木咲彩花は、最近おかしな夢を見る。
「あやかさん、あやかさん……ここ、だよね。すごく濡れてる」
「……ん、ん……あ」
男の手が身体中をまさぐり、自分すら知らない酷く敏感なところに触れる。ねちゃ、と粘ついた音がして、奥から何かが引き出されるようにぞわりとした感触が走った。
指が2本、秘部の中に入っていて、交互に襞の奥を擦っている。それは不思議なくらいに的確に彩花の感じる部分を捉えていて、軽く押さえたり指の腹でくすぐったりと、しつこく楽しげに動いていた。
指が動く度に奥からは蜜が溢れ出し、男の指も彩花の太ももも濡らしていく。
「もっと触れたい。……あやかさん、もう挿れていい? このあいだと、昨日と、してないから我慢できない」
「や……あっ」
このあいだと、昨日と。
男の繊細だが少し低い声が囁く言葉の意味を、ぼんやりと考える。
これは夢だ。分かっている。しかし、彩花の見るこの夢はつながっていて、男はどうやら昨日の彩花のことも、今日の彩花のことも、ずっとずっと知っているようなのだ。時々「今日は大変だったみたいだね」と労りの言葉をかけてくることもある。こうして抱き合う手も徐々に彩花に対して習熟していて、日々見つける彩花の感じる部分を的確に触れては、乱れる様子を観察している。
「何考えてるの?」
小さく笑って、男が彩花の耳たぶを噛んだ。「ん」と身体をびくつかせると、満足そうに笑って少し身体を起こす。視線を向けると、男が自身の欲望に手を宛てがって、彩花の足と足の間に押し付けていた。
「……あっ!」
「くっ」
先端の丸みを帯びた部分が、ねっとりと襞の内側へと入り込む。たったそれだけの侵入なのに、喉の奥がくるくると震えるほど気持ちがいい。
「は、あ、いつも、あやかさんの、ここ、気持ちよくて……」
「ん、……あ、はやく……」
「はやくいれてほしいの?」
「いじわる、いわな、いで」
夢だから、多少は大胆になれるのだろうか。夢の中とはいっても、もう何回も抱き合った仲だ。時々、こんな風に続きを強請ると男は本当に嬉しそうな顔をした。
「あやかさ、ん」
男の身体が彩花を抱き締めた。
結合していた部分がさらに近付いて、ぐっと奥まで貫かれる。硬くて弾力のあるものが柔らかく狭い中を通っていく感触に、体積に押し出されて蜜液が溢れていく様子を伝えて来る。素直に「気持ちいい」と言うと、その言葉に身体がつながっているかのように、きつく締まった。
「あっ」
男が小さく声を漏らしてびくりと腰を震わせ、眉間に皺を寄せる。
彩花もまた、引き締まった自分の胎内と咥え込んでいる男の欲望とが、強く合わさる感触を覚える。
耐えきれなくなったように男が動き始めた。
ぐちゅりぐちゅりと音が響く。実際には寝台がきしむ音と2人の呼吸音の方がうるさいのだが、触れ合っている粘膜の振動と密着した具合が、そうした音を連想させた。一度引いて、強く押し込むと、その感覚が一層際立つ。
男が彩花の片方の足を持ち上げて、太ももに抱きつくような体勢になった。斜めにつながりあった身体は、これまでの格好以上に男の熱が彩花の中に嵌る。
彩花の太ももに叩き付けるように、男が激しく動いた。
「ああ……!」
「は、あ、あやかさん、あやかさん」
男がすがりつくように名前を呼び、彩花の中をぐちゃぐちゃに掻き回し始める。不規則だと思われるその動きは、しかし確実に彩花の身体を高鳴らせていく。くつくつと沸き上がるのは、潤滑させる液ではなくて、温度を持った愉悦だ。
「あ、……あ、やだ、もう……やっ、」
「いいよ、イッてよ、あやかさん、きてよ」
高められて、落ちていくような快楽に、彩花の背中が大きく反れた。びくん、びくん……と痙攣している腰を掴んで、今度は男が奥を目指す。
「ああっ、……あ、僕も……あやかさ……っ」
熱い粘液が、とろりと彩花の身体の奥に吐き出される。夢でなければ中で出されたことなんてない。実際のところ量なんて微々たるものなのに、心地よい熱さが身体の中を温めていくような感触はなんとも不思議だ。
そうして考える。
精液を出される感触まで分かるなんて、夢にしては現実的やしないか……と。
****
「あれ? これ、蕾かな」
彩花は、寝台の横に置いてある小さなテーブルの上の小さなサボテンをそっと覗き込んだ。半年ほど前に100均で購入したものだ。卵くらいの小さなサボテンの細やかな棘とふわふわの毛の合間に、珊瑚のような綺麗な色の蕾がちょこんと乗っている。
「咲くのかな、楽しみ」
ちょんちょん、と触って、彩花は小さく笑った。
元々、洗濯ネットを買おうと思ってショップに入り、ウロウロしている時にたまたま目についたサボテンだった。ちょうど厳しいプロジェクトが終わった直後で、彩花の心は開放的で余裕があった。そのせいか、どれひとつ部屋にグリーンでも置いてみようかという気持ちになったのだ。もちろん、本格的な観葉植物を置いてみるつもりはなくて、置物を置くような気持ちだった。サボテンは綺麗な色の器に、綺麗な色の砂に植えられていて、砂は粒を固められていたが、当時は何も思わなかった。
それでも植物だからということで、一応水をやっておいた。サボテンはあまり水をやらなくてもいいと聞く。これで暫くは安心かしらと、可愛いお客さんにほんの少し気分をよくして、……1ヶ月ほど、放置してしまったのである。
ある日、お風呂上がりに寝台の上でストレッチをしていると、ふと目に入る小さなサボテンが、心無しか元気が無さそうなことに気が付いた。本当に小さな丸いサボテンだ。どうしてそんなに健康状態がよろしくないと判断できたのか、今考えるとよく分からない。しかし、ともかく元気が無さそうに見えた。100円で買ったとはいえ、目の前でしなびられるのは気分がよくない。自分で購入したという責任感もあったし、なんとかしようと考えた。枯れさせて捨ててしまうのも、なんだか忍びない。
しかし100均のサボテンをちゃんと育てる、なんてこと、出来るのだろうか。
そんな心配をしていたが、世の中は便利になったもので、インターネットに接続して「100均 サボテン 育てる」などで検索してみると、情報はすぐに手に入った。飾り用の土と器は、サボテン……というより植物には、当たり前のことだが、よくないらしい。サボテン用の土と水はけのよい鉢に植え替える、とのことだった。
彩花とて素人であるのでよく分からないが、ともかく、ホームセンターで水はけのよさそうな小さな鉢と受け皿、それからサボテン用の土、というものを購入した。
棘に気をつけながら、割り箸を使ってどうにかサボテンを取り出して植え替え、日光やら水の量などを気にしながら観察していると、いつのまにかサボテンは元気になってくれた。もとは100均だったが手をかければ可愛いもので、うっかり「サボちゃん」などと呼んでしまいそうになる。
「サボちゃん聞いてよ。今日大変だったんだから。帰り際に残業頼まれるし、駅前で変なキャッチにつかまりそうになるし」
全くうっかりではないし、これではまるで寂しい一人暮らしのOLではないか。
「あ、でもね、コンビニの新作スイーツ売り切れてなかった、買えたからいい事もあったかな」
いや、まさに寂しい一人暮らしのOLの様相である。
なんというか、植物に話しかける一人暮らしのOLなんて都市伝説かと思っていたが、まさにそんな都市伝説を目の当たりにして、なるほど植物に話かける人もいるにはいるのだな、例えば自分とか……などと妙に納得しつつ、小さなサボテンがある暮らしもそれなりに楽しいものだ。
そして、この頃から、例の妙な夢を見るようになったのだが、1人寂しくサボテンになんか話かけているから、欲求不満であんな夢を見るのだろうか。
「私、欲求不満なのかな」
サボテンの蕾にちょいちょいと触れて、少し反省した。
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ある日、そんなサボちゃん……サボテンが、花を咲かせているのに気が付いた。蕾が付いてから、ひときわ大事に……と言っても、土が乾いてないかとか、日当りは大丈夫かとか、触ってみたいけれど出来るだけそっとしておくとか、そんな程度であったが、ともかく大事にしていたから、大層うれしい。
気が付いたのはちょうどお風呂に入ろうと思ったら、タオルを出すのを忘れていて、下着姿で取りにきた時だ。新しいタオルを抱えて、小さなサボテンを覗き込んだ。
綺麗な珊瑚色の花がほわりと開いている。中央から端に向かって、グラデーションがかったように少しずつ色が薄くなっていく。花弁は水分が少なそうに思えたが、誘惑に駆られて少し触れてみると、意外と柔らかく細やかな手触りだった。
「へー、100円のサボテンでも花が咲くの?」
また話しかけてしまった。
しまった、と思ったが、話しかけてみたものは仕方が無い。
「かわいい色。綺麗に咲いたわね」
とうとう開き直って、しみじみとサボテンに話しかけた。きゅ、と花開く様子は何だか誇らしげだ。
「香りとかあるのかな」
人というのはどうして花を見ると、無意味に匂いを確かめたくなるのだろう。例に漏れず、彩花もまた、サボテンに鼻を近付けてみた。ふんふんと匂いを嗅いでみると、ほんの少し爽やかな香りがする気がする。
そうやって褒めていると、花はシャキーンと輝いているように見えた。
思わず、もう一度触れてみる。
「痛っ……!」
すると近付きすぎて、人差し指に棘が刺さってしまった。案外しっかりと刺したらしい。棘は残っていないようだが、指先を見つめると、ぷくりと小さな赤い珠が付いていた。
「痛ぁ」
チクンとした痛みに急に我に返って、彩花はサボテンから離れた。指を口に咥えると、持っていたタオルがぽとりと落ちる。申し訳程度にタオルで隠されていた身体が露わになったが、もちろん一人暮らしなのでさほど気にせず、彩花はタオルを無造作に掴むとお風呂へと戻った。
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心地よくお風呂を使い、タンクトップとショートパンツというラフな格好で戻って来る。肌を調えながらサボテンの花を確認してみると、つい先ほどまで元気に生き生きと咲いていた花が、どこかしらしゅんとしなびていた。
「あれ? なんで元気無くなっちゃってるの?」
お風呂に入るまでは、パアア……と勢いよく咲いていた花が、なぜか今は少しばかり身を縮こめるようにしょんぼりとしているのだ。
「水が足りないの? でも、さっきまですごく綺麗に咲いてたのに、こんなすぐにしなびちゃうものなの? サボちゃん繊細だなあ……」
サボテンのしなびた花に触れようとして、止める。また棘に刺さるのは嫌だったし、しなびているのは先ほど突いたからだろうか。あまり変に触れない方がいいのかも。
そうこうしているうちに、お風呂に入ったからだろうか、彩花は、はふ、と欠伸をした。
明日は休みだし、今日は夜更かししても罪悪感は無い。正直に言うと、あの淫靡な夢を見るのも少し怖くて、彩花は眠るに眠れなかった。時間稼ぎというわけではないが、録画しておいた映画を再生して、大きなビーズクッションに身体を預ける。大判のストールを身体に巻き付けて、画面に流れる映像に視線を向けた。しかし、一度見た映画だったし、むしろよい子守唄になって彩花を睡魔に誘う。
……あやかさん、あやかさん……こんなところで寝ると、風邪引いちゃうよ?……
「……んー、うん……」
声が聞こえた気がして、彩花は少し覚醒した。映画はいつのまにか終わっている。確かにこんなところで眠ってしまったら風邪をひくだろうし、睡魔に抗うのはどう考えても難しそうだ。
夢を見るかもしれない……という気持ちと、睡魔の狭間で戦って、結局は睡魔が勝ったようだ。彩花は眠い眼をこしこしとこすりながら電源を落とし、身体を引きずって寝台に上がって布団の中に潜り込んだ。お気に入りの毛布に包まると、すぐに眠気に襲われる。