我が夢に 君を現さむ

———— 我が夢に 君をうつして幾度寝に 現つの君に 足りるもの無し

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「時子、俺の餅も食べるか」

「頼景さま、もう、お腹いっぱいです」

「甘いもの好きだろう、餡の部分だけでも食べていいぞ」

「頼景さまったら、私そんな子供みたいなことしません」

「……そのお餅、私が持って来たんだけどね」

頼景が時子と共に、薄桃色の求肥の菓子を頂いていると、几帳の向こうから呆れたような声が聞こえる。

ここは御書所預ごしょどころあずかり三善頼景の邸宅だ。

正月の二日から時子のもとに三日通い、名実ともに時子を妻とした頼景は、それから七日も経たぬうちに自身の邸宅に時子を呼び寄せた。時子の家は父方の実家である伴家の身内に預け、時子に仕えていた家人も希望する者は呼び寄せて、頼景の家は華やかになった。

時子を妻にした日、頼景は二日連続で参内に遅れ、成道から散々にからかわれた。

この男め、一時でも時子の唇に触れてからに……と憎々しく思ったが、正月早々参内に遅れた事を不問に付してもらったため痛み分けとした。それにきつく脅しておいたので時子に手は出さぬだろう。……脅す、とはどういうことかというと、つまり成道は頼景の手紙の代筆の上客であり、弟子なのだ。

実は成道は女ならば誰もが憧れる見目も麗しい公達だが、壊滅的に字が下手なのだった。宮中でこれはいかんと、成道の父である右大臣に請われて頼景が筆を教えているのだが、一向に上手くならない。読めぬ程の悪筆だったのが読めるほどには改善させたが、まだまだ流麗とは程遠く、女好きする手蹟ではない。それ故、これから筆を教えてやらぬ、代理もせぬぞと脅し、時子にちょっかいは出さないと誓わせたのだった。

こうして、頼景はようやく心の平安を得た。可愛い妻も居て、宮中での仕事も上々。相変わらず頼景の容貌にやかましい殿上人や女官は多いが、そんなものは全く気にならない。

……と思っていたのだが、

「時子姫、今度干し柿を持って来て上げましょうか。名人が居てね。我が家の作らせるものは、外はしっかりしているのに中がとろりと柔らかで美味と評判なのですよ」

「干し柿の中が柔らかいのですか?」

「ええ、珍しいでしょう? ああ、そうだ。椿餅つばいもちもあった。蹴鞠をやらせますのでね、その折に大層たくさん作らせるのです」

「まあ、蹴鞠」

あれから、何故か成道が時子のもとに遊びに来るようになったのだ。あの日、成道が時子の所に来た夜、成道の牛車を時子の邸宅まで連れて来たが、そのために場所を知られてしまったらしい。こうなってしまっては時子を一人にしておくわけにもいかず、ましてや時子のもとに近衛中将が通っているなどと思われてはたまらない。世間に頼景が妻を娶ったと知らしめるためにも、頼景は時子を自身の邸宅に置いたのだ。

そうすると、今度は成道は頼景のところに遊びに来るついでと称して、時子のもとにも顔を出す。もちろん、そういう時は頼景が必ず側に居るから、手出しなどさせるはずもないが、何が楽しいのやら成道は時子と世間話をして帰っていく。

時子も時子で、宮中での頼景の様子を話に聞く事が出来て嬉しいのか、あのようなことがあったにも関わらず成道と楽しげに話すのだから面白く無い。しかも時子のような女の気を引くのは手蹟でもなければ、自身の容貌でもないと悟ったからなのか、せっせと菓子などを手土産に持って来る。

頼景も宮中で甘味にありつけることがあればこっそりと時子に持ち帰ったりするが、やはり頼景程度の身分では用意できるものに限界がある。時子に甘いものの一つも食べさせてやりたい頼景であるから、こうした成道の訪問も無下には出来ないのであった。

「おい成道、もう日も暮れるぞ」

「知っていますよ」

「そろそろ行かねばならんのではないか」

「時子姫の前で無粋な事を言わないでくれませんか」

「……無粋はどっちだ」

不機嫌な声を隠しもしない頼景に、成道は苦笑して立ち上がった。無粋は承知でこうして来ているのは、強髭の能筆家が妻に鼻の下を伸ばしている様子が見られるからに他ならない。鬼の形相の頼景は、殿上人には田舎者よと疎んじられているが、成道にとっては田舎も形相も関係ない。成道の手蹟が恐ろしく下手なことを笑いもせず、父も諦めた手蹟の習いを根気よく続ける真面目な男だ。そのくせ手蹟の師であれば止めさせるだろう代筆なども、厭わず引き受ける強かな性格だから油断ならない。成道は女に取り入る手段に、頼景は宮中を渡る手腕として互いを利用している。二人はそういう仲だった。

そのような一見きな臭そうな仲であっても、割に長く付き合っているのだから馬はあうのかもしれない。

「時子姫、また来ますね。……夫君に飽きたらいつでもお相手しますよ」

「成道! ……時子に話しかけるな」

「お前ねえ、客人に対してもっとまともな対応は出来ないのかい?」

「あの、成道さま。菱葩餅ひしはなびらもちをありがとうございました」

「いいえ。今度は椿餅にしましょう」

几帳の向こうから聞こえてくる、野太い声と鈴のような声の差異ときたら……。笑いそうになる口元を笏で隠しながら成道は帰っていった。やれやれ、あの南国の闘犬のような顔の男が、あんなに愛らしい姫を迎えるとは、宮中に生きていればたまには楽しいこともあるものである。

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「頼景さまったら、……成道さまは、近衛中将なのでしょう? あのような失礼な態度をとってはいけません」

「いいんだよ。……今更あいつにへりくだった態度を取ったら、気持ち悪がられるだけだ」

「もう!」

妻らしく怒ってみせる時子が可愛くて、思わずへらへらと頼景は笑ってしまう。時子は怒っているのに笑っている頼景に、ますますおかんむりだ。

いつの間にやら葛貫は下がっており、几帳を寄せて床を調えていたようだ。菓子も下げられていて、燭台には灯が灯されていた。

「時子」

二人きりになればすぐに触れたくなってしまう。頼景は時子の手を引いたが、生意気にもぺちんとその手を叩かれた。

「頼景さま、お話はまだ終わっていませんわ」

「もう終わりさ。成道のことはもういい。あれで持ちつ持たれつでやってんだよ」

「……本当に?」

「ああ。それよりも、時子」

もっとこっちに来い……と引き寄せて、ちゅ……と唇に吸い付く。あ、と息を吐くので、唇の隙間を縫って舌を絡め入れた。

「…んぅ……」

大分慣れたのか、時子の舌が頼景を求めるように口腔内で持ち上がる。すかさずそれを掬い取って、もっと深く絡ませた。

時子が苦しくはなかろうかと少し離すと、頼景の衣にしがみついて追い掛けてくる。追い掛けて来た頭を逃げずに撫でて、幾度も角度を変えると、互いの吐息が熱くなって来るのが分かる。

頼景は直衣から身体を抜き、時子の小袿の中に潜り込むように腕を入れた。着物の中で小袖だけの姿になり、身体の線をなぞるように手を這わせる。

小袖の中を探ると、胸の柔らかみに容易に辿り着いた。

頼景は時子の身体に背中から抱き付くと、後ろから胸の膨らみに触れた。くにゅりとしつこく親指で擦っていると、時子の背中がびくびくと反れて頼景の胸板に頼ってくる。揺れる腰を押さえるように足を絡めて拘束すれば、愉悦を逃せないのか時子の震えが細やかになる。

「は、時子……」

ぴたりと合わさった身体の時子の足と足の間で、硬くなった頼景の欲望が自己主張を始める。時子の衣を捲り上げ、太ももの間に擦り付けるだけで心地よく、早く挿れたくてたまらない。何度か上下させて、入り口の具合を確かめる。

「ん……」

「入りそうだな」

その刺激に反応した時子をなだめるように、耳元を何度か口づける。そうしている間に一度手を伸ばし、指で解けた場所をすくった。指には糸を引かんばかりの液が付いて来ている。

ゆっくりと沈み込ませ、引き抜いてはなぞってやる。

「あ、ふ……よりかげさま……」

「大分感じるようになったじゃねえか」

何か秘密めいたことでも教えるように、頼景の枯れ声がヒソヒソと低く時子の耳に響く。耳奥を揺らす声は気まぐれに噛み付いたり、ぺろりと舐めたりして、その度に時子の腰を重く揺さぶる。

「や、ん」

そうしていると徐々に時子の足が開く。頼景は時子の片方の足を後ろから持ち上げると、何度か怒張した杭を押しつけ、そのまま、ぐ……と力を入れた。

「あ、ああ……!」

もう何度も身体を交わらせた夜を過ごしていたが、幾度味わっても入る瞬間はきつく、時子も眉間に皺を寄せる。

「……は、う」

「とき、こ」

後ろから挿れたまま止まり、繋がっているすぐ上で小さく膨れた花芽を指で揺らす。時子の吐息混じりの声が細やかになってきて、頼景の息も荒くなる。

「は……っ、時子……動かすぞ」

我慢できずに動かし始めると、やがて時子の声は甘い啼き声に変わった。大分、時子の好いところも分かって来て、時子が一際大きな声を出す度に、頼景はその場所を細かく抉った。

揺さぶる律動にあわせて、時子の声もまた揺れる。興奮を抑えきれない頼景の荒い息がそれに重なり、夜の帳の中に湿った声と肌の触れ合う音が響く。繋がっている箇所からは水音が生々しく聞こえ、衣擦れの音は互いの身体に必死でしがみつく焦燥を表している。一時も離れたく無く、懸命に抱き締め合う。

どれほど動かしただろうか。

「あ、っ、ん……っ、よりかげ、さま」

「く、時子……!ときこっ」

時子の膣内なかが一度きつく締まり、何度も収縮した。常とは異なる飲み込むような動きは、時子が頼景のもので極まった証拠だ。このときが一番心地がよく、頼景も我慢の限界を迎えて思い切り己を放つ。

どくんとくんと精が吐き出され、時子の奥がそれを吸い込むように脈動する。

少しずつ脱力していく妻の身体を感じながら、頼景もまた力を抜く。くったりと凭れ合い、深く息を吐くこの余韻がなによりも幸せだった。

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ひとしきり抱き合ったあと、時子は必ず頼景の髭になでなでと触れる。強面こわおもての髭も、時子にとっては貂の毛皮と同じのようだ。形だけは整えるようにしたが、顔のぐるりに生やす様子は相変わらずだ。時子に触れせていると、己の髪をくしけずるのと同じように、頼景の髭もこうとするのには参った。

髭を撫でられるのは、時子にされるのであれば心地が良い。頼景はすっかり時子にいいようにされながら、自分も腰の丸みを撫でてやった。

床の中でそんな風にじゃれあっていると、時子がふと思い付いたように腕の中から頼景を見上げた。

「頼景さまのおとうさまとおかあさまは、お元気ですの?」

「ああ、任国で悠々自適だよ。うらやましいこった」

そういえば、時子はほんの小さな頃に、頼景の父に会ったことがあるだけだ。その頼景の父は、母を伴い受領として任国に赴いている。

「西野御国ね」

頼景は頷いた。任国で過ごした少年時代を思い出す。

「そうさ、豊かな国だ。庭に柚が植わっていてな、畑もある、湯が湧くところもあるんだぞ」

「本当に?」

「ああ、田舎だが、山も海も近いから食べ物も豊かだ」

「わあ……行ってみたいなあ……」

何より、都では質素な中流貴族であっても、任国では国守として上に立つ立場だ。豊かさは人の心に余裕を持たせ、きちんと土地を治めていれば邪見に扱われる事も無く丁重にもてなされる。父はそうした才があったのだろう。延任の僥倖も得ているし、近々、息子の頼景が継任するという話もあった。

そうだ、それもいいかもしれない。不意に心に降りた時子との未来これから。にわかに現実味を帯びて来たそれを、すぐにも時子に聞かせてやりたくなって、頼景が唇を寄せる。

「近い内に、俺が受領として赴くかもしれんな」

「頼景さまが?」

「もちろんお前も連れて行く。……そうだろう」

「当たり前ですわ! だって、わたくし、頼景さまの妻ですのよ」

「その通りだ」

即答に満足を覚えた頼景は、よしよしと時子の頭を撫でて、豊かな西国で時子と生活する様を思い浮かべる。

都の華やかさは無いが、田舎ならではの心地よさと忙しなさがある土地だ。元より殿上人との社交よりも、地元の民との交流の方が頼景の性に合っている。衣や飾り物の贅沢はさせてやれないが、上手い空気と水と海山の幸という贅沢はさせてやれるだろう。

そんな幸せな田舎暮らしを夢見ながら、頼景は時子を腕に抱く。

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御書所預三善頼景。

欲もなく……いや、受領として豊かな西国の国守に任じられることを望む一方でその才を惜しまれ、御書所預、一本御書所預、一本御書所別当を経て、ようやく西野御国の国守を父より継任したのはそれから三年後である。傍らには常に小さく愛らしい妻があったのだという。

三善家は、ほぼ土着に近く代々西野御国の鎮守を任されることになるが、それを奢る事も無く、毎年豊かな西国の実りを都に献上し、主上と……そして、源氏右大臣家を大層喜ばせた……とのことだ。