傭兵将軍の奥方

傭兵将軍の奥方

こちらは「傭兵将軍の嫁取り」より以前に、短編として投稿していました「傭兵将軍の奥方」となります。 本編とは別に単体で読めるように編集したものですので、描写や説明が本編の内容と重複する部分があるかと思いますが、特に改稿などはしておりませんので、ご了承ください。


「てめぇら、隊長が帰ってきたぞ!」

大蛇ワームの首を持って帰ったんだとよ!」

「あー、くそっ、俺らも行きたかったのによう」

北の辺境の地を守るケテン砦に歓声と怒号が響き渡った。5日ほど前に領内の森を脅かしていた魔物モンスターを討伐に出た隊が、帰還したのだ。討伐隊は、ジオリール・グレゴル伯爵が自ら率いた。怪我人はあったものの、死人が出るほどの損害は無く、切り落とした大蛇の首を引き車に乗せての帰還となった。

2年前からこの北方の砦と辺境の地を守るのは、齢47になるジオリール・グレゴル伯爵だ。伯爵とはいっても彼自身は平民の出で、元は傭兵隊の隊長だった。彼の養父もまた傭兵隊をまとめた男で、前グレゴル伯である。ジオリールは若い頃からその才覚と腕を認められて前グレゴル伯の養子となった。10代のころから傭兵達に囲まれ戦いに明け暮れる、生粋の戦士である。二代に渡ってグレゴル伯に率いられてきたその傭兵隊は、ごろつきの寄せ集めとはいえない活躍とまとまりで、頭であるジオリールは傭兵将軍とあだ名され、傭兵達からは親しみを込めて隊長と呼ばれていた。

この辺境の地に赴任してきたときは、20名ほどの部下を連れてきただけだったが、ジオリールが頭でない傭兵隊などとんでもないと、首都の傭兵達で彼を慕う者たちが多く流れてきた。辺境の地は一度人里から離れれば魔物が跋扈する地で、それらは時に人の生活を脅かしている。戦う男達にとって剣を奮う場に困ることは無く、平時であっても鍛えた身体を畑仕事や材木の仕事に充て、皆忙しく日々を立ち回っている。

こうした男達と共に、決して人の住みやすいとはいえない地を守っているのがジオリールとその奥方だ。

居城の扉から、1人の女が侍女を従えて現れる。

その女が傭兵将軍の奥方シリルエテル。ジオリールが傭兵達を率いる傭兵将軍……と呼ばれる戦士であるのに対し、その奥方シリルエテルは魔導師だ。元は侯爵の妻で未亡人だった彼女は、ジオリールが伯爵位を得て辺境の地を任せられるのと同時に与えられた。

「ジオリール。ご無事で?」

「おう、シリルエテル!」

砦から出てきたシリルエテルの姿を認め、ジオリールが馬を止めて降り立った。粗野な男達をまとめるのにふさわしい、彼もまた野趣溢れる風貌の男である。5日程の行程の間手を入れてないのだろう髭はぼさぼさで、濃い金茶色の髪も風に晒されて乱れている。薄青い瞳は年齢と戦の年月による鋭さを見せ、今は昂揚感からか熱っぽい。

岩のような体躯から太い腕が伸び、シリルエテルの腰をさらった。

繊細に揺れる黒い髪に黒い瞳のシリルエテルは32歳になる。若いという年齢ではないが、年齢通りの落ち着きと清々しい佇まいが美しい女だ。25歳で前の夫を亡くし、30歳でジオリールの元に嫁いだ。宮廷からの進言で得た妻だったが、その仲睦まじさは辺境の地に住まう者達の誰もが知っている。

シリルエテルは埃と泥で煤けた鎧にドレスが汚れるのも気にせず、ジオリールの首に手を回して頬に口付けた。2人の様子を部下達がニヤニヤと見守っている。

「シリル……」

出迎えた妻の腰をさらに深く抱こうとジオリールが腕を回そうとすると、シリルエテルは「はい、ここまで」と言わんばかりに夫の顔を避け、するりとその腕を抜けた。たたた……と、切り落とした大蛇の首の元に駆ける。

「大蛇の首……まあ、本当に綺麗に切断できたのですね」

「毒袋は傷つけていないと思いますが」

引き車を守っていたジオリールの副官ラクタムが、駆け寄ってきたシリルエテルに場所を空ける。シリルエテルは、「すばらしいですわ」と頷くと、大蛇の牙を確認したり、切断面に回って鱗を数枚捲ったりしている。大蛇を狩るのであれば、出来れば首を持ち帰って欲しいと頼まれていたのだ。魔導師である傭兵将軍の奥方は、普通の女性ならば卒倒しそうな魔物の死体であっても研究の材料にする。この北の砦でひそかに生産される薬草酒や化膿止め、解毒剤などは、怪我の絶えない戦士達の戦いにも土地の開拓にも、大いに役に立っていた。

「スフィル」

「はいっ、シリルエテル様!」

シリルエテルの侍女スフィルが飛ぶようにやって来た。

「毒の管理はラクタム殿に。他は凍結処理を」

「毒は武器用に加工していただいても?」

「もちろんです、ラクタム殿」

「ありがとうございます。他の部位も何かに使われるので?」

興味深げにシリルエテルとスフィルを見守っていたラクタムは、首を傾げた。

「蛇皮と蛇胆は強いお酒に漬けて……」

「おい、シリルエテル」

ジオリールの苛立った野太い声が聞こえ、3人の上がのっそりと翳ったかと思うと、シリルエテルの身体がひょいと浮いた。ジオリールが片方の腕で、まるで荷物のようにシリルエテルを抱えたのだ。

「ジオリール、何をなさっているのですか」

「お前はこっちだ」

「ジオリール! 抱えなくても、歩けます、下ろしてくださいませ」

こうしたやり取りはいつものことだ。出迎えるシリルエテルと、それに頬を緩める傭兵将軍。だがシリルエテルの興味はすぐに獲物に移ってしまい、傭兵将軍は放っておかれる。業を煮やした傭兵将軍は奥方を無理やり抱えて部屋にこもる。だから、戦勝の祝い酒は大概少し後になるのだ。

「ラクタム! 後任せたぞ、酒出しとけ!」

軽々とシリルエテルの身体を肩に乗せて担ぐと、部下に背を向けた。ニヤニヤ笑っていた傭兵達は、将軍が業を煮やしたところで遠慮の無い笑い声になり、部下に背を向けたところで冷やかしの声になる。そこでジオリールがラクタムに後始末を命じるのだ。労を労う酒の気配を感じて、周囲の戦士達が沸き立った。

****

居城の廊下を大股で歩くジオリールの肩の上でシリルエテルが暴れている。背中をぽかぽかと叩いているが、足はジオリールがしっかりと捕まえているから動かない。叩かれたとて鍛えた筋肉にその力が通るはずも無く、傭兵将軍の腕力であれば、シリルエテルの身体1つどうということもない重さだ。急いているジオリールがシリルエテルを運ぶときは大概この方法になる。

「ジオリール、歩けます」

「お前ぇは足が遅い」

「ジオリールが早いのです」

「いつものことだろうが」

「ですから、いつも、どうして、抱えるのです」

程なく砦の自室に辿り着き、勢いよく部屋に入る。

「下ろして欲しいか」

「下ろしてくれなければ、動けませんでしょう」

「動かねぇくらいにしてぇがな」

ジオリールは妻の身体を下ろし、下ろしながらその唇に自分の唇を重ねた。

「ジオリール、まっ……て……っ」

強引に舌が割り入れられる。汗と埃と微かに血の匂いがシリルエテルの鼻腔をくすぐった。紛れもない、シリルエテルの夫の香りだ。1度目の夫と異なり、ジオリールは乱暴で荒くれた性格だが、シリルエテルはこの上なく大事にされていることを知っている。宮廷から押し付けられたといってもいい未亡人の自分を厭うことなく受け入れ、魔導師としての研究を生かす道をくれた夫だ。

ただ大事にされていることは分かっているのだが、戦いから帰ってくるたびにいつもシリルエテルの身体を長いこと離さなくなる。戦に明け暮れた日々から領政を執る日々に変わったというが、魔物の多いこの地では戦士達が借り出される戦いは多い。そんなとき必ず自ら出て行くジオリールは、妻と離れる時間が長ければ長いほど激しく妻を求める。

腰を抱きよせたまま濃厚な口付けが続き、浮いた身体は易々と寝台に追い詰められる。そのまま柔らかな上掛けの上に身体を倒され、なお離れないジオリールがシリルエテルに被さった。ごつごつとした手の平がドレスの中に入り、何かを求めるように太腿をまさぐる。

「シリル、足を開きな」

「ま、ってください、ジオっ」

「待つかよ。ああっ、くそっ!」

鎧が邪魔だ。帰城までに脱いでおけばよかった。一度シリルエテルを押し倒した身体を起こして、もどかしげに留め具を外す。シリルエテルも起き上がり、慣れた手で留め具を外すのを手伝ってやった。

「慌てるから、脱げないのです」

「ああん? 今日は積極的じゃねえか、シリル」

「積極的?」

「脱いで欲しいんだろ」

シリルエテルが手を止めて、まじまじとジオリールを見つめる。

「脱がないと浴室に入れませんでしょう。湯浴みの準備が出来ております」

「一緒に入るか?」

「いつもお1人で入っているではありませんか」

「いつも一緒に入ってるだろうが」

寝台から降りたジオリールは、シリルエテルの言葉を聞きながら、鎧の部品を次々に外して側のソファに置いていく。綿入れも下穿きも脱いで、下着だけになるのはすぐだ。シリルエテルもいつの間にか寝台から降り、脱いだジオリールの衣服を片付けている。

「私はいつも、1人ずつで十分ですと言っておりますのにジオリールが……」

「俺が、なんだ?」

片付けながら言葉を紡いでいるシリルエテルの身体を、不意に後ろから抱いた。

「そら、脱いだぞ」

「もう……! では、お湯を使ってきてくださいませ。お疲れなのでしょう?」

「お前も来い」

「ですから私は……ちょっと、ジオリール……!」

ジオリールは片方の手でシリルエテルの腰を抱き、片方の手でドレスの後ろを止めている鋲を外していく。暴れる身体を押さえるように首筋に吸い付いてやると、あ……と息を吐いて大人しくなった。その隙にドレスと身体の間に手を差し入れてするりと剥ぐ。ビスチェとペチコートだけの姿にさせると、その身体を横抱きにした。

「ほら、いつもの通り身体を流してくれ、奥さん」

「それならば、私は脱がなくてもよいでしょう」

「脱いだお前を見てえんだよ」

かあ……とシリルエテルの顔に朱が上る。

ジオリールの妻は、どんな魔物の死体を見ても冷静で、ジオリールの怒号を聞いてもほとんど表情を崩さないのに、時折、思いがけないジオリールの言葉で、こうして照れる表情を見せることがある。それがいつ見ても、堪らない。

是非など問う余地など無く宮廷から娶れといわれたジオリールの妻は、この北の地に赴く道中で迎えに行った。多くの事情があるにせよ、何の不自由も無く暮らしていた元侯爵夫人が、自分のような粗暴な男に嫁がなければならないとは、哀れな女よとジオリールは思ったものだ。

だが、シリルエテルはジオリールが哀れむような女ではなく、およそ彼が知る女のいずれとも異なった。静かで上品なたたずまいであるのに、傭兵達に混じっての北の地への旅程に文句一つ言わず、魔物と遭遇すれば魔導師としての腕を積極的に奮った。侍女のスフィルも同様に腕のいい魔導師で、一つ難を言うとすれば、このスフィルがシリルエテルに近づこうとするジオリールをいやに牽制していたことだ。

狂おしいほどの一目惚れではない。だが、触れ合うたびにジオリールはシリルエテルの姿と声と表情に惹かれていった。

浴室の入り口でシリルエテルを下ろしてやると、ジオリールはさっさと下着を脱いで惜しげもなく裸体を晒し浴室に入る。シリルエテルの手を引いて洗い場に行き、腰掛に座って背中を向けた。

こうしているとシリルエテルは、やれやれとため息を吐きながらもジオリールの背中を流し始める。シリルエテルの細い身体に比べると、ジオリールの身体はそれこそ山か岩かというほど鍛えられていて大きい。腕も太腿も太く丸太のようで、年齢からくる無駄な肉などほとんど無く、あるのは分厚い筋肉だけだ。風呂でジオリールの身体を流すたびにいつも、この身体のどこにどうやったら傷を付けることが出来るのだろうとシリルエテルは思うが、幾度も戦を重ねてきているからだろう、重ねた分だけの古傷が身体中を走っていた。最初は痛くないのかと戸惑ったほどだ。

やがてシリルエテルが布に石鹸水をつけてこしこしと擦り始めたのを感じながら、ジオリールも自分で腕と前を洗い始めた。

「大蛇の被害はどれほどだったのですか?」

「噛まれた奴ぁいなかったみてえだな」

「亡くなった方は?」

「いねえさ。姿見た時点で、避難させてたからな。村も無事だ」

ジオリールの話を小さく頷きながら聞く。シリルエテルはビスチェやペチコートが濡れるのにもかまわずに、設えている貯め湯からお湯を取って背中に掛けていく。

「そうですか。よかった」

「なあ、シリル、こっちへ……」

「ジオ、頭にお湯を掛けますよ」

ざぱん。

ジオリールが色を匂わせる低い声でシリルエテルを呼ぶのと、頭に湯が掛かったのは同時だった。戯れを中断させた妻の可愛い手腕に「くそっ」と毒付きながら、ジオリールは顔を拭う。そうして抗議の声を上げる前に、シリルエテルの指がジオリールの髪を洗い始めた。仕方なくシリルエテルの指先に身を任せる。これが意外と心地よく、ジオリールは嫌いではない。だが、さっさと妻の肌を堪能したい夫にとってはもどかしい時間だ。

妻は夫がじりじりしているのをそ知らぬ顔で受け止めている。髪を湯で流しては石鹸を付け直して洗い、また流す。それを何度か繰り返した後、やがて指が髪を梳き始め、シリルエテルがやっと満足した気配を感じ取ったジオリールは、腰に手を回してぐい……と引いた。

突然の動きに「きゃ」とバランスを崩したところをジオリールに受け止められ、膝の上に横抱きにして乗せられる。顔を覗きこんでみると、困ったような顔で眉をひそめていた。見るからにか弱そうなのに、逸らさず見つめてくる黒い強い瞳は少し切れ長で、長い睫に縁取られている。薄い唇は色めいた雰囲気になると震える。夫にだけ見せる妻のこうした表情は、いつもジオリールの心を騒がせ、柔らかで繊細な髪は思わず手を伸ばすと離すことが出来ない。自分に比べて余りにも頼りない身体は、強い腕で抱くと壊してしまいそうなのに、それでも思い切り触れたくて仕方がない。

ジオリールの髭面が下りてきて、舌が伸びてシリルエテルの唇をペロリと舐めた。濡れた髪から水滴がぱたぱたと落ちる。

獣のようにそこを舐めていると、空気を求めるように唇が開く。それを見計らって、濡れた舌が入り込んだ。音を立てて唇がつながり、つなげたまま、シリルエテルのビスチェの紐を解く。この下着は最初は脱がせにくいと苛立ったが、脱がせ方を覚えてしまうと容易いものだ。脱がす前の眺めもいい。

「……ジ、オ……」

「ああ? どうした」

「ここ、はっ……」

「知ってる。風呂場だろ」

お風呂場ですから、このようなことをする場所ではありません……というお決まりの台詞を止めさせたのは、下半身に伸びたジオリールの指だ。ペチコートと下着を引き摺り下ろしあっという間に裸に剥くと、足と足の間に手を入れて秘部の小さな花芽に触れる。そこをこね回しながらシリルエテルの柔らかな胸に顔を沈めた。

ぺろりと舐めると身体が仰け反った。その反応に笑みが隠しきれない。

「よさそうじゃねえか」

そのまま柔らかな膨らみに舌を這わせていると、切っ先が答えるようにツンと上を向く。敏感になったその箇所を舌で包んでは弾き、執拗に舐める。

「……んっ……あ……」

シリルエテルの細やかな嬌声は、歌うように心地よくジオリールの耳に響く。もっと聞きたくて、秘所に触れていた指を奥へと入り込ませた。

指の付け根まで簡単に飲み込まれ、その感触にジオリールはニヤリと笑う。粘ついた水音を響かせながら、ゆっくりと指での抽送を始めた。

震えるシリルエテルの指がジオリールの胸板にすがりつこうとしていて、がりがりと素肌を這う。その感触がジオリールの意識を奪う。時折シリルエテルの肌に自分の腰を押し付けながら、ジオリールも指での抽送を激しくした。くつくつと内奥が揺れるのは、シリルエテルが愉悦を望んでいる証拠だ。いつも冷静なシリルエテルが息を荒くして、肩口で震えている。

「シリル、我慢すんじゃねえ」

「……だっ……て」

「ほらっ……イケよ……!」

「や……っ……」

指の動きが激しくなった。愉悦に大きく揺れてしまう身体を動けないように支えてやると、指に感じる内膜がきゅうと収縮して、シリルエテルが嬌声を上げる。自分の女が自分の手管で達する瞬間に、男は、ああ……と感じ入った風な声を吐く。その収縮を味わいながらゆっくりと指を抜くと、シリルエテルの身体を自分に向かせ、すぐさま太腿に手を回して持ち上げた。

「……ま、だっ……無理っ……」

「無理なのは、俺の方だ」

とうの昔に張り詰めていた己の欲の塊に、先ほど達したばかりのシリルエテルの濡れた裂け目を宛がった。腕の力で下ろすと蜜のような液が挿入を助け、ねっとりと先端が入る。全ては納めず張った段差の部分まで下ろしてまた持ち上げる。先端だけのじれったい出し挿れに、シリルエテルが甘えるように身体を寄せた。

少し腕を緩めると、支えを失った腰がゆっくりと落ちて、ジオリールに向かい合わせに跨った形で奥まで突き刺さる。

「あ、あ……ジオリ……、ル」

ジオリールは傭兵将軍の名に恥じぬ規格外に逞しい体格の男だ。当然、シリルエテルに埋められるその大きさも規格外である。数え切れないほど抱いた今でも、シリルエテルに挿れる時はそこが壊れるのではないかと思うほどにきつい。ジオリールの欲望の全てが柔肉で隙間なく抱かれると、理性などすぐに吹き飛んでしまう。

指で達したばかりの膣内なかは、ジオリールを誘っている。これ以上どこが動くのだろうというほど締め付けて纏わりつき、搾り取るように収縮していた。奥から沸く蜜液は挿入された塊に押し出されて溢れるほどで、これほどきついのに柔らかで温かく感じる。

「は……っ……たまらねえな」

ぐ……とシリルエテルの腰を支えて動かし始める。シリルエテルの腕もジオリールの背に回り、互いに腰を引きつけるように抱き合った。ジオリールがシリルエテルを呼ぶとおずおずと睫を上げ、蕩けるように潤んだ瞳を向ける。触れるか触れないかの距離にある唇が掠めては離れ、それに反して下半身は深く激しく動いている。やがて、我慢出来なくなったジオリールがシリルエテルの唇を貪った。

それを合図に、シリルエテルを求める最後の動きになった。

「……っあん……ジオ、ジオリール……待っ」

「くっ……シリルエテル……っ 来、いよっ……いいからっ!」

達する感覚と上がってしまう声を堪えるように唇を噛み閉めたシリルエテルが、ジオリールの胸板に頬を寄せてしがみ付く。それを受け止めるように、ジオリールがひときわ大きく腰を穿った。

果てたシリルエテルの中で、ジオリールもまた果てる。繋がった内奥は互いに心臓の鼓動のように脈打っていて、奥に吐かれた熱いものが染み渡っていく。そのどくどくした動きに合わせてシリルエテルの膣内なかがうごめいて、余韻を拾おうとしていた。

「んっ……んっ……」

「はっ……あ……シリルッ……」

ジオリールの吐いた精とシリルエテルから沸きあがった愛液が混ざり、行き場を失って零れる音がいやらしく響く。ジオリールの動きが小刻みになり、シリルエテルの首筋や肩の肌に軽く歯を立てた。僅かな痛みを感じるが、その柔らかな痛みが飛びそうになっていた意識を引き戻す。

いつもよりは幾分長い時間を掛けて全てを吐ききったジオリールは、くったりとしたシリルエテルの身体から己を引き抜くと、横抱きにして浴槽へと運んでやった。そのまま身を沈めて湯殿の縁に背を預け、今度は先ほどの激しさが嘘のようにゆるゆるとシリルエテルの身体を愛でる。湯はこの北の地に発見した温泉を、シリルエテルが魔法で導いて引いたものだ。心地よい湯の温度は肌に染みて疲れが取れていくようだったが、それよりももっとジオリールの疲れを癒すのはシリルエテルの肌だった。

胸板に預けたシリルエテルの重みを楽しんでいると、怒ったような顔でシリルエテルが睨み付けて来た。

「ジオリール」

「ああ?」

「帰還したばかりなのに、こんなことではお疲れが取れませ……んぅ……っ」

唇を密着させて重い口付けで言葉をふさいだ。長くねっとりとした口付けを楽しむと、息が絶え絶えになっているシリルエテルを見下ろす。ニヤニヤ笑って……しかし、そんな意地悪な笑顔とは真逆の優しい手で髪を撫でた。

「まずお前とこうしねえと、疲れが取れねえんだよ」

低く耳元で囁いた。喉に絡み付いたような掠れた声が、シリルエテルの耳に流れ込む。ジオリールの声は決して美しく甘い声ではなく、がらがらと枯れて大きい。しかし、その声がシリルエテルは好きだった。身体に響くその声には甘く愛を囁かれるよりももっと愛情こもった何かが隠れていて、それが遠慮なくシリルエテルに向けられている。

「なあ、シリルよ」

「は、い……?」

「いつものことだろうが。なあ」

照れた顔を隠すようにシリルエテルがジオリールの胸元に額を押し付けた。くっく……と笑いながらその様子を楽しんでいたが、笑みを含んだ声で「分かった分かった」ともう一度頭をなでた。

ざば……と浴槽から上がると、シリルエテルを横抱きにしたまま脱衣の間まで戻って、シリルエテルの身体を拭き布で包んで拭いてやった。一度抱いたからだろう、シリルエテルは大人しくジオリールに身を任せている。いつもジオリールの風呂の世話をするのはシリルエテルで、身体を拭かせるのも好きだったが、こうして世話をしてやるのも悪くない。そうして自分の身体にも布を巻きつけて、早足で寝台へと足を進める。2人が浴室で戯れている間に、先ほど脱いだジオリールの鎧や乱れたシーツはきちんと始末されているようだ。綺麗に調えられた寝台にシリルエテルの身体を下ろして、改めて覆いかぶさる。

首筋に顔を埋めてそこを味わっていると、引き剥がすようにシリルエテルの手に力がこもった。

「ジオ」

「ああん? まだ諦めてねぇのか?」

少しばかり苛立ちながらジオリールが妻を見下ろすと、シリルエテルがジオリールの頬にそっと手を伸ばしてきた。もとより無精髭の似合う男だが、5日も整えていないとなると随分伸びてしまっている。そのざらざらした感触に手を滑らせて、シリルエテルが魔力を込めた。

「お怪我を」

ジオリールの瞳がシリルエテルからの不意打ちに丸くなる。ちくりとした痛みから、そこに傷が出来ているのを知る。妻は自分のちょっとした傷にはほとんど治癒魔法を使わないくせに、相手がジオリールであればすぐに治癒しようとする。集中に瞑目していた瞼がそっと開くと、ジオリールがいつも追いかけてしまう優しい瞳で微笑んだ。

「おかえりなさいませ、ジオリール」

「おう、いま帰った。シリルエテル」

愛しさが込み上げる。

ジオリールは妻の指に自分の指をやんわりと絡めて、羽毛の枕に沈ませた。今度は肌の味を楽しむように、優しく舌を這わせていく。唇がなめらかな首筋と鎖骨をなぞり、片方の手が胸の膨らみの段差を感じ取り、腰の曲線を楽しんだ。触れる感触はふわりと柔らかくほぐれていて、指の動きに従うように形を変える。耳元で聞こえる空気の混じった声が、ため息のようにジオリールの名を呼んでいて心地がよい。

再びジオリールがシリルエテルの中へと深く潜り込んでいく。

こうしてシリルエテルの身体を抱いていると、やっと帰還の実感が沸く。

****

副官のラクタムは侍女スフィルの大蛇の首の後始末に立ち会いながら、やれやれ……と苦笑した。夫婦の寝室を世話している侍女からの報告によれば、案の定、まっすぐ自室へ戻って篭城を決め込んでいるらしい。いつものことではあるが、こうなると夫妻は早くても翌日の昼間までは起きて来ない。仲睦まじくてよいことだと思うが、たった5日間でこれだ。とても無理やり与えられた妻とは思えない寵愛ぶりだった。

……にしても、先ほどから、大蛇に凍結の魔法を掛けていたスフィルが、だんっ……! と地面を踏みつけて何事かを訴えている。

「ああもう! それにしたって、ラクタム様、あれ見ました? シリルエテル様をあんな風に担ぎ上げるなんて……。いつもいつも、お姫様抱っこにしてください!……って言ってるのに!」

どっちみち運ばれる場所も運ばれた後も一緒だろうと思うのだが、スフィルにとっては何か重要な違いがあるらしい。ラクタムはスフィルの訴えは無視して、ああ、そういえば……と、頭一つ小さな侍女を見下ろした。

「ところで、大蛇の皮と蛇胆を酒に漬けて、何に使われるのですか?」

「滋養強壮、精力増強でしてよ?」

「ああ、精力増強……」

それは、かの傭兵将軍には不要だな……と、衰えなど知らぬ男に仕えるラクタムはため息を吐いた。