魔術学校の女子寮の一室……ウィーネ・シエナに与えられた小さな部屋は、今、魔によって閉ざされている。少女の小さな嬌声と息づかいと、ぎしぎしと寝台が軋む音が響いていたが、それは部屋にいる2人以外の誰にも聞こえなかった。
やがて音が激しくなり、……ゆっくりになり、そして止まった。
「……あ……、は……っ」
下半身から引き抜かれる感覚に、ウィーネが思わず声を上げる。
その夜は一度切りだったが、アシュマは長い時間身体を繋げたまましつこくウィーネを揺らし、やっと少女の身体を解放した。後ろから被さるように寝台に身体を沈ませ、挿れていたものを引き抜く。ゆっくりと引き出すと、いやらしい音と共に残滓が糸を引いて絡みつき、互いの果ての名残がウィーネの内腿をぬるりと濡らした。
今は人の姿をとっているアシュマは身体を起こした。寝台にうつ伏せになり肩で息をしているウィーネを見下ろし、そっと手を取る。何か特別なもののように、握った親指でウィーネの手の平を撫でた。
「アシュマ……?」
やっと息が整ってきたウィーネが、おとなしく身体を離しているアシュマをうつ伏せのまま見上げた。
アシュマはウィーネには返事をせず、手の平を撫でながらただ見下ろしている。
何をしているんだろうと思ったが、いつもアシュマの考えていることは底が知れない。最近は何が面白いのか、人間の姿で人間のような言葉を囁きながら、ウィーネを抱くのが流行のようだ。ぼんやりとウィーネがアシュマの瞳を見つめていると、突然アシュマの顔がウィーネの肩口に降りて来た。
唇が肌に吸い付く。
「アシュマ……? 何をっ……いっ」
ちり……とした痛みが走り、そこに痕が付けられた事を知る。
「何してるのよ、アシュマっ……きゃっ」
ウィーネの身体が黙ってひっくり返され、アシュマの顔が柔らかな胸の膨らみをなぞって降りてくる。今度はかぷ……と歯が立てられ、再びきつく吸い付かれた。く……とアシュマの喉の奥が鳴ってやがて離れ、獣がするように優しく舐められる。
アシュマはいつも尋常ではない貪りかたでウィーネを蹂躪するが、何故かこうした痕を付けたことが無かった。男はみな印をつけたがるものだ……とか、そういった類の話が好きな女子生徒からたまに聞くが、ウィーネにとって初めての男はアシュマでそれ以外は知らない。だから、アシュマは……悪魔はそういうものなのだろうと思っていた。それなのに。
『痕をつけられるなんて困ったものだわ』
……などと顔を赤らめる早熟な女子生徒も居るが、アシュマがすればそんな呑気な話ではないような気がする
「ちょっとアシュマ、やめてよ、痕つけないで!」
我に返ったウィーネが、アシュマの顔を手で退かせながら上掛を手繰り寄せた。だが、アシュマはウィーネの身体を隠すことを許さず、両手をやんわりと押さえ込んで馬乗りになる。アシュマは人間の姿になると、身長は男子生徒の平均より少し高い程度だ。少なくとも本性の時とは異なり、人らしい背の高さだった。ウィーネと並べばバランスがよく、……その身体の全てをまさぐりながら抽送できるのが気に入っているらしい。ウィーネの視界を支配する逞しい身体は、緩んだところもやせすぎたところも微塵も無く、磨いた刃のように鋭かった。
アシュマが身体を起こして、つけた痕をじっくりと眺める。
「男はみな付けるものだと、セルギアが言っていた」
「っあの、バカ……」
「ウィーネ」
つ……と胸元に付けた痕に指で触れた。
「な、なに……」
「痛くはないか?」
「……は?」
「痛くはないかと、聞いている」
「い、……何それ?」
「赤くなっている」
「アシュマが赤くしたんでしょ?」
またおかしなことを言い出したアシュマの手を、解放された手でウィーネが押しやる。その手を取って、ウィーネの裸と手の平と交互に眺め始めた。……ウィーネもアシュマも何も身に着けていない。上も、下もだ。いくらいつも抱き合っているからといって、こんな風に開放的に眺められるのは落ち着かないし、恥ずかしい。ウィーネが懸命に上掛を手繰ろうとするが、アシュマの手に邪魔されて肌は隠されない。
アシュマは馬乗りになったまま、しばらくの間ウィーネの身体を見下ろしていた。肌はクリームのように白く滑らかだ。運動は苦手らしくどこを触れても柔らかいが、特に胸の膨らみと二の腕が心地よい。その身体の右胸の下辺りに、先ほどアシュマが付けた痕が残っている。
「痛かったか?」
「……つ、けられたときはちくっとするけど、今は……そんなに。……って、何聞いてるのよ!」
「そうか」
そう言って再びアシュマが痕に触れる。
アシュマ達の同級生であるネルウァ・セルギアが、自分の女に痕をつけたら怒られた……という話を学友にしていたのを聞き、女の身体にそのようなことをして何が楽しいのか……と思ったものだ。だが実際にしてみると意外と不愉快ではない。慌てるウィーネを感じるのは楽しく、その痕を刻んだのが自分だと思うと気分がいい。
だが、これが先ほどウィーネの手の平に付いたような傷であればどうだ。
きわめて、不愉快だ。
朱を舐め取ればそれは確かに極上の味がして、痛みを伴う感情は強烈だ。もちろんそれを味わおうと思えば簡単にできる。人の子を肉体的に傷つけても、アシュマの魔力を注げばすぐに治癒することができるからだ。
しかしそれを想像するだけで……つまり、ウィーネの身体が傷付くことを考えるだけで、アシュマにざらざらとした苦い感情が沸き起こる。そもそも感情……などというものに機微な魔ではないのに、これは確かに不愉快だった。
ウィーネの純潔を奪った時は、そのように思わなかったのに。
……いや、だがもう一度あの痛みをウィーネに与えるか……と言われればアシュマはそれをしたいとは思わない。なぜか。
自分の身の内の感情が不可解なまま、アシュマはウィーネの身体を優しくなぞった。
「アシュマ……なに……」
言いかけたウィーネがふる……と震えて、くしゅんっ……とくしゃみをした。
「ウィーネ?」
アシュマの手の平に触れる肌が冷えていた。当然だろう。ウィーネは何も身に着けていないし、情交の後で汗ばんだ肌が少し乾いている。
「寒いのか」
「寒いわよ、何も着てないし何も掛けてないんだから!」
「こちらへ来い」
アシュマはウィーネから降りると横に並び、首元に腕を差し入れて腕枕をし、もう片方の腕でウィーネを抱き寄せて包みこんだ。あまりにも自然な動きで、ウィーネに反論の余地を与えない。狭い寝台は二人には窮屈だが、密着していれば眠れぬほどではなかった。羽毛の上掛をその肩に掛けてやり、ちょうど自分と同じ位置に来たウィーネの頬に唇を寄せる。
そうか。
人の子は弱い。
その皮膚は柔らかく、外気の温度の変化に敏感だ。ほんの僅かに冷えたところに置いていても肌を冷やして風邪を引いてしまうし、少しの刺激で傷が付く。
「ウィーネ」
きつく抱きしめられているわけではないのに、身じろぎしようとしても離れない。あろうことか肩から耳元にかけてを優しく撫で、硬い胸元に引き寄せてくる。その度にさわさわとくすぐったくて、ウィーネはその身体を強引に払いのけることができなかった。
「ちょっと、あ……アシュ、アシュマ、離れてよ……せまい……」
「こうしていれば落ちるほどではなかろう」
ウィーネが困ったような感情を向けてくる。交わっている最中やぼんやりしている時は、アシュマを呼ぶ声が甘えるような舌足らずになって、それに混じる僅かな感情は実に親密でいい。離れろ……と言いながら、同時にアシュマに抱き寄せられることに心地よさを覚えているのだ。その感情もまた甘露のようにアシュマを潤す。
ウィーネの顔をこちらに向かせ、アシュマがその唇に自分の唇を重ねた。
最初は遠慮がちに見えた口付けも、少しずつ、音をたてて艶かしいものになる。悪魔の厚くて長い舌が、ウィーネの少し開いた口の中に入っていった。水を啜るように、その口腔内をまさぐってやる。
「ん……ふ、うぅ……」
「は、……ウィーネ……」
「うぁ……ん……」
ウィーネの声がとろりとまどろみはじめた。アシュマの闇に沈んだ魔力が柔らかくウィーネに注ぎ込まれ、その意識を眠りに落としていく。闇の魔力は邪悪ではない。夜になると人が眠るように、その漆黒は恐怖以外に安寧ももたらすのだ。
ウィーネの魔力は、人の子とは思えないほどの……いや、恐らく人の子が持っているからだろう、闇の界の魔のようにただ量が無尽蔵で強力なだけの性質とは異なり、緻密で濃く甘い闇の魔力だ。その甘い魔力に人の子特有のあらゆる感情が混ざることの、どれほど美味なことか。
送った悪魔の魔力と引き換えに、甘いそれを少し啜ってウィーネを眠らせる。
不可解な感情はいまだにアシュマの中に残っているが、解かなくてもよい問題な気がした。