それなり女と魔法使いのショコラ

甘いショコラ

「ユイナ……もう一度言って」

「ん……、す、きぃ……あっ」

向かい合わせに座ったジーノの上に跨って、結菜の身体が大きく揺さぶられる。寝台の上で、二人はもうつながりあっている。あれからジーノと一緒にお風呂に入って、それから「バレンタインデー」では一体なぜ女性から男性に告白するのか、告白とはなんなのか、説明を求められ、実施を求められた。

ジーノの解釈では、結菜がジーノに「好き」という気持ちを伝えるためにチョコレートを手作りして持ってきた……ということになったようだ。全く間違っていないし、その通りではある。しかし、結菜にとってバレンタインデーに恋人にチョコレートをあげるという行動は、特別甘くて特別そわそわするイベントではあるけれど、特別なイベントではなかった。

とはいえ、その辺りの何かしらがジーノのスイッチを入れたらしい。

先程から何度も焦らされては、「告白をしてみてください」と懇願してくる。

「ユイナ、私もです」

「ん、っん……ジー、ノ」

身体の内側をジーノの欲望に激しくなぞられながら、突き上げてくる熱を堪える。向かい合わせのジーノの顔を覗き込み、頬を挟んで息を吐いた。

その息を飲み込むように、ジーノが唇を重ねる。

優しい口づけではなく、激しく貪るようだった。噛み付くように唇を食まれ、急くように舌がねじ込められた。幾度も舌同士が触れ合って、温かな唾液が送り込まれる。

下腹がぞくぞくと震えたのが分かる。収縮を感じたのか、ジーノの舌の動きが一瞬止まったが、再び理性を失ったように動き始める。重なり合った唇は声を許さず、上からなのか下からなのか分からない小さな水音と寝台が軽く軋む音だけが寝台を支配していた。

腰を掴んでいた手が不意に背中をなぞり、脇から胸へと辿った。

柔らかな胸の膨らみをジーノの手が掬い上げ、少し硬くなった頂に指が滑っていく。その途端、硬いような柔らかいような、緊張するような弛緩するような、それとしか表現できない甘い感触が走る。

「んんっ……!」

思わず唇が離し、あふ……と息を吐いたが、ジーノは胸をそうして触れながら結菜の顔をうっとりと眺め、再び唇を重ねてきた。

たくさんもらっているのに、もっと欲しくて際限を感じない。身体はもう限界なのに、求めるのを止められない。

ジーノの背中に腕を回すと、二人の下腹がもっと近づいた気がした。もうとっくに深く繋がっているから近づくことなどないはずなのに、もっと深いところで重なっているようだ。

結菜が甘い吐息を漏らすと、ジーノが結菜の腰の柔らかみをぎゅっと掴み、動きが大きくなる。

「っ……は、あ……ユイ、ナ……っ」

ジーノがひどく色っぽい声を上げた。振り落とされないようしがみつく腕をきつくすると、同時にジーノが一番奥で動きを止める。

鼓動の度に、熱がじわりと広がっていく。

激しく息を吐きながら、ジーノが結菜の身体を抱き締めて、肩に体重を掛けた。体勢はそれほど変わっていないのに、この一瞬ばかりは何かが逆転する気がする。結菜に甘えるように擦り寄る身体を、よしよしと撫でていると、ジーノが一度休むように、ふう……と長い息を吐いた。

「ジーノ……?」

「ユイナ……貴方を愛していますよ、ユイナ」

こんな時に言われるなんて、破壊力が高すぎる。ただでさえ力が無くなっていた腰が、へな……とさらに力を失う。

そうして力の抜けた結菜の身体にジーノの身体がずるずると重なり、寝台に沈んだ。

抜けたジーノのものが再び力を持って、結菜の腰にぶつかる。

「あ」

「ん……ユイナ……もう一度」

「えっ、でも、……あっ」

「もう一度、貴女の告白を聞かせてください、ユイナ」

暖かい毛布か何かのように、ジーノの身体が結菜を抱き締めて包む。先ほどの激しさからは想像できない、ゆったりと優しい口づけが耳元に落とされて、思わずぎゅ……とジーノの首に抱きつくと、軽く耳に噛み付かれた。

驚いて飛び跳ねた結菜の身体を押さえつけ、ジーノの硬い熱が結菜の下半身にあてがわれる。

ジーノの白濁が残るそこは、ぬるりと侵入を許した。

再び二人の身体がゆっくりと揺れ始める。明日の朝は、遅くなりそうだ。

****

朝のまどろみの時間はとっくに過ぎて、もう太陽は随分と高い位置にある。互いの身体から離れる気になれなくて、昨晩は随分と無理をしてしまった。

「んむー……」

柔らかいクマノヌイグルミのお腹に頭を突っ込んで、その柔らかみを堪能していると、ジーノが目を覚ましたのか身体を起こした。

結菜の上に腕が伸びて、サイドテーブルに置いてあった眼鏡を取って戻っていく。

「ユイナ」

寝ぼけたふりをしていても、ジーノにはすぐ分かるようだ。結菜の肩を掴んでこちらを向くように促し、おでこと唇にちゅ……と触れるだけのキスをした。

「おはよ」

「おはようございます、ユイナ。……もう随分と遅い時間ですが」

だが今日は特に用事もないし、二人で仲良くまったりする至福の時間は、もう少し堪能したいところだ。

「もう少しゆっくりする?」

「ゆっくりしてもいいですよ、ユイナ」

二人で抱き合いすぎてゴロゴロしていたい朝のお決まりの問いに、ジーノがいつもの答えを返してくれる。

身体を起こしてガウンを羽織ったジーノが、まだうとうとしている結菜の頭を一撫でして、寝台から離れる。

寝室に設えている魔法の湯沸かしにお茶の葉と水を淹れて、何かしら呪文を唱えたのが聞こえた。ジーノが淹れるお茶の葉の具合はマアムと違っていつも適当で、いつも味が違う。魔法の技術や異世界の文化に対しては効率と正確さにこだわるのに、自分の生活にはこだわらないところがジーノらしい。

今日のお茶の味は濃いかな、薄いかな……どの味もジーノらしくて結菜は好きだけれど。待っていると、そのうちお湯がシュンシュンと湧き始めた。

2つのカップにお茶を注いでジーノが戻って来る。どちらもサイドテーブルに置いて、ジーノが寝台の上の結菜の隣に座った。

いまだゴロゴロ転がったままの結菜の、少し長い髪を指で梳くジーノの無表情を見上げる。

目があって、結菜はそうだ、と思いついた。

「そういえば、チョコレート、クルウさんとかにもあげればよかったかな」

本当に、ふっと思いついただけだった。甘いもの……といえば、ジーノの友人らしいクルウという騎士団長を思い出す。甘いものが好きなくせに甘いものが好きっていうのを隠している様子が、なかなか面白い人だ。

無表情で結菜の髪を梳いていたジーノの指が止まり、かすかに眉が動いた。

「とんでもない。確かにクルウは甘いものが好きですが、仮にあげると、どこで買ったのか、どうやって作るのか、根掘り葉掘り聞かれて、面倒なことになりそうですね」

「そっかあ……確かに、こっちではチョコレートに似たものなんて、固形フォルドしかないものね。甘いもの好きそうだから義理チョコでもあげようかなって思ってたんだ……」

結菜の世界では義理チョコ……という慣習も、ごく当たり前のものだ。ぼそぼそと言った、半ば独り言に、ジーノが眼鏡をつ……と直した。

微妙に不機嫌なようだ。

「ギリチョ? それもバレンタに渡すものなのですか?」

「義理チョコ。義理であげる、チョコレートのこと。お世話になった人とか周りにいる男の人にあげるの」

「そんなもの、あげる必要はありませんよ」

だが、甘いもの好き系の男子にものっすごく美味しいチョコレートを食べさせるというのは、ちょっとやってみたい事柄でもある。

もちろんジーノからの許可は得られなかった。寝台の上に戻ってきたので結菜も身体を起こして、淹れてくれたお茶を受け取る。

温かい湯気に嬉しくなってジーノを見上げると、相変わらず動かない表情だ。

「やけどしますよ」

「気をつける」

一口口に含むと確かに熱くて慌てて舌を離した。もう一度味わうと、今日は少しお茶の葉が多くて苦いようだ。起き抜けのぼんやりした頭に丁度いい。

苦味と熱を心地よく楽しんでいると、カップに触れていて暖かくなったジーノの指先が結菜の頬に触れた。

「ところで、ユイナ」

「ん?」

ジーノの眼鏡が湯気で曇っている。

「バレンタは、365日に1度女性から男性に告白する日。ならば、365日に一度、男性が女性に告白する日……というのはないのですか?」

問われて結菜が首をかしげる。果たしてそれは、ホワイトデーが該当すると言ってよいのだろうか。当たらずとも遠からず……な気もするが……しかし、お礼を期待するわけではないけれど、もし「男性が女性に告白する日」があったら、一体ジーノは結菜にどんな告白をしてくれるだろう。

「えっと……バレンタインデーにチョコレートをもらった男の人がね……」

結菜がジーノの耳元で、質問に答える。

「ふむ、なるほど」

ジーノが、眼鏡の硝子に触れて曇りを取った。一度眼鏡を外して、それを掛け直す。そして、かすかに口元を緩めた。

その表情を追いかけるように結菜がジーノの鋼色の瞳を覗き込むと、口元の表情はすぐに消え、代わりに柔らかく重なった。