002.sync

ずっと会えないと思っていた男が幻のように現れて、ファルネの何もかもを一瞬で奪い去った。

男はファルネが思っていたよりもずっと熱くファルネを求め、それに惹かれるようにファルネもまた大胆に男を求めてしまった。時間としてはそれほど長い時間を掛けたわけではない。しかし、むしろその事実が2人がどれほど急いていたかを示しているようで、思い出すと顔が熱くなる。自分から「欲しい」などと……、あんなことを言ったのも初めてだ。

今、セタはシャワーを浴びている。

1度目の情交が終わった後、セタが早速ファルネの服を脱がしたところで我に返り、お風呂に入りたいと訴えた。最初は「ダメだ」「入りたい」「ダメ」「シャワーだけでも」の応酬を繰り返していたが、不意にセタはにやりと笑って「分かった」と言ったのだ。

自分の身体を見下ろせば、既に脱がされて素っ裸になっていた。今は初夏でだいぶ涼しいといえど部屋の中は暑くて、少し汗ばんでいる。何しろ空調を入れる隙もなかった。

空調を入れて何かを羽織ろうと身じろぎをすると、足と足の間からじくりと何かが溢れてくる感触がした。中で出されたものだろう。シーツもひどい有様だ。

そんな身体の感覚を徐々に受け入れて、ファルネは眼鏡を外すとこしこしと目を擦り、しばらく寝台の上でぼんやりしていた。しかし、セタがシャワールームから出てきた音がして、あわてて腰にバスタオルを巻き付ける。外していた眼鏡も掛けた。

「ファルネ、早く行って来い」

「あ、……セタ」

「ん?」

髪の毛をばさばさと拭きながら、下着だけのセタが寝室に入ってくる。知ってはいたが、改めて見ると背が高く足も長い。その身体に緩まったところは無く、普段の身のこなしから容易に想像の付く硬く引き締まった身体をしていた。先ほどは全く見る余裕など無かったが、いざこうして目の前に晒されると顔が赤くなるのを止められない。

頬を染めてぱっと視線を逸らしたファルネに、セタが髪を拭く手を止めて不敵な笑みを浮かべる。

寝台に手を付いてぎしりと音を立て、座ったままのファルネに近付いた。

「何だよファルネ。俺に見蕩れたのか?」

「ち、が」

「遠慮するな」

「ちょっと、セタ……あっ」

濡髪が頬に当たり、唇が塞がれる。ころりと寝台の上に転がされて、押さえつけられたところでぶるぶると頭を振った。

「もう、セタ! お、風呂に入ってくるから、どいて!」

「はいはい」

すぐに唇は離れ、くっくと笑う声が聞こえる。熱くなった顔を上げると、両手をあげてセタが身を退いているのが見えた。ファルネは慌てて身体を起こし、放り出されている下着を掴んで寝台を降りる。少しだけバランスを崩しながら、シャワールームへと急いだ。

****

化粧を落とし、身体を濡らして汗を流す。お気に入りのボディシャンプーの匂いに包まれて、ファルネはやっと落ち着きを取り戻した。

冷静になって考えてみれば、ますますセタという男が本物なのかどうかが分からなくなる。だが身体を重ねたあの時間は本物で、下半身に残る違和感がそれを証明していた。今だけではないこれからの時間、セタはずっとファルネと居てくれるのだろうか。それを思うと嬉しくて、嬉しいのに不安の消えない切ない気持ちになる。切ない気持ちは、本当に胸を痛くさせた。

のろのろと脱衣所に戻って眼鏡を掛け、バスタオルを手に取ったところでガチャリと扉が開いた。

「セタっ!?」

「ファルネ、遅い」

「遅いって、まだ……っ」

手を引かれ、抱き寄せられる。何も身に付けていないセタの肌に、何も身に付けていないファルネの肌が触れてぴたりと張り付いた。セタの身体は熱く、逆にファルネの身体は冷たい。

「冷えてる。何やってんだ」

「ちょっと考え事してて」

「何を?」

「あっ……セタっ……」

セタの手がファルネの腰に回り、やわらかなそれを撫で回し始めた。そのまま壁に押し付けられる。強めに腰を突かれて気が付いたが、セタは何も着ておらず、勃ち上がった欲がファルネのお腹に直接擦り付けられた。

耳元をセタの舌が濡らしていく。

「なあ、何を考えてたんだ」

「ん……あ、セタ、が」

「俺が?」

ちゅ……と耳たぶを甘噛みされて吸い付かれ、大きく中を舐めてまた吸われる。その間もずっとセタの手はファルネの腰周りを撫で回している。その手が与えてくるぞくぞくとした感触に耐えながら、ファルネはセタの硬い二の腕を掴んだ。

「……ほんもの、よね?」

「ファルネ?」

「これから、も、ずっと、ほんものよね?」

「お前」

「もっと……顔、見せて」

は……と息を吐いて、セタが大人しくなった。下半身は相変わらず押し付けたままだったが、少し手を緩めてファルネの顔を覗き込んでくれる。ファルネはセタの褐色の瞳を見つめて、濃い黒髪に指を通した。エクスの世界で見ていた、確かにセタの顔だ。

何も言えないでいると、再びセタがきつく抱き締め……ふう……と荒い息を吐く。

「お前、さ」

「セタ?」

「どれだけ……餌撒いてんだよ」

ちっ……と思いきり舌打ちして、ファルネの身体を反転させる。「あ」とファルネが声を上げると、背中がセタの腹にぴたりと引き寄せられて固定された。そのままセタの手の平が、後ろからファルネの胸の膨らみをゆっくりと撫で始める。

「見ろよ」

言われてファルネが顔を上げると、そこには鏡があって、情欲にぎらついた眼をした男が、とろりと蕩けたような眼をした女を後ろから抱き寄せている姿が映っている。ファルネの頬が、かあと羞恥で赤くなった。

「あ、や……だ、いや……」

「いや、じゃない。……ファルネ、俺だろ」

「セタっ……セタ、いや……やめて、はずかし……」

「恥ずかしいものか。ほら、今からお前の身体に触れるのは俺だ、ファルネ」

「う……、んっ……」

セタの長い指が、ファルネの胸の切っ先を掠める。びくびくと過剰に背中がそれて、しかしその感覚を逃がさないようにセタの引き寄せる身体の力が強くなった。セタの親指と人差し指が、交互にファルネの胸の先端の小さな弾力を弾き始め、その度にファルネの背に寒気とは異なる熱くて強い、痺れるような甘い感覚が走りぬける。

力が入らない。けれどファルネの身体は崩れ落ちることなく、セタの逞しい胸と腹にしっかりと支えられていた。

「見ろよ」

「やあ……ん」

ファルネが顔を背けるが、セタがその細い顎を掴んで正面を向かせる。

そこに映っているのは確かに猟犬セタだった。セタがファルネを抱き締め、長い指で胸を苛めて、耳を舌でねたりと舐めている。

……セタが、ファルネを抱いている。触れているのがはっきりと視界に入ってくる。

「セタぁ……」

ファルネが手を持ち上げてセタの頬をなでた。ファルネが触れているこの黒髪の男。しなやかな身体でいつも不敵に笑っているくせに、ファルネを見る時だけ真面目で獰猛な視線になる男。確かにセタだ。

ぐちゃ……と水音がして、ファルネの腰に重く甘い感覚が走った。セタの手がファルネの濡れた秘奥に触れている。幾度か裂け目を揉んでいたが、指が1本2本と入り込んだ。

「……ふ、……あ、は」

「ほら、よく見てろ」

「ん……う……」

ぴちゃぴちゃと、わざと音を立てるように指を抜き差しする。抜き差しは時々奥に入ったところで止まり、ねっとりとした動きで中を探るようにかき混ぜられた。その度にお腹が持ち上げられるようなどろりとした愉悦が這い上がってくる。息をするのも苦しくて、はあはあと必死で酸素を求めた。

「お前の身体、やらし……我慢、できねえ」

「セタ。……あ。セタ……」

羞恥はもう感じられなかった。だってセタがファルネに触れている。その事実だけで、身体も心も一杯になり、冷静さが何処かにいってしまうようだ。

2本の指が中を広げようにぐるりと動いては、抜き差しを繰り返す。その度にいやらしい音が響いて、リズムにあわせて互いの喘ぐような呼吸音が重なる。

セタの手の平が、秘所の直ぐ上の敏感な部分を擦るように押しつぶす。途端に浮かぶような感覚に、落とされた。

「来いよ、ほら、ファルネ……っ!」

「や、あっ、や、も……あぁ……! 」

言葉にならない悲鳴のような嬌声をあげ、ファルネの足がかくんと崩れ落ちた。セタがいまだ指をいれたまま、中を撫でている。達したファルネの膣内なかは、セタの指を食べるかのようにひくひくと動いていた。

はあはあと、2人で駆けたかのように荒く息を吐く。セタがファルネの身体を丁寧に抱え直して、ゆっくり指を引き抜いた。ねたりと糸を引いているのが分かるほどだ。

「は、相当濡れたな、もっかい風呂入るか?」

「あ、誰のせ……くしゅん!」

身体から愉悦が離れていき、途端に体温が下がる。肌が冷えて、思わずくしゃみをした。

それに驚いたのはセタの方だ。

セタは慌ててファルネの身体にバスタオルを巻き付ける。すぐさま抱えるように寝室へと連れていかれた。急いでいたくせに割れ物か何かのようにそっと寝台に下ろされて、頭にバスタオルを巻き付けられて、ぎゅっと抱き締められ、おまけに上掛けまで掛けられる。

「身体冷えたな。悪い」

「ん、大丈夫」

セタがあんまり慌てていたのでファルネが思わず小さく笑うと、身体全体を使って包むように足と腕が巻きつく。

くしゃくしゃと髪をバスタオルで包み込まれて拭かれ、水気が大方無くなると、愛おしむように撫でられた。

「寒いか?」

「寒くない。熱い位」

実際、裸で抱きあっているのだ。冷えた体温はたちまちのうちにセタの体温で温まり、上掛けまで掛けられている。寒いはずが無い。

ひとしきり撫でられて、少し身体が離れる。セタの長い指先がファルネの右頬に触れて、瞳が切なく細められた。

「傷……」

「ん。事故の時の」

「そうか。他は? 足を怪我したとか言ってなかったか?」

「よく知ってるのね」

「お前らはダルトワの要人だからな」

ファルネは頷いた。事故の話は皆が知っているが、セタには話したことがないはずだ。だが目が覚めてからの10日間、セタは様々な要人のプロファイルを読まされたのだろう。その中には、かつてエクスで共に過ごしたルリカやアンリのものもあったはずだ。

セタの手が、ファルネの太ももを撫ぜる。

「足は?」

「右、だけど……」

「痛むか? さっき風呂に行く時よろけてただろう」

ファルネは少し目を見開く。普段から少しだけ右足を庇うクセは、誰にも気付かれないようにしていたはずなのだが。

「ゆっくり動かせば、大丈夫。普段はほとんど痛まないの」

「そうか」

言って、セタがファルネの上に四つん這いのような格好で被さる。そっと唇を重ねてすぐに離すと、首筋を舐め取りながら言った。

「無理な体勢になったら、言え」

「んっ、セタ……」

「もう、抑制ききそうにねえ」

「だ、いじょぶ、薬、飲んでる、から」

ファルネの言葉にセタが顔を上げた。その驚いたような表情にあわてて首を振る。

「あ、違うわ! 避妊とか、そういうのではなくて、あの、事故にあってから不安定で、わっ……」

「馬鹿! そんなこと考えたんじゃねえよ」

セタはがばりと身体を起こして、噛み付くように胸の膨らみを口に含んだ。そこを舌で転がしながら、追い詰められた風に言う。

どうやらセタの何かを、起こしてしまったようだった。

****

軽く足を曲げさせて開いたそこを、セタがぴちゃぴちゃと舐めている。犬が水でも飲んでいるようだ。やんわりとした刺激は時々痺れるように背中を駆け抜け、その度に女の声が上がり、挿れてもいない男の熱を硬く猛るものにしていく。

ぐしゃぐしゃに濡れたそこを、長い指が犯す。

「ひ、う」

「ファルネ、……奥、すごい、どんどん溢れて」

「セタ、セタ……」

「……足、痛かったら言えよ」

セタは一度指を抜くとファルネの右足に体重を掛けないように、身体をうつぶせにさせた。後ろから具合を確認するように己を擦りつけ、両の指で軽く開くとゆっくりと挿れていく。

「……あ、ああ……」

うつぶせに寝かされたまま性急ではなく侵入し、背中からファルネを抱き締めるように身体を密着させる。入るところまで入れると、一度ファルネの後頭部を撫でて首筋に口付け、身体を起こして動かし始めた。

少しだけ浮かせたファルネの腰を支え、ゆっくりゆっくり抽送する。

動かしながら、時々温かな胸がファルネの背中にぴったりと重なり、長い指が胸を堪能するように触れる。その揺らされる感覚と体勢で、ゆらゆらとあやされているようだった。強烈な感覚ではなく、じわじわと押し上げられていくゆるやかな快感に身を委ねる。

ファルネの手がセタの手に重なり、振り向いた。

「セタ……」

「ん、ファルネ」

ちゅ……と唇が重なり、そこもまたゆるゆると絡まり始める。

ゆるやかな結合は微熱に浮かされているかのような、ふわりとした感覚で脳を溶かしていく。一度唇を離して、セタがファルネを抱えたまま横向きになった。ファルネの左足を大きく持ち上げて、唐突に奥を穿つ。

「……あっ……! ぃっ……あ」

「痛くない、か」

「痛く、ない……あっ……ま、って……そ、な、急にっ……」

だがセタはファルネの言葉を聞かず、先ほどのゆるやかな動きが嘘のように激しく動かし始めた。先端が出るか出ないかぎりぎりまで引き抜き、一気に奥を突く。そのたびに、ぐちゃりと音がして内側を強く抉られる。

先ほどまでのゆるやかな抽送で、身体の奥は甘く濡れていて敏感になっていた。じわじわと押し上げられて高められていた感覚が、堰を外したように溢れ出して一気に昇り詰める。

おかしくなりそうだ。

「やっ、やあ……いやあ、待って、それいじょ、おかしくな……っ」

「俺はとっくにおかしくなってる」

言ってセタが、ファルネの腰を片方の腕で掴まえて、今度は小刻みに動き始めた。獣のようだった。今までずっと大人しく頭を撫でられていた獣が、人間には分からない拍子に野生に戻って唸り声を上げるような、そんな衝動的な獰猛さでファルネの身体を掴まえて揺さぶる。

「っ……あ」

「く……」

2人とも激しい声は上げることなく、だが今までに味わった事の無いような高くて深い愉悦を感じた。気が付けばファルネの中でセタが脈打っている。どくりどくりと熱いものが吐き出されていて、達した感覚が長く続く。

ファルネの身体から力が抜けて、セタもまた、くたりと体重を掛ける。後ろから顔をファルネの首筋に埋めたまま、ため息を吐くように言った。

「ファルネ、……お前の身体、やばい」

「え……?」

「足、大丈夫か?」

「だいじょうぶ、だけ……どっ!」

「よし」

ずるりと引き抜かれた感触に思わずセタを掴むと、そのまま身体をひっくり返された。今度は仰向けにさせられて、ファルネの上で、セタが喉を鳴らして笑っている。

「さて、次はどこを食ってやろうか」

顎を掴まれて、噛みつかれるように口付けされた。

どこを……などと言ってはみたが、目の前の餌は全て食べるに決まっているのだ。