爪先:崇拝(『魔王様は案外近くに』)

『魔王様は案外近くに』より、ルチーフェロと葉月。


魔王の城の執務室は、非常にイライラした魔力で充満していた。

「……四方位の王2名より嘆願書が。炎界が近付いている影響で、地獄の温度が急激に上がっているとか」

「地獄は放っておけ。どうせ掃き溜めだろうが。それより麓に結界を忘れるな……つーか、それくらい出来るだろう、嫌がらせか」

「でしょうな」

「くそっ」

嵐雨の王ベルゼビュートの淡々とした報告に、むくれたような口調で魔王ルチーフェロは答えた。魔王の前には卓に広げた薄く平たい水晶がある。その上には、いくつか黒い点が明滅していた。そのうちの1つにベルゼビュートが触れると、明滅が黒から赤に変わった。

別の卓で何かしら書き物の作業をしていた大海蛇レヴィアタンが、頭の後ろで腕を組んでつまらなさげに椅子を揺らしている。

「ルーちゃん、また悪者を討伐しようー!って界が出てきたみたいだけどどうする?」

「炎界が近付いてるんだ、そっちに誘導しろ。奴らはそれらしいものに剣を向ければそれで満足だからな。いちいちこっちに言ってくるな」

「はいはい。そうしましょうね、いっつもうちばっかり割に合わないし」

レヴィアタンがよっこらしょと席を立ち、水晶板の隅にすう……と指先で線を引く。魔王ルチーフェロも不機嫌さを隠すことなく席を立ち、ふん……と鼻を鳴らして水晶板をバンッ……!と叩いた。途端に水晶がふわりと強い光を放ち、すぐに収まる。

「これでいいだろう。仕事終わり!」

「ルーちゃん……」

「ルチーフェロ様」

「なんだ!」

イライラした口調で腕を組んでふんぞり返った主君に、2人の部下は呆れ顔で言い放った。

「嘆願はあと15件ほどあります」

「正体不明の干渉が7件あるってさー」

「そのどれもが、俺の手を煩わせるほどのもんでもなかろうがーーー!!」

バーン……!と水晶板を両手で叩いた。……もちろんそれくらいで魔王の水晶板が割れることは無かったが、レヴィアタンは半眼で「板壊れるからやめて」と冷たい反応だ。ベルゼビュートが相変わらず淡々とした様子で低い声を掛ける。

「どうも皆浮かれている様子で」

「久々のご帰還だから、直々のご命令が欲しいんじゃないのー?」

レヴィアタンは、鼻歌でも歌いそうな暢気な様子で椅子に戻った。2人の様子にルチーフェロは深くため息を吐く。

魔界の城にやっと魔王が妃を連れて帰ってきた。

それほど城を空けたわけではなく、また城を空けていたからとて魔界に何かしらの影響があるほどの期間ではなかったが、魔王の妃との帰還に魔界が少々浮かれているのは否めない。魔界の者達は、皆なんとかして魔王と妃の気を引こうとしているし、上位の者は年若い魔王をネタにしたくて堪らないのだろう。下のものでも片付けられるようなどうでもいい仕事ばかりが、先ほどから舞い込んでくる。

そしてなんといっても腹立たしいのが、それを分かっていて止めていないあの爺だ。

「……葉月は」

「シャイターン老とお茶してるみたいだよ」

「シャイターンめ……あの蛇爺が……」

帰還するなり仕事を押し付けて、葉月を独り占めしている宰相シャイターンに魔王はギリギリと歯噛みした。分かっている。わざとだ。嫌がらせだ。しかし、ここで魔王の権力を奮い周囲に仕事を押し付けるわけにもいかない理由がある。

「どうする?お茶会に混ざる?」

「……おい、レヴィアタン」

ベルゼビュートが顔をしかめて嗜めたが、レヴィアタンは肩を竦めるのみだ。しかし魔王ルチーフェロは切なげに首を振った。

「……いや、葉月に仕事がんばってください……って言われたから……くうっ……」

ぐぬぬ……となりながらも、魔王ルチーフェロは魔界からの要請に目を向けた。妻から「お仕事がんばってくださいね」と言われたら、夫はついついがんばってしまうのだ。魔王の仕事っぷりを左右するのは、いつだって葉月の存在だった。

魔界と魔王は直結している。魔界に妃がある……ということは、魔王にとって自分の懐の中に愛しい女がいると同義だ。それなのに何も出来ない。ただでさえ、本性を現している今、情欲は否が応でも膨らんでいる。……ルチーフェロは同じ魔王の城に居て気配を纏わせながら、自分の腕に抱くことの出来ない葉月のことを思った。

決めた。

今度は葉月を膝の上に乗せて仕事しよう。絶対絶対そうしよう。

****

やっと仕事を終え、夕食を終えて、葉月と2人きりになる事が出来た。腕の中で微笑む葉月の姿に、魔王もうっとりと心を通わせる。

夕食の後、魔王は初めて妃の葉月が着飾った姿を見た。もちろん、城に仕える忠義な部下達がこの日のために用意したものだ。ホルターネックのドレスから覗く足、剥き出しの白い肩。抱き寄せればよい香りがして、肌は吸い付くようにしっとりと滑らかだ。何度も噛み付き、舐めて、吸い付いて、味わってきたが、そうすればするほど次が欲しくなり、魔王を飢えさせる極上の獲物にやっと触れる事が出来る。

人間界に居るときよりも遥かにルチーフェロの情欲は大きく、魔界で初めて味わう妃の味を求めて膨れ上がっていて、魔王の纏う空気は常よりも妖艶だ。

「葉月、いい香りがするな」

「あ、さっきお風呂に……」

「ああ。……葉月の香りがする」

「……あ、高司さん……っ」

「ルチーフェロと呼べ、葉月」

シャイターンの言った通り、首の後ろのリボンを引けばするりと解けて、露になった肌の範囲が広がる。ルチーフェロは葉月を抱き上げたまま、鎖骨から胸の膨らみに掛けて香りを楽しむように顔を下げる。首筋に鼻をこすりつけると、いい香りがした。常になく愛らしい服装もあって、たまらずルチーフェロは葉月を寝台へと運ぶ。夕食の後に庭を散策する……という約束をしていたが、それは明日に回すことにした。目の前にこんなに魅力的な妃がいるのに、庭を見ている場合ではない。

寝台は何人眠れるのであろうというほど広い。魔王夫妻のために設えられたそこに葉月を座らせた。

ルチーフェロは葉月の背中を支えたまま、片方の手で肌蹴た上半身をそっとなぞる。今まで葉月が身に着けたことの無いような、艶めいた下着で覆われていた。肝心のところは決して見えないのに、肌の色を想像できるほどに透けたレースがそそる。

「あ、あの、……ルチーフェロ……」

さわさわと音を立てて、ルチーフェロの羽根が葉月の両脇に下ろされた。時折ふわりと動いて、蝙蝠羽の硬さが肌を軽く引っかき、羽毛の柔らかさが肌を撫でる。半端に脱がされた状態が恥ずかしいのだろう。困ったように瞳を潤ませる葉月の姿に魔王の喉が鳴る。ルチーフェロは葉月の足を見てみた。上半身は脱がされ、スカートがそこを覆っている。ルチーフェロは葉月の背に背もたれを宛がうと、ゆっくりと葉月の足元へ降りて行った。

「葉月。……葉月、今日のお前は」

ひときわ美しいな。

ルチーフェロは葉月の足元に到達すると、そっと片方の靴を抱え込んで、ちゅ……と口付け、それを脱がした。

「ちょ、ちょっと、ルチーフェロ……っ」

「大人しくして、姫君」

にんまりと妖艶に微笑まれ、赤みの混ざった瞳で見つめられると葉月は何もいえない。もう片方の靴も同様に脱がせて、爪先を持ち上げて靴下ストッキング越しに唇を付ける。

「……んっ……や、まってそんな……っ汚いから……」

「お前はどこもかしこも綺麗だ、葉月」

「いや……っ」

「静かにして、俺の妃」

足の指を咥えたまま舌を出し、ぺろりと舐めた。指の際に舌を沿わせていく。自然に足は持ち上がっていて、短いドレスの中が見えた。大胆なその中の様子に、ルチーフェロが再び色めいた笑みを浮かべる。

「葉月、ずいぶん大胆だ」

「そ、それはグレーモリーさんが、魔界こっちにはそれしか無いって……」

「ああ」

きゅ……と足の指を甘く噛んだ後、堪能するように肌に手を這わせる。足を大きく開かせてその間に身体を割り込ませると、ふくらはぎ、膝、太腿……順にルチーフェロの唇が這い登ってきた。葉月はあまりの羞恥に身体をすくめてみたが、左右に3枚ずつの羽が柔らかに葉月を拘束しているようで、何故か抵抗が出来ないのだ。

ルチーフェロの唇が、布と肌との境目で止まった。美しい細工のガーターに吊られた肌色に近い色のストッキング。吊っている部分を指で掬い取り、そのまま腰まで伝う。ドレスは大胆に捲くれ上がった。ガーターはとても便利だ。さえぎるものは何も無く簡単に下着にまで手が届く。ルチーフェロは羞恥で声の出ない葉月に身体を重ねて、耳元まで唇を寄せた。

「今日は大人しい」

「……だ、って」

「恥ずかしい?」

「……ふっ……あ」

下着の上から軽く触れる。形に合わせてなぞり、布ごと少し沈み込ませる。

「触れたかった。ずっと」

「……た、高司さ……」

「ルチーフェロだ。……葉月、今日は一日仕事をしていたんだ。少しくらいご褒美が欲しい」

「……ぅん……」

下着を少しずらして中を優しく擦ると、葉月の声が甘く溶け始める。一度指を沈めて……ぬるりと引き抜くと、控えめな水音が響く。もちろんそこは充分に潤っている。どのようにここを攻めようか。指で収縮を堪能しても、啜って味をみても、広げて羞恥を煽っても、どれもこれも葉月ならば愛しいし、楽しそうだ。

さわり心地のよいルチーフェロの羽が葉月を包み込んだ。

****

「んっ……んんっ……あ、」

「あ、これ、が、好きだな葉月は……」

ルチーフェロは正面から葉月に押し込み、その柔肉の奥を抉っていた。ギチギチに張り詰めた魔王の欲をねっとりと引き抜き、水音と肌音を響かせながらそれをねじ込む。幾度も抽送を繰り返すと、葉月の奥から何かが激しく絡み付く。この瞬間がルチーフェロはたまらなく好きだ。達する直前。びくびくと脈を打つ奥が吸い付く。悦楽は抱くたびに深くなり、何度抱いても欲しくなる。

身体の下で揺れる葉月は、服は全て脱がせていたが、ガーターとそれに吊られたストッキングだけ……というけしからん格好をしている。もちろんそうさせたのはルチーフェロだ。足を抱え奥を求めて身体を密着させる。繋がった部分は心地よく柔らかいのに、引き抜こうとすると動かせないほどに締め付けてくる。吸い付くようなその感触が、たまらなくいい。

「すごく……締まって、いつもよりも、葉月……っ」

ギリギリまで引き抜いた熱を、ぐちりと奥まで突き入れる。少し角度を持たせると、奥に届く一歩手前で葉月の感じるところに触れる。その途端に葉月の切ない声が上がり、再び吸い付くように締まって奥に引っ張り込まれる。

「はっ……あ……そ、こ、……気持ちい……あ……っ」

「知って、る。……葉月が、濡れて……絡み付いて……」

魔界を為す魔王という孤独を、葉月だけが狂わせる。

ルチーフェロは跳ね上がった爪先を掴み、薄布越しに口付けた。くちゅ……としゃぶりつくと、挿れている奥がまた吸いつく。

「やっ……だ、から、ルチーフェロ、そんな、と、こっ……」

本当はもっともっと乱れさせたいのに、何度抱いてもまだ羞恥を見せる。そんなところも愛しくてならない。音を立てて見せつけるように爪先に口付けて、魔王は妃を見下ろす。

「……無数の界の中で、お前だけだ、葉月」

「あ……ああっ、動かした、ら、もうっ……」

「お前だけなんだ、……俺を満たして狂わせるのは……」

葉月の足を腕に抱えなおして、ルチーフェロが激しく動かし始めた。今まで焦らされていた箇所の愉悦が一気に膨れ上がり、葉月の身体が硬直して震えるようにルチーフェロに押し付けられる。魔王もまた、吸いつかれた奥の動きに任せて吐き出した。しばらくの間挿れたまま、達した奥のひくつきを愉しむ。

「ルチーフェロ……あ、ああ……」

葉月がルチーフェロの背中に腕を回そうとしている。その姿に身体を倒すように近づけてみると、ぎゅう……と魔王の首筋に顔を埋めて甘える仕草をした。葉月の幸せそうな吐息が魔王の首を温め、ただ単に性欲の解放と身体の交わりだけではない、不思議な充足感を与えてくる。

「葉月……温かい……もっと欲しい」

ルチーフェロもそれに答えるように、ぎゅう……と葉月を抱きしめた。愛おしく肌を撫でまわし、うっとりと頬を寄せる。

魔王と妃の交わりは今夜も魔界を潤す。
魔界を成す魔王がその心を預ける妃の存在は、魔王と同等で唯一だ。

魔王をこれほど狂わせる女は、どこの界を探しても葉月以外には居ないのだ。


【後書き】

キス22箇所の最後を飾るのは、魔王ルチーフェロ様です。
ごっつうメロメロですね、魔王様。もう何も言いますまい。
あ!それからこの後、お風呂入ったときに素足の爪先にk(ry

お妃を迎えた魔界は今、大フィーバー中です。あやかりてえあやかりてえ、……ってことで、高位の魔力を浴びるために、何かと理由をつけて皆さん魔王様のところに集います。上位2位あたりになってくると、人間ねえ、ふーん、ニヤニヤ、……みたいな感じなんでしょうね。そんな魔王様を犬みたいにさせる葉月ドッグトレーナー最強。