001.なんかぺたぺたする

夜の闇も深くなってきた時刻。
アルザス家の離れにある浴室で、ちゃぷん…と湯の音が聞こえる。囁くような男と女の声がそこに混じり、それは誰にも聴かれること無く夜に溶けていった。

「痛かったか……?」

「……ん」

「ああ、サティ。大丈夫か? 身体は洗ったが……」

「大丈夫だ、けど……恥ずかしいってば。……ん、ちょ、……と」

「サティ……」

女の切なげな声に、男の手が堪らずゆるゆると動き始めた。

その男は整った顔立ちをしていたが、無精髭がその整った顔を少しばかり粗野な風に見せている。広い浴槽に湯を張り、女を前から抱えて座っていた。逞しい自分の胸に、女の柔らかな胸を押し付けるように抱き寄せている。そうして女の耳を咥えるように唇を寄せていた。

こうしていると、とてもいい香りが鼻腔をくすぐる。湯と、湯に落とした香油の香りと、女の肌の香り。引き締まった太い腕の片方は女の細い腰を抱え、もう片方は女の後ろから足と足の間に指を沿わせ、労わるように繊細に撫でている。

端的に言うと、サティはピウニー卿と一緒に風呂に入っていた。

先ほどまでピウニー卿とサティは、お互い身体を重ねていたのだが、幾度目かに、サティの身体がピウニー卿の白濁で、いわく「なんかぺたぺたする…」という事態に陥った。ピウニー卿は全く悪びれることなく、「サティの中がきついのが悪い。」などと言って、上機嫌でサティを抱えて風呂へと連れ込んだのだ。

サティはピウニー卿にお湯で身体を流されたあと、湯船で向かい合わせに座らされていた。

「……あっ……や」

ピウニー卿の手が少しだけ止まり、何かを探る。指が慎重に奥へと入り込み、ゆっくりと動き始めた。途端にサティから小さな声が零れて、抱いている腰が浮く。その反応を楽しむように、ピウニー卿は幾度もサティの首筋に吸い付いた。しばらくそうしていたが、やがて吸い付く唇を少し離す。

「まだ痛いか、サティ」

「ん、痛くな、い……」

「こうしていると……また奥から指に纏わりついて……」

「……そんなの、言わないで……て、ば…あぁ」

「サティがそんな声を出すからだ……」

ピウニー卿の指は根元までサティの中に埋められ、出し入れはせずに、指の腹で中の内壁をゆっくりと撫でているようだ。

「ここは……?」

「ん……」

「……ここもだろう」

「……ぁぁん……」

サティから聞こえる甘い反応を楽しみながら、ピウニー卿はサティの中に触れていく。声を抑えているものの、密着した身体はかくかくと震えて、サティの感覚を伝えてくる。時々顔を覗き込むと、グリーンの瞳はとろりと熱っぽく溶けていて色っぽい。少しだけ開いた唇に指だの舌だのを入れたくて、仕方が無い。

ピウニー卿はサティの吐息を楽しむように唇を重ね合わせた。なぞるように、自分の唇を動かす。入り込んだ舌がそこで絡まりあい、湯船の音ではない水音が聞こえ始めた。ピウニー卿は挿れていた指を抜いて、今度はサティの柔らかな胸の膨らみを手の平に包み込む。丁度いい大きさのそこは柔らかく形を変え、その動きに合わせてサティから蕩けるような吐息が零れた。

溜息の音がピウニー卿の耳にとても心地よい。屹立した部分に親指が掠めるとぴくん…と細やかに肩が揺れて舌の動きが止まり、その反応に濃い口付けを交わしているピウニー卿の息も荒くなり、腰が知れずに動いてしまう。

気を緩めると声が零れてしまうサティは、ピウニー卿の肩をきゅ…と掴んだ。それでもピウニー卿の動きは止まらない。身を完全に委ねたい気もするし、翻弄されているのが悔しい気もする。ピウニー卿の手は心地よくて、覚えたばかりの不思議な陶酔感がなぜか恋しい。しかし、流されてしまうと溺れそうで怖い。サティは身をよじるように頭を動かして唇の蹂躙から離れると、ピウニー卿の鎖骨に額を押し付けた。「サティ……?」そう言って、ピウニー卿の手が緩んだ。その隙に。

「くっ、サ、サティ……っ」

ピウニー卿の手が完全に止まり、身体が強張った。今度は形勢が逆転した。荒い息を吐くのはピウニー卿で、何かを堪えるようにサティの身体を抱き直した。サティの手が、自分とピウニー卿の間にある硬く猛々しい……つまりはピウニー卿自身に触れたのだ。サティの手は、恐る恐るピウニー卿の先端のつるりとした部分を撫でている。戸惑いがちのその手付きは、なんとももどかしい。まったく、確かにサティは初めてのはずなのに、どこで覚えてきたのか……。

「ああ……っサティ……待て」

「こうするの、い、や? 」

「そうではない、あっ……く……」

ピウニー卿は少し腹を離すと、自分に触れているサティの手に自分の手を重ねた。そのまま導くように、サティの指に自分の指を絡めて動かす。つるりとした先端から段になった箇所に触れさせ、長い側面を握りこませて上下に律動させる。ピウニー卿は耳元に唇を寄せた。

「挿れても?」

「……え?」

「少し身体を持ち上げるんだ、サティ」

ピウニー卿はサティの返事を待たずに、サティの手を導いた。片方の腕にサティの腰を乗せて少し持ち上げる。不安定な体勢に、思わずサティの腰が浮く。ピウニー卿は重ね合わせた手に握られている自分を、サティのそこに宛がった。びくん…と、ピウニー卿に触れていた手が震えて、その反応に興が乗ったピウニー卿はサティに持たせたまま先端を押し付ける。離れようとするサティの手を離さないように握りこませて腰を引き寄せ、少しずつサティの手でサティの中に挿れさせた。

「そうだ、そのまま身体をゆっくり落せ」

湯の中だったが、明らかにそこは湯とは別種のぬるぬるとした液体が纏わりついていて、少しずつピウニー卿はサティの中に入っていった。

「あっ……は、ぁ……」

「サティ……ああ……」

さらに深く入るように、両手で腰を捕まえて、ぐ…と押し付ける。

動かしたい衝動を堪え、挿入したままピウニー卿はサティの身体を自分の身体で包みこむように抱きしめた。

****

人の姿であることに時間制限の無い夜は、ずっとサティと共に居て初めてだった。

好きだと伝えてしまえば自制が利かなくなるだろう。そう思って、この2週間ずっと言葉にしなかった気持ちを幾度も伝える。ああ、サティ、愛している、愛しているんだ……と。

戻らない姿と、近づく身体。伝わる気持ち、それに応じるサティの声。2人を遮るものは何もない。

ピウニー卿はサティを抱き寄せた。ソファの上で唇を重ねると、焦がれていた女の香りと柔らかさに、それを離すことが出来ない。幾度も角度を変えてサティの唇に触れる。その勢いに押されて、……というか、物理的に押されて、サティはソファの上に倒れ込んだ。セピア色の髪が散らばり、潤んだグリーンの瞳がピウニー卿を見上げている。その手首を押さえて、ピウニー卿はそのまま被さる。

「ちょっと待って、……ピウニー……っ」

「すまん。待てない」

どれだけ待ったと思っている。

サティの口が開いたのを見計らって、ピウニー卿はそこに舌を絡め入れた。こくん……と、サティの喉が動いて、おずおずとピウニー卿の舌にサティのそれが触れる。以前、サティの唇にこうして触れたのはいつだったか。あの時と同じように、2つはぬるりと絡まりあった。異なるのは、今度はピウニー卿はサティの舌を吸い上げて幾度も追いかけ、追い詰めたことだ。全く遠慮のない激しいピウニー卿の様子に、身体の下でサティの声が喉から零れ始める。

「ん……、ぁ……ちょっと……や」

「嫌?」

ピウニー卿が動きを止めて唇を離し、サティを見下ろす。サティの瞳の奥には確かにうっとりと自分を見つめている光があって、目が離せない。ピウニー卿は首をかしげて、サティの頬に指で触れた。

「サティ、嫌だったか?」

「そうじゃなくて、あの、……ここでは嫌」

「ああ……、そうか。すまない」

恥ずかしそうにサティが瞳を逸らした。ピウニー卿も納得の理由だ。サティは恐らく初めてに違いない。それをソファで……などと。さすがにピウニー卿も寝台に連れて行くつもりだったが、サティからそうやって言われると、愛しさが募る。何をやっても可愛い。それどころか、嫌だったか、という質問に「そうじゃなくて」……という回答と来れば、サティに負担を掛けないように自分の理性が保つのか、全く自信が無い。

だが、止めるつもりは無い。

ピウニー卿はすぐさまサティを横抱きに抱えると、隣の寝室へと連れて行った。その間、「ちょっと1人で歩けるから重いから待ってよ下ろして」などとサティはうるさかったが、もちろん聞いて無いフリだ。幾度も抱き上げたことのある、サティの身体の重さは知っている。重いはずが無い。

じたばたと暴れるサティをそっと寝台に下ろすと大人しくなったが、不安そうな瞳がきょろきょろと定まらない。ピウニー卿はサティの隣に身体を置いて、抱き寄せた。サティの身体はピウニー卿の腕の中に収まる。サティは優しげなピウニー卿の仕草に、不思議そうに顔を上げた。

「ピウ?」

「サティがそう呼ぶと、心地いいな」

「前は、省略するなって怒ってたくせに」

「そうだったか? そう呼ぶのはサティだけだ」

ピウニー卿は小さく笑ってサティの髪を掻き分け、再び唇を重ねた。その唇は頬を滑り、耳元を擽り、首筋に降りてくる。濡らすようにそこに舌を這わせ始めると、腕の中でサティの身体が緊張したように跳ねたが、身を剥がそうとはしなかった。やがて、ピウニー卿の手が徐々にサティの身体に沿って動き、服の中に手を入れる。しっとりと触れる肌は心地がいい。

「……っ」

肌に直接触れたざらりとした男の手の平の感触に、怯えるようにサティの身が竦んだ。その反応に、ピウニー卿は首筋を味わっていた舌を少し浮かせて低い声をサティに聴かせる。

「怖いか、サティ」

「違う、そ……じゃない……」

サティが弱々しく頭を振った。

「怖くないけど……その、恥ずかしくて……あんまり……」

「あんまり?」

「う……」

何をどう言えばいいのか、これまた恥ずかしいのだろう。ピウニー卿は「分かった。」と言って、サティの唇を塞いだ。恥ずかしいのなら、何も言わなければいい。ピウニー卿はサティの唇を貪りながら、服を器用に解いていく。

時折、息を求めて離れる以外、いつまでもいつまでも、唇は塞いだままだ。食べるように動かし、確認するように中を舌でまさぐっていると、サティの抵抗する力は弱くなる。サティの前が全て肌蹴たところで、寝台の掛け布を掛けてやった。そこでやっと、唇を離す。

腕を抜き、下も脱がせ、下着に手を掛ける。サティはやけに大人しい。見ると、顔が…真っ赤だった。ピウニー卿は、ふ…と笑ってサティの頬を突く。

「サティ、顔が赤いな」

「だって……!」

「ここには俺しか居ないだろうに、何を恥ずかしがることがある」

ピウニー卿は身体を起こした。下半身はサティに乗せたまま、自分も服を脱ぐ。その様子をサティがじっと見ていて、ピウニー卿は「どうした?」……と優しく額に触れた。サティが、ハッとした顔で視線を逸らす。

そもそもこんなときにどんな表情で何をすればいいのか、サティはよく分からないのだ。ピウニー卿の裸に触れたことが無いわけでは無い。一番最初に互いの姿を見たときは、2人とも裸だった。……だが、ピウニー卿はどうだか分からないが、サティは全然慣れない。それで思わず視線を逸らしてしまったのだ。すると、逸らした視線を自分に向かせるようにピウニー卿の手がサティの顔をこちらに向けさせた。こげ茶色の瞳がじっと自分を見つめている。そして、ゆっくりと、それが落ちてきた。

言葉も無く、2人の身体は重なった。