男はガウイン・ダルトワのプライベートカーの運転席でハンドルを握りながら、不思議なもんだと思いを馳せる。自分自身はトキオで車の運転などしたことがないはずなのに、車の運転の仕方もトキオの地図も、どこをどう通ったらどこにたどり着くかも知っている。
迷うことなく、トキオの共同墓地へと車を走らせながら、後部座席に座っている、この車の持ち主であり自身の雇い主であり後見人である、ガウイン・ダルトワへと話し掛けた。
「全員、いるのか?」
誰が、とは言わなくても分かっているのだろう。「ああ」と答えが返ってくる。
「ファルネも?」
「一緒にいるはずだよ」
男は前方を向いたまま、頷く。ハンドルを握った指でトントンと音を鳴らした。
「これで持って帰っても、いいか?」
これ……というのは、この車のことだろう。後部座席のガウインは呆れたように言った。
「そのつもりで運転手を買って出たのだろう」
く……と笑って「まあな」と答える。
「かまわんが、急いて飛ばすなよ」
「分かってる。誰を乗せるよりも、安全運転するさ」
「呆れた男だ」
「分かってただろう」
「仕事をこなしてもらえばそれでいい。あの3人のためだ」
そんな2人の会話を聞きながら、後部座席に座っているもう1人の人物が小さく笑った。それを見つけたガウインが、怪訝そうに首を傾げる。
「いや、こうした会話をする日が本当に来るとは……と思いましてな」
そう言ったのはプロフェッサー・アキツ、コーチョーと呼ばれる男だ。その言葉に、ガウインはわずかに憮然とした顔になった。
運転席に座る男の名前は、セタ・アーシリィという。
その身体は30歳前後でありながら、40を前にしたガウイン・ダルトワの遺伝子上の兄であり、しかしその精神はこのトキオで生まれてわずか10日である。
****
墓地に到着した。先着している車の後ろに停車させ、ゆるやかな緑を見渡すと、杖をついた少女とそれに寄り添う少年がいる。さらに視線を動かすと、そこから少し離れたところに向かう女の姿が見えた。
見つけた。
駆けたい衝動を抑え、ゆっくりと墓地の道を登る。
途中、少女と少年の2人がセタの姿に気が付いた。少女の顔にたちまちのうちに驚きと笑顔が浮かび、少年の顔にはただただ驚愕の表情が貼り付く。
2人が何かを叫びそうになる前に、セタは人差し指を唇にあてた。静かにしろという合図は、少年と少女の条件反射に訴えたようだ。セタは今まで、この合図を2人に向かって何度も出してきた。
静かになった2人に頷くと、そのままのスピードですれ違う。すれ違い様にちらりと2人を見下ろして、セタは少年の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。その行動も彼らの間では馴染みだったものだ。
2人が足を止めてセタを見送る視線を背中に感じながら、目的の場所へと近づいていく。
女が1人で、そこに居た。
ファルネ。
この猟犬に存在する意味を与えた女だ。
****
墓地でファルネを拾ったセタは、他の2人とケーキを食べに行くと約束を後に回して連れ去った。運転していた車に半ば無理矢理乗せる。
ナビゲートシステムからファルネのアパートメントを呼び出して、そこに向かった。セタがどうしてここにいるのか、などという説明は大方したが、それ以上の感情的な言葉はほぼ交わさない。ファルネの不安そうな表情がセタを伺っている。
そんな不安そうな表情すら、これから先は自分のものだと思うと堪らなかった。
ファルネのアパートメントに到着すれば、セタはファルネをすぐに部屋に押し込んだ。鍵をかけ、有無を言わさずその身体を壁に押し付ける。
早急なその行動に、戸惑ったようにファルネの身体が震えた。
「セタ?」
だが、そもそもセタはファルネに選択権を与えるつもりはない。ファルネに、いや、ルイスという存在にセタが触れてからどれほど待ったと思うのか。可能性だけにすがる日々と、一度知ってしまった温もりをただ待つだけしか出来ないあの時間は、セタを満たすと同時に酷く飢えさせた。
壁に追い詰め、唇を重ねる。びくんと大きくファルネの身体が揺れたが、それは抵抗ではなく触れ合った感覚によるものだと理解する。獣がするようにぺろりと唇を舐めると、呼応するようにファルネのそれも開いた。
「ふ、あ」
柔らかな呼気の音に誘われて、さらに舌を侵入させる。ファルネはそれを嫌がらず、だがぬるぬるとした感触を堪えるように細い手がしがみつく。
もっとしがみつけ。
もっとすがりつけよ。
引き寄せるように腰を支え、ほとんど足と足が絡まるほどに互いの下半身を押し付け合う。その間も触れ合う舌と混ざり合う唾液は止まらず、もうどれほども我慢できない。
「ファ、ルネ」
「セタ……?」
「寝室は」
舌だけを解放して、唇を触れ合わせながら問う。ファルネの瞳を覗き込めば、そこが熱く濡れている。ファルネもセタと同じ、目の前の異性を求めているのがはっきりと分かった。この控えめな女がこんな眼をして、獣のような猟犬を求めている。
「ん、あの扉、でも、あの」
「了解」
ファルネが小さな声でダイニングキッチンの奥の扉を見た。セタは頷いてファルネを横抱きにすると、少しだけ開きかけていた寝室の扉を押して開く。
「ちょっと、待って、セタ」
「待つわけねえだろ」
「お、お風呂に」
「許可しない」
「えっ」
「どうしてもっていうなら後で一緒に入ってやる。今はダメだ」
「どうしてっ」
ファルネの意見は受け入れられない。今はそんな会話する時間すら、惜しい。
「早くお前に触れたくて、たまらない」
いつものふざけた口調でも、軽口でもなかった。その瞳は真剣そのものでファルネを黙らせる。
ファルネの寝台にゆっくりと身体を下ろし、そのまま重なる。
体重を掛けて逃げるのを許さず、両手を掴んで拘束した。
「この部屋、お前の匂いがするな」
「なっ、に言って、あっ……」
ニヤリと笑って、ファルネの言葉は許さず口付けで飲み込んだ。先ほどとは異なり、今度は身体の重みも利用して深く深く触れ合う。息を求めてファルネが少しだけ唇を開けば、そこからねっとりと入り込んだ。
枕に押さえ付けた指が繋がり、何かを求めるようにセタの指を握ってくる。それを握り返しながら、相変わらずファルネの舌を求めると、セタのそれに重なった。
ぬるぬると口腔内をかき回す。舌同士を触れ合わせて少し吸う。呼ぶようにぺたぺたとひっくり返すと、応じるように絡まってくる。
答えてくるファルネの感触はセタの飢えをどうしても煽った。たまらず、手の平をファルネの身体に這わせ、くびれを辿り脇腹をなぞって、胸の膨らみを掴む。
見た目の印象よりも遥かに豊かで、下着の上からでも分かるその柔らかさをくにゅりと揉むとファルネの下半身が動き、セタの片方の手を繋ぐ指が強くなった。
服を脱がす時間すら、我慢できないかもしれない。
何しろ……
「悪いな、ファルネ。この身体はどうか知らねえが、『俺』は初めてなんだよ」
そう。
セタは「初めて」だった。
女と混じり合うことの意味も、作法も、それがどのような感覚であるかも知っているが、それは単に知っているというだけで、それ以上ではない。おそらくは、この「身体」の持ち主が知っていた「知識」や「経験」なのだろう。だが、セタ自身は女を抱いたことがない。
かつてセタが存在していた世界でそうすることも出来たかもしれない。だが、しなかった。その一線を超えてしまえば、ファルネを……あの世界では「ルイス」と呼んでいた女を、自身の狂わんばかりの執着に閉じ込めてしまっただろう。
だがもう、何の遠慮もいらない。セタはファルネと同じ世界に生き、同じ種の肉体を持ち、同じ時を生きていくことが出来るのだから。
「だから、ガキみてえにがっつくかもな」
初めての食事を前にして、腹が減ってたまらない。
****
もう少し丁寧に……と思っていた。
だが、服を脱がす暇も惜しい。スカートだけを脱がせて下半身を露にさせる。白い太ももが目に眩しいが、それを堪能するのは後だ。下着の中に手を入れると、ぬるりとした感触が指に触れた。
「濡れてるな」
言った一言は、羞恥を誘うものでもからかう言葉でもない。もう我慢出来ないという簡素な要求だ。
「……あ、セタ……わた、し」
「ん、……悪い、後で、聞く」
やっと離れた唇から、熱い息が吐かれてセタの耳をくすぐった。再び顔を下ろしてファルネの細い首筋と小さな耳をそうっと舌で舐め、指を奥に沈ませていく。中がくちゅりくちゅりと動いている。動くたびにぬめりが増え、少しくすぐってやると身体が跳ねて肌が反応した。それを確認して、もどかしく下着も抜く。
かちゃりとベルトを外して前をくつろげ、セタは既に熱くなっている己を取り出した。
手を添えて、ぬめりに押し付けるとファルネがセタの肩を掴んだ。その感触に、女を見下ろす。咎められたのかと思って思わず眉間に皺を寄せ、声を低くしてしまった。
「挿れる。……もう聞けねえ」
「は、やく」
「ファルネ……?」
「……わたし、も、ほしいから、セタ……」
「……ああ、くそっ!」
苛立ってしまった自分に苛立って、セタは悪態をついた。何なんだこの女は。まだろくに前戯もしていないというのに、女もまた男を求めている。もうなんの遠慮も要らない。こんな瞬間を男が逃すはずもなく、触れ合わせている部分を押し付けた。
力を込めると、ぎちりと押し返す感触が強い。濡れていてもそれほど解していないのだから当たり前だ。
「……つっ…」
ファルネが僅かに苦しげな顔をした。求めていたとはいえ、早急な行為に痛みもあるのだろう。初めてではないのだろうが、男を受け入れ慣れているとも思えない。しかし苦しげなその顔ですらセタにとっては悦びになるのだから、どうしようもない。
「力、抜けっ……」
「セタ……」
抱擁を求めるようにファルネが両手を挙げる。全て受け止めるようにセタが近付くと、細い腕が背中にまわる。セタもまた、ファルネの身体を抱き締めた。無くなった距離に、つながった場所が深く沈む。きつく抱きしめたままセタがファルネの腰に腕を回し、一度、ぐ……と押し付けた。
「……あっ……やあ……!」
「は……ファルネ、すげ、締まる」
強い抵抗を抜けると、逆に吸い付かれるように奥へと引き込まれて動けないほどだ。奥まで届いたが、まだ奥を求めるかのように、二度三度腰を小さく動かす。少しファルネの腹を持ち上げるように角度を変えてみれば、途端にファルネが声を上げる。
「……や、んっ、それ、だめ……」
「……ああ、そう、みたいだな。大して動かしてもねえのに……」
搾り取られそうなほど、奥が収縮して反応した。ファルネの奥はセタの形に変わり、隙間なく埋めているはずなのに、熱いぬめりが沸き上がってくるのが分かる。
引き抜くと悦が身体の芯から引きずり出される。挿れているのは自分のはずなのに、ファルネの奥に自分を進めると、快楽を埋め込められるように感じる。愉悦に溺れそうになりながら何度も往復させると、腰がぶつかるたびにぐちゃぐちゃと粘りのある音が響いた。その音がいやらしく2人を煽り立てる。
先ほどファルネが反応を見せた部分に少し力を込めた。もはやそうしてやる程度の余裕しか、セタには残されていない。だが、その動きがファルネを刺激したのか、動きが激しくなるにつれて甘い声も激しくなる。何度も繰り返しやって来る波は、もうやり過ごせそうにない。
「ファルネ、悪い。もう達きそうだ」
「セタ……セ、タ……。わ、私も……あ、やぁ……ん、もう……」
しかし先に屈服したのはファルネの方だった。びくんと背中が仰け反り、きゅんと中が締まり解ける。細やかな胎内の反応にセタのものも限界を超え、打ちつける身体が奥の奥で止まり、同時に弾けた。
現実的なことを考えれば、何の処理もしていないまま女の膣内で果てることがどういう意味なのか当然分かっている。しかし脈打つそれをしばらく抜く気になれないのは、心地よさのためなのか、男の本能なのか。なかなか収まらない自身を中に残したまま、セタはファルネの身体を引き寄せた。
らしくない言葉だとは分かっていた。だがごく自然に零れ落ちる。
「ファルネ、……愛してる、ファルネ……」
「あ。あ……セタ」
「ん」
「わたし、も」
我に返れば、ファルネが何か言おうとしていた。セタは少しだけ身体を起こすと、ファルネの頬を両手で包み込んだ。その言葉の先をセタは知っているが、それでも女の口から聞きたいと請う。
「言えよ、言ってくれ……」
「私も、愛してるの、あなたを」
「ああ」
淀みない言葉を聞いて、一度、ぎゅ……と固く抱き締めてから、ゆっくりと名残惜しくセタはファルネから出て行った。まだ入りたがっているし、動きたがっているが、今度はファルネの何もかもを剥ぎ取りたい。
セタは息を吐いて休んでいる女の服に手を掛けた。
休ませている余裕は、まだ無い。