女子寮の自室に戻ってくると、ウィーネの上半身が寝台の上に投げ出された。
達して間もないウィーネの身体には力が入らず為すがままに寝台に沈み込み、振り向く前に後ろから押さえつけられる。ウィーネの両手を押さえつけているものは、アシュマの手ではなく鍵爪だった。窓から入り込む月明かりが、白いシーツに大きな羽根を映している。後ろでミシミシと骨の軋むような音がして、ぐるる……と猛獣が空腹で喉を鳴らした。
下着が完全に取り払われて、ドレスの留め具がもどかしげに引き下ろされる。先ほど感じていたよりももっともっと大きくて硬い手が、ウィーネの腹を抱えて持ち上げ、ドレスから身体を引き抜いた。
「ウィーネ……ウィーネ・シエナ。我の……」
ぐうぅ……と吠える直前のような吐息と、ウィーネを呼ぶ重低音はアシュマの真の声だ。
ウィーネのふとももが抱えられ、持ち上げられて足が浮いた。寝台にはウィーネの顔と手だけが触れているような状態で、宙ぶらりんのまま腰だけアシュマに捧げられているような格好になってしまう。そのまま、アシュマの剛直の先端が当てられた。
「あっ、まって、ま、だ、ああああっ……!」
達した直後の身体に、後ろから一気に奥を貫かれる。ふらふらと浮いて自由にならない身体は、立っているアシュマの欲望に丁度いい高さまで持ち上げられているのだとその時に知る。そのままアシュマの好いように、あらゆる角度で動かされた。激しく抽送されて持っていかれそうな身体を、シーツに掴まって必死で支える。
恥ずかしい格好なのに、やっと最奥に触れてくれたという悦びに、ウィーネの身体はあっという間に昇り詰める。
「やだ。やあ、いやあ」
「ウィーネ、中は悦んでいる」
「ちが、もん、ちがう、あ、ちがう。あああっ」
大きく引き抜き、一気に奥まで突く。その度に肌を打つ音が響いた。さらに何度かは奥で止めて、ウィーネの感じる部分目掛けて小刻みに擦る。それを満足いくまで繰り返すと、アシュマは一際大きく腰を引き付けた。ウィーネの下腹に熱い何かが広がり、さらにもう一度動かすと、ごぽっ……と音がして中に出されたものがこぼれ落ちる。
ぎちぎちと奥を抉られ、ウィーネの膣内はアシュマを搾り取るように収縮していた。その収縮に呼吸を合わせるようにアシュマの欲望も脈打ち、その度に飛沫が吐き出され、それを受け止める度に、ウィーネの身体ははっきりと悦びに震えるのだ。それだけは、ウィーネ自身も否定できなかった。
ずるりと引き抜かれると、大きな手がウィーネの身体をそうっと寝台へ下ろした。先ほどまでの荒々しい行為が嘘のように、壊れ物を綿の上に置くようにそっとだ。仰向けに寝かされ天井を見上げると、天井の代わりに自分に覆いかぶさる黒い異形の姿が視界に入った。
人の形は為していると言っていいが、身体はウィーネよりも2周りは大きく、肌は漆黒で硬質だ。張り詰めた筋肉に包まれた体躯には刺青とは異なる血色の文様が走り、それは異形の興奮を彩るように脈動していた。頭の部分には捩れた角が2本生えていて、ウィーネを見下ろす紅の瞳は少し動くと残像を残すほど煌いている。背に生えた蝙蝠羽が狭い室内で控えめに動き、ガチガチと鍵爪が音を鳴らした。
これがアシュマの真の姿だ。
闇の界上位2位の悪魔、ウィーネの使い魔アーシュムデウ・アクィナス・ラクシュリアス。発する気配は闇そのもので、常人には息が詰まるほどの濃密な魔力を発している。
その悪魔が身体を丸め、ウィーネの上に重なった。
人のものとは異なる長い舌で、ねっとりとウィーネの身体を舐めまわしはじめる。首筋、胸の膨らみ、脇腹、腹にかぶりつく。
「ウィーネ、もっと欲しい」
「な、で、なんで」
もはや何に対する疑問か分からない「なぜ?」を繰り返す。
恐ろしい異形であるはずなのに、その姿をウィーネは怖いとは思わなかった。自分より2周りも大きな身体は激しくウィーネを嬲るくせに、決してウィーネを傷つけない。
ウィーネの足を開かせて、アシュマの舌が秘所の奥に触手のように入り込んだ。舌をまるで雄の欲望に見たてたように何度も出し入れを繰り返し、奥をくつくつと舐めては、アシュマの精と蜜液が混じり合って溢れる様を味わい、ずるりと引き抜く。指やアシュマそのものに貫かれるのと違って、蕩けるような感触がずっと内側を這っていて、その心地よさにウィーネの身体には、力など入らない。
「んあ、は……あ、あ……」
「甘い、お前の何もかもが欲しい」
悪魔の身体の全てが人とは異なる。そのような異形に触れられているのに、どうしてだかウィーネの身体は拒絶するのを止めてしまう。目の前の悪魔は闇のように怖くて厳しい存在なのに、甘い、欲しいと言われると、脳が砂糖になってしまったようなふわふわとした気分になってしまうのだ。
アシュマは名残惜しげに舌を抜き、身体を起こした。くたりとしているウィーネの身体をひょいと持ち上げる。
「挿れるぞ、ウィーネ」
返事など聞かず、そそり立った悪魔の肉杭の上に、遠慮なく少女の身体を落とした。ウィーネは悲鳴にも似た嬌声を上げてしまい、ぶるぶると震えながらアシュマに抱きつく。ウィーネの使い魔は腕と羽でそれを抱き締めて、自分の胸に閉じ込める。自分の身体の中に隠したウィーネの白い身体を、ゆさゆさと揺らし始めた。
アシュマはウィーネの身体を人形か何かのように軽々と抱き寄せて、玩具のように軽々と揺らす。ウィーネを好きに振り回すくせに、大切なもののようにぎゅうと抱え込む。
「ウィーネ、もっと絡みつけ」
「や、あ、おく、アシュマ、あんまり、う、うごく、と……あたし、おかし……い」
「ああ、それでいい、ウィーネ。おかしくなれ、もっと」
「それいじょ、むり」
「もっと入りたい……もっと奥に……、吸い付いてきた……」
抱き合う少女と悪魔の動きが激しくなった。ウィーネも思わずアシュマの背の低い位置に腕を回して、身体を押し付けてしまう。動く下半身がぶつかりあい、触れている箇所が擦られ、熱を持ち始める。
「や、あ、な、んで、なんでっ……んは……っん」
ぐちゅっ……と音がして、悪魔が2度目の精を少女の中に出した。肩で息をするウィーネを抱き寄せて、すっかり乱れてしまった黒髪に頬擦りする。その間も悪魔の欲望はウィーネの中で鼓動していた。
「ウィーネ、ウィーネ……」
我のウィーネ。
甘い重低音がウィーネの身体中に響く。いやだと言っても、アシュマはウィーネを悦ばせるまで抱くのだ。自分本意の行為にしか思えないのに、こうして抱き寄せられるとウィーネはどうしても安心してしまう。街を指一本で吹き飛ばすだけの力を持った恐ろしい悪魔の腕の中で、ウィーネは守られているような安堵感を感じてしまう。いっそ優しくしないでくれたら、悪魔と召喚主の間の単なる作業だと割り切る事が出来たのに。アシュマの身体をウィーネはどうしても振り払えない。
泣きたい。
そばにいるのが当たり前で、隣にいるのはアシュマなのに。
でもその正体は人間ではなく悪魔で。
ウィーネの使い魔だから、そばにいるだけなのだ。
だから。
これ以上ウィーネがおかしくなってしまう前に……。
「はなし、て、アシュマ……」
「……ウィーネ?」
つう……とウィーネの瞳から涙が零れて、アシュマの腕の中で意識を手放した。
****
眠ったときはアシュマの腕の中だったはずだ。時々うとうとと意識が浮上すると、ゆっくりと自分の頭をなでる大きな手を感じたし、瞳をうっすらと開けると目の前はアシュマの漆黒の胸板だった。
「アシュマ?」
それなのに、眼が覚めると、ウィーネは1人だった。
「アシュマ、どこ」
思わずきょろきょろと周囲を見渡していると、徐々に意識が戻ってくる。
「アシュマ、いないんだ」
冷たくなりかけた寝台から身体を起こしてみる。ひんやりとした冬の空気が頬を冷やしたが、身体はそれほどでもなかった。いつのまにか厚めの温かい夜着が着せられていて、身体は清められている。
アシュマがいない。「はなして」と言ってしまったからだろうか。念のために杖の魔力を調べてみたが、使い魔の契約は破棄されていないようだ。
そこまで確認してから、思わず「バッカじゃないの」と毒付いてしまった。別に居る義理もないのだから居なくたってなんでもないことなのに、何を必死で探しているのだろう。そもそも、朝起きたら居ないことなんてよくあったし、ウィーネはアシュマなんてどこに行ったっていいって思っていたはずだ。杖の契約は残っているのだから呼べば来るし、……呼ばないけれど。
「別に、いいもん。気にしないし」
そうだ。気にしない。
必死で自分の言動に言い訳をしてしまう、その根本の気持ちにウィーネはやはり目を逸らして知らない振りをした。かぁ……と瞼の奥が熱くなっても、それは気のせいなのだ。
「仕度、しなくちゃ」
こしこしと瞳を擦って、ウィーネは寝台を降りた。
のんびりはしてられない。
ユール・ログの篝火舞踏会を最後に、魔術学校は冬期の休暇に入る。年を越す前に帰省をする生徒は今日にでも続々と出発するだろう。ウィーネは机の上をちらりと見る。そこに置いてある封筒の差出人は、ウィウス・シエナ。……ウィーネの父親からのものだった。