誘う悪魔と召喚主

007.世話の焼ける

踊りの輪から1人離れたウィーネは、円舞曲ワルツをどこか遠くに聞きながら、篝火の近くにある東屋の柱にもたれていた。遠くで生徒達が楽しげに踊っている様子が見える。だがその輪の中に、アシュマと女子生徒はいない様子で、そんなことばかりを気にする自分が嫌になった。

いつもアシュマがウィーネを構うから気になるだけで、別に他意は無い。
あんな変態悪魔なんて知らない。
最初だって、ウィーネは初めてだったのに無理矢理だったし。
その後だっていつも無理矢理だったし。
いっつも付きまとうし。
シャワールームにまで入ってくるし。
勉強の邪魔をするし。
場所も何もかもお構い無しだし。

それにどうせ、2人は「悪魔と召喚主」という契約の間柄でしか無く、それ以外の関係を示す言葉なんて無いんだし。

だからアシュマが誰と踊ったって関係ない。

一生懸命自分にそう言い聞かせて、やがて「バカみたい」とつぶやいてため息を吐いた。並べてある料理の中から、ショコラトルを使った小さな焼菓子をいくつか持ってきて、それをぱくりと口に入れる。甘い味が広がって、やっとギスギスした心が冷静になってきたようだった。

「ウィーネ・シエナ」

「……~っ!!」

だから不意に声を掛けられたとき、焼菓子が喉に飛び込んでしまうくらいびっくりした。けふっ、けふっと咳き込むウィーネの身体をすぐさま引き寄せて、大きな手が背中をさする。

「大丈夫か、これを飲め」

手にグラスを持たされて、こくんと何かを飲まされる。喉を通ったそれは、林檎のジュースだった。こくこくと数口飲むと、焼菓子は胃まで流れ落ちた。ようやく楽になって、声の主を見上げる。

ウィーネを腕に囲いながら、いつもの不敵な表情でアシュマはウィーネを覗き込んでいる。

「世話の焼ける」

かあ……と顔に朱が昇り、ウィーネはアシュマの腕を振り払った。だが、どうしても上手くいかずに、グラスをとりあげられた両手は絡め取られ、抱きすくめられる。

「別に、頼んでないわ!」

「ほら、転ぶから暴れるな」

「転ばないってば」

「先ほど躓いたではないか」

「ちょっと離してよ」

「なぜ?」

なぜ?

……って言われても。なぜアシュマはウィーネを離してくれないのだろう。しかし、こうなってしまってはウィーネはアシュマの腕からは物理的に逃れられない。暴れるとアシュマを刺激して、何をされるか分からないのだ。だから、しぶしぶ暴れるのを止める。

大人しくなったウィーネをアシュマは背中から抱えなおし、東屋の柱に背を預けたようだ。緩やかに傾いだアシュマの身体に、ウィーネの背中が包み込まれる。

「踊りが見えるな」

「……そうね」

「あれは、嫌いか」

「嫌い」

「そうか」

「踊りたかったら、踊ってくればいいじゃない」

「ウィーネが嫌いならば、踊る意味など無い。もともとあれの何が楽しいのか我には分からぬからな」

いちいちアシュマの言う言葉はウィーネの頬をむやみに熱くする。それを振り払うように、ぶんぶんと首を振った。

「じゃ、じゃあ……なんで女の子と踊りの練習に行ったの」

「気になるのか?」

「べっ……」

別に気にならないし! ……と言いかけたウィーネの頬を撫でてその言葉を封じると、ふっ……と悪い笑みを頭上で響かせてアシュマが答えた。

「あの女子生徒はついてきただけだ」

「え……?」

「踊れるようになれば、ウィーネのような踊りが苦手な女子生徒とも一緒に踊れるかもしれないと聞かされた。そのようなものかと行ってみただけだ。あの動きに意味があるのかどうかは知らんが、人間の男女が組になって一緒にすることなのだろう」

「そ、それって」

「あのような動き児戯のようなもの。動きを見るだけで理解出来た。練習など不要だったのに、あの女子生徒はわざわざ練習相手になってやるなどと言ってきたのだ。もう分かったから要らぬと断ったがな」

「で、でも、私踊り嫌いだし、踊らないって言った!」

「そうだな。だがセルギアが、女子生徒の大半がああした男女の踊りに気を遣うと言っていた」

何だそれ。

真意が分からない。……いや、真意を理解することをウィーネの脳が拒否する。そういう領域のことをアシュマは言っているような気がする。

「お前が踊らないのならそれでかまわぬ」

ウィーネの頭が混乱したまま、アシュマは後ろからウィーネの手に自分の手を重ねた。指と指を重ねて繋ぎ合わせる。

「見るのも嫌いか?」

「嫌いじゃない」

「音楽は」

「好き」

「そうか」

「……見ただけで、覚えてしまったの?」

ぽつりと素朴な疑問を口にすると、アシュマがああと言って繋いだ指を持ち上げた。

「簡単だ」

そう囁くと、音楽に合わせてウィーネの手を持ち上げ、くるりとターンをさせる真似事をする。両手を取って上に持ち上げ、引き寄せるように腰を抱く。腕を引いて、胸元で折り曲げ、身体を自分のほうを向かせて、同じことをもう一度。くるりと身体を回して、最初のポジションへ戻る。

「そら、出来ただろう。お前にも踊れた」

「な、こんなの」

「別にどう踊ろうが勝手だ。誰も見ていないのだから」

一番苦手で一番のメインであるステップを踏まずに、立って手を握り合うだけでウィーネを一通り動かしたアシュマは、もう一度細い身体を抱きとめて元の形に納まった。緊張で強張っているウィーネの頭に顔を埋めながら、くっくとアシュマが笑っている。

「足の動きが苦手なのだな」

「……だって!」

去年は散々だった。何故かやたら先輩達に踊りに誘われ、よく分からないまま踊らされた。たくさん足を踏んでしまい、いたたまれずに謝るばかりで楽しいことなんて何一つ無かった。踊れたらきっと楽しいと言われたが、とてもそんな風には思えない。義務的に踊ることはあっても、楽しんでは踊れない。そうした考え方がまるで変なことのように言われて笑われ、再び無理に踊りの輪の中に連れ出され、楽しめない人のほうがおかしいのだと言われる。そういうノリが大嫌いだった。

ぼそぼそとそんなことを言うと、アシュマの声が低くなった。

「複数に誘われたということか、ウィーネ」

「な、なにそれ、だって」

「何だ」

「……セヴェル君に誘われたって言っても、関係無いって言ってたじゃない」

「当然だ」

ふん……と不機嫌そうに鼻を鳴らして、アシュマはウィーネの両頬を指で挟んだ。にゅ……と唇を尖らせた顔にさせたまま、憮然とした声で答える。

「関係無いだろう。お前が先に誰に誘われていようが関係無い。お前の相手は我だけだ。先約など、そんなものを我が気にすると思うか」

「……ふあ、はあ?」

アシュマの腕が緩んで、もたれている柱の影に引っ張り込まれた。

正面に向かい合わされ、柱に押さえつけられる。腕だけでなく逞しい身体に囲われるように、距離が近付いた。

「ウィーネ」

「ちょっと、何っ」

ショールを取り上げると、つう……とウィーネの服の肩紐を引いて緩めた。少しだけ胸元が捲れて、慌てて肩紐を戻そうとしたが止められた。僅かに露になった胸の膨らみ、その上の部分に唇を落として強く吸い付く。

「あ、……やっ!」

「ん」

「やだ、痕、痕付いちゃ……」

痕を付けるという行為をしているらしいアシュマの顔を、ウィーネが退けようとしたがぴくりとも動かない。両手を押さえられて、抵抗すればするほど吸い上げる力が強くなっていく。

「いた、痛いっ」

いつもよりもかなり強く吸われた痛みに思わず身体を震わせると、くちゅっ……と音をたてて唇を離した。思わず胸元を覗き込むと、常よりも大きく痛々しい朱が付けられている。抗議の声をあげようとすると、大きく舌を出してべろんと舐めた。

「んんっ……あ、アシュマひどい、どうしてそんな」

「ウィーネ、ウィーネ・シエナ」

「な、なによ……」

「来年からは他の男に誘われても踊るな」

「は?」

「ああ、踊りは嫌といったか。……それなら」

「何言ってるの?」

「他の男に誘われるな」

「……しらないし、別に! 好きで誘われたわけじゃないもん」

ウィーネの答えにアシュマがむっとして、ぐる……と喉を鳴らした。見下ろす視線に危険で妖しい光を感じて、身を竦める。獲物を捕らえたアシュマの瞳が、悪魔の紅に煌いたようだった。肩紐を直そうとする手を止められ、もう片方の手で顎を掴まれて上を向かされた。覆いかぶさるように紅の瞳が近づき、それに見蕩れていると唇が重なった。かぷ……と甘噛みするように挟まれて、一舐め二舐めしたあと、わずかに離れる。

だが、まだ離れきっておらず、互いの唇がかすかに触れ合っている距離だ。

「ウィーネ」

「……」

答えると唇がしっかりと重なりそうで、怖くて声が出せない。

「このような格好をすれば、男が寄ってくる」

言いながら、アシュマの手が首筋をつうとなぞり、胸の谷間に落ちていく。その手は片方の胸の膨らみをたどり、2度3度、形を確かめるように往復した。時々、ウィーネの感じる部分を掠めていく。ウィーネから「んん」とくぐもったような声が聞こえ、誘われるように胸元に指が入った。

アシュマの指先は、求める箇所をすぐに探し当てた。指先で弾くように触れていると、先端の形と弾力が変わり始める。

「ぅぁ……っん」

「ふ……、そんなに触れていないのに」

「や、ちが」

「今すぐ食べたいが服を脱がすのも勿体無い」

唇を再び塞いで指先で弾力を味わう。ウィーネの息が荒くなっているのを感じて、アシュマは身体を離した。は……と息を吐くウィーネを楽しげに見つめると、かしづくように身体を下ろしていく。

「あ、アシュマっ……?」

「こうした格好をするのは我の前だけにしろと言っただろう」

「し、しかたがないじゃな、ぁ……っ」

身体を下ろしながら、首筋、鎖骨、胸元……と小さく口付けていく。腹に顔を埋めてとうとう膝を付くと、ドレスの裾に手を掛けて捲くり上げた。

「ちょ…………っと!!、何、あっ、まっ、やだ、やっ」

「静かにしろ、聞こえるぞ」

「あ。いやっ」

いやだとしか言えないウィーネにニヤリと笑うと、下着の上から足と足の間に触れた。少し湿った感触を確認すると、下着の紐の片方を外してそこをすっかり露にしてしまう。

「いやっ、いや、やめて、やっ、」

「静かにしろと言っているのに。聞こえても我はかまわぬがお前は嫌だろう?」

ウィーネはなんとか足を閉じようとするが、両方のふとももをがっしりとアシュマに捕らわれていてそれが出来なかった。裂け目を親指で両方からぐ……と開くと、アシュマは唇を付けた。途端に「うあ」とウィーネから愛らしい声が上がる。

ひときわ甘い魔力の香りが、アシュマを一瞬で酔わせた。

数度形をなぞった後、ふくりと膨れた肉芽を舌で包み込む。飴を舌でねっとりと転がすように、小さな小さな膨らみを堪能していると、その奥がさらに濡れ始めたのが分かる。獣が水を飲むように、大きく顎を動かしながら秘裂を舐める。そのたびに、じゅる、じゅる……と大袈裟なほどの音が響いてウィーネの羞恥を煽る。

同時に、昨晩、奥まで到達してくれなかった燻りが、ウィーネの腰をふるふると揺らす。舌だけの愛撫は重くて粘着質な愉悦をウィーネに与えてくるが、欲しいのはそこではない。本当はもっと違う奥に触れて欲しいのに……と、ウィーネの理性とは別のところが叫ぶ。声を出したら絶対にアシュマの名前を呼んでしまうと思い、ウィーネは手の甲で自分の口を塞いだ。

「ふ、ぅ、うう……っ」

「ああ、こんなに濡れて、零れ落ちてしまうな」

アシュマは花芽を咥えながら、ぼそぼそと話した。その吐息だけでも足に力が入らなくなる。崩れ落ちないようにするだけでも精一杯なのに、押し開くために添えていた手の片方がちゅるんとウィーネから滴る蜜を確認した。

「ん」

「こぼしてしまっては勿体無い」

蓋をしてやろう……と意地悪く言って、ちゅぷんと2本の指が入ってきた。声にならない悦に身体を仰け反らせ、ウィーネはそれを受け入れた。受け入れるしかなかった。倒れ込むことも出来ないし、足を上げると身体が開いてしまう。後ろにも前にも逃げられない。

アシュマの指が抽送を始める。
知らずさまよっていたウィーネの片方の手を、空いていたアシュマの手が捕まえて、指同士を絡めてつなぐ。

ゆっくりだった粘ついた音、指を出し挿れする音が、激しくリズミカルなものになってくる。

「ん、ん……」

「我慢しなくていい、声は我にしか聞こえないようにしてある」

ウィーネの中を探り、知り尽くした内壁の好い所を、2本の指で交互に擦ると、またとろとろと中が溶ける。

「あっ、やは……あああ……アシュマ、アシュマ……」

「来い、ウィーネ」

ウィーネの膝がかくんと落ちる直前、秘所のふくらみを舌で押して、ちゅう……ときつく吸い上げた。途端にアシュマの指が締め付けられる。その脈動を楽しむように、指で中をぐるぐると撫で回した。達した奥が震えていて、溢れ出した蜜がアシュマの指を滴り落ち、その様は悪魔を大いに満足させる。

指を抜くと、付いた蜜をぺろりと舐めてアシュマは立ち上がった。下着を元に戻してやって力の抜けたウィーネを抱き寄せると、アシュマの支える腕を待ってから、ほっとしたように足が崩れる。アシュマは自分の首筋に、ウィーネの頭をもたれさせた。ウィーネの荒い吐息がアシュマに染み込んでいく。

うっとりとウィーネの魔力に酔いながら周囲に張り巡らした結界を解くと、覚えのある小さな気配が近づいてきた。アシュマはウィーネのストールを広げると上半身に巻き付けて、その身体を抱き直す。少しだけ東屋の柱から身体をずらした。

「ウィーネせんぱ……」

金髪の男子生徒が、アシュマの姿に気付いて足を止めた。紅の瞳の男が、腕に黒い髪の女を抱いている。黒い髪の女……ウィーネは、まるで愛しい恋人の胸にうっとりと身体を預けているように見えた。紅の瞳がちらりと声の主を見て、人差し指を唇にあてた。顎をしゃくってあちらへ行け……と気配で命じる。金髪の男子生徒……アニウス・セヴェルは一瞬で、敗北の表情を顔に貼り付けて踵を返した。

「……アシュ、マ?」

意識を取り戻したウィーネが、ぼんやりとアシュマの名前を呼ぶ。事後にたどたどしくアシュマの名前を呼ぶ、その発音もまた、悪魔のお気に入りだ。

「なんでもない、ウィーネ。もうすぐ終わりのようだ。部屋に戻ろう」

アシュマはウィーネの返事を聞く前に、華奢な身体をきつく抱きしめた。