アシュマはウィーネの魔力を求める。
いつだったか。アシュマがまだ闇の界にあるとき、甘く濃密な闇の魔力を感じたことがあった。この界における最下位の魔を呼び出すために、ウィーネが通じた魔力だったが、それを感じたときにアシュマの身は歓喜に震えた。長い生の中で感じたことの無い、美しく精緻で甘い蜜のような魔力だった。他の魔にどう感じられたかは分からない。だが、少なくともアシュマにとっては、決して逃すことの出来ない獲物に違いなかった。
やはり、他の魔にとっても魅力的な魔力だったのだろう。アシュマが魔力の源に出向いた時には、すでに大量の魔が押し寄せていたが、アシュマはそれを己の気配だけで退かせた。使い魔になりたがる下位の魔が、アシュマの魔力に叶うはずなど無い。下位の魔のために開けられた入口は小さかったが、アシュマはそれを無理やりこじ開けた。そうしてウィーネの前に降り立ち、半ば脅すようにして使い魔の契約を交わしたのだ。
契約の印は魔力の交換。召喚主の魔力を使い魔に、使い魔の魔力を召喚主に刻み込み、外れぬ絆を交わす。
アシュマはウィーネの純潔を奪い、その身体に悪魔の精を……魔力を直接流し込んだ。
そして、ウィーネの破瓜の痛みや高鳴る快楽、声……溢れる蜜……全てを飲み込んだ。
こうして、ウィーネとアシュマの間に使い魔の契約が取り交わされた。
アシュマはウィーネに使役され、糧としてその魔力を取り込むことを望む。だが、ウィーネはそれを進んで実行しない。だから、時折、このようにウィーネの魔力を奪っている。そのために、アシュマール・アグリアという人の子の形を取って、魔術学校の男子生徒として過ごしている。ウィーネがあまり自分を呼び出さないからだ。常に側にいれば、呼び出される必要は無い。
渇望が高まれば、無理やりウィーネと使役と糧の交換を交わす。
理由などはどうでもよかった。ただ、ウィーネの魔力と、その魔力に溶ける感情を味わいたい。
「……う……あ……っ」
切なげな嬌声を聞きながら、ぐ……と、ウィーネの身体を後ろから貫いた。下着を少しずらして、十分に濡れたそこに後ろからアシュマの禊を挿れたのだ。
「や、だ、人来た、らっ……」
「何も、心配することはない。……ウィーネ、とても甘い……啜りたい」
ゆっくりと動かし始める。
もちろん、アシュマがウィーネとの行為を誰かに見られるようなヘマはしない。いつも、ウィーネと部屋で戯れるときは結界を張って、声も気配も自分とウィーネ以外には知られないようにしている。声も溢れる魔力も全てがアシュマのものでなくてはならないからだ。
だが、事に及ぶ前とその後の……興奮と期待に高鳴る闇の魔力は隠しきれるものではない。誰かに見られているかもしれない……という状況が、困惑と混乱をさらに強めるようで、それが魔力の味わいにつながる。人間というのは、見られているかもしれない……という羞恥が、なぜか余計に快楽を呼ぶようだ。
じっくりと動かしているので肌の打ちつける音は聞こえず、しかし粘着質な水音が響く。
「いっ……つ……」
がつ……と、大きくアシュマが持ち上げる身体を穿った時、ウィーネが僅かに痛みを伴った表情をした。
「ウィーネ?」
アシュマが動きを止めて、ウィーネの手を掴んだ。手の平を見てみると、小さな切り傷が出来ている。
「ウィーネ、傷が」
「……ん……、樹、に、押さえつけるからでしょっ……」
ずる……と己を引き抜いて、アシュマはウィーネの身体を自分に向けさせた。腰を引き寄せて細い身体を抱きかかえ、端整な顔の眉をひそめてウィーネの手の平を見下ろす。
「あ、アシュマ……?」
唐突に情交から解放されたウィーネが、一息つくようにため息を吐いた。ウィーネの抱える腕に少し体重を掛けながら、常に無い表情のアシュマを見上げる。
「樹……?」
「何?」
息を整えているウィーネの怪訝そうな声を無視して、みるみるうちにアシュマの表情が機嫌の悪いものになってくる。
「樹の、皮で手に傷を付けたか」
「……傷……? そんなのもういいから。戻らないと、本当に……」
「よくない。血が出ている」
「それは、出るわよ。怪我したんだから。……ねえ、離して」
「怪我?……あの程度で?」
「あの程度って、アシュマ……どうし……!」
「ウィーネ……」
じゅる……と、アシュマはウィーネの手の平の血を舐め取ってみた。ウィーネから零れた血もまた、魔力を伴う。ウィーネから生み出されたものは全て、美味なはずだった。しかし。
「……」
どうにも気分が悪い。
ウィーネの手の平の傷を見ていると、アシュマは不愉快になる。そもそもウィーネを見ていてこのような気分になること自体が、不愉快だ。それは確かに極上の味だったが、それを自ら進んで啜りたいとも思わなかった。ウィーネから零れる魔力を味わって、このような気分になることが初めてで不可解だ。眉をしかめてもう一度、今度は魔力を込めてウィーネの手の平を舐める。
魔力が傷を満たして、一筋の跡も残さずに傷を消し去った。それを見て、アシュマはようやく満足を覚える。
「傷が……」
呪文も無しで傷を癒した様子に呆気にとられたウィーネを見下ろして、再びアシュマが抱き寄せる。今度は正面から、自分の胸に囲むように身体全体を包む。
「もう一度だ、ウィーネ。今度は我に触れていろ」
「ちょっと、もう温室に行くって……やっ……」
ウィーネの背中をやんわりとコウモリ羽が包んだ。アシュマの手が否応なしにウィーネの片方の足を大きく持ち上げる。開かれたそこに、再びアシュマの熱があてがわれ、再び一気に挿れられた。
そこは十分に濡れていて、片方の足を持ち上げて腰を抱いて引きつけると、2人は何の引っ掛かりもなく滑らかにつながってしまう。そうして、アシュマが動き始めた。不安定な姿勢で打ち付けられる角度は普段と異なり、予想つかない内奥の箇所を抉られる。そして常になく、急いていた。
荒々しく身体が宙に浮く感覚がして、ウィーネは思わずアシュマの首に腕を回した。きつく抱き合うように身体が重なり合って、アシュマの動きが早くなっていく。身体を駆け上っていく独特の感覚にウィーネの背が逸れるが、アシュマの羽がそれを支え、ウィーネもまた落とされないようにしがみついていて結合は深くなる。
「やだ、や……怖い、も……うっ」
「我に掴まっておれば怖くなどない。……ああ、ウィーネ……」
「あっ……いやっ……」
「はっ……あ、ウィーネ……っ!」
外でしている羞恥か、いつもと異なる体位だからか、それとも、いつもとは異なるアシュマの心持が影響したか……交わされる魔力と情欲は普段よりも濃厚だ。何度か激しくウィーネの身体を突くと、その最も奥でアシュマがどくりと精を吐き出した。生々しい脈動とともにゆっくりと動かし、溢れぬようにしばらく繋げたままウィーネの身体を深く抱き直す。
やがて全てを吐き出し互いの息が収まると、ウィーネから引き抜いた。繋ぐものが無くなった途端に、かくんと細い身体が崩折れる。アシュマの腕がそれを抱え、その腕にすがってウィーネも体勢を整えようとするのだが上手くいかない。アシュマはウィーネをなだめるように優しく抱擁すると、シリンメリアの樹の根元に座り、その膝の上にウィーネの身体を横抱きに座らせた。
ウィーネの身体は先ほどの交わりでぐったりとしていて抵抗する力は弱い。アシュマの腕の中でなすがままだ。開いたブラウスのボタンを止めて服を調えてやり、濡れている身体を魔力で拭って清め、かすかに揺らぐ瞳の横に口付ける。優しい仕草は魔力を欲望のままに貪った悪魔のものとは思えなかった。
徐々に息を取り戻したウィーネが、ふる……と小さく頭を振った。自分も服を調えたアシュマが手を貸してやり、2人でシリンメリアの樹に凭れるように立ち上がる。
「離して、もう……」
「つかまれ、転ぶ」
ウィーネがアシュマの手をどけようとするが足元がふらつく。その手を頼るのは癪に障るが、身体の自由が利かなかった。アシュマに抱かれた後はいつもこんな風だ。行為の激しさと与えられる感覚、魔力の濃さにしばらくぼんやりとしてしまう。その後、嘘のように優しくされるのもウィーネを困惑させた。まるで大切な恋人か何かのように扱われる。アシュマは人の心の機微に疎い悪魔で、自分を求めるのはただ魔力が上質だからという理由に過ぎず、そこにまともな感情などありはしない。それでも、触れられるとアシュマに魔力を喰らわれるままになってしまって、そうした自分が手に負えなかった。
「温室に行かないと……」
「そうだな。ウィーネ、腕につかまっておけ」
アシュマはすでに羽をしまい、元の魔術学校の男子生徒の様相に戻っている。片方の腕で小さな鉢を2つ、もう片方の腕にウィーネを抱えて一歩踏み出そうとした。
しかし、すぐにその歩みが止まる。
「アシュマ?」
なんとか自分を取り戻したウィーネが、立ち止まったアシュマに首を傾げた。ウィーネの声には答えず、アシュマがぞっとするような怜悧な瞳で前方を睨む。
さく……と、落ちた葉を踏む音がして、生垣の向こう側から人がこちらに曲がってくるのが見えた。ウィーネの肩が思わず強張り、アシュマがそれを少し強く引き寄せる。
「……君たち、こんなところで何を? 今はドルシス先生の授業だったはずだが」
2人の前に出てきたのは、端正な顔に白衣の男だった。ウィーネの知らない女子生徒の肩を抱いて立っている。男は怪訝そうに2人を眺め、顔をしかめた。
「先生……」
男の腕の中の女子生徒が、不安そうに囁いた。それを聞いて、アシュマが瞳の片方をぴくりと動かす。なるほど、どうやら魔術学校の教員のようだ。しかし、その割にアシュマもウィーネも見たことの無い教員だ。新しい教員なのかもしれなかった。その男が再び何か言葉をかける前に、アシュマが先制を切る。
「先生こそ、このような場所で何を?」
「……」
先生……という部分をわざと強調する。言葉は丁寧だが、男に対する態度は冷ややかだ。もちろん、対峙するのは女を連れた雄が2人。漂う雰囲気からお互い何をしていたか、あるいは何をしようとするつもりなのを察したのだろう。咄嗟に何かを誤魔化すことも出来なかったようで、男は黙り込む。男の目にアシュマは魔術学校の生徒にしか見えなかったが、有無を言わせぬ強制力があった。
2組の男女の会話はそれ以上進むことなく、アシュマが先に動いた。
「失礼します」
「ま、待て」
黙り込んだ男の横を、ウィーネの肩を抱いたままアシュマが通り過ぎた。それを男は、勇敢にも呼び止める。だがアシュマは止まらず、すれ違いざまに低い声で警告した。
「邪魔をするな」
途端に男の動きが止まる。その様子にアシュマは足を止めて、小さく笑って振り向く。
「お2人とも、ごゆっくり。……先生」
「……」
「せ……先生?」
女子生徒が男を呼ぶまで、男はウィーネとアシュマの立ち去った方向をじっと見つめていた。
やがてポツリとつぶやく。
「なんという……闇の魔力だ」
「先生、どうしたの?」
「あれは、あの生徒は誰か……知っているか……?」
男に乱暴に肩を掴まれて、女子生徒が驚いたように瞳を丸くした。あの生徒が誰か……など、もちろん、知っている。魔術学校の女子生徒で、アシュマール・アグリアを知らない者はいないのだ。