赤ずきんちゃんではない、ある童話

「魔王様は案外近くに」用小話。パロディ注意。


むかし、むかし、あるところに、かわいくて突っ込み気質な女の子がありました。名前を葉月といいます。

それはだれだって、ちょっと見ただけでかわいくなる子でしたが、だれよりも、魔王さまほどこの子をかわいがっているものはなく、この子をみると、なにもかも食べたくて食べたくて、いったい何をやっていいのか分からなくなるくらいでした。

けれど、魔王さまは葉月のまえでは「課長」とよばれていました。魔王さまのすがたはにんげんにはたいそうおそろしいものでしたので、葉月をこわがらせるといけないと思ったからでした。でも魔王さまは、いつも葉月とほんとうのすがたで会っていろいろたのしいことをしたいとおもっていました。

ある日、魔王さまの部下のベルゼビュートが葉月をよんでいいました。

「すまんが、ここに焼き菓子と珈琲を淹れた水筒がある。これを坂野よ、課長のところへもっていってくれ。課長はさいきん坂野に会えていなくて弱っているが、これを(坂野が持っていって)食べさせると(いろいろ)元気になるだろう。それでは頼む。ただし、外へ出たら気をつけろ。駆けるな。転んで怪我でもしたら、(魔王さまの逆鱗に触れて坂野が)大変なことになるからな」

「大変なことというのがよく分かりませんが、課長がそれほど元気がないのなら行ってきますね」

葉月はそういって、うなずきました。

ところで、魔王さまのおうちは、村から半道はなれた森の中にありました。葉月が森にはいりかけますと、ほんしょうをあらわにした魔王さまがひょっこりでてきました。でも、葉月は、魔王さまのほんしょうを知りませんでした。魔王さまは葉月のまえでは、いつも眼鏡をかけたイケメン課長だったからです。だから、葉月は魔王さまが、どんなわるいけだものだかしりませんでしたから、べつだん、こわいとも思いませんでした。

「葉月、葉月……ああっ……」と、魔王さまはもだえながらいいました。

「?……どなたか存じませんが、初めまして。羽の生えた方」

「あ、えーと、その……こんな早くから、どこへ?」

「課長のところへ、これを届けに行くのです」

「そ、……それはっ、お前がっ、来るのか、家へ来るのかっ!?」

「いえ、貴方の家ではなくて課長の家です」

「その……持っているものは何だ?」

「マカロンと、珈琲ですが、何か?」

魔王さまは心の中でかんがえていました。

(ああ、葉月。なんて柔らかそうなんだ。どれだけ美味しそうなんだ。葉月にいれたら、どれほどの味がするのだろう。前からがいいだろうか、後ろからがいいだろうか。……いや、もうついでに、両方一緒に1セットで…というのはどうだ。それがいい、そうしよう)

そんなことをかんがえ、魔王さまはしばらくの間、葉月とならんであるきながら、道みち話しながらゆきました。

「……というわけで、どちらがいいですか?」

「俺は前からがいい。……眺めがいいからな。胸が揺れるし、唇も……」

「はい?」

「はい?」

2人はかおをみあわせてちんもくしました。葉月はうさんくさそうに魔王さまをながめています。魔王さまは、なにかまちがったことを言ってしまったようです。魔王さまがうろたえていると、葉月はべつにきにしていないふうで、続きを話しはじめました。

「マカロンの味のことです。オレンジ味と、黒ごま。どちらが好きですか? 男の人は……課長はどのような味が好きか、私には分からなくて」

葉月がこまったようにひとみをうつろわせました。

「私、課長に元気になってほしくて。三羽さんに頼んでマカロンを用意してもらったんです。でも、フルーツ系と甘味系……どっちが好みか分からなくて、一応両方持ってきたんですが……」

「元気にっ!? 元気になってほしいだと……!?」

「当たり前じゃないですか」

当たり前……。魔王さまの顔があかくなりました。元気になってほしい。……そうか、やはり男はげんきでなければダメなのだな。それならばもんだいない。葉月にしか反応しないが、むしろいってんしゅうちゅうがたで葉月相手ならばどれほどでもイケる。そうおもいましたが、けんめいにも言葉にはしませんでした。それ葉月ちゃんには言わないでね、って、いぜん、忠告されたことがあったからです。勃起不全だとおもわれたらよくないし。

「それはっ……葉月、お前が行けば問答無用で元気になると思うぞ?」

「いや、弱ってるって聞いているのでちゃんと食べて栄養つけないと」

「たべっ」

やはり食べさせてくれるのか、葉月をっ……! 魔王さまは1人こうふんしました。

「だから甘いものを用意しましたし」

「あまっ」

しかも甘いもの……これはもう、まちがいありません。葉月いじょうにあまいものが、このよにあるでしょうか。いいえありません。

「だから、好きなものを食べて欲しくて……」

「あ、ああ」

好きなものはなにか、気をつかってくれているようです。しかし、葉月いじょうにすきなたべものがあるでしょうか。いいえありません。

「それで、男の人なら(オレンジ味と、黒ごま味の)どちらが好きか……って思ったんです」

「葉月。……それならば、やはり前だ」

「オレンジ味ですか?」

魔王さまは聞いていませんでした。

だって葉月がじぶんのことをおもってくれている、そう考えただけで、魔王さまのむねがきゅんとするものですから、それだけでいろいろ元気になりました。いろいろなかしょが元気になりそうだったので、バレたら大変と、あわてて葉月にわかれをつげます。

「そうか、どちらを持っていっても、お前が持っていくだけで課長は元気になるに違いない」

「そう、ですか……?」

「ああ、それじゃあ俺はもう行く。気をつけてな」

「はい。ありがとうございます」

わずかに葉月のかおがほころびました。めったにみられない葉月の笑顔に、またしても魔王さまのむねがきゅんとするのでした。いろいろげんかいです。

魔王さまはいそいでじぶんの家にもどり、ふとんをかぶって寝たふりをしました。

****

葉月がもくてきのお家につきますと、戸があいたままになっているので、へんだとおもいながら中へはいりました。

「課長? おはようございます」

……とよんでみました。でもおへんじはありませんでした。

そこで、寝台のところへいってみると、課長は横になっていましたが、ふとんをすっぽりかぶってなんだかいつもとようすがかわっていました。

「……課長? そんなに髪長かったでしたっけ?」

「葉月、お前を……この姿で、食べたいからだ」

「課長、なんですかこの羽。鳥でも飼っていたのですか?」

「お前を食べたくて仕方が無いからだ」

「課長、……ちょっ……!」

「こうしてお前を抱きしめたかった」

「……ええと、課長?……肌の色……が、」

「課長ではない、魔王だ」

「魔王……?」

「そうだ、ルチーフェロと呼べ」

「無理です、どう見ても日本人にしか……あ……っ……」

「……葉月、ああ……お前にどれほどこうして触れたかったか……」

こういうがはやいか、本性をあらわした魔王さまはいきなり葉月を寝台にひっくりかえして、たべるのにじゃまな服もとってしまい、あびるように口付けをかわして、ひと口どころかひとばんじゅうかけて葉月をたべてしまいました。

これでしたたかに元気になりますと、魔王さまは葉月のかわいいからだをだきしめて、ながながと寝床にもぐってやすみました。あったかくてここちよくて、ねむってしまったのでした。葉月は反対にたいそうつかれてしまいましたが、魔王さまは課長でしたし、その魔王さまにかこわれてやっぱりねむってしまいました。

ちょうどそのとき、レヴィアタンがおもてを通りかかって、魔王さまのみちたりた魔力にはてなと思って立ちどまりました。

「途中でルーちゃんが葉月ちゃんを呼び止めたから、どうしたもんかと思ったけど……まあ、結果オーライ?」

魔王さまのちゅうじつな部下のレヴィアタンとベルゼビュートは、いつまでたっても葉月を食べられない魔王さまのために、ひとはだぬいだのでした。だのに、魔王さまがとちゅうで葉月にあいたいあまり家をぬけだし森のなかで姿をみせてしまったりしたので、計画はいちからねりなおしがひつようか……と思っていたところだったのでした。でもけっきょく魔王さまがごういんに葉月をたべてしまったので、けっかてきにはおなじだったようです。

レヴィアタンはまんぞくげに、魔王さまの家をあとにしました。

魔王さまのうでのなかで、やがて葉月のめがさめました。それをうっとりとみおろすと、魔王さまがふたたび葉月をあじみします。

「……課長? 本当に課長なのですか?」

「ああ、本当だ……葉月、もう一回」

「え?」

「もう一回、したい」

「ちょ、さっきあれだけ……んっ」

魔王さまはもうなんどか葉月をたべたあと、もってきたお菓子も食べて、砂糖とミルクをたくさんいれた珈琲をのみました。それで、すっかりげんきをとりかえしました。でも、葉月は(逃げられそうに無い。……どうしよう、しかもこういうのも悪くないって思ってしまうあたり、どうしよう。)と、かんがえました。

魔王さまと葉月は、それからいっしょのお家にすむようになって、魔王さまの元気がなくなることはもうありませんでした。


※参考文献『赤ずきんちゃん』(グリム著/楠山 正雄訳)
※※ちゃんと参考にしたってば!