ギフヴェントは今、大変に浮かれていた。
なぜかというと、愛する妻(まだ婚約者)と一つ屋根の下で生活しているからだ。
エウフィミアの降嫁が内々に決まった段階で、すぐにエウフィミアは王城に住まう家族と対面する時間を設けられた。同時に次の就職先である緑化研究施設へ異動するまでの間、中央司令府は一度退くこととなり、その間、エウフィミアは第二王女として王城に滞在するか、リムガウ家に滞在するかいずれか……という話になったのだが、意外なことに、国王からの進言で、エウフィミアはリムガウ家に滞在することになった。王城に入ればどうしても公式の場に出なければならなくなる。準備が全て整うまでの間、ギフヴェントがエウフィミアのことを守れとの王からの仰せだった。
まだ正式に婚姻の儀を挙げていないためエウフィミアは婚約者という立場でリムガウ家に滞在している。そのため、同じ寝室ではないのが落ち着かないが、それでも日々の生活の中にエウフィミアがいるというのはこの上ない幸せだ。
朝、朝食の席に出向くと既にエウフィミアがいて、「おはようございます」と小さく微笑まれる。朝、極上の珈琲の香りの中にエウフィミアがいて、ギフヴェントは思わず顔を緩めた。
「うむ」
使用人達に緊張が走ったのを見てとって、ギフヴェントは精一杯柔らかい声で返事をした。まだまだエウフィミアが来て日も浅い。エウフィミアに館に早く慣れてもらうためにも、仲睦まじいところを見せるのは悪いことではあるまい。もっとも、わざわざ見せなくても自分達は仲睦まじいのだが。
静かで落ち着いた朝の空気の中、愛する女と二人、何を話すでもなく穏やかに朝食をとり、それが終わったらエウフィミアの手で淹れた紅茶を飲む。
なんという居心地のよさ。
しかも、仕事に行くときは「いってらっしゃいませ」、帰ってきたら「おかえりなさいませ」が待っているのである。
その日も愛らしい笑顔で「いってらっしゃいませ」と言われた。
小柄なエウフィミア……巨漢のギフヴェントから見ればどのような女性も小柄ではあるが、低い位置からエウフィミアが見上げると、ちょうど青い瞳が眼鏡越しに上目遣いになって、これがまた知的な中にもちょっと隙があるような、小動物のような、えもいわれぬ可愛らしさがあるのだ。
「今日はお早いお帰りですか?」
と問われて、早く帰りたい気持ちでいっぱいになったのだが、ギフヴェントはあいにくにもその日は重大な用があった。新作の糸を届けさせていたものを取りに行かねばならなかったのだ。ギフヴェントは、レース編みや刺繍の雑誌、新作の糸などは、偽名で購入し偽名で取得している私書箱を通じてやりとりをしている。それを取りに行かねばならぬ。唯一趣味のことを知っているスウェイクを遣らせてもよかったが、自分で行くのが確実だ。
精一杯急いで刺繍糸を回収して家に帰宅する。ヒルダに言ってエウフィミアに離れで待つようにと伝言し、自分も早々に着替えて離れに急いだ。
「そういえば今日はミアの侍女のエイメがいないが、ミアを離れに呼んで大丈夫だっただろうか」
念のためにそう問うと、ヒルダがあらあらと微笑む。
「わたくしも、すっかりおばあちゃんでございますがエウフィミア様の侍女でございます。エイメにはわたくしがうまく言っておきますよ。少しくらいはお二人の時間を持たれてもよろしいでしょう」
そう言われて、ギフヴェントは苦笑する。エウフィミアがこの屋敷に来てから、ゆっくりと二人で過ごす趣味の時間はいまだ取れておらず、それをヒルダは慮ってくれたのだろう。
「あなたは尊敬できる貴婦人だ、ヒルダ」
「ありがとうございます」
ヒルダが完璧な所作で一礼した。家令のスウェイクの姉でもあるこの老婦人は、王宮の女官長を勤め上げた女性だ。国王や王妃からの信頼も厚く、エウフィミアが王宮の外に出てからずっと彼女をサポートしている。エウフィミアはギフヴェントと付き合っていることを彼女にだけは相談していたという。ゆえに、ギフヴェントはヒルダにも離れの秘密を打ち明けたのだ。
以前なら、この秘密を誰かに公にするなど考えたこともなかった。離れを作るときに協力させるため、スウェイクに相談した時ですら決死の覚悟だった。だが、今は必要ともあれば少しずつ、その世界を広げることができるような気がする。エウフィミアのおかげだ。彼の趣味は決して間違ったものではないと、エウフィミアが教えてくれた。
「エウフィミア様がお待ちです、閣下」
ギフヴェントは頷いて、早速離れへと赴いた。
****
離れの扉をそっと開けると、暖炉に暖められた空気がギフヴェントの頬を撫でる。暖炉の前に座っていたエウフィミアが立ち上がって、ギフヴェントのもとに駆け寄ってきた。
「ギフヴェント! おかえりなさいませ」
「ああ」
ヒュウと外気が入り込んで、エウフィミアの髪が揺れた。慌ててギフヴェントは扉を閉めて、思わずぎゅっとエウフィミアの身体を抱きしめる。
「遅くなった」
そう言って腕を緩めて見下ろすと、ずれそうになっている眼鏡を気にして恥ずかしげなエウフィミアの頬にそっと口付けた。そしてもう一度、エウフィミアの眼鏡に触れないように慎重に唇を重ねる。
ここはまるで小さな家だ。小さな居間に小さな台所。小さな浴室に小さな寝室。侯爵家の屋敷の施設に比べるととても質素だが、この質素な家で並ぶ使用人もなくただ愛する妻に迎えられるというのはなんという幸せなのだろう。
「今日はこの糸を買ってきた」
エウフィミアの腰を抱いて共にソファに座りながら、買って来た糸を披露する。ウルバ産の糸は腰があって、染めずとも生成りの艶が美しい逸品だ。
「なんて綺麗なお色」
「染めずともこの色だ。この色でまずは何を編むか」
「どうしましょう。いろいろ思いつきすぎて、すぐには決められないわ」
他にも何色かあるレース編みの糸や刺繍糸を手に取りながら、まずは自分が今作っている作品に使おうと二人で計画する。楽しく話し合いながら、久しぶりに手仕事に没頭する時間は充実したものだ。
しばらくの間手を動かして時間を忘れ、ふと顔を上げるともう随分と夜も更けていた。
「もうこんな時間ですのね」
「ここにいると時間を忘れる」
「本当に」
小さく笑いあって、エウフィミアが手仕事をしていた生地を置いた。ギフヴェントも道具をしまって、エウフィミアの身体を抱き寄せる。
軽く唇を触れ合わせてから、二度目は深く。しかしギフヴェントの鼻先に眼鏡がコツンと当たった。頬を染めたエウフィミアに、ギフヴェントは眼鏡をそっと外してテーブルに置いた。
すかさず、深く口付ける。
舌を伸ばしてエウフィミアの唇をゆっくりと舐めると、エウフィミアがギフヴェントの服をぎゅっと握る。それほど力を入れて引き寄せられた訳ではないのに、まるで強く抱き締められたように感じて、口づけをますます深くした。
くちゅ、と音を立てて、口腔内の粘膜を探る。エウフィミアにこうして最初に触れた時はまだ拙かったが、幾度も回数を重ねていくうちに、ギフヴェントの動きに応えるようになった。舌先を触れ合わせながら、時々ぺたりと絡みつかせて、互いの唾液を送り込む。
長くそうして触れ合わせ、少し離して囁いた。
「ミア……今日は、その」
「ギフヴェント……?」
「朝まで、お前と一緒にいたい」
これまでエウフィミアと何度もこうして過ごしてきたが、実を言うと朝まで共に居たことはない。エウフィミアを朝帰りさせないようにと、恋人時代の二人は案外真面目な時間帯に切り上げていたのだ。
だが今日はエウフィミアと朝まで一緒にいたい。もちろん、朝方にはエウフィミアの寝室に帰すとしても、エウフィミアの体温と共に眠りたかった。
もちろんエウフィミアとて断る理由もなく、ギフヴェントに寄り添うことで返事をした。
己の胸板に掛かる重みが少し変わって、それに導かれるように胸の膨らみを手で包み込む。エウフィミアの胸は見た目よりもふんわりと大きく、ギフヴェントの手にもちょうどよい。薄い部屋着越しに少し強めに揉むと、柔い肉に指が沈む様子が堪らない。
「う……ぁ……」
親指が時折胸の切っ先をかすめて声が上がる。その度に、ちゅ、と首筋に口付けて、そのまま耳元に唇を動かし、耳朶をねっとりと舐めた。エウフィミアから小鳥が囀るような声が上がって、ギフヴェントの指先はだんだん物足りなくなってくる。ガウンの袷部分から手を差し込んで下着に触れると、慣れた風に留め具を外した。
今度は直接触れる。エウフィミアをソファに座っているギフヴェントの太ももの上に乗せ、後ろからガウンの中に手を入れる。指と指で勃ち上がった胸の先端を軽く挟んで揺らすと、エウフィミアが喉を仰け反らせた。
「エウフィミア」
「あ、あ……ギフヴェント……」
うなじに噛み付けば腰が揺れ、耳朶に吐息を吹きかけるとくったりと体重を掛けてくる。時折、エウフィミアの顔がギフヴェントを振り向き、かすめるように唇に触れた。
「我慢できないな」
そう言って、ソファに斜めに体重を掛けてエウフィミアの身体を支え、ガウンの紐をしゅるりと解いた。
肌けた肌に手を伸ばし、一度腹を撫で回した後、足と足の間に指を持っていく。下着の中に手を入れて、秘裂の形に沿って指を滑らせた。
「……っは、あ」
「もう濡れている」
何度かそこを往復し、真ん中で少し力を入れると、滑らかにギフヴェントの指が飲み込まれる。少し指の角度を変えて、行けるところまで挿入し、少し引き抜き、また奥へと戻した。
くちゅ、くちゅと音をさせながらゆっくりとした小さな抽動を繰り返し、指を軽く曲げる。ざらついた膣壁を擦ると、「あ」とエウフィミアが声をあげた。
「あ、や……いや」
「ミアは、いつもここが、いい」
腰が引けてしまうエウフィミアだが、小さく弱々しい抵抗はギフヴェントが片手で捕まえただけで制することが出来る。むしろその抵抗を可愛らしく思いながら、動きを深く重くする。
「……っう、あ、ギフヴェ、ト……あ……ああっ」
エウフィミアが達する瞬間、まるで助けを求めるかのようにギフヴェントの名前を呼ぶのが好きだ。その声を聞きたくて、何度もエウフィミアを高みに連れて行きたくなる。
くたりと身体を緩めたエウフィミアをガウンで包んで抱き上げて、ギフヴェントは寝室へと移動した。
「寒くないか?」
「んっ……さむく、な、いです」
居間と続き間になっている寝室はさほど冷えてはいない。寝台に入れていた湯たんぽも抜いてエウフィミアと共に横になると、足元の温もりが心地いい。
「来い、ミア」
「ギフヴェント……」
仰向けになった自分の身体にエウフィミアを登らせる。少し恥ずかしそうにしながらも、エウフィミアが硬い胸の筋肉に、……まるで心臓の音を聞くように耳を当てる。艶やかな髪がギフヴェントの肌をくすぐり、たかがそれだけなのに小さく唸った。
我慢などは出来ない。
「自分で挿れられるか?」
「え……あ……」
そのように頼むと、エウフィミアが頬を少し染めながら少し腰を下ろす。天井に向けてそそり立っているギフヴェントのものに手を添えて、自らの秘部に先端をあてがう。
ぬるりとしたぬめりが触れ、先が少し入っては、自ら入れるのはまだ恐ろしいのか、ちゅ……と小さく音を立ててはすぐに抜かれる。しかしその心地よさにギフヴェントは焦れて、エウフィミアの尻の肉をぎゅっと掴んだ。
エウフィミアが「あ」と小さく声を上げる。
ギフヴェントが大きくゆっくりと腰を動かすと、あっという間に全てが飲み込まれた。狭い膣壁をグ……と抉るように掻き分けて、到達した奥をぎゅっと押す。
「ん……う」
エウフィミアの声が低くなる。腰の動きは止めることができず、エウフィミアを上に乗せたまま動かし始めた。
「は……エウフィミア、締まっては柔らかく、なって……」
粘液がかき混ぜられて、ぐちゅ、ぐちゅと音がする。時々肌と肌がぶつかる音も重なって、ギフヴェントが腰を動かすとそれが響いた。揺らす度にエウフィミアの髪と胸が揺れて、思わず手を伸ばして触れると、「ひ」と声をあげて背中が反れる。
普段は可愛いエウフィミアがそんな風に乱れると、危うい色めかしさがあって、見ているだけでも堪らない。
「あ。やあ……また、お、きく」
「くう……ミアッ、エウフィミア……!」
締め付けを感じたのは、エウフィミアが狭くなったのか、ギフヴェントが硬くなったのか。限界だと思っていた下半身が、さらにどくどくと力を持った。
「……っ、あ、ギフヴェント、も、う……」
エウフィミアがギフヴェントに抱きついた。うつ伏せになったエウフィミアの柔らかい胸がギフヴェントの胸板に押しつぶされる。ギフヴェントを覆う柔肉が、達してびくびく脈打つのを感じて、それに合わせて一際激しく動かす。
「くっ……はっ、あ」
ギフヴェントも高みの瞬間を感じて、奥を大きく小突いた。ぶるりと背を震わせて自身を解放する快楽に身を委ねる。
どくどくと吐き出す精はなかなか止まらず、エウフィミアの腰をしっかりと抱いたまま、しばらくの間、触れる身体のぬくもりを堪能した。己はまだ萎えることなく離れがたく、彼女の身体から出て行く気になれない。
横に避けていた上掛けを自分たちの身体にかけて、ギフヴェントはつながりあったまま身体を横にした。エウフィミアと向かい合うようにして並び、出来るだけ優しく抱きしめる。
「ギフヴェント……?」
「すまない、ミア……もう一度」
「ん……っ」
今度は長く留まっていられるようにゆるりと動かし始めると、エウフィミアが小さく声を上げた。
もう少し、もう少しだけ。
ギフヴェントは再び、つながりあった愛する女を腕の中に閉じ込めた。
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体力を失いぐったりとしたまま眠ってしまったエウフィミアに少し反省をしながらも、ギフヴェントは頬を緩めた。居間に置きっぱなしにしていた眼鏡を持ってきてサイドテーブルに置き、エウフィミアにガウンを着せて自分も横になる。
エウフィミアの首の下に腕を置いて引き寄せる。エウフィミアの柔らかな髪が顎にふれあい、そこにちゅ、と口付けた。
いつもなら、エウフィミアはここで家に帰していた。ゆえに無理をさせることもできずに、それ以上に事後の余韻から離れるのは身を割くような思いだった。
だが今日は、このまま朝を迎えても、誰かに咎められることはない。
もういっそ、エウフィミアと同室にしてしまおうか。そんなことを考えながら、ギフヴェントはそっと目を閉じる。
エウフィミアを腕に抱いて眠る夜は、自分でも信じられないほど安堵と心地よさに溢れていた。