誘う悪魔と召喚主

004.おとなしくしろ

寮の自室に戻ると、なぜか、すでにアシュマが居た。当たり前のように居座る悪魔は、今一番見たくない悪魔だった。ウィーネはすぐに顔をしかめて、制服の上着をハンガーにかけると、黙って部屋着を持ってシャワールームへ閉じこもる。

「ウィーネ、どうした」

黙り込んでいたウィーネの様子を訝しんだのだろう。すぐにアシュマはウィーネを追いかけてシャワールームの戸口に張り付いた。ウィーネは戸口に鍵を掛けて背中を向ける。

「シャワー使うんだから入らないで」

「随分と機嫌を損ねているな、なぜだ」

「別に、なんでもないし」

「何でもないことはなかろう」

ウィーネはシャワーからお湯を出して、アシュマの声を掻き消した。服を脱いで熱めのお湯を頭からかぶっていると、いつもなら余計な考え事は溶けて無くなる気がするのに、今はどうしたって無駄なようだ。花の香りのするシャンプーを取って、わっしわっしと意地を張ったように髪を洗う。ざっと身体も洗って、ようやくさっぱりしたが、心はさっぱりしない。

「ウィーネ」

ウィーネが身体を洗い終えたタイミングで、アシュマがもう一度声を掛けてきた。今度は有無を言わせないきっぱりとした声だ。ギクリと心臓が跳ね上がって扉を振り向くと、鍵を掛けたはずの扉がバタンと開いて、まだ男子生徒姿のアシュマが現れた。にこりともしない表情で、ウィーネに視線を注いでいる。

思わず傍のバスタオルを引き寄せて身体を隠す。

「なに、はいってこ、こないでって」

「我には関係ない」

「アシュマ、ちょ……っと」

先日の自習室と同じく、遠慮なくアシュマはシャワールームへ入ってきてバスタオル毎ウィーネを抱き寄せた。

「ウィーネ、機嫌が悪いくせに甘い香りがするな、どうしてだ」

「な、ななななな。別に甘い香りなんて……シャンプーの匂いよ、離してよ、アシュマ離して!」

「好みの香りがするのに、離すような愚かな真似はしない」

「そ、う、いうこといわ、言わないで」

ウィーネの身体が熱くなって、お湯のせいではなく真っ赤になった。アシュマを押し退けようとするのだが、腕の中でもぞもぞしてしまっただけで2人の身体は離れない。

抵抗するウィーネを抱き寄せるのも、アシュマのお気に入りの行動の一つだ。じたばたと暴れたところで、アシュマの腕には可愛く身をくねらせているようにしか感じられないし、困惑した感情を向けられたり、「離してよバカバカ」などと胸を叩かれたりすると、なんとも言い難い妙な悦を感じるのだ。

それに今日はひときわ甘い香りがする。髪や身体を洗っている洗剤とは別の、アシュマに向けられる魔力の香だ。アシュマはウィーネの魔力よりもウィーネ自身を求めるようになったが、それでもウィーネの甘露のような魔力が要らないというわけではない。時折味わうその甘さは最近ことさら美味で、アシュマが求める感情が奥底にたゆたっているのが感じられる。いつだったかウィーネに「恋」を説いたことがあったが、その時に感じたよりももっと大切に包まれた、心の奥底に守られている、何かが揺れているようだ。それを捕まえてみたくて仕方がないが、その正体が何なのかもよく分からない。

「へくしっ」

腕の中でウィーネがくしゃみをした。濡れた猫のようにぷるぷると頭を振っている。アシュマはバスタオルをもう一枚手に取ると、ウィーネを引きずるように寝台に連れて行った。

「もう、アシュマ、シーツが濡れるっ」

「平気だ、おとなしくしろ。風邪を引く」

「服着せてくれないのはアシュマでしょう、ちょっと自分で出来るから、離してよ!」

有無をいわさずアシュマはウィーネを正面に向き合わせてバスタオルで包み、わしわしと拭き始めた。バスタオルごと抱き締めて、片方の手でもう一枚のバスタオルを抱えて頭を撫で付ける。自慢の黒髪をぽんぽんと叩くのは、いつもウィーネがこうしているからだ。ごしごしと擦るともつれてしまうのだと煩い。髪を拭き終わると手を身体に這わせ、バスタオル越しに撫でた。

「ウィーネ」

名前をささやくと、ウィーネが身体を小さく震わせて、おどおどとした瞳でこちらを見てくる。闇の界上位2位の悪魔に向かっていつも強気の言葉を投げるウィーネが、耳元で空気を揺らしてやると、まるで何かを請うような……いや、乞うような表情でアシュマを見てくるのだ。そのいとけない様子はアシュマを興奮させる。

タオル越しにウィーネの腰のくびれを抱え、そのまま脇をなぞるように手の平を這わせていく。ウィーネのくぐもった呼吸音が響き始めたのを見計らって、本格的にアシュマがその身体を押し倒した。タオルを引き上げて胸の膨らみをやわやわと揉み、片方をかりかりと指で引っかく。

「あ、あ、アシュマ、やめて」

「何を。身体を拭いているだけだ。風邪を引くのはよくない」

くく……と笑みを含ませて擦っていると、つんと胸の先が立ち上がった。その愛らしい箇所を唇で咥える。タオル越しだから舌の感触はしない。だが、熱い吐息がじわじわと肌を侵食していくようだった。空いている片方の胸は親指の腹でぐるりと触れて、布が肌を擦り、いつもとは異なる感触を与えてくる。ウィーネの下半身は、そわそわと熱く疼いた。そんな自分が悔しくて、でも心地よくて、逃れられなくて涙が出る。

ウィーネの瞳に溜まった涙をアシュマは舐め取った。その仕草に、さらにウィーネの瞳が潤む。

「どうして」

「ウィーネ?」

「ど、して、どうして」

むずがる子供のような顔で、ウィーネがアシュマを見上げた。さすがのアシュマにも、今日のウィーネの様子がおかしいことくらいは分かった。手を伸ばして、ゆっくりと頭を撫でる。そうすると、また情けない表情になった。バスタオルの乾いた部分で涙を拭いてやる。

「どうした、ウィーネ」

ウィーネの身体を押さえたまま涙に濡れた黒い双眸を覗き込んだ。アシュマの眼光に惑わされない真っ直ぐな闇の魔力が、戸惑ったように見返してくる。何か言いたげだった。

「どして、こんなことするの、私ばっかり」

「お前以外にする気になれない」

「うそ、うそばっかり」

「嘘? なぜ」

「だって、ほかの子、と、ダンスの練習」

「ああ」

アシュマは口元に笑みを浮かべて目を閉じた。次に目を開いたときには、獲物に照準を合わせたような紅の双眸でウィーネを見つめる。

「ウィーネ、お前は舞踏会とやらに参加するのだろう?」

「え? ……あっ……」

相変わらず悪戯な手はタオルごしにウィーネに触れながら、アシュマは首をかしげた。手の平でウィーネの胸の膨らみを堪能し、時折その首筋を味わう。アシュマが動く都度、ウィーネの身体はぴくぴくと震えるが、意識を持っていかれないように気丈に頭を振ってアシュマの肩を押しやる。

「……参加、は、するけど、踊らない」

「なぜ」

「どして、そんなこと聞くの。どうせアシュマは」

「我が、なんだ」

他の子と踊るんでしょう……と言いかけて、言葉にすると余りにアシュマが遠くになりそうで、再び涙がにじんだ。

「別に、いいじゃない。私だって……」

アシュマには聞けなかった。だから、言ったのだ。

「私だって、誘ってくれる人くらい、いるもの」

「ほう」

言った瞬間後悔した。ウィーネを見るアシュマの瞳が一気に冷たく剣呑なものになったのだ。身体に優しく触れていた手が止まり、両手を掴まれて押さえつけられた。

「ウィーネ」

「な、なに」

「誰に誘われた?」

「そんなの……」

なぜこんな風に追い詰められなければならないのだろう。少しは、ウィーネの相手が誰か、気になるのだろうか。

ウィーネが言い淀んでいると、さらに問いを重ねてきた。

「受けたのか、その誘いを」

アシュマの声が低くなった。声がブレて、悪魔の声が重なる。周囲を取り巻く魔力が濃密になり、思わず、あふ……と息を詰めた。

「まだ、うけてない」

「まだ?」

「関係ないでしょう、アシュマには!」

それ以上聞かれるのも話すのもなぜか苦しくてつい声を荒げると、掴んでいる手が緩んで、アシュマがふ……と嗤った。優しい笑みに見えた。だが非情な笑みにも見えた。

そうして言ったのだ。

「そうだな、関係ない」

関係ない。

アシュマがそう言った途端、今度こそ、ぽろ……とウィーネの瞳から涙の粒が落ちた。その涙を不思議そうに見るアシュマの顔がぼんやりとぼやける。

「ウィーネ?」

アシュマの声がふわふわと脳の変なところで聞こえる。

関係ないんだ。

ただの使い魔と召喚主だから。

ウィーネが舞踏会に誰と行こうとも、アシュマには、関係ない。

言われた言葉がなぜかひどく悲しくて、悲しい自分が悔しかった。

****

何かが原因で涙を落としたウィーネを見て、アシュマは首をかしげた。

ウィーネが他の男子生徒に舞踏会に誘われたと聞いて、なぜか一気に不愉快になったのは一瞬前のことだ。

ここのところ、アシュマにはこうした感情の揺れが多く見られた。ウィーネの身体や感情を欲すると同時に、それが他の者に向けられることが不愉快なのだ。たとえそうなったところで、ウィーネの魔力も身体も変わりはしないはずなのに。

こうした不愉快を排除する方法はあった。それはウィーネを思う様、貪ることだ。そうしていれば、ウィーネのすべてが自分で満たされる。

「まあ、いい」

欲しいものはウィーネだけなのだから。

アシュマは一言だけそう言って、ウィーネに顔をおろした。

そのまま首筋を温めるように舌を這わせ、頬にかぶりつき、唇を奪う。余韻を楽しむこともなく一気に舌を絡め入れると、甘い魔力を伴った唾液がアシュマを惹きつけた。いつもは積極的にすすらないが、なぜか今は違う。アシュマに向けられている感情は、いつだったかウィーネがアシュマのために作ったショコラトルという菓子のような、凝縮された甘い香りがするのだ。味見せずにはいられない、それに混じるのは強烈な苦味だった。

ああ、嫉妬か。

アシュマの背筋にぞくぞくと戦慄が走る。ウィーネは何者かに嫉妬しているのだ。アシュマという悪魔のために。

では嫉妬の根本とは何か。

これはなんだろうか。恋慕によく似ているが、それとも違う。それよりももっと激しくて、周到に隠されている。もう少し奥を探れば分かるかも知れないのにもどかしくて、アシュマはたまらずウィーネの身体からバスタオルを取り去った。

不愉快さも取り払われ、気分は極上だった。

今日はこのままで貪ってやろう。

アシュマは着崩していた制服を無造作に脱ぎ去ると、ウィーネの裸に覆いかぶさった。

自身がウィーネを誘ったという男子生徒に感じた不快な感情はどうでもよくなった。それをどう呼ぶのかも知らなくていいことだ。

今はただ、目の前の、ウィーネだけが欲しいのだ。

****

アシュマの指がウィーネの身体の奥に、慌しく触れた。すうとなぞり、ちゅぷん……と一度挿れる。その途端に、「うあん」と変な声が出てしまってウィーネは自分の口を押さえた。

「せっかく身体を拭いたのに、もうここは濡れている、ウィーネ」

「ふ、う、うるさい」

「寒くないか」

「さ、む、い」

「分かった」

指をゆっくりと抜き挿しながら、アシュマが空いている片方の腕をウィーネの身体に回す。耳元にちゅ……と唇を付けられると、そこから熱い魔力が身体を覆って、ウィーネの頭のてっぺんから爪先までを流れていった。身体が一瞬で乾いてしまったことを知る。アシュマは魔力でウィーネの身体をすぐに乾かすことが出来るくせに、わざわざバスタオルで拭くような真似をしたのだ。よく分からない。どうしてそんなことをするのだろう。そんなこと、ただウィーネをどうしようもない気分にさせて、もっともっと泣きたくなるだけなのに。

「ウィーネ、我のことを考えているな」

「ちがう、違うもん」

「ああ、もっと我の事を考えればいい」

もっとずっと、我の事でいっぱいになれ。恋人から言われれば睦言のように聞こえる台詞も、アシュマが言えばそれは悪魔の囁きにしか聞こえない。それでも馬鹿みたいに顔が赤くなり、自分の心が反応してしまうことをウィーネは知っている。

「ウィーネ……」

名前を呼ぶと、ウィーネの閉じた瞳からまた涙がこぼれる。アシュマは再びそれを唇に含ませると、己の先端をウィーネにあてがった。

つぷ、と音がして入口を擦る。張った部分がウィーネの柔らかな襞の中へと侵入し、すぐに捲り上げるように抜かれる。アシュマはウィーネの足を抱えて大きく開かせて、何度も先端だけの抜き差しを繰り返した。

アシュマの欲望がウィーネの入口を出入りするたびに、切ない疼きがウィーネの下腹に溜まっていく。いつもなら一気に奥まで挿れてウィーネの全てを味わう悪魔は、今日はなぜだかそこまで進めようとはしなかった。

「ふ、あ、あ、あ」

もどかしい動きにウィーネの腰が揺れる。だが、アシュマの手がその度に強く支え、それを許さない。

「欲しいか、ウィーネ」

「そ、んな、わけない」

「そうか」

それならば、今日はこのまま愉しむとしよう。そうアシュマは意地悪く言って、いつもよりも小さな律動を繰り返した。時折、片方の手が動きに合わせて秘所の花芽をじっくりと押さえて嬲り、それによってウィーネの中がきゅんと動く。柔らかな内側はきつく締まってアシュマを引き入れようと吸い付くが、アシュマはそれには誘われなかった。

「はっ……、よく吸い付いてくるな、ウィーネ。我とて引っ張り込まれそうだ」

「知らない、や、あ……しら、ないもん」

「ならばお前の知らぬところで、こうして我に吸い付いてくるということか」

「ちが、ちがう。……あ、あふっ……」

アシュマが身体を倒して、ウィーネに重なった。

強くウィーネの唇を吸うと、甘い魔力の絡んだ唾液がアシュマの中に入ってくる。同時に下半身も小さな水音を立てた。蜜で溢れるその場所の、入口だけを行ったり来たりさせると、その度に、ちゅ、ちゅ、と口づけするときのような音がする。

「ウィーネ」

耳元をゆっくり舐めながら、仕上げとばかりにウィーネの赤い芽を弄る指の動きが強くなった。同時にウィーネの荒い呼吸音と、それに混じる嬌声が大きくなる。

「や、やだ、やだ、それいや、いやっ……あっ、んあぁ……」

「もっとだ、ウィーネ、もっと啼け」

感覚が押し上げられる瞬間、アシュマが今まで決して入り込まなかった奥の奥に、一気に挿入した。ぬちっ……と音がして、その刺激にウィーネが甲高い声を上げて身体を跳ねさせる。とくんと一瞬だけアシュマの欲望が中で大きく脈動したのを感じたが、その一度の挿入だけでウィーネの中からすぐに抜かれた。

ウィーネの腹の上に熱いものがかけられる。

「うあ、はあ……」

アシュマの白濁をかけられたまま、ウィーネが、はあ……と息を吐いた。それほど動かされたわけではなく、肉体的な疲れはいつもほどではないのに、なぜか茫然としてしまう。

一度しか奥に触れられなかった下腹部は、まだうずうずと疼いていた。

「ウィーネ、まだ終わりと思うな」

言われてウィーネはぼんやりとアシュマを見上げる。

アシュマが瞳を柔らかな色に染めて、ウィーネを抱え込むように抱き寄せた。ゆっくりゆっくり頭を撫でる。

ひどいことばっかり言うのに、どうしてこんな風にやさしく自分に触れるのか。アシュマの、悪魔の真意なんて、人間のウィーネには何一つ分かりっこない。