑んで、男の頬を両手で押さえ、優しく笑って首をかしげる。

「ダメ。」

「え?」

「今日は、貴方の腕のなかで眠りたいの。だめ…?」

「…。」

普通の恋人が言ったなら、きっとこの余韻が愛しくて、「いいよ」とそっと抱きしめるだろう。だが、男は自分の心の何かが少し、ずれた心地がした。この予感は、きっとアレだ。だって、あの人なら、「いいわよ」と言ってくれるはずなのに。

「ダメだ。」

「え?」

「そろそろ行かないと。」

「どこへ?」

男はシャワーを浴びようと、立ち上がった。

「シャワーは先に使わせてもらうよ。終わったら帰るから。」

相変わらず、最低だな…と、自分のことながら男は思う。だが、もうこれ以上はいられないのだ。これよりさらに険悪な態度で、自分をごまかすなんて到底できない。

「待って、どういうこと?」

怪訝そうな女の顔を見る。別れを切り出すときでさえ、あの人のことを思い浮かべる自分はどうしようもない男だ。あの人なら、きっと男と別れるときは清々しく別れるだろう。よい思い出になるように。なんて。

「ごめん。君の事を抱くたびに、他の人のことを考えてた。」

「え?」

「だから、もう一緒にいられない。」

せめて最後くらいは正直にあろうと、男は珍しく別れの理由を素直に言った。それくらいは、今の女のことを愛していたつもりだった。別に正直に言ったから、誠実な男であるわけでもないのに。充分不誠実なのに…と、男は自嘲する。

「そう。」

女の口から聞こえた返事は、だが、予想外のものだった。

「そっか、分かった。私も同じだったの。…よくないよね、こういうの。今までありがとう。」

「え?」

今度は男がきょとんとした。「自分も同じ」というのはどういうことだろう。

「同じって?」

聞き返すのがみっともないというのは、男とて承知していたが思わず聞き返してしまった。

「貴方と一緒にいるたびに、他の人のことを考えてた。」

女は悲しげに言った。
絶対に手の届かない、恋焦がれた人が居たと。その人と付き合ったらどんな風だろう。その人はどんな風に自分を愛してくれるんだろう。

そして、その人と恋人同士になったらこんなことをしてみたい。こんな我侭を言ってみたい。こんなことをしてあげたい。感じてる自分を見て欲しい。そして自分の手で悦んで欲しいと思っていた…と。

だけど、今日はっきり分かった、と女は言った。
貴方の手はとても心地よかったけれど、きっと他の男の人とは違うって。貴方の手なんだって。…あの人のためじゃなくて、貴方のためにこうしようって思わないといけないのに、どうしても思えなかった。ごめんなさい、と。

女は手早く服を身に着けた。ホテルの代金の半分を置いて、寂しげに笑う。

「今までありがとう。ごめんね。」

呆気にとられた男を残して、女は部屋を出て行ってしまった。

****

あれから数日。男はただ1人、混乱していた。
この焦燥感は何だろう。自分が他の女のことを啼かせたいと思っているときに、彼女は他の男に啼かされたいと思っていたという。
もっと気持ちよくさせたいと自分が思っていたときに、彼女は彼のために奉仕したいとは思えなかったという。
いや、あの日啼かせたいと思っていた女は、男にとっての、どれだったのか。
あの日別れた女だったのか。それともかつて焦がれた人だったのか。
可愛いと思っていたのは、あの日抱いていた女だったのか。それともかつて焦がれた人だったのか。
自分の気持ちはいつも、かつて焦がれた人に向かっていたと思っていた。
だが、代わりの女が自分の方を向いてないと気付いた途端、こんなに焦るのはなんなのか。
自分がこちらに向かせたいと思っていたのは、

誰だったのか。

確かに自分は誰かと一緒に笑いたいと思っていたはずだ。

だけどそれは、誰だったんだろう。

自分はもしかして、何かを見失っているのではないか…と、男はいつまでもいつまでも焦っていた。

男は携帯電話を手に取る。

いつもは別れた女の番号はすぐに消していた。…だけど。

男は、携帯電話を開けた。