それなり女と魔法使いのお風呂

お風呂

「結菜の持って来た浴槽に入れる薬水ポーションと軟膏……持って来たものはあれだけなのですか? 他にも何かあったような気がしましたが」

「えっ。あ。あー」

薬水とは入浴剤、軟膏とはハンドマッサージに使ったボディクリームのことだろう。さて、他にも何か、と言われて思い出すのは入浴剤の試供品だった。基本的に結菜は異世界こちらに来る時は余計なものは持ってこない。貴重品は失くしたら困るし、こちらにあっても使えるものはあまりないからだ。唯一、時間表示とカレンダーが一つになった小さな時計だけを持ってきて、ジーノの部屋に置いている。

結菜が持ってきたお店の紙袋をゴソゴソ見てみると、底に小さなカプセルに入った入浴剤が転がっていた。取り出して、ジーノに渡してみる。

試供品は透明なカプセルにピンク色の透明な液体が入っているもので、受け取ったジーノは眼鏡を掛け直し、興味深そうに光にかざしたり、ふむふむと匂いをかいだりしていた。

「これもまたよい香りがしますね。液体が入っているのですか?」

「うん。それも浴槽に入れるんだけど」

「これはどういった効果があるのですか?」

「えっとね。うーん……泡がすごくたつの」

「泡? ……浴槽を泡立ててどうするのですか?」

「どうする、と言われましても」

ちなみにリュチアーノでは、洗い物全般に「泡」という概念が全くない。洗剤はもちろん、身体や髪を洗うための好い香りのボディソープのようなものもあるのだが、世界が違えば文化も違うもので、それらは身体は非常に綺麗になるが全く泡が立たないのだ。肌はかなりつるすべになるが、正直あんまり洗った感が無い。

なので、ジーノからすると浴槽に泡をたてる行為の意味が分からないに違いない。つまり、どのように説明すればいいのかは分からない。

「んー……。お風呂に入りながら身体が洗えるとか」

「浴槽に泡を入れて、それで身体を洗うのですか?」

「私の世界では、身体を洗うものはすごく細かい泡がたつのよ」

「ほう」

泡で身体を洗うという行動自体もやはりピンとこないようで、表情は動かさないまま入浴剤のカプセルを手の中で転がしながら考え込んでいた。

「あ、それからちょっとリッチな気持ちになれるかも」

「リッチナ? リッチナ、とはどのような気持ちのことですか?」

「えー……と、贅沢な気分、ってことかな」

「ふむ、ぜいたく」

何事にも動じないジーノであっても不思議は多いようで、結菜の話を聞く度に、言葉を何度も口の中で反芻する様子はとても楽しい。少し考え込んでいる時の、伏し目がちの瞳も嫌いじゃない。

しかし、泡風呂に関して言えば説明するよりも実際にやってみた方が早いに決まっている。もちろん、結菜もちょっと興味あるし。

****

幸いお湯を出す場所を少し調整することが出来たので、少しずつ手でばしゃばしゃと泡を作りながら高い位置からお湯を落とし、泡風呂は比較的簡単に出来た。あらかじめネットで調べておいてよかった。

結菜が泡風呂を作る様子を、ジーノは興味深く眺め、時折「おお」と感嘆の声を上げる。その度にどんな顔をしているのだろうとわくわくしながらジーノの顔を見上げてみたが、相変わらずの無表情だった。

半身浴にちょうど良いくらいのお湯を溜めると、浴槽一杯のもこもこの泡が出来る。弾力のあるきめ細やかな大量の泡に、結菜は「わあ」と心が浮き立ったが、ジーノはいまいちの様子である。お湯に曇った眼鏡を一度外し、何やら指先から小さく繰り出した魔法で曇りを払い落とすと掛け直した。

「……ユイナ、この泡の中に入るのですか?」

「そう。入ってみる?」

「そうですね、何事も試してみなければ分からないですし……」

言いながら、ジーノの手が後ろから結菜の部屋着に伸びた。がっしりと布地を掴み、大胆に捲り上げていく。いつものキャミワンピースは結菜が抗議の声を上げる前に容易く肌を這い上り、つるんと頭から抜かれた。

「ちょ、っと、うわ!」

「ほら、これも脱いでください」

ジーノは結菜を下着の紐に指をかけて肩から少し落としながら耳元に囁く。結菜は自分でやる!自分でやる!と騒ぎながら、あわあわと下着を脱いで、脱いだところで羞恥に気が付き泡の中に飛び込んだ。

もう……と拗ねて向こうを向いていると、結菜の服を片付けて自分も脱いだジーノが泡の中に入ってくる。振り向くと既に眼鏡は外していて、かなり眉間に皺が寄っていた。ジーノにとって、泡の中に入るのは、かなり得体の知れない行為らしい。

ジーノは結菜の腰を引き寄せると、向かい合ってジーノを跨ぐように座らせた。もこもこした泡に互いの身体は隠れていて、……触れる部分が泡でぬるついていて、互いは見えないのにはっきりと見えるよりも何故か恥ずかしく感じる。

ジーノの手が結菜の肌を滑り始める。

泡はふわふわとしていて気持ちがいいのに、黙って結菜の首筋や肩を泡ごと撫で始めたジーノの手の感触に意識が持っていかれてしまう。

「ジーノ、待って。今日のお風呂は、泡を楽しむものです」

そうぴしゃりと言って、ジーノの手を押さえる。ジーノは、ため息を含んだ声で「なるほど」と言っておとなしく手を退かせ、代わりに結菜の腰に緩く回した。

「……では、ここからどのようにすれば?」

「え?」

「この泡を使って、何をするのですか?」

「何をって……身体を洗ったり」

ほう……と、ジーノの灰色の瞳が鋼のように熱を帯びて、腰に回っている手が少し強くなった。ギクリと結菜の肩が震える。

「そうですか。……ならば、洗いましょうか」

「……あ、洗うって」

「先に私がユイナを洗ってあげましょうか?」

「自分で、……あ!」

泡をたっぷり持った掌が、とろりと結菜の胸を持ち上げた。片方の腕で背中を抱き、片方の手がゆっくりと結菜の身体を往復する。胸の膨らみは特に念入りに包み込み、指と指の間が明らかに尖った部分を捉えて挟むと、泡に任せてぬるぬると揺らす。先端を指に挟まれた刺激を感じながら柔い弾力をたっぷりと揺らされ、じりじりとした感触に、結菜が、あふ、と息を吐く。

近付くジーノの唇に結菜が思わず目を閉じた。

重なり合い、離れる速度に合わせて結菜も閉じた瞼を開く。

「ユイナ……」

ジーノの声は表情と同じで感情を感じさせない。こんな時に結菜を呼ぶ声ですらいつもと変わらない。それなのにジーノの声は、甘く結菜のお腹に響く。味なんてしないはずなのに、脳が甘いと判断する。

「ん」

そして結菜の喉からもまた、甘い吐息が溢れる。出そうと思っていないのに、ジーノが触れると勝手に喉が震えてしまうのだ。結菜はジーノにされたのと同じように、堅い男の胸板に触れた。かし、と、爪を立てて胸に触れてみると、あのジーノが大袈裟なほど身体を揺らして息を吐く。この時の声は、冷静さを感じない。少しでもジーノが感じてくれているのが知れて嬉しい瞬間だ。

「ユ、イナ」

「ジーノ」

けれど顔を見合わせるのは恥ずかしくて、ジーノの髪に顔を埋めるように体重をかけて、重点的に胸に触れる。いつもジーノがしているように、親指で引っ掛けて揺さぶりをかける。ジーノの結菜を呼ぶ声に、だんだんと余裕が消えていく。

2人の身体に隙間など無いと思っていたのに、ますますぐっと近付いた。

結菜の唇がジーノの顎に触れ始めると、すぐに我慢出来なくなったジーノに主導権を奪われて、濃密な口付けが始まった。互いの感じる場所に触れていた手が、今度は脇腹を通り、背中に回される。

身体全体に泡を擦り付けるように撫で回す。あっという間に2人は泡まみれになって、いつものような浴槽の水音は聞こえず、肌にねっとりと触れ合って泡が弾けるかすかな音と息遣いだけが響いていた。

首筋、腰周り、腕に触れ、……さらに結菜が悪戯にジーノの髪を束ねて泡と一緒に指で梳くと、ジーノも真似して結菜の髪に指を通す。泡は少しとろみがあって、結菜の少し癖のある髪をスルリと伸ばした。なんだか楽しくなって、結菜がうふんと笑うと、ジーノが頬を摺り寄せる。

ひどく艶かしいことをしているのに、どこか子供の水遊びのような楽しい気分にもなって、ジーノの肌触りを泡越しに堪能していると、きわどい部分同士が時々触れ合った。

ジーノの中心は当然硬く血が通っていて、結菜の太ももや足の付け根に押し付けられて自己主張している。触れようとすると、両手を掴まれて背中に回された。

「ジーノ?」

「……そろそろ出ましょうか、肩が冷えている」

「ん」

肩が冷えている、というのは多分言い訳で、結菜もジーノも次の段階に向けてそわそわしていた。抱き寄せられるように支えられて浴槽から出ると、結菜はジーノから身体を離してシャワーに手を伸ばす。

ふと、視線を感じて振り返る。

ジーノが結菜の身体をまじまじと見つめている。

「何?」

「いいえ」

ジーノは無表情な視線で結菜を上から下まで見つめながら近付き、結菜が出そうとしていたシャワーに手を伸ばした。

ザ、とお湯が出始める。

「……泡については正直何がよいのかよく分かりませんが、泡で隠れたユイナの身体はいいものだと思いまして」

「は?」

何言ってるの、と言いかけた言葉は飲み込まれた。ジーノの身体が結菜を壁際に追い詰めて、唇を重ね合わせて舌を絡ませた。緩慢な動きなのに、避けたり押し退けたりすることは出来ない。蹂躙されるままに唾液を受け止め、舌を触れ合わせ、唇を互いに咥え合う。

シャワーのお湯が、かすめるようにジーノと結菜の身体にかかって、徐々に泡が溶けて肌が露になっていく。ジーノは結菜の身体から泡を落としながら、少しずつ順に唇で辿っていった。

ちゅ、ちゅ、と鳥が啄むように結菜の身体をジーノの唇が触れていく。ジーノは結菜の太ももを掴むと、ぐ……と開かせた。

「……あっ」

ジーノの唇が、結菜の内ももをひと舐めして、食らい付くように秘部に吸い付く。太ももで挟むような体勢に、結菜はどうすることも出来ない。足をばたつかせると余計に舌に押し付ける事になるし、ジーノを相手に乱暴なことをするわけにもいかなかった。

くつりと出て来た小さな芯を、ジーノの舌が取り出すように包み込んで舐める。結菜の抵抗が弱くなったのを見て取ると、親指で広げてさらに舌を動かす範囲を広げる。溢れ出て来た蜜を掬いとり、花弁をひとひらずつ丁寧に捲っては優しく舌を滑らせた。

「ユイナ、……こんなに解かして」

「だ、て、ジーノ、あっ、……ん!」

急にきつく吸われる。少しずつ押し上げられた身体の感覚はもう一押しというところまで高められて、ジーノの唇が離れた。

「つい、夢中になってしまいました」

もう少しというところでジーノは身体を離し、震える結菜をやんわりと抱き寄せた。

「続きは寝台でしましょう、……今日は優しくしたい」

「あ……」

灰色の瞳が熱を持って潤んでいる。堪えるように刻まれた眉間の皺が色っぽく、「先に行っておいてください」と言われた結菜は小さく頷いた。促されるままに先に浴室を出て、置いてあったバスローブのようなものに身体を包ませてバスタオルサイズの拭き布を頭から被ると、照れを隠すようにジーノを置いてバタバタと寝室へ入る。

ぼふ、と寝台へ身体を投げ出して、クマノヌイグルミのお腹に顔を押し付けた。

泡風呂を楽しむつもりが、……いや、実際とても楽しかったのだが、最後はとんでもなく恥ずかしい事をされたような気がした。いつもしていることを棚に上げて鼓動が止まらないが、その鼓動の激しさすらも心地がいい。

「重症だあ……」

ぎゅむぅ……とクマノヌイグルミを抱き締めたまま動きを止めていると、寝室の扉が開いた音がした。いつもならここで身体を起こしてジーノを振り向くが、結菜はわざとうつ伏せになったまま沈黙する。

「ユイナ、お水です」

「……」

ぎし、と寝台が傾いて、ジーノがすぐ側にやってきた。結菜の頭にかかった拭き布で何度か髪を拭いてくれて、やがてぽい、とそれが寝台の片隅に放り投げられる。

直接、髪の毛に触れる。

子供をあやすような手つきで結菜の髪を撫でながら、時々耳元を指先がくすぐった。

「寝てしまいますか?」

ようやく結菜がクマノヌイグルミから身体を離して、ジーノの方に顔を向ける。

「寝ない」

それを聞いたジーノの唇が、僅かに弧を描いた。

****

ほんの少し間を空けたと言っても、触れられればすぐに先ほどの熱は蘇った。下腹にくすぶっていた感覚はジーノの唇と指先によってすぐに呼び起こされる。

先ほど浴槽に入っていた時のように、結菜は座っているジーノの上に跨がらされた。寝台の上でも幾度かジーノの指を受け入れて溢れた場所へ宛てがわれ、持ち上げた腰を降ろされる。

「……あ、あ」

少し持ち上げては、落とされ、再び持ち上げて、さっきよりも深く挿入される。細やかな往復を経て最後まで飲み込むと、お腹の深いところまでジーノを受け入れているかのように錯覚した。

「なんて、深い。ユイナ……」

小さく揺らしながら、ジーノが結菜を抱える。声が常より掠れていて、少し動く度に乱れる呼吸が聞こえた。激しく動かして欲しいけれど、このままじっと深い場所で繋がっていたいという気持ちもする。互いに大きく動かすことが出来ずに、粘膜を押し付け合いながら、水音もそれほどさせることなく、言葉の意義通りただ抱き合う。喘く声も息の音にとって代わり、寝台のシーツがたてる衣擦れの音の方が大きいほどだ。

しかし、そんな風な静かで深い交わり合いも、徐々に愉悦を高めていく。膣内なかはまとわりつくような柔らかさで、少しの動きにも反応してジーノの欲望に隙間なく密着する。ゆっくりと擦り合っていると、激しく動かすときとは違って、少しずつ高められていくようだった。しかし、どこが限界点なのか分からない。どこまでも昇っていくような気すらしてしまう。

ジーノの肩に、しがみつく。

「……ユイナ、ずっとこうしていたい」

「ん、わた、しも。でもっ」

「知っています……っく」

ジーノの身体が結菜を押し倒すと、繋がり合ったままきつく抱き締めた。ジーノが二度三度、結菜の奥を小突くと甘い嬌声が上がり、ひくひくと内部が脈打つ。ほんのわずか動いただけで達した結菜を、さらに追い詰めるようにジーノが動き始めた。

結菜の足がジーノの腰に巻き付く。ジーノの片方の手が、結菜の片方の手を捕まえて指を絡めて手をつなぎあった。

達したばかりの過敏になった結菜の身体が、再び限界を迎えて愉悦に震える。それに合わせてジーノの動きもまた激しくなり、結菜の最奥へと精を吐いた。

大好きな男が力を抜いて、結菜を優しく包んでくれる。

その温もりに甘えて、結菜もまた男に腕を回した。

こうしている間だけは、世界を違えて会えない5日間を忘れさせてくれる。

****

「会えなくても、……声が聞けたり、無事だって分かることが出来ればいいのに」

ジーノの腕枕を遠慮なく甘受しながら、結菜は切ないため息を吐いた。同じ世界にいたところで、会えない時間があるのは当たり前の事だ。だが不安が募るのは会えない時間があるからではない。よく「同じ空の下」とか「同じ星を見て」などと言うけれど、結菜とジーノはそれすら出来ない。離れている間、お互いのいる世界にお互いの存在は無いのだから。

せめて、2人が夢ではない、……存在し合う2人なのだと確認したい。

「せめてメールとかできたらな」

「メールト?」

「じゃなくて、えっと、手紙……文字のやりとりのこと」

「……手紙。ではないのですか?」

「小さな道具を使って、いつでもお互いやり取りできるの」

「ふうむ」

ジーノが眼鏡の奥の瞳を伏せ、何事かを考え始めた。

考え事をするときのジーノの顔は好きだ。結菜は暫くジーノの鋭くなった灰色の瞳を見つめていたが、その思考を邪魔しないように、息を静かに吐いた。

「今度来る時にネコッポを」

しばらくして、ジーノが眼鏡をくいと直してつぶやいたが、結菜からの返事は無かった。視線を移すと、ジーノに甘えるように頬を摩り寄せて眠っている。

「ユイナ」

その寝顔を見て、ジーノが小さく穏やかな笑みを浮かべる。

自分も休もうと眼鏡を外した時にはもうその笑みは消えていたが、結菜の体温を腕に囲んでジーノ自身も身体を休めたとき、ほんの僅かに唇が綻んだ。

窓の外の月だけが、眠る恋人達の安らいだ表情を知っている。