やさしい悪魔と召喚主

001.中央庭園

魔法を帯びた樫の生垣が美しい庭園に、魔術学校の生徒達がめいめい好きなように散らばっている。

ここは魔術学校の中央庭園だ。広く切り開き庭園の美しい装いを呈しているが、その傍らには通常の人間が迷い込めば出られなくなりそうな森もあり、その森の奥には小さいながら川のせせらぎもあって、ここは本当に魔術学校の敷地内なのか……と思わせるほどだった。

中央の庭園には、整然と……特に美しい花を咲かせる類の薬草を植えているが、森には自然に任せた風に見える素朴で野趣の溢れる薬草が生えている。それらは、魔術学校の教員や生徒達が代々植えたり、適当に種を撒いてみたり、あらゆる実験の果てに新しい種を生んでみたり、いつのまにか野生化した上に魔術学校の生徒達の魔力をふんだんに吸い込んで妙な進化を遂げたり……そんな風に自生している薬草もあるのだった。

「ハァイ! 子猫ちゃん、子犬ちゃんたち! 間違えないでね、間違えないように、こ・れ! この、『シューリ』の株を1人1つ、ちゃんと採集してねっ☆」

魔法薬物学の教師リウィス・ドルシスが、ちゅっ☆ ……と投げキッスを一つ飛ばしながら始めた課外授業は、「シューリ」と呼ばれる薬草の株を1人1つ採集する……というものだ。もちろん、このシューリは生徒や教師が育てているものではない。

「範囲は森の中ならどこでもおーけー。時間内に帰って来なければ、捜索隊が出るから安心してねっ」

魔術学校の森は広い。課外授業で使われるのはよくあることだったが、時々数名の迷子が出る。とはいえ、迷子があれば追跡魔法によって手繰るので、それほど難しいことをするわけではない。伝統的なお家芸で、生徒や教師達はこうした追跡魔法を「捜索隊」と呼んでいるのだった。

敷地内から生徒が出てしまうこともないため、一応の安全は保障されている。

「授業は2時間枠取ってあるから、採集終わって自分の鉢に植え替えた人から帰ってよしっ。温室に保管する時はちゃんと名前書いておいてね☆ ちなみに効能は、精神力の向上と記憶力の補助。もうすぐ試験だもん、先生、みんなのためを思って、次の授業ではこれを使って、精神力アップのポーションを作っちゃいまーーーす! では、解散っ!」

****

中央庭園にはシューリは植わっていない。だが、それほど森の奥へ進まなくても、できる限り古い木の根元を捜せば生えているはずだ。魔術学校の女子生徒ウィーネ・シエナは、周囲を捜す風でもなく、まっすぐに庭園の外れ、森との境目に向かって歩いていた。ウィーネは庭園の端の端、誰も来なさそうな生垣で隠れた奥の方に、大きなシリンメリアという樹があるのを知っている。そこの根元ならばありそうだ。

「やっぱりあった」

樹齢を相当数えたシリンメリアの根元に、目的の植物はいくつかの株が取れそうなほど生えていた。必要なだけ取って、クラスの面子に教えようか。スコップを手にしてしゃがみこむ。小さな丸い葉は可愛らしく、少し鼻を近づけるとよい香りがした。

「よく見つけたな」

中低音の甘い声が頭の上に響いた。見上げると、シリンメリアの樹の影から1人の男子学生が姿を現す。

「……アシュマ。見かけないと思ったら……」

「探していたのか?」

「別に、探してのはシューリで、あなたじゃないわ」

アシュマ……と呼ばれた男子生徒は、つれないウィーネの態度を気に留めた風でもなく楽しげに瞳を細くした。浅黒い肌に赤い髪、鋭い体躯に端整な顔の男だ。名前をアシュマール・アグリア……という。彼も魔術学校の生徒だ。戦士のような体つきに妖しい美貌、彼に憧れの眼差しを送る女子生徒はとても多い。もちろん付き合って欲しいと告白してくる女子生徒も多く、中には誘惑まがいに迫ってくる者もいるのだが、その一切をアシュマは相手にしていなかった。

「ウィーネ。取ってやろう」

「なに、ちょっと……」

アシュマはウィーネの側に膝を付くと、その肩を抱き寄せてウィーネの手を押さえた。スコップを取り上げて地面に置くと、自分の手を横に払う。魔力の帯が一瞬滞空し、シューリが2株、綺麗に根元から土ごと抜けた。ふ……と魔力を外すと、アシュマとウィーネの鉢にぽとんとそれが落ちる。

2人分の株が収穫されて、今日の課題は終わりだ。

「出来たぞ。これでいいだろう」

「もう……アシュマ、そういうのやめ……っん」

ウイーネの声が急に甘くなった。

アシュマが抱いた肩を強く引き寄せ、ウィーネの唇に自分の唇を重ねたのだ。まるで初々しい恋人同士のように、ちゅ……と軽く触れて、すぐに離れる。ウィーネを見つめる瞳は紅茶のような紅い色をしている。その眼差しは、愛しいものを見るかのように柔らかい。ウィーネが恥らうように瞳を伏せた。黒い瞳を彩る長い睫毛が俯いている。

アシュマ……アシュマール・アグリアがどれほどの女子生徒に言い寄られても一切相手にしない理由。それが、このウィーネ・シエナだ。アシュマはウィーネ以外の女には興味が無い。ウィーネ以外の女には触れようともしないし、こうした眼差しも向けはしないのだ。

庭園の空気は澄んでいる。この奥の空間には誰も来ない。自然と近づいたアシュマとウィーネの2人の間に、艶めいた吐息が交わされた。

「ウィーネ。もう少しこちらへ来い」

一瞬遅れて、ウィーネが我に返る。

「……ちょっと、離してよ。もう……!」

いい雰囲気だったのは一瞬だ。ウィーネが、きっ……と強く瞳を上げて、アシュマを押し退けて立ち上がる。もちろんその程度でアシュマの身体はどうともならず、楽しげにウィーネを視線で追いかけただけだ。

「ウィーネ」

アシュマも立ち上がり、身を翻したウィーネを後ろから抱き寄せた。

「うきゃ! ……ちょ、」

抱き寄せて、うなじの香りを楽しむようにアシュマの顔がウィーネの首元に埋められる。

「も、離してよ、アシュマ離して!」

ウィーネの抗議の声を聞かず、アシュマの唇が柔らかい首筋を動き始めた。ぬる……とした感触がウィーネの首筋を這い、ぞくぞくと背中を何かの感覚が襲う。揺れた身体を逃さないように、あるいは楽しむように抱きしめたアシュマの腕が、大胆にウィーネの身体をまさぐる。

「さて、ウィーネ、褒美はもらえないのか」

「何の褒美よっ、もう、離して、てば……」

「今日の課題は終わっただろう。随分と時間が余ったな?」

「余ったわよ、だから帰るの……!」

ウィーネが身をよじるが、ますます逃さないようにアシュマの腕が強くなる。

「今日も一際甘い、ウィーネ」

「なにいって、」

「外でこうしているからか?」

「ちが、うっ……お願い、アシュマやめてよ……」

「止められない。こうして2人きりでいると、お前の魔力が高まる」

「何でっ……も、アーシュムデウ・アクィナス・ラク……んん……!」

ウィーネが何かの言葉を紡ぐ前に、その唇にアシュマの指が咥えさせられる。話す事を許さず、耳朶をぞわりと舐められた。その感覚にかくん……とウィーネの腰が落ちる。バランスを崩した細い身体をアシュマが受け止め、支えなおした。

「ほら、静かにしないと、声を聞かれるぞ……ウィーネ」

「……つ、……あっ」

アシュマからの脅すような言葉に、ウィーネの瞳が焦りの色を帯びた。

「誰かが来る前に、早く終わらせてやろう」

「……ど、して。……使い魔の、くせ、にっ……」

ゆっくりとアシュマがウィーネの唇から手を離すと、押さえた声でウィーネが再びじたばたと暴れる。後ろからウィーネの制服のブラウスのボタンを1つ2つ器用に外して前を緩めると、大きな手を差し入れた。何かを探し当てた指が、繊細な動きを始める。その途端に抗うウィーネの声が、喘ぐような甘いものに変わった。

「そうだ。……魔だからこそ、お前の望みを叶えるために、糧が必要なのだ。……我が召喚主よ。我は今、お前の魔力が欲しい」

「糧って言ったって何も、してないじゃない!」

「している。……それにお前は我の姿を探し、我を見つけたときに僅かに安堵したな?」

……か……とウィーネの顔に朱が昇る。

「違うっ……それは、アシュマが何かしでかさないかって……それで……」

「どちらでもよい。……どうせ、お前の側に我はいる。そうして……」

ウィーネの甘い恍惚の魔力を貪り、代わりに悪魔の欲望と魔力を注ぐのだ。

バサリと羽か何かが広がった音がして、ウィーネの背中が翳った。コウモリ羽のような仮初の翼がアシュマの背から伸び、その翼の先についたカギ爪がウィーネの両手を後ろから取った。

「ウィーネ、手を付け」

アシュマはウィーネの両手を側にあるシリンメリアの樹に付かせた。アシュマの手が丁寧に胸に触れ、貪るように耳に触れ、首筋を甘噛みする。たったそれだけの行為で、ウィーネの身体には力が入らなくなってしまう。それでも、ウィーネは必死で抗った。だがアシュマの力には抵抗が出来ない。アシュマの手が胸から引き抜かれ、もどかしげにウィーネの制服のスカートを弄る。

アシュマの真の名は、アーシュムデウ・アクィナス・ラクシュリアス……という。

本来の姿は人ではない。闇の界に住まう悪魔がその正体である。人間に認識できる闇の魔の階層12階位のうち、上位2位の存在だ。人間には想像もつかない闇の魔力の持ち主であり、人智を超えた存在……それがアシュマの姿だった。アシュマが本来の力を奮えば、街のひとつやふたつ、指1本の力で消し飛ばすことが出来るだろう。

そのような存在が、人の子に混ざって魔術学校に在る理由はひとつだ。

くちゅ……とくぐもった口付けの音を響かせて、アシュマの被さる位置が深くなった。かぎ爪の羽は仮初であっても、2対目の手であるかのように自在にウィーネを押さえつける。余った本来の腕は、ウィーネの身体を蹂躪していく。

手がウィーネの身体の前に回り、足と足の間を指が滑り、つ……と下着の中に入っていった。混ぜるように動かしながら、秘められた奥へと指を沈めていく。そこは解けるように濡れていて、すぐにアシュマの指を飲み込んだ。内壁を引っかいてやると、とくとくと柔らかく脈動し始める。

「……濡れている。魔力……が、甘くて」

「……ん……あ、アシュ……」

「は……お前の、魔力は本当に……」

アシュマの声もため息をこぼすように色めいたものになっていく。悪魔の声とも思えぬ、感嘆と愉悦と期待の混じったぞくぞくするような妖艶な声だ。ウィーネの内奥はアシュマの指を誘い、動かすたびに蜜が溢れた。絡まる魔力を貪ると、それは濃密で纏わり付くようで、どうあがいても愉悦に向かってしまうウィーネの困惑が混じっている。

なんて甘い。

飲み干したくて仕方が無い。しかし飲み干しはしない。

アシュマはウィーネの魔力を取り込むと、その隙間に自分を流し込む。その魔力の交換は、2人の間だけに許されたもの。ウィーネの身体を侵してよいのは自分の魔力だけで、ウィーネの魔力は自分だけのものなのだ。その魔力をさらに啜るため、アシュマは探る指を増やした。