それなり女と魔法使いのお風呂

002.とてもよい香りがしますね

抱き合う時間が激しくても穏やかであっても、眠りに就く時に結菜を抱き締める安心感は何物にも代え難い。快楽に果てた後、息を荒げる身体を引き寄せると、ジーノの腕の中で柔らかい結菜の身体がさらに柔らかくなっていく。筋肉が緊張を解いて脱力しているだけだというのに、とろりふわりと溶けていくようで、結菜の身体の柔らかさに身を委ねるのは、これを知らなかった日々はどう過ごしていたのかが思い出せないほどだ。

「ユイナ」

後ろから結菜を抱き締めて、ちゅ、と耳元に口づけを落とす。先ほどまでジーノと少しおしゃべりをしていた結菜だったが、沈黙が落ちると途端に眠くなったようだ。いつものことだからジーノも邪魔をする気はなく、むしろ健やかな結菜の吐息を楽しんだ。

「そういえば話すのを忘れていましたね。私としたことが」

明日は昼から予定が入っている。

先日注文した服が届いており、それを着せて出掛けるところがあるのだが、……言えば結菜はどのような顔をするだろうか。しかしいずれにしろ、通らなければならない予定で、それによって結菜とこちらの世界がより深く繋がればそれでいい。

後ろから結菜のほんわりとした胸に手を添える。柔らかみに少し指を沈めると「ううん……」と艶めいた声をあげて、もそもそと動いた。ジーノの鎖骨に頭を凭れさせ、気に入りの場所を探っているようだ。いつものその仕草が愛しくて腕を緩めると、すとんとおさまった様子が分かる。

ジーノもまた心地のよい睡魔に襲われ、眼鏡を外してサイドテーブルにコトリと置いた。

結菜の体温を知らなかった頃は、ただ単に1日の疲労が重なった結果に目を閉じて回復するだけだった眠りの行為も、こうしていると身体の交わりとは関係無く身体以上に心の奥にまで血が通って疲れが癒える。

だからもう、この腕を外す事はできないのだ。

****

背中から抱き締めて眠っていたはずなのに、いつの間に身体がこちらを向くのか不思議でならない。気が付けばジーノの身体にふたつの胸の膨らみが窮屈そうに押し付けられていた。結菜の片方の腕は、ジーノの背中に回そうとして途中で脱落したのか、中途半端なところでダラリと引っかかっている。

ジーノは結菜ごしに手を伸ばして眼鏡を取り上げ、片手で器用に装着した。動いてしまった結菜を上掛の中に抱き寄せ直すと、むう、とくぐもった吐息が聞こえて、ごそごそと身動ぎが始まる。

ここで髪を一撫でする。

こうすると、結菜の眼がゆっくりと開いた。

結菜より先に目が覚めれば、黒い瞳が眠たげ開く様子を見つめることができる。んふー……と気持ち良さそうに溜息を吐いて、ジーノの顔に焦点があったところで「おはようございます」と囁く。

「うん」

結菜は小さく頷き、もう一度ジーノの腕に潜り込もうとした。だが朝であることに気が付いたようで、再び顔を上げるとぱちぱちと瞳を瞬かせて、ようやく覚醒する。

「起きますか?」

「ん……」

ジーノの問いにもう一度頷いた結菜は、むー……と固く目を閉じて身体を縮こまらせたかと思うと、潜水から上がってきたかのように伸びをした。

ジーノは結菜の頭を撫でながら一度こめかみに口づけると、身体を起こして寝台から降りる。ちょうどこの時間に浴室の浴槽に湯を張るようにしておいた。もうそろそろのはずだ。

「浴室の準備が出来ていますが、入りますか?」

「うん。……あ!」

「ユイナ?」

何かを思い出したように、がば! と結菜が身体を起こした。着ている部屋着の肩紐が落ちたのにも気が付かず、ジーノを見つめている。

「あの、ちょっとやってみたいことがあるんだけど、いい?」

「やってみたいこと?」

****

「湯が白いですが、一体何が入っているのですか? クリームか何かでしょうか」

「んー、そういう成分も入っているとは思うんだけど」

「それにとてもよい香りがしますね」

先に入った結菜を追い掛けてジーノが浴室に入ると、彼女は白いお湯の中に身を沈めていた。服を脱いだジーノの身体など散々見ているくせに、恥ずかしがってばっと後ろを向く。

ちゃぷちゃぷと耳障りの良い水音が響く浴室は、花のようなよい香りが漂っている。しかしジーノの知らない花の香りだ。いつも結菜の肌から香る香りもジーノの知らない種のものだったが、この香りはそれともまた少し違う。

ジーノの部屋の施設はジーノ自身が魔法の力を設計している。ごく普通の一般家庭では難しいだろうが、魔具を使って浴槽に湯をたっぷりと溜めるのはそれほど難しいことではない。もっともジーノが1人のときは、よほど疲労を蓄積している時くらいしか浴槽を使う事は無かったが、結菜が来る日は必ず湯を溜めて一緒に入る。

いつもは恥ずかしがる結菜だったが、今日は随分と風呂に対して積極的だった。やってみたいことがある、と言って、持ってきた荷物から何やら瓶を取り出す。湯を張った浴槽に入れるものなのだという。

使ってみると、ごく少量を垂らしただけであるのにたちまち湯が真っ白になり、信じられないくらいよい香りが漂ってきた。ジーノの国でも浴室にこうした香りを使うことはよくある。浴槽が無ければ浴室の片隅に香油を撒いたり、浴槽のあるような家庭であれば果実の皮を湯に用いたり香油を垂らしたりする。しかし、

「香りはリュチアーノにもありますが、湯に色をつけるというのは初めて見ました」

「こういうのも楽しいかなって。……あ、お湯の後始末大丈夫かな」

「魔具で清浄化して流すので大丈夫ですよ」

随分と色気の無い結菜の発言に、ジーノも色気の無い返答をしながら、向こうを向いてしまった結菜の背後に身体を沈めた。増えた体積にお湯がざぶりと溢れていく。

そっと結菜の肩をつかんで引き寄せ、ジーノの足で身体を挟む。

「こちらへおいでなさい、ユイナ」

「あの……ゆっくりお風呂に入ってほしくて」

「ええ、ゆっくり入りましょう、ユイナ」

水蒸気に湯の良い香りが移っていて、いつもの浴室とは全く異なった雰囲気だ。しっとりと湿度が高いのは、決して浴室だからというだけではあるまい。

結菜の身体に腕を回す。服を作った折に気にしていた腹回りを撫で、何度か太ももへと掌を回して滑らせる。

「しっとりとしている」

「ん……しっとりタイプにしたから」

「た・いぷ?」

「お肌、しっとりさせるの」

「ほう、それは触れたくなりますね」

しかもこの湯は、肌に良い効果をもたらすのだという。寝室で触れるよりもふっくらと熱い結菜の肌が、いつもよりもしっとりする……などと言われると、触れたくてたまらなくなるではないか。

「ん、……あ」

結菜の腹に軽く爪を立てて引っ掻くと、密着している肩がぷるりと震えた。爪を立てたまま、つう……と胸の膨らみまで指を這わせ、そこにあるはずの魅惑的な段差を探そうと手を広げる。

「しかし、白いからユイナの身体が見えませんね」

もちろん、見えないからといって何がどこにあるか分からない訳ではない。ジーノの指先は的確に結菜の感じる部分を捕らえた。掌にちょうどいい重みと大きさを持ち上げ、軽く揉んで指を沈める。もちりとしたやわい弾力を確認しながら親指を滑らせると、ぷる……と堅さの違う小さな突起を掠める。

「や」

「ここにありました」

ジーノの声が熱くなる。自分の声と吐息に温度があるなど、気が付いたのはいつからだろうか。唇に触れた耳を舌で舐めて歯をたて、湯の中の手は見つけた頂を震わせ始めた。触る度に弾力を変えるその小さな部分は、触れる度に結菜が声を上げる。

「あ、……あ、あ」

「ここが好きですね、ユイナは」

「や、ぁん」

いや、ここが好きなのはジーノだ。結菜の胸の膨らみに指が沈む感覚はとても好い。いつまでも触っていたいほどだ。しかし言っておくが、ジーノはこれまで胸の大きな女を見てもさほど面白味を感じた事は無かった。これほど触れたくなるのは結菜の身体だけだ。

しっとりとした湯の感触に指を助けられながら、いつもよりも執拗に触れる。くたりと力が入っていないのに、びくびくと肌が緊張して跳ねる様子は結菜が感じている証拠で、見ているだけでジーノもまた身体が熱くなった。

「……っ、ユイナ……!」

不意に、ジーノの最も熱くなっている部分にしびれるような心地よさが走った。結菜が少し身体をずらして、ジーノの欲望に触れている。側面を軽く握ったかと思うと、先端を遠慮がちに撫でる。湯の中だからだろう、刺激をきつくしないように段差や側面、そして手を少し落として奥の丸みを転がすように愛で始めた。

「んぅ、ジ、ノ……あっ」

「は、あ、ユイナ……」

結菜の顔がジーノの方に向いて、互いに求め合うように舌を伸ばした。絡まり合い、唇を塞ぎ合う。

「んっ、んん……」

どちらの声か分からないくぐもった音と、息を継ぐ度に舌が発する水音が重なる。結菜もジーノも必死で互いの身体を探り合う。何度も晒し合っているはずなのに、抱き合う度にまるで初めて触れた時のように興奮した。ジーノが少しきつく結菜の胸を摘むと、結菜が先走りで湯とは異なるぬめりを帯びた箇所を愛しむように指の腹でなぞる。

「……ユイナ、も、う」

今日、先に屈したのはジーノだ。結菜の身体を後ろから抱き上げるように湯から持ち上げて浴槽の外に出ると、縁に手を掛けさせ、こちらに腰を向けさせる。

「あ。や、……こんな、のっ」

「……」

ジーノは何も言わずに、結菜の秘部に指を沿わせた。何度かくちゃりくちゃりと往復させると、ぐつ……と指をねじ込む。

「は……」

ひどく蕩けていたその場所に、指はすぐに入った。しかし、ジーノの指は結菜が期待するような刺激は与えずに、それよりももっと的確なものに入れ替わる。

「……あ、ああああ!」

「……く、」

胸への愛撫だけで充分濡れていた場所に、やはり充分な堅さになっていたジーノが嵌り込んだ。柔らかい、きつい、熱い、濡れたその場所の最も深い場所まで一気に突き入れる。途端に結菜の背中が反れて、縁を掴む指がきつくなった。呼応するようにジーノの腰にも波が来るが、もちろんそれはやり過ごして、一度結菜の腰を撫で回す。

「きつ……ユイナ、もう我慢できない。動かしますよ」

「う、ごいて。ジーノ……」

甘い結菜の強請り声に、充分だと思っていたジーノの欲望がさらに膨らみを増した。我慢できずに、二度、三度大きく引き抜いて奥まで叩き付ける。湯に濡れた肌がその度にぺちゃぺちゃと音をたてるが、それは結菜の奥から溢れている蜜の音かもしれなかった。

たまらない。とても好い。

ぐ……と奥まで挿れていると、結菜とジーノの腰がぴたりと重なり合う。互いの触れた肌を押し付け合うように細かく揺すると、結菜の腰もまた揺れた。胸に手を伸ばして先ほどと同じように引っ掻くと、きゅ……と奥が引き締まり、それがまるで結菜にきつく吸われているようだ。これ以上奥に進む事が出来ないのが信じられないが、それでも奥を目指すように、腰を離さぬまま、ぐちぐちと動かす。

「あ、……や、それ」

「気持ちいい、ですか?」

「すごく、あ、……あ、で、も、ジーノ、は」

「私は、これ以上無いくらいに……っ」

伸びてきた結菜の片方の手を引っ張って引き寄せ、ジーノは一度大きく腰を離して引き抜き、奥まで一気に突いた。結菜の嬌声が上がり、止まっていた艶やかな時が動き始める。

「あっ、ジーノ、わた、し」

「私も……ユイナっ……」

どれほど動いただろうか。互いの限界を互いが知り、達した結菜の鼓動する膣内なかで、ジーノの欲望もまたどくどくと大きく鼓動した。吐き出した精でねちゃねちゃと動きやすくなった中を、掻き混ぜるように何度か揺さぶる。しかしすぐには抜く気になれず、挿入したままジーノは結菜の背中に凭れた。

結菜の温まった肌からは、花のような美しい香りが香っている。

****

浴槽の中で、結菜はジーノに背中から回されている手を取って、持って来たクリームをすりすりと刷り込んでいた。指を一本ずつ爪から根元にかけてをぐりぐり摘んだり、手の甲をくるくると円を描くようにマッサージする。ジーノの指は細くて長く、間接がよく目立つ手だ。ペン蛸が出来ていて、細かい作業が多いからか、普段は指先が少し硬い。

お風呂でゆっくり休んでもらうつもりだった結菜の目論みは脆くも崩れ去った。あれからジーノはぐったりとした結菜の身体を海綿のようなもので洗ってくれて、再びお湯に入れてくれて、休むどころではなかったのだ。すっかり為されるがままになってしまった結菜は、ようやく落ち着いて、ジーノの手をマッサージしていた。

お湯が白いから互いの裸があまり見えないのはいい感じだったが、この香りが気分を盛り上げるからすっかりしてやられてしまった。

「のぼせていませんか?」

「ん、それは大丈夫……」

結菜にされるがまま、指先マッサージを受けながらジーノが聞いてくる。湯にはのぼせなかったが、行為にのぼせた……とはとても言えない。

「すっかり長風呂になってしまいましたね。まあ、時間はまだ充分ありますから良いですが」

「何か用事があったの?」

「ええ。ユイナにどうしても会いたいという人がいましてね」

「私に?」

パシャンとお湯を揺らして、ジーノの手を取り落とした。振り向くとすぐ近くに眼鏡無しの灰色の瞳があって、少し濡れた前髪を長い指で煩そうに払っている。すごく美男子、というわけではないのに、その瞳が色っぽくてドキリとしながら、ジーノに先を促した。

「……私の師匠と、それから……ちょっとした知人です」

「お師匠様? それにちょっとした知人って……」

ちょっとした知人について珍しく言葉を濁すジーノを不思議に思いながら、会うって、まさかこれから? と結菜は重大なことに気が付く。

「その、会うのって何時?」

「今日の昼に会食を予定しています」

あっさりと常の無表情で答えるジーノに、結菜は「ええええ」と声を上げた。

「今何時!?」

「迎えが来る時間まであと1時間ほどですね」

「全然時間無いよ! 呑気にマッサージしてる場合じゃないし!」

「時間は充分かと思いますが」

着ていく服は先日作った服、お化粧はマアムさんに手伝ってもらいます……とタイムスケジュールを説明するジーノの声を上の空に聞き流しながら、結菜は心の中で頭を抱えた。

こんな濃い時間を過ごした後、どんな顔してジーノのお師匠様と知人という人に会えばいいというのだろうか。