白雪姫ではない、ある童話

「獅子は宵闇の月にその鬣を休める」用の小話。パロディ注意。


むかし、むかし。
ある国にふたりのかわいらしいお姫さまがいました。

ひとりは象牙のような肌とこくたんのように黒い髪をしたお姫さまでした。名をリューンといいます。

そしてもうひとりは透けるような白い肌と綺麗な金色の髪をしたお姫さまです。名をオリヴィアといいます。

ふたりはなかよく暮らしていました。

この国には王さまがいません。なぜかは分かりません。多分お話のつごうというものでしょう。そこで隣の国の王子さまをお姫さまのお婿さんにもらおうと考えていました。でも王子さまはなぜかくるとちゅうでゆくえふめいになりました。

『顔もみたことない女を嫁にもらうことができるかバカめ』

……というてがみだけ、お城にとどいたのです。

そのため、今ははらぐろい宰相が国をおさめていました。

はらぐろい宰相は、お姫さまのどちらかを奥さんにもらいたいなあと思っていました。そうすればこの国の王さまになれるかもしれないからです。

でも、どちらのお姫さまがいいのでしょう。宰相はまほうの鏡の前にいって、きいてみることにしました。

「鏡よ。私の質問に答えてもらえませんか」

「は、はいぃぃぃっ、なんでしょう(裏声)」

鏡はたいそうびくびくしたたいどで聞きました。宰相は鏡のたいどにイラッとしてめがねをなおします。この人、ぎんぱつできれいなかおをしているくせに、すごくはらぐろいのです。

「その小心な態度をやめてください。ヨシュア」

「だって、だって、うう。僕が仕えるのは、たったひとり。ライオンのようなあの怖くて暴力的で、目だけで人ころせる、きょこ……じゃないきょたいのあの人だけなんです」

「分かっています。だからこそ今、国中をさがしているのです。ヨシュア、魔法の鏡なら獅子の居場所を映せないのですか」

「無理です。あの人、ものすごい魔法使える人なので僕の魔法効きません」

「使えませんね……」

ちなみに獅子というのは隣国の王子さまのことです。鏡はたいそう獅子にしんすいしておりました。いつもいじめられていましたが、そんなことは気にしないのです。獅子が王さまになるというからこの国にきたのに、きてみたらはらぐろい宰相がいるだけ。鏡はがっかりしました。でも、はらぐろい宰相にガラスを割られるのもいやなので言うことはききます。

「とにかく、……2人の姫君のどちらかを妻にしたいのですが、どちらがいいでしょうか」

なぜか、宰相のほほがそまりました。

「……今のところ、その御身を娶った方が王様になれるのは、リューン様です」

「……」

つーんと鏡は言って、宰相はだまってしまいました。

リューン姫はなにをかんがえているのかわからず、宰相はにがてでした。ほんとうはもっとおとなしくてせんさいでひかえめなじょせいが好みなのです。その、つまり……、

「え、無理無理。王様のお妃とかマジ無理」

「リューン様!」

「おうよ」

「いつからそこにっ……!」

「2人の姫君のどちらかを妻にしたいってとこから」

「タイミング早っ!」

はらぐろい宰相はのけぞりました。どうじに顔があかくなりました。

「話は聞いたわ」

「何を……」

「あなた、王様になりたいのでしょう?」

「なりたいわけではありません。だが、王が不在のままでは国が荒れます。獅子が見つかるまでの間、国民を納得させるためです」

「分かってる。皆まで言うな」

ちちち……とリューン姫がゆびをふります。

「要するにこの国にお姫様が1人だったら、結婚して王さまになれるんじゃない?」

どうよ、……とリューン姫が鏡をみました。
鏡はしかたなしにうなずきました。お姫さまが国にひとりならば、しかたありません。

びっくりした宰相は顔をあかくしたりあおくしたりしました。
そんな宰相をよそに、リューン姫は騎士のシドをよんで、こういいつけました。

「シド将軍。私を、森の中に連れて行って。私は、このお城から出ることにするんだから」

お姫さまのいいつけならばしかたありません。シドはいちれいし、それにしたがいました。さりぎわ、リューン姫は宰相にいいました。

「ねえ、ライオエルトさん」

「な、なんですか……」

「ヴィア泣かせたら酷い目見るよ?」

とてもさわやかなリューン姫のえがおでした。

****

シドはおおせにしたがってリューン姫を森のなかにつれていきました。シドがせつめいをようきゅうすると、リューン姫は鏡がいったこととじぶんが王さまのおきさきなんかになりたくないということ、そして、

「いやー、ヴィアは眼鏡が好きだからね。眼鏡男子が」

ということをつたえました。
このことは、あまり宰相にほうこくしないほうがいいな、とシドはおもいました。

「じゃあ、シド将軍。私は森の奥に入っていって、もう城には決して帰らないから」

「リューン様」

「何」

「森の奥には7人の小人が住む……といいます」

「え、何それ。マジで」

「ええ。親切な者達だと聞きます。その小人達の世話になるといいでしょう」

「小人とか。メルヘンだなおい。うっわ、それ楽しみ、ちょう楽しみ。ちょっと行ってくるわ」

「……お気をつけて」

はしゃぐリューンにくらべ、シドはちんつうなおももちのまま頭をさげました。
小人のうわさはほんとうでしたが、そこにたどりつくまでに、きっとけものがすぐでてきて、くいころしてしまうだろう……とあわれに思ったのでした。

****

シドのよそうにはんして、ようりょうのいいリューン姫はたいした危険もなく、森のなかのたいそう堅固な小さな砦にたどりつきました。こびとのいえにしてはごついし、ワイルドです。なんだかいだいていた小人のイメージとちがいます。でも、小人の家らしきものはどこにもありませんし、いいかげんゆうがたでしたので、つかれを休めようとその中に入りました。

その部屋には武器だの紙にかいたまほうじんだの、ぶっそうなものがたくさんおいてあり、大きな寝どこがひとつとテーブルがひとつありました。たべものはみえるところにはありません。リューン姫はちょっとだけおなかがすいていたのですが、しかたありません。誰もいないようだし、寝どこにはいってそのままグッスリねむってしまいました。

ところで小人の寝どこにしてはデカいな。……などと思いました。

ひがくれてあたりがまっくらになってきたころ、この砦のもちぬしが帰ってきました。もちぬしは濃い金髪にたくましいからだの、獅子のような男でした。

「だれだ。俺の寝台を使っているのは」

その男は、どうもうなうなり声のようなひくい声でじぶんの寝どこを見おろし、ランプでてらしました。

「……ほう」

まるで獅子が舌なめずりをしたようなけはいで、低くわらいました。男は、リューン姫をおこさないで寝どこの中にソッとねさせておきました。そして自分はそのとなりに寝るようにして、夜をあかしました。

朝になってリューン姫は目をさまして、となりの男を見ておどろきました。ぎゃーとかいいそうになりました。ですが、男はふん……とわらっただけです。男はおきてリューン姫のねがおをガン見していたのでした。がばりとからだを起こそうとしたリューン姫の手をおさえつけ、男がうまのりになります。ききてきじょうきょうです。

「おまえの名前はなんと言う」

男はたずねました。すると、

「私の名前はリューンといいます」

「なぜ、俺の家に入ってここで寝ている。誘っているのか」

「知らない男を誘うか!」……とまえおきしてから、リューン姫は王さまのおきさきになるのがいやなので城を出たじじょうをせつめいしました。小人のいえがあるから訪ねようとおもった……ともいいました。

「えーと、7人の小人さんがいるって聞いたんですが?」

「俺が小人に見えるか?」

「見えませんよ」

しんちょう2mはあるでしょう。これが小人だったら世の中の小人のアイデンティティをかえしてあげてほしい……とリューン姫はおもいました。男はアルハザードという名前でした。いまだにリューン姫にうまのりになったふおんなたいせいのまま、ふふんとよこしまにわらいます。

「7つの技なら持っている」

「何ですか?」

「剣、魔法、政治、戦、乗馬、威嚇、セ」

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「大きな声を出すな。最後の1つを言って無い。セッ」

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「大きな声を出すなというのに」

「いやいいですもういいです充分伝わりました。なんか変な空気を感じたので最後の1つはいいです言わなくても」

「言わなくてもいいのか」

「かまいません」

この男、ゆだんならねえ……!とおもいました。いまのじょうきょうもゆだんなりませんが。

「まあよい。もしもお前が俺の家の中の仕事を引き受け、食事を作り、洗濯と掃除をするならば置いてやろう」

「それくらいなら出来ますとも」

「ほう。それならよい。……それから、寝どこも調えよ」

「ベッドメイク?……なら出来るわよ」

「本気でそう思っているのか?」

「なにが……」

かしこいどくしゃさまは分かっていらっしゃると思いますが、リューン姫のききてきじょうきょうは、いま、マックスレベルです。

「7つの技の最後の1つを言わなくてもいいといったな」

「はあ」

「ならば、直接分からせてやろう」

「はあ?」

「最初は少し痛いが我慢しろ。すぐによくしてやる」

「な、ちょっ……」

もちろん、そのあとどうなったかはいうまでもありません。リューン姫は、アルハザードの寝どこがここちよいものになるようにするしごともあたえられました。

それは、「あの肉食獣めが……」……とリューン姫があくたいをつくほどひとばんじゅうたいへんでしたが、わるいしごとではありませんでした。

****

なんやかんやありましたが、リューン姫とアルハザードはたいへんなかよくいちゃいちゃしておりました。

リューン姫はアルハザードの家のしごとをきちんとやります。アルハザードはまいにち森で剣をふるってからだをきたえ、てがみを鳩につけてとばし、夜になるとリューン姫の元にもどってくるのでした。ですからひるまはリューン姫はたったひとりでるすにしなければなりませんでしたので、いまやリューン姫をひとりじめしたいとおもっているアルハザードは、夜になるとリューン姫をおひざにのせて、こんなことをいいました。

「俺以外、誰もこの家にいれるなよ」

「分かってるわよ」

「誰が来ても答えるな」

「分かったってば」

いつもこうたしなめてから、アルハザードはリューン姫を寝どこにつれていくのでした。

****

ですが国ではリューン姫が出て行ってしまったことをたいへんなげいておられる、お姫さまがいらしました。

「ああ、リューン。どこに行ってしまったの。……ライオエルト様もとても心配しているのに」

「ヴィア……」

オリヴィア姫をおよめにもらった宰相は、かなしげなオリヴィア姫のかたをだいて、ためいきをつきました。オリヴィアには本当のことをいっていました。それは、リューン姫がじぶんからのぞんでお城をでていった……ということです。

それをきいて、たいへんリューン姫らしいことだとオリヴィア姫はおもいました。でも、ぶじかどうかだけでもたしかめたい……そうねがったオリヴィア姫のために、宰相は鏡をよびだしました。

「鏡よ鏡。この国の姫君はどこにいるのか教えてくれませんか」

「オリヴィア姫は貴方の隣に。もう1人は、……って見ました!? 今見ました!?」

「……ヨシュア、落ち着いてください。何が見えたのです」

「森の奥のえらくゴツい砦にいるんですけど……獅子が……」

宰相がそこまで聞いて、はたとよこをみると、オリヴィア姫がいませんでした。

森のおく……ときいて、いてもたてもいられなくなったオリヴィア姫は、リューンといっしょにのみたいとおもっていたイチゴのワインをひっつかんでお城をとびだしたのでした。

****

森のおくにはたしかに砦がありました。オリヴィア姫もまた、ようりょうよくここにたどりついたのでした。オリヴィア姫がトントンと戸をたたくと、リューン姫がまどからかおをだしました。

「ヴィア!」

「リューン。ああ、無事でよかった!」

窓ごしにふたりはがっしとだきあい、さいかいをよろこびました。

「ああ、ヴィア。でも、アルが誰も中に入れちゃダメって言ったから、貴方をこちらにあげるわけにはいかないの」

「ならば、貴方がこちらに来れない?」

「ヴィア、頭いいな!」

リューン姫は、さっさと外に出ました。そうしてひとしきり、おたがいの身の上になにがあったかをはなしました。

「そう。オリヴィア、あのライオエルトさんと……」

「ええ。リューンもいい人を見つけてよかった」

「何それ、アルハザードの事!? ……いやいやいや、誰も夫とか言ってないし!」

「……ちがうの?」

「……だって、別にそういう約束したわけじゃ……」

「まあ、リューンったら、顔が赤いわ」

「もう、ヴィア!」

うふふ……と笑いながら、ふたりはワインを飲もうとグラスをてにとりました。

「リューンが飲みたいと言っていたイチゴのワイン。今年のものなの。さあ、2人で分けましょう」

2人はグラスにワインをそそぎ、かんぱいしました。
ところがリューン姫がそれをひとくち口にそそぐと、バッタリとたおれてしまいました。オリヴィア姫はあおざめた顔でおおきな声をあげました。

「まあ、まあ! リューンが。たすけて。誰か」

その声を聞いてとびだしてきたのは、獅子のけはいをまとわせたアルハザードでした。さあたいへん。リューン姫がじべたにころがって、たおれているではありませんか。びっくりしてかけよってみれば、リューン姫の顔はくちびるもほほもあかく、ただ瞳だけとざされていました。

「リューン!……お前は? そして、これはどういうことだ」

「私はオリヴィアといいます。……リューンと共にワインを飲もうとしたら……」

「オリヴィア?」

リューン姫がしたしくしていたというお姫さまのなまえに、アルハザードはそれいじょうとがめそうになるのをがまんしました。

「オリヴィア……!」

そこにちょうど、オリヴィア姫をおいかけてきた宰相がおいつきました。

「ライオエルト様!」

「ライオエルト……?」

「……アルハザード様? このようなところで何を……っ」

宰相がかけよると、そのうでにだかれているのはみおぼえのある姫君ではありませんか。オリヴィア姫は泣きそうなひょうじょうで宰相にだきつきました。

「ライオエルト様、リューンが……!」

「何を……」

「なぜお前がここにいる」

「……私が聞きたく存じます。アルハザード様。わが国に王として来られるはずが、このようなところで何をしていらっしゃるのです。それにリューン様を……」

アルハザードはどうもうにひとみをほそめました。

そうです。隣の国の獅子のような王子さまというのはアルハザードのことでした。王子さまというのがまったくにあわないワイルドないでたちと、獅子にふさわしいふうかくの男です。アルハザードはリューン姫がさいしょにみのうえを話したときから、うるわしい、このこくたんの髪のむすめが自分がめとるべき姫と知りましたが、その寝どこがあまりにもここちよかったために、リューン姫の国に連れずにいたのでした。それに、リューン姫が国にいたくないと言いましたし、王のおきさきになるのはいやだと言っていたではありませんか。もちろん自国には、ちゃんとなかよくやっている……とてがみをだしていました。うそは言っていません。

しかし、そのようなわがままもいってはおられません。

アルハザードはうごいていないリューン姫をみおろしました。

「リューン。お前が妻だと知ってしまったからには、もう政から逃れることはできぬ。ただ俺の側に居てくれ」

「ううん……」

すると、リューン姫がむずがるようにまゆをひそめました。「アルぅ……ぎゅーってして……」そしてあろうことか、きいたことのない甘い声をだして、アルハザードの首にだきつき、キスしたのです。とうとつなできごとにさすがのアルハザードもうろたえました。7つのわざをもっていても、しょせん男です。男はけものなのです。そしてリューン姫のキスはかすかにワインのかおりがしました。

リューン姫はよっぱらいでした。

なるほど。ワイン一口でこうなる……と。よっぱらうとこうなる……と。アルハザードはきおくにメモしました。そして、オリヴィア姫と宰相のそんざいをかんぜんにむししました。そのけはいにきづいた宰相は、オリヴィア姫の両の瞳をそっとふさいでうしろをむかせます。

「アルハザード様。5分です」

「……つまらんな」

「それ以上だとR18どころの話じゃないでしょう!」

ふん……とアルハザードはじゃあくにわらって、リューン姫のからだをだきよせました。するとよっぱらったリューン姫のしたたらずな声がみみもとをくすぐります。

「アル? わたしはどこにいるの?」

「俺の側に居るんだ」

……といって、頭をなでました。

「俺はお前のことを世界でもっとも欲しい。さあ、城へいっしょに行こう。そしてお前は俺の妻となるのだ」

「はいぃ?」

リューン姫のよいがいっきにさめました。ですが、アルハザードは5分というタイムリミットのなかでうまくリューン姫をだまらせます。

宰相はリューン姫が獅子のえものになってしまったようなこころもちになりましたが、なにもいいませんでした。それがなにより、みんなのしあわせのためだと思ったからです。やっとじぶんも宰相のしごとにもどれそうだと、オリヴィア姫をだきよせました。

こうして、リューン姫はのちに獅子王とよばれる王さまのおきさきさまになったのでした。

そういえば、シドのよそうはあたっていました。

『小人のうわさはほんとうでしたが、そこにたどりつくまでに、きっとけものがすぐでてきて、くいころしてしまうだろう』

けれども、しあわせだからよいではありませんか。


※参考文献『白雪姫』(グリム著/菊池寛訳)
※※ちゃんと参考にした、参考にしたよ!