それなり女と魔法使いの玩具

001.そんな結菜に、これ、あげる

「ほんっと、3年も男がいないなんて枯れてんじゃないの?」

「失礼ね、……自分の琴線に触れる人がいなかっただけで別に……」

「ふうん、じゃあこの3年の間に誰かと、した?」

あけすけな物言いの友人に瞳を丸くして、松阪結菜まつさかゆいなは黙り込んだ。

結菜は今年で25歳。つるりと滑らかな黒い髪だけが自慢の地方OLだ。大学卒業と同時に就職したが、就職と同時に当時の彼氏と別れた。以後、仕事に必死で彼氏を作る暇が無かった……というのはあまりにもベタな言い訳だったが、本当にそうだったのだから仕方がない。

いや、合コンなどはたくさん開催されたし、そのいくつかには参加した。電話番号の交換だってそれなりにして、何回かデートにも行ったが、それらのどれもが上手くいかなかったのだ。結菜はそれなりに料理もできるし、それなりに仕事もできる。しかし、同じ年頃の男の人からすると、料理も仕事もそれなりの女は面白くないらしい。

じゃあ、一体どうしろというのだろう。そうやって考えるのも面倒になり、なお、男がいなくても特に不自由なく生きていける自分に気が付いて、結菜は彼氏を作らなければならないという危機感も特になく、3年が過ぎてしまったのである。

そんな結菜の枯れっぷりを心配して、友人がなにやら包み紙を置いていった。

「そんな結菜に、これ、あげる」

「なに、これ?」

「開けたら分かるわよ」

結菜ががさごそと包み紙を開けた。

「……ちょっとなによこれ……!」

「ま、それ使って自分の身体開発して、それなり女から脱却したら?」

「はあ!? 何言ってるのよ、ちょっと!」

友人は、それじゃあ……と言って立ち上がり、ぱたぱたと手を振って部屋を出て行ってしまった。結菜の手元には開封された包み紙と内容物だけが残される。結菜はテーブルの上に投げ出した、「それ」を見て呆れたようにため息を吐いた。

「……これをどうしろっていうのよ……もう」

結菜が「それ」を手に取る。

その瞬間、自分の周囲が真っ白になり、「それ」が下に下にと沈みこんでいく。テーブルに置いてあったのだから沈みこむなんておかしいのだが、確かに下へと引き摺られていくのだ。手を離さなければ不味いと思ったが、結菜は「それ」ごと一気にどこかに引っ張られ、深い白い世界へと落ちていった。

****

気が付くと、乱れた布の上にいた。

「いった……い、ここ、どこ……?」

軽く頭でも打ったように意識がぐらぐらと不安定だ。起き上がろうと手を付くと、ぐ……と身体が沈みこんで、自分のいる場所がスプリングの効いた寝台の上らしいことに気付く。頭を押さえながら周囲を見渡すとふかふかとしたクッションがいくつも置いてあり、そこに身体を沈ませると心地よさそうだ。別の方向を見渡すといくつも本や怪しげな瓶が置いてある。窓はあるが随分上の方で、光は射し込んでいるがそれほど明るくはなかった。

また別の方向に顔を向けると、そこには……

「だ、誰っ!?」

眼鏡を掛けた気難しそうな顔の男が、じっと結菜を見つめていた。

「それはこちらの台詞です……貴女は一体、誰ですか」

「は? いやいや、それは私の台詞でしょう」

奇妙な沈黙が降り、気まずい雰囲気になる。

男は、濃い灰色の髪をゆるく一つまとめに縛っている。随分とくたびれた青灰色の長衣を着ていて、その装いは結菜の見たことのない雰囲気だ。少し昔の……中世の西洋風……という感じにも見えるが、どちらかというと、ファンタジー小説やアニメに出てくるような、現実的ではない風にも見える。一言で言えば、眼鏡のインテリ。その男はじっと結菜を見つめていたが、やがて、つい……と眼鏡を直すと、結菜のいる寝台に一歩近づいた。

「私の名前はジノヴィヴァロージャワシリー・フルメル。……ここ、リュチアーノ王国の魔法使いです」

男の名乗りに結菜が目を丸くする。何かを言ったようだが、何を言ったのかよく分からない。まず前半は名前を名乗ったようだ。後半は……「王国」「魔法使い」という単語が出てきたような気がする。どこから手をつけていいのか、まったく分からず、結菜は途方にくれた。

沈黙している結菜を見ながら、男の眉間に皺が寄る。

「……おかしい。私は国王夫妻の問題を解決するような物質を召喚したはずなのに、……なぜ人間が……」

「あ……あのぅ……」

眼鏡男がじろりと結菜を見下ろす。その視線が結菜の髪、顔、身体を順に嘗め回して行き……手元で止まった。眼鏡男がじっと見ているのに気付き、結菜も自分の手元を見る。結菜の手の中には、このおかしな現象が起きる前に手にしていたものがあった。思わずまじまじとそれを見下ろし、男の視線を見上げる。

眼鏡の奥の瞳と目があった瞬間、しまった……と思った。

「もしかして、……それが……?」

「は、はい……?」

何の話か……と問う前に、ばっ……! と眼鏡男が結菜が手に持つ「それ」を奪い取った。

眼鏡の位置をおもむろに直し、まじまじと男が「それ」を眺める。つん……と先をつつき、ツウ……と指を沿わす。ふんふんと匂いをかぎ、ゆっくりとひっくり返し、ぎゅぎゅ……と握り、柔らかさを確認しているようだ。細くて節ばったいやらしい手をしているなと思いながら結菜がその様子を眺める。

しかし、いたたまれない。

実にいたたまれない。

「それ」を女の自分が先ほどまで手に持っていたことと、気が付いたら寝台の上で目の前には見知らぬ眼鏡男がいることと、さらにその眼鏡男が結菜から「それ」を奪い取って、飽かず観察していること。まさに3重苦である。

「……あ、の……ええと、じ、じのヴぃばろ……?」

「ジノヴィヴァロージャワシリー・フルメルです。……ジーノでよろしい」

「ジ、ジーノ……さん」

「はい」

あまりのいたたまれなさに、おずおずと結菜が話しかけた。眼鏡男はいまだ「それ」を眺めながら、言葉だけで結菜に答える。

「あの、ここ……どこでしょうか」

言われて眼鏡のインテリ男……ジーノが再び結菜に視線を傾けた。つい……と眼鏡を直して、瞳を鋭く細める。頑固そうな眉と、鋭く切れ長の瞳。額からすっとまっすぐに通った鼻筋。生真面目そうな顔に浮かぶ表情の無さに、結菜が思わず身を竦めた。