図書室の最も奥、学生の入室が認められている場所の中でも人の滅多に来ない書庫で、2人の学生が抱き合っていた。浅黒い肌の男が小柄な少女に覆いかぶさり、その耳元に何かを囁いている。少女の声は抗っているものの、零れる吐息は荒く艶めいていた。
「……んぁ、アシュ……こんなところで、や」
「場所など関係ないと言っている。……それに止めるのなら糧が……」
「……くっ、もう、このっ……押し売り悪魔……っ」
胸に触れようとしたアシュマの手を掴んで止めさせ、ウィーネは自分から身体を寄せた。止めろと命じれば再び糧として貪られるだけだ。ウィーネは自ら自分の唇をアシュマに押し付け、舌を絡め入れる。舌に魔力を集中させ、強引にアシュマに魔力を流し入れた。
色めいた動きでは無い。拙く、作業のような行為だったが、迫ってきた形になったウィーネを抱き寄せながら、アシュマはウィーネの舌に己の舌を重ねて、流し込まれる糧を吸い上げた。ひとしきり流れ込んだのを確認するとウィーネは、「これでいいんでしょう」……と身体を剥がしたが、アシュマがそれを許すはずも無く、迫られていた身体を逆転させる。
「ちょっと……もう、終わっ……ふ、う……ぅ」
ウィーネの身体を机に倒して身体を重ねると、アシュマの硬く厚い胸に柔らかい胸の膨らみが押しつぶされた。そのまま体重を掛けて唇を奪い、ウィーネの魔力の芳醇な香りを吸い込み、己の闇を送り込む。
人型をしているが、人のものではないアシュマの舌は長く厚く、蛇のようにぬるぬるとウィーネの口の中を弄っていき、くぐもった吐息と液体が混ざり合う音だけが響いた。ウィーネの舌を弄ぶようにアシュマの舌が絡み付き、口腔内の壁に触れ、唾液が流れ込み、何度も角度を変えては唇が食まれる。
「ウィーネ……。まだだ、まだ足りぬ」
「適当な言い値、付けない……で……っ……」
「……お前が求めてくるのだ。ウィーネ」
「……んっ、ちが……、う……」
「そうか?……まあどちらでもよい。どうせ貪り合うのだから……」
唇が離れるたびに2人の言葉が交わされたが、それを許さぬほどの激しい口付けが始まった。切なげな吐息を零すウィーネは、そう言いながらもアシュマが舌で触れてやるとそれに応えてくる。アシュマの魔力はウィーネの糧とも成り得るのだ。
無意識に己を求めてくるウィーネの行動に、アシュマが喰らい付かぬはずが無い。唇だけの交わりなのに下半身を繋げるのと同義なほど、激しい体液と情欲の交換が行われた。全てを味わうような長い蹂躙の中、アシュマの手がウィーネの身体を這い登る。服越しに胸の膨らみを撫で上げ、時折引っかくように爪を立てた。
「……っあ……い、や……」
「直接触れて欲しいか?」
「ちがう、ってば……っぁ」
邪悪な笑い声を立てながら、執拗に服越しに攻め立て身体を絡めてくる。アシュマの下半身は待ちわびたように大きく奮っていて、ウィーネの下腹部に押し当てられて、動かされていた。2人は喘ぎの混じった言葉を互いに交わしながら、魔力を注ぎあう。
アシュマのもう片方の手がウィーネのスカートの中に入った。赤を基調にしたタータンチェックのプリーツスカートの中を、アシュマの手が何かを求めるように動いている。生徒の姿をとってはいるが、男の手と女の手は全く異なる。
だが、その力強さからは想像の付かないほどに繊細な動きで内腿を撫で上げ、時々掠めるように足と足の間に下着越しに触れてきた。その度にアシュマを跳ね除けようとしているウィーネの手が震える。
アシュマの唇がウィーネから離れる。そして再び覆いかぶさりアシュマの顔が近づくと、ウィーネの耳に歯が当たった。「……ぅ……」堪えるような声がウィーネから零れ、肩が震える。耳を甘く噛まれているのだ。
噛まれているとはっきり分かるほどの力だが、痛くは無く、さらに噛んだ箇所を舌でなぞり始めた。悪魔の硬い質感の歯と柔らかく濡れた長い舌、全く異なる2つの感触が同時に耳朶を襲う。
「アシュマっ……やめてって……言ってるっ……」
「知っている」
「じゃあ……あ、……止め……」
「まあ、少し待て。すぐに終わらせてやろう」
「……っ!」
声にならない声と共にウィーネの身体がガタンと跳ねて、アシュマに抱きついた。アシュマはその背をすくって少し身体を起こしてやると、スカートの中に入れた手を激しく動かし始めた。その中からは、独特の小さな音が響き始める。ウィーネの身体にアシュマの……悪魔の長い指が入り込み、それが内奥を掻き混ぜているのだ。
アシュマはウィーネの中に2本の指を付け根まで飲み込ませて、くすぐるように内奥のゆるやかなざらつきに触れている。手の平はそのまま秘所の膨らんだ蕾を押さえつけて捏ね、ウィーネのもっとも弱い部分を知り尽くしたその手が、少女を昇らせようと動いている。
だが、ウィーネも抗った。出来る限りその動きに身を委ねないように、意識を持っていかれないように必死で抵抗する。けれど、この悪魔の前にそれがどれほどのものか。むしろその抵抗すらも、魔を悦ばせるというのに。
アシュマはウィーネを抱き寄せる片方の腕に力を込め、人の声ではなく、魔の声で囁いた。
「ウィーネ……さあ……」
「……ゃ……だ、……」
「いいから来るんだ」
「……ぅっ……アシュマ……っ……ぁ……あああ……っ!」
昇り詰めたというよりも、身体の奥に無理やりねじ込められた快楽にウィーネの中が激しく収縮した。その内奥の動きと、そこから湧き上がる蜜と魔力を味わうようにアシュマはゆっくりと指を動かす。
アシュマの息も上がっていた。2人の間に交わる闇の魔力は、いつもアシュマを興奮させるのだ。アシュマはウィーネの身体を抱き寄せながら、自分の指を引き抜き、いつものようにぺろりと舐めた。こうした残滓すら、この魔の力となる。
手と舌だけではあったが、ひとしきりウィーネを味わって、アシュマは身体を起こした。ウィーネをそっと抱き寄せると、意図せずだろうが、崩れる息と身体を整えようとしがみついてくる。アシュマはそんなウィーネの髪に幾度も口付けを落として、心地よさげな吐息を零した。
本当はもっともっと深く味わいたいところだったが、手を離せだのちょっかい止めろだのと命じた程度であれば、この辺りが妥当だろう。ウィーネが聞いたら盛大に抗議しそうな代価だったが、アシュマにとってそのような抗議などなんともない。代価も糧もただの詭弁で、ただの遊びだ。ウィーネがアシュマの身体で快楽を味わい、悦びを感じ、何らかの感情を向けてくれば、それだけで芳醇で精緻な魔力が自分を満たす。それが心地よい。理由などどうでもよい。
ウィーネの身体をなだめるように抱き寄せて余韻を堪能していると、誰かが近付いてくる気配がした。己の邪魔をする気配に、今までの甘やかな空気が一瞬で氷のような冷たいものに変わり、ゆっくりとアシュマはウィーネから身体を離す。ウィーネもアシュマの様子からそれに気付き、乱れた服を調え、懸命に頭を振って平静な顔を取り戻そうとした。
「アグリア君?」
ウィーネが平静を取り戻した頃、本棚の影から自信に満ち溢れた様子の女子生徒が現れた。零れ落ちそうな胸はそれは見事で、ネルウァ・セルギア辺りが、「今にもブラウスのボタンが弾け飛びそう!」などと言いそうな身体つきだ。
男ならば誰もが目を奪われそうなその女子生徒だったが、特に興味を示さない表情でアシュマが首を傾げる。
「ああ。誰だ?」
「わたくし、隣のクラスのアティア・ネリアと申しますわ」
「俺に用かな?」
「ええ。……ウィーネ・シエナ? わたくしアグリア君と話があるの。遠慮してくださるかしら」
ウィーネを追い払おうとする女の声にアシュマが冷たい一瞥をくれると、アティアは一瞬おびえたような瞳で視線を逸らした。それでもなんとかアシュマに視線を戻し、熱っぽい瞳で見つめる。怖いもの知らずの女だ。だが、アシュマの知らぬ生徒だった。そもそもアシュマはウィーネ以外は興味が無い。人の子の姿でウィーネに付きまとうためだけに、人型で存在しているのだから。
アティアは瞳をちらりとウィーネに向けた。自信満々の瞳だ。
「あー、えっと……じゃあ、私これで失礼しますね」
ウィーネはアティアの視線から、これから行われる学生生活にありがちな儀式の雰囲気をなんとなく感じ取った。いくらご自慢の胸が在るからといって、一般女子生徒とアシュマを2人きりにするのは気が引ける。
とはいえ、アシュマには学校の生徒に変な真似をするな……と、召喚主として命じている。使い魔と召喚主の間で、糧と使役が交換された命令は絶対だ。もっとも、その命令を下したときに行われた糧の交換、……ウィーネは思い出しただけでゾっとする。
それに先ほどの情交……。これ以上この悪魔の側にいるといろんな意味で危険だ。自分が自分で無くなる気がする。……とりあえず、アシュマから逃れる口実……ということにさせてもらおう。ウィーネは、じゃ!……と元気に右手を上げて、ハイハイ失礼しまーす……と2人の横を通り過ぎた。アシュマはウィーネの様子を不機嫌そうに見つめていたが、やがて諦めたようにアティアに向き合った。
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アティアの話というのは至極単純だった。
「ねえ、アシュマール君、聞いた話によると、貴方は特にウィーネ・シエナとはお付き合いなさってない……とか」
「付き合い?」
「ええ。恋人……というわけではないのでしょう?」
「ああ。そうだな」
間違ってはいない。アシュマにとってはウィーネは召喚主。そして、この手に捕獲した永遠に供給される闇の魔力、人の界と闇の界にあって、唯一己を使役することのできる存在であり、恋人……などという卑小な存在ではないのだ。
「だから、何かな……?」
「私は……どうです?」
「何が?」
「私と、その……お付き合いしていただけないかしら」
正直「またか」というところだ。人型でこの魔術学校に通うようになってから、この手の勧誘は引っ切り無しだった。まともな感知力を持つものならば、アシュマの人外の恐ろしさはすぐに感じ取れるはずだ。人の形を取っているから魔としての存在感は押さえられてはいるが、それでも人の子のそれとは性質が違う。本能的に怯えた今朝のネルウァ・セルギアのような反応が普通だ。だが、こうした勧誘をしてくる女子生徒達は魔術師を目指している者達であるはずなのに、魔力に対して……まるで盲目だ。理解しがたいことだった。
だが。
面白い気配がする。どうやらこの気配が、女子生徒をアシュマの魔力から盲目にさせているようだ。
アシュマはアティアの腕を掴み、その首元に唇を寄せた。
突然の行動にアティアの頬が盛大に染まる。アシュマールはこの魔術学校で、今一番旬な男だ。珍しい髪と肌の色、素晴らしい風貌の妖しい魅力の男。その男がこうして、自分の腕を取って……首元に唇を寄せている。
「同じ香りがするな」
「え?」
「いや、なんでもない」
アシュマはそう言って身体を離した。離れていくアシュマを名残惜しげに見つめながら、アティアははにかむ。
「あの……いいのよ?」
「何が?」
「その……続きをしてくださっても……」
「続き?」
目の前の女は何か勘違いしたらしい。自分がアシュマの性欲の対象になる……ということを言いたいようだ。だが、アシュマは色欲の魔ではない。欲しいのは性ではなくウィーネ・シエナだ。
「悪いが、俺には不要だ。他を当たってくれないか」
「え……?」
アシュマは丁重に断った。以前、学園一の美女だかなんだかに同様の性的勧誘を受けたため、「お前には全く勃たないし、そもそも(魔力が)不味そうだ。他を当たれ」……と言ってせせら笑ったら、彼女は1週間学校を休んだ。なぜかウィーネに怒られ、学校の生徒には絶対に手を出さず、紳士的に振舞え……と命じられたのだ。アシュマにすれば、かなり丁寧に振舞ったつもりだったがまだ足りなかったらしい。
……だが、初の使役らしい使役の代価に、アシュマは魔術学校の週末の休日全て使ってウィーネの身体と魔力を堪能した。ウィーネの快楽が己の快楽となり、すべてが交じり合った最高の一時だったが、あれ以来、ウィーネはさらに怒って満足に自分を使役しなくなった。だから、夜毎ウィーネの寝ている身体を愛でる必要があるのだ。あれほど互いを求め合ったというのに、人の子の考えることは全く分からぬ。
それにしても、今回の性的勧誘は全くの無駄……というわけではない。アシュマにとっては面白いものが知れた。
一瞬アティアから香ってきたあの香り。柔らかで苦しくて愛しくて苦々しい……様々な感情が丁度いい比率で交わりあった、豊かな香り。思えばアシュマに性的勧誘を仕掛けてきた他の女生徒からも香ってきた。あれが……。
あれがウィーネから香れば、その身が生み出す魔力はどれほど豊かなものとなるだろう。想像するだけで興奮するが……さて、あれは何というのだろう。
「用件はこれだけかな? じゃあ、俺は失礼する」
「あ……待って、アシュマール君……!」
すがりつくようなアティアの声を無視して、アシュマは書庫を後にした。
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「……ねえ、ネルウァ、今日の授業さぼりましょうよ。このまま私の部屋に来ない?」
「いいね、辛気臭い授業なんて……はうぁああ!」
うっとりと自分を見上げる女子生徒を片腕に抱いて、ネルウァはだらだらと廊下を歩いていた。可愛い女の頬をちょん……と突きながら角を曲がると、異様な気配に背筋が凍る。思わず変な声をあげて正面を見ると、そこにはアシュマール・アグリアが居た。驚いた自分の声など気にも留めず、「失礼」……と言って、ぶつかりかけた身体を避けて通り過ぎる。
「……お、おい、アグリア!」
「……?」
アシュマール・アグリアが足を止めてゆっくりと、振り向いた。
……おい、俺、なんでこいつを呼び止めた?
何故だか分からないが、圧倒的な存在感だけは感じる。ネルウァはアシュマールを思わず呼び止めてしまったが、一体なぜ呼び止めたのかは自分でも分からなかった。次の句を継げないでいると、アシュマールはネルウァの存在を無視して2人に近づくと、彼が抱き寄せている女子生徒の顎に指で触れた。触れられた女子生徒は、アシュマールの漂う雰囲気に思わずうっとりと頬を染める。
「この香り」
「……あ。あの……」
女子生徒からアティアと同じ香りがする。これは一体何なのか。その様子を見たネルウァは若干慌てて、アシュマールから女子生徒を引き離す。
「おい……やめろ!」
女子生徒からすぐに手を話し、アシュマールはネルウァを見下ろした。その視線を受けて、ネルウァはたじろいだ。やはり背筋がゾクゾクと寒い。ウィーネはよくこんな男と常に一緒に居るものだと、全然関係ないことが脳裏をよぎる。
「……ネルウァ・セルギア?」
「お、おうよ」
「君に聞きたいことがあるんだが」
「俺に!?」
「女性の方に用は無い」
一緒にいた女子生徒が眉を潜め、苦々しげな表情になる。何を勘違いしたのか、ネルウァ・セルギアは頭をぶんぶんと振った。
「ま、待て! 俺はノーマルだ! 女が好きだ!」
「何を言っているのかよく分からないが、ここで話しても?」
アシュマールは丁寧な言葉遣いに、全く不似合いな邪悪な笑みを浮かべた。なんで俺がこんな恐ろしい男と一緒に話さないといけないんだ!……と盛大に舌打ちしたい気分だったが、断る勇気も無かった。
連れていた女子生徒と無理矢理別れると、ネルウァはアシュマールを学食へと誘う。女子生徒は名残惜しげにアシュマールを見て、非難がましくネルウァを見た。腹立たしい。ちくしょう。なんで自分が男を誘って学食なんかに。……というか、わざわざ誘ってやる自分のこの親切さは一体誰が評価してくれるんだ!
ネルウァは大きく溜息をついた。