003.別に私変なことしてない

アルザス家の離れの客間で、ピウニー卿とサティ、そして理の賢者が会談していた。
理の賢者は興味深そうな表情で長いお髭を撫でている。

サティが首をかしげていた。

「魔力が残ってる?」

「ふむ。面白いことに、サティとピウニー卿の中に、少しばかり人が持つ魔力ではない魔力が残っておるのう。恐らくそれが、ピウニー卿をネズミに戻してしまったんじゃろうて」

「……呪いが残っている、ということですか?」

サティの隣に座っているピウニー卿が、怪訝そうな顔をした。だが、理の賢者は静かに首を振る。

「いや、呪いは完全に解けておるはずじゃ。どちらかというと…、魔力が使いこなせていないように見受けられるのう。自分の魔力に意識を向けたら、人間に戻れたのじゃろう?」

ピウニー卿とサティは顔を見合わせた。

昨夜、ピウニー卿はサティと初めての夜を過ごし散々愛し合った。その後、目が覚めたピウニー卿に待っていたのは、再びネズミに戻ってしまう…という、衝撃の事実だったのだ。何が衝撃って、サティと共に戻ったわけではなく、サティを残して自分だけネズミに戻ってしまったことだった。ただ、幸いなことにすぐに元に戻ることが出来た。なぜネズミに? 冷静にそう考えて、自分の魔力に集中すると、元に戻ったのだ。腹の毛をこちょこちょしていたサティは、少しばかり残念そうな顔をしていたが。

「逆説的に言えば……魔力を使いこなすようになる必要がある、ということでしょうか」

「ううむ。そもそも、呪いは解けたのに、変化の魔力……と暫定的に呼ぶが、それが残っておること自体が不可思議じゃ。1つ考えられることがあるとすれば、サティや」

「はい」

「ネズミや猫の姿もまんざらではないんじゃろ?」

「え?」

ふぉふぉふぉ……と理の賢者は髭を撫で、それ以上、参考になるような言葉は話してくれない。だが、茶目っ気たっぷりの瞳を綻ばせて2人に問う。

「ところで、いつネズミに戻ったのじゃ?」

ピウニー卿がグホォッ……と豪快にむせ、サティの表情が明らかに挙動不審になった。だが、さすがにピウニー卿は騎士たる男だ。すぐさま表情を整えて、こほん…と咳払いをする。

「サティと2人で過ごしている時に……ですが、それが何か?」

誤魔化した感があるが、正確には誤魔化してはいない。まったくそのまま、その通り、やましいことなど何もない。何も。

ピウニー卿の心中を知っているのか知らぬのか、それを聞いた理の賢者は、ふむふむ……と頷く。

「いや、どのような時に姿形が変わるのかが分かれば、手がかりもあるかもしれんと思ってのう」

「どのような時に……って」

サティが泡を吹きそうになっていたが、ピウニー卿は真面目に答えた。

「……ならば、今度……その、獣になったときは注意しておきましょう」

「それがよいのう」

うむ…と理の賢者が瞳を細めて2人を見遣り、話はそこで終わりとなった。

****

魔力は感情の動きにも関係する。

呪いがいつしか完全に解けたのにも関わらず、8時間経って猫とネズミに戻ってしまっていたのは、身体の中にやはり魔力が残っていたからだろう。

ピウニー卿は自分の魔力に意識を向けると元に戻った……と言っていた。猫やネズミになってしまうきっかけ…変化の魔力を捉えることさえ出来れば、呪文を作ることも可能かもしれない。だが、自分の中にどれほどの変化の魔力があるのか、サティほどの魔法使いであってもその魔力を捉えるのは難しかった。それくらい、自分の魔力に絡まりあっているのだろう。

サティは風呂から出た後、濡れ髪にタオルを被ったまま、寝台の上であまり上品とはいえない格好で座っていた。どうしても気になる。変化の魔力について考えていたのだ。

傍らに置いてあった柔らかい枕をぎゅう…と抱きしめて、サティは瞑目する。自分の魔力に集中してみれば、確かに猫の時に感じている魔力と似た魔力が息づいているような気がする。しかし、それがどこに絡んでいるかが分からない。猫になっていたときのことを思い出しても、魔力が入れ替わるような心地は覚えているものの、入れ替わる魔力と自分自身の魔力の境目がどこにあるのか分からないのだ。師匠は「まんざらでもないんじゃろ?」などと言っていたが、……確かに、猫とネズミになれないと思うと、寂しい気持ちがしないわけでもない。だからと言って、いつ猫になってしまうか分からない状態は勘弁して欲しい。

「うーん……」

抱きしめていた枕に体重を掛けて寝台の上を転がっていると、「サティ? 風邪を引くぞ。」…という低い声が聞こえた。サティはがばっ…と起き上がり、なぜか慌てる。

「ピウニー! ……ええと、お風呂は?」

「? 入ってくるといっただろう?」

サティと入れ違いに風呂を使って出てきたところである。ピウニー卿は先ほどまで寝台の上で転がっていたサティを見て苦笑しながら、自分も寝台の上に登った。後ろに回ってサティの頭にタオルを乗せ、セピア色の濡れ髪をぽんぽんと軽く叩いて拭いてやった。子供扱いされているような気がして、サティはムっとした表情で上を向く。硬い胸に身体を預けると、逆さまになったサティのグリーンの瞳とピウニー卿のこげ茶の瞳が合った

「もう。乾いてるわよ」

「そうか?」

言いながらもピウニー卿が髪を拭いてやっていると、あきらめたようにサティが身体を起こした。だが、離れた体温を求めるように、サティはピウニー卿の腕に強引に引き寄せられる。ピウニー卿はサティの身体を挟むように座って後ろから抱きしめ、しばらくそうして髪を撫でていたが、徐々に大きな手がサティの身体に降りてきた。その手はサティの肩を滑り、鎖骨の窪みを確認するように触れて、やがて柔らかい胸の膨らみを捉える。

「……ん……っ」

「サティ」

ピウニー卿の渋みのある低音が耳元で聞こえる。思わず声を上げてしまったのは、ピウニー卿の指が夜着の布越しに胸の硬くなった部分を通り過ぎたからだ。弾くように何度も触れる。触れられているのは胸なのに、疼く感触は下腹の奥で、そんなつもりはないのに身体がびくびくと動いてしまう。それに、…さっきから気になっていたが、背中の下の方に感じるピウニー卿のモノは、既に熱く大きくなっているようだった。サティがそう思った瞬間、胸に触れていないほうの腕が腰を引き寄せた。ぐっと近づき、まるでサティに自分の猛々しさを伝えるように押し付けられる。

サティの顔がピウニー卿の方に向けさせられ、唇を重ねられた。荒くなっていく2人の息ごと、激しい口付けが始まる。

「甘い香りがするな、サティ」

「や、ピウニっ……ぁっ」

「嫌?」

「……ぅー、」

「ん?」

「い、や、じゃない……」

「ああ」

腰を抱えていたピウニー卿の手が、サティの夜着を弄った。太腿が露になり、大胆にそこを探っていく。ピウニー卿の足がサティの足に絡められ、無理矢理広げさせられた。

「ちょっとまって、こんな格好っ……」

「今更何を……」

意地悪く笑って、ピウニー卿の指がサティの入口に触れた。胸と唇に触れていただけなのに、もう濡れ始めている。下着越しにも、それと分かるほどだ。こうしていると、すぐにでも挿れたくなってしまう。ピウニー卿は下着をずらしてゆるゆると中に触れ始めた。

****

荒い吐息と肌の擦れ合う音が響いている。広い客用の寝台の上で、ピウニー卿は、自分の上に向かい合わせに座らせたサティの腰を掴んで動かしていた。密着している部分からは、繋がっている音が響き、しがみついているサティの喉から、艶やかな声が上がる。声を我慢しているのか、それは慎ましやかだ。ピウニー卿はサティを激しく揺さぶりながら、サティに話しかけた。

「サティ、声を上げるのを我慢しなくてもいい」

「んっ、だって、やっ、だ……」

「ここならば誰にも聞こえない。もっと聞かせてくれ……」

「……あっ、そんなに、動かさないでっ……ぁぁん……っ」

本当はもっと動かしたいのだが。

ピウニー卿は抜き挿しを抑え、サティの肌に腰を押し付けて、入り口を刺激していた。中はピウニー卿で埋められ、外は小刻みに擦られている。そうして覚えたての快楽がサティの身体を走る前に、その動きは止まり、体勢を変えさせられた。

動きを止めたピウニー卿はサティに繋げたまま、その身体を抱えて寝台に沈みこませる。ピウニー卿の腰に足をかけた姿勢のまま倒され、足の一本を抱えられた。抱えていないほうの足にピウニー卿は跨いだ形になって、そのまま斜めに絡まりあう。

「……っああ、サティ……」

「……奥……がっ、あっ……!」

足を抱くように抱えて斜めに穿たれると、ピウニー卿はサティの奥まで突き刺さった。欲望のままに激しく突きたい気持ちを堪えて一度大きく引き抜き、じっくりと奥まで挿れる。数度、そうして往復していたが、ピウニー卿はサティの足を下ろすと再び向かい合わせに座らせた。…と、サティが思ったのも一瞬だ。そのまま今度はピウニー卿の背が寝台に沈み、サティがピウニー卿の上に跨るような格好になったのだ。

目まぐるしく変えられる体勢に、サティはピウニー卿の身体から離れてしまわないように抱きついた。密着してくる柔らかい胸がピウニー卿を煽り、動かすたびに締まる内奥が理性を溶かしていく。

「サティ……っ、すまん、動かすぞっ」

堪えきれなくなったピウニー卿は、上に乗っているサティの腰を掴み、自らの腰も激しく動かし始めた。わずかにひりついていた中も、今はぬるぬるとした自分の体液とピウニー卿からもたらされる感覚とで麻痺してしまった。徐々に湧き上がってくる切ない疼きに、サティが我慢をやめて、その身をピウニー卿に委ねる。その途端、溢れるように強い刺激が身体を突き抜けた。

「……あっ、やああん……!」

「……っ!」

サティの身体の震えをピウニー卿が追いかけたのか、それともピウニー卿の動きにサティが追い詰められたのか…どちらか分からない快感が二人を襲い、同時に達した。

****

ピウニー卿はサティの身体を寝台の傍らに下ろしてやると、柔らかく抱擁した。しばらくの間そうして余韻に浸る。ピウニー卿は見上げてくる綺麗なグリーンの瞳に愛を込めた不埒な言葉を囁いて、サティの頬を赤くさせるなどして楽しんでいたが、やがて身体を離して、脱がせたサティの夜着を拾ってやった。

「サティ、身体が冷え……」

振り向いたときにサティの柔らかな肢体は無く、代わりにあったのはセピア色の毛皮の小さな猫だった。ピウニー卿の瞳が驚きに丸くなり、サティの毛皮がぶわわわ…と逆立ってくる。

「……ピ、ピウニー、わた、私っ……っ! うきゃ!」

ピウニー卿はサティの脇を掴むと持ち上げた。にゅ…と、抱き上げられた猫の身体が長く伸びる。人間の姿で猫のサティを見るのは初めてだが……なんと可愛ゆい生き物だろうかこれは。ピウニー卿は思わず、掴んでいる手をむにむにと動かした。「ちょっとそんなに手を動かさないでよ。」……などと抗議の声を挙げているが、その度に口元が動いて愛らしい。ふかふかと指が沈み込むやわらかい毛皮の感触と、独特の温もりがなんともいえず手に心地よい。自分がネズミだったときは埋もれるばかりで、それはそれで悪くは無かったが、こうして手の平でセピア色の毛皮を撫でるのも……。

などと思っていると思わぬ反撃にあった。

「ふおおううっ!」

「ちょ、ピウニー、変な声出さないでよ!」

「い、いやサティが変な……」

サティの尻尾がくるんと動いて、ピウニー卿の腹筋を撫でたのだ。唐突にふわふわの毛皮に腹を触られれば、いかに鍛えた腹筋といえど妙に繊細に反応してしまう。

「別に私変なことしてない!」

「尻尾を動かすな!」

「動かしてない!」

「いや動……っ……」

……。

沈黙が2人の間に落ちた。

ピウニー卿はそっとサティの身体を傍らに置いた。全く自分としたことが……。落ち着け。猫の尻尾に触られただけだ、落ち着け。

サティに背中を向けて心を沈め、改めてピウニー卿が振り向く。

「サ……」

「ううん……」

そこには綺麗な細身の背中があった。色っぽい(ように聞こえる)吐息を零しながら、肩甲骨の上にさらさらと流れるセピア色の髪と、その隙間から覗く白い肌。枕を掴もうとしている細い腕と指。うつ伏せの身体を寝台に沈めて身動ぎをしている。

「ん……ピウ?」

うつ伏せのまま、サティが悩ましげに(見える)顔をこちらに向けた。

「……」

ピウニー卿は、背中から襲い掛かりたい衝動と戦った。