ジーノの説明によると、ここはリュチアーノ王国……というらしい。魔法、魔力……そうした力が生活の隅々にまで顕在する世界にある国の一つだ。ジーノはリュチアーノ王国の中でもトップクラスの魔法使いで、特に魔力を込めた魔具の開発を得意としている。
そのジーノに、最近、リュチアーノ国王よりある命が下った。
リュチアーノ王国の国王には現在妃が1人いる。大変仲が睦まじく、国王はこの妃以外の女は誰も娶らぬと宣言し、眼に入れても痛くないほどの寵愛ぶりだ。しかし困ったことが1つあった。
国王と王妃は仲睦まじいのだが子がいない。そして、子がいないのは妃の身体がまだ浅く、深い快楽を感じていないからだ……というのだ。王妃は他国から嫁いできた女性で、周囲に尊重されて過ごしているものの、いまだリュチアーノでの暮らしには慣れていないらしい。そうした王妃に対して王家の侍医は、身も心もすっかり国王に委ねれば心の緊張も無くなり、子を孕みやすいだろうと言ったのだ。
そんなわけで、国王は懇意にしている魔法使いのジーノに命じた。
すなわち、王妃が自分に身も心も開くような道具を作れ……と。
結菜にとって実にどうでもいい話だった。
「……いや、私が知りたいのはそういうことではなく……」
何故、自分がここにいるのか……という理由だ。ここまで淡々と説明してきたジーノに対して、結菜が困ったように首を傾げた。その表情にもジーノは何らかの答えを返すことなく、まったくの無表情で、つい……と眼鏡を整える。
「私には国王が所望するものが一体どういったものか、全く想像が付かない。何を作ればいいのかも思いつかない。ですから、その願いそのものを術に転化して、召喚魔法を執り行なったのです」
国王は必死だった。愛する王妃が自分に心を完全に開いていないから子が出来ない……など、そんな悲しい話があるだろうか。しかし事は非常にプライベートな問題で、誰かれと頼むことは出来ない。国王の命が国内の信用なら無いものに届き、あやしげな薬を飲まされても堪らない。だから「道具」をジーノに頼んだのだ。
しかし女が男に身も心も開くような特殊な道具など、ジーノには全く想像がつかなかった。そこで困ったジーノは、それをよその世界に願うことにした。つまり「王妃が国王に身も心も開くような道具」を呼び出したのだ。
「……すると、どうやら……『これ』が呼び出されたようですね」
「……『これ』……?」
「これ、です」
男が手に持ったものを結菜に見せる。寝台に手を付き、じり……と結菜ににじり寄る。唐突に縮まった距離に仰け反って、結菜が少しずつ後退した。それを少しずつ追いかけながら、ジーノが首を傾げる。
「これは、なんですか……?」
「なんですか……って」
「それ」は、結菜の友達が、結菜に無理やり押し付けて帰ったものだ。話には聞いたことがあるが、実物を見たのは初めてだった。しかも、はっきりそれと分かる卑猥な形をしている。根元には小さな突起が長く出ていて、実際に使った時どこに当たるかは一目瞭然だ。説明しろと言われても……。
結菜は重要なことに気が付いた。
「ちょ、ちょっと待った!」
「なんですか」
「呼び出されたのは『それ』だけのはずでしょう。なんで私までここにいるんですか!?」
「それは……」
はあ……とため息を吐く。
それはジーノにとっては全くの不可抗力であり、説明不可能な事象だった。確かに呼び出したのは「道具」だけだったはずだ。しかしなぜか人間の女まで一緒に召喚されてしまった。
「不可解です」
「は?」
「……私が呼び出したのは『道具』だけだったはず。だが、貴女まで共に呼び出された」
「……えっと、『それ』を掴んでいたから……?」
「いいえ、それは理由にはなりません。『道具』だけを純粋に呼び出しました」
ジーノは再び手の中の「それ」を見た。何の形を示しているかは大体分かる。形が分かれば、何をするかも分かる……が、本当にそれで「王妃が国王に身も心も開く」ようになるのだろうか。それならば国王自身でどうにかできる問題で、このような形のものをわざわざ使わなくてもよいはずだ。一体「これ」にどのような秘密が隠されているのか。
そこまで考えて……ジーノは、ハッとした。
「なるほど」
「……何?」
「貴女の、名前は……?」
結菜を見下ろすジーノの眼鏡が、キラリと光った。そのインテリなキラリに思わず従う。
「ゆ、結菜です」
「ユイナ……?」
「はい」
「それが、正式な名前ですか?」
「えと……正確には、松阪結菜……えと、ユイナが名前で、マツサカが苗字です」
ジーノが、ううむ……と考え込んだ。
「随分と、地味な名前ですね」
心底どうでもいい。
****
気が付けば無表情のジーノが結菜に馬乗りになっている。手には結菜がこちらに来るときに持っていた「それ」……ジーノが結菜の世界から召喚した道具が握られていた。
「ではこれは、……何という名前なのですか、ユイナ」
「な、名前!? まずそこ!?」
「マズソコ?」
どうしてそうなる。結菜は首を振った。
「や、違います。バ……」
「ば……?」
「バイブ…………?」
「なるほど、バイブ、と」
バイブバイブ連呼すんな。
……そう声を大にして言いたかったが、通用する雰囲気では無さそうだ。
異世界で、バイブを持った眼鏡のインテリ無表情男が馬乗りになっていて「バイブ」連呼。もはや結菜には自分の状況を推し量ることができなかった。異世界?に来てしまったらしい、帰ることができるのか、このままなのか、それよりも今、自分は危機的状況ではないのか、っていうかむしろ夢の中なのか。多くの考えるべき事象が一緒くたになって、結菜の頭が考えることを拒否し始める。
しかしそうした結菜の状況を無視して、ジーノが問いを続けている。
「妙に柔らかいですが、どのような素材なのですか……?」
「いや、素材は分からないです。シリコン……とか?」
「しりこん?」
「はあ」
「不思議な弾力ですが……ふむ……こちらには無い素材ですね。スライムの体液を固めて魔法でコーティングしましょうか」
再びふんふんと匂いを嗅いで、ぎゅ……と握りこむ。それは絶妙な弾力でジーノの手のひらを押し返した。眼鏡の奥は半眼でそれを見つめていたが……やがて、その視線がゆっくりと結菜に向く。
「……で、どのように、使うのですか?」
「……は!?」
結菜の瞳が丸くなり、次の瞬間頬が真っ赤になった。使ったことなど無いのだから、結菜には分からない。いや、知識としては知っているが……。
「ど、どうして私に聞くんですかっ」
「ユイナに聞く以外方法がありません」
「いやまあ、それはそうですけど」
「間違った操作をして、危険が及ばないとも限りませんし」
「間違った操作って言われても……」
ず……とジーノが前に出る。結菜はこれ以上後ろに下がれない……というところまで追い詰められている。背中にはふかふかのクッション。かろうじて腕で自分の身体を支えているが、油断すると一気に後ろに沈みそうだ。迫るジーノの足は結菜を跨り、太腿の辺りまでやってきていた。ジーノが結菜の片方の手を掴んで、バイブを持たせる。
「これを押すのですか? ……押してみてください」
結菜が握りこまされた手元を見ると、スイッチが2つ付いている。スイッチが2つ……。
「お、押せばいいんですか?」
「やはり押す操作なのですね……?」
……結菜は観念した。
1つをオンにすると、ぐいぐいと太い部分がうねるようなスイングを始めた。「おお、なるほど」……と訳の分からない感嘆の声がジーノから上がる。「何がなるほどなんだよ……」と、結菜は辟易した顔で、もう1つのスイッチをオンにしてみせた。ヴーン……と虫が飛ぶような音がして、飛び出ている突起が振動し始める。
じ……とジーノがその動きを興味深そうに見ている。結菜の手からバイブを奪い、スイッチをオンにしたりオフにしたりし始めた。うねる部分を握りこみ動きを確認し、振動している小さな突起に触れて、ふむ……と眼鏡を直す。
「なるほど……」
「分かりましたか……? もういいでしょう。ねえ、それをあげますから私を元の世界に戻して……っあ……!」
「まだ質問は終わってはいませんよ」
ジーノが結菜の肩を押した。思いのほか強い力で、結菜の身体がクッションに沈みこむ。
「……これを使ったら、どんな効果があるのか、見せてくれませんか?」
どん引きの申し出だった。