黒の貴公子の華麗な婚約

003.ジャンティーレは酒に弱いはず

ルクレツィアの両脇のソファの背に手を置いて身体が囲まれており、身動きを許さない状態でジャンティーレの唇が触れていく。

「あ……ジャンティーレさま」

「ル、チア……俺は、貴女、を」

ルクレツィアが今までに見たことのないような熱い瞳が、こちらを見ている。ジャンティーレを慕うルクレツィアがその眼差しから逃れられるはずがなく、言葉を失い見つめあった。

ジャンティーレの手がルクレツィアの肩を掴み、そのまま斜めに倒す。広いソファに小さな身体が沈められ、不安定な姿勢のままジャンティーレがのしかかった。うまく体重が逃されず重くて少し苦しいが、それよりももっと苦しそうなジャンティーレがルクレツィアを見ている。

初めて見る顔だった。恋に疎いルクレツィアが見てもはっきりと分かる、明らかに彼女を欲しいと言っている顔だ。

その表情を見て、ジャンティーレはこのような自分でも男と女として、望んでくれているのかと嬉しく思う。その反面、とても恐い。そして怖いけれど、いっそこのまま進んでしまってもかまわない……そんな矛盾した気持ちに襲われる。

ちゅ、くちゅ、と、ぎこちない動きで、ジャンティーレの唇がルクレツィアの首筋をまさぐっている。その度にゾクゾクとした不思議な心地が下腹を捉えた。

「あ、あ……ジャンティーレ、さま」

「ん、ルチア……ジャン、と」

「ジャン……?」

「あああ……!」

ぎゅ、……と本格的に抱き締められ、逃れられない事を知る。

ルチア、という、父母にしか呼ばれたことのない愛称は、こんな時であるのに甘い響きで憎らしい。しかし一番憎らしいのは、ジャンティーレを跳ね除けることの出来ない自分だ。こんなことはいけない、分かっている。だが心ははっきりと喜んでいた。

「ルチア……俺は」

俺は、何?

その先をジャンティーレは言ってくれない。

そのかわり、大きくて節くれだった手がルクレツィアの腹を撫で、そっと胸の膨らみに置かれた。むにゅむにゅ……と弱々しくそれが揉まれている。

はっきりと色事を示すそれに身体が強張ると、その強張りを解かすようにジャンティーレの唇とルクレツィアの唇が触れる。

「んん、む……ん」

鼻腔を抜けるような吐息はどちらのものか分からない。ただただ押し付けられただけのそれが、むぐむぐと幾度も角度が変えられて、は……とレモンの味の息が吐かれる。再び塞がれ、今度はぺろりと舐められた。

あ、と驚いたと同時ににゅるりと舌が入って来た。

「は、あ、……あ」

ジャンティーレの服を掴むが、掛けられた体重は退かない。暖かい舌がルクレツィアの舌を見つけて触れ、音も立てることなく戯れる。ジャンティーレの動きは拙かったが、互いに拙いかどうかは分からない。ただ、どうしようもない衝動に負けて、ルクレツィアは受け取った。

途端に、人が変わったようにジャンティーレの舌が生々しく動き始める。くちゅくちゅといやらしい音を立てて、ルクレツィアの口腔内を吸い尽くすように貪る。

同時に胸に置かれていた手が服を掴み、ルクレツィアの胸元を飾っていたリボンタイを解いた。ボタンを外そうとジャンティーレの手が動いていたが、どうやら上手くボタンを外すことが出来ずに「む……」という唸り声が聞こえる。すぐさま諦め、ブラウスを乱暴に引き上げた。

「あっ!」

「……ん、ルチア……!」

腹が暖炉で温まった空気に直接触れる。ざらりとした手が皮膚を撫でて、そのまま無遠慮に胸元の下着まで伸びた。下着に指を引っかけて、ぐっと持ち上げる。

唇が離れていき、代わりに腹に顔を埋めるように下がっていく。あっという間だった。はあ……と息が胸にかかり、膨らみの先端が濡れた。

「ひあ……あ、」

何をされているのかはすぐに分かった。ジャンティーレが胸を口に含んでいるのだ。そのまま、まるで赤ん坊が吸うように強く吸い、時折刷毛で水を塗るように大きく舌でそこを濡らして、また吸い付く。獣か子供のような動きだったが、ルクレツィアには初めての感覚で、いつのまにか下腹か疼いていた。

「な、に、……ジャンティ、レ、やめて、ジャン……」

「やめ、られない、ルチア……」

くふ……と胸を口に含んだままそう言って、再び夢中になって吸い付き始める。もう片方の胸の膨らみには片方の手が伸びて来て、ずらした下着に押し出された形になったその場所に触れた。今度は握り込むでもなく揉むでもなく、ぷるりと硬くなった部分を指で押し、摘み、もう一度……今度は弾くように動かす。

「硬さ、が、変わっていくんだ……ルチア、ルクレツィア……」

「は、あ……もう、」

「俺、俺は……」

「ジャン……?」

その先が聞きたい。ジャンティーレの言葉が聞きたいのに、互いに互いの身体に神経が持っていかれてしまう。だから、ずるずると身体がソファから落ち始めても、ルクレツィアはどうすればいいのか分からなかった。

一度ジャンティーレの身体が離れ、膝に掛けたショールごとふわりと身体が抱えられた。

「え?」

「ここでは、落ちつかない……」

「ジャンティーレさま……きゃっ」

ジャンティーレは、暖炉の前の毛足の長い絨毯と大きなクッションの上にルクレツィアの身体を下ろすと、そのまま部屋の扉へと行き、内側から鍵をかけた。逃げるなら今だ。しかし実際には何も出来ずに、熱に浮かされたようにジャンティーレの動きを目で追っていると、テーブルの上のグラスの片方をもう一度ぐっと煽って空にした。

あれは、レモネードだったのだろうか、リモンチェッロだったのだろうか。

起き上がろうとしたルクレツィアを、ジャンティーレがそっと抱き締めた。

「逃げないで」

「え……」

「逃げないで、ルチア」

そう言われ、再び唇を奪われる。アルコールを帯びた香りが唇に付いていて、先ほど飲んだのはきっとリモンチェッロの残りだったのだと知る。ジャンティーレは酒に弱いはずではなかっただろうか。だけどそれを指摘することも出来ず、身体は柔らかいクッションの上に落ち込んだ。

乱れたブラウスが再び捲り上げられ、直したばかりの下着が先ほど同じように容易く押し上げられる。そうして再び、吸い付かれる。

「あ。あ……」

「ルチア……なんてやわらかい、どうなっているんだ」

胸からの刺激が下半身へと伝っていく気がする。そして、その刺激が行き着いている場所に、くつんとジャンティーレの指が触れた。

「……ん!」

下着越しとはいえ突然そのような場所に触れられ、あまりの衝撃にルクレツィアの身体が強張った。胸からのやわやわとした刺激は一気に頭から吹っ飛び、羞恥に思わずジャンティーレの胸板を押し退ける。

しかしか弱いその腕を掴んでクッションに押し付けて離させ、ジャンティーレの身体はルクレツィアの下半身へとずれていった。

「ルチア、ここも触れたい」

「そんな、や……!」

指で触れるのを邪魔されたから、とでも言うように、ジャンティーレは強引にルクレツィアのスカートを捲り上げて、下半身を露にした。下着をずるりと太ももの途中までずらされる。

あっという間だった。

「い、いや……!」

「……」

「み、ないで、お願い……ジャン! やめて!」

信じられなかった。下着をずらしたまま太ももを抱え、露になったその部分にジャンティーレが顔を下ろしたのだ。

「ひ……や、だぁ」

「ん」

両手で太ももを持ち上げ、ぴちゃ、ぴちゃ……と舌を這わせている部分に頭が真っ白になる。ルクレツィアとて知識はあったが、知っているのと実際にされるのとでは全く違う。秘部の裂け目を不器用に捲って押し開き、はふ……と口腔に唾液をたっぷりと含んでちろちろと舐め、唇で挟んでは口づけするように、ちゅと音を立てた。その度にルクレツィアの唇からは言葉にならない艶やかな声がこぼれる。手を彷徨わせてジャンティーレの頭を退かせようとしてもより深く口づけられるだけだったし、何よりも相手がジャンティーレだと思うとどうしてだか強く抵抗が出来ない。いっそこのままでも……と、甘い諦めの気持ちが働く。

「あ、ああ……」

「ルチア……すごく、濡れてる。こんなにも」

濡れていることを見せつけるように、舌で舐めながら浅い場所を指が滑った。入り口に触れただけだったのに、何の引っかかりもなくぬるりとぬめっている。そのぬめりをくすぐりながら、指の先が出たり入ったりを繰り返した。舌も休むことなく動いていて、触れると他とは全く感覚の異なる箇所に執拗に吸い付いてくる。

思い出したように手が胸に伸びて来て、尖りに触れると大きな声を出して腰が跳ねてしまう。先ほど、ただ触れられていただけのときよりもその場所は敏感になっていた。少し触れられただけなのに、痛みではない……しかし痛みにも似た、しびれるような鋭い感触が身体を走る。

「もう、……ルチア」

ジャンティーレの声の色が変わった。

「え……、あ……」

少し身体を離すと、ジャンティーレはさっとルクレツィアの足から下着を抜く。そして自身も下穿きを脱いで、ごそりと己の塊を取り出した。確かにそれはジャンティーレの身体の一部であるはずなのに、腕や首とは全く異なる赤黒い醜悪な色をしている。

「……あ、あ」

「ルチア、俺は、……」

聞きたい、と思っていた続きの言葉を、ジャンティーレは漸くルクレツィアの耳元で囁いた。それを聞いたルクレツィアの瞳が驚きに見開かれ、身体の力がへなへなと抜けていく。

その隙をついて、太ももが再び持ち上げられた。膝立ちになったジャンティーレが、剥き出しになったルクレツィアの秘部に己を擦り付ける。

「う、わ……」

ジャンティーレが息を飲んで、顔を歪めた。その表情の意味が分からず目が離せないでいると、ぐ、とジャンティーレが腰を引いては再び押し付け始める。

「あ!」

くにゅ、とルクレツィアの秘所の花芽が潰された。先程ジャンティーレに舐められた時とはまた別の刺激は、ルクレツィアの背中を愉悦となって駆けていく。

「きもちい……ああ」

ジャンティーレはうっとりと言って、ルクレツィアの太ももに抱きつくような格好になると、己の滾った欲望をそこに挟み込んで動かし始めた。

「……ん、う!」

「……ルチア、ルチアァ……」

ルクレツィアのそこはまだ暴かれてはいないが、まるで男女の営みを思わせるかのような動きだ。恥ずかしさに顔を覆うが、それを見下ろしたジャンティ—レが手を伸ばして覆った手を退かせた。

「ルチア、顔を、見せて」

は、と息を吐きながら、ジャンティーレがルクレツィアの手を押さえ付ける。太ももを支える腕は無くなったが、ジャンティーレの身体がルクレツィアの足と足の間にあるので、太ももを閉じることは出来ない。閉じようとしてもジャンティーレの身体を挟んでしまうばかりで、まるで引き寄せられるように凶暴で生々しい硬さが押し付けられ、前後に動かされている。

時々、くぷ、と先端が濡れた秘部に潜り込もうとするが、段差の部分以上は入り込まずにそのまま入り口を捲るように揺らされる。ルクレツィアはジャンティーレに抱え込まれた。小柄なルクレツィアの頭がジャンティーレの胸板に押し付けられ、蜂蜜色の髪に熱い吐息が掛けられる。耳元でルクレツィアを呼ぶジャンティーレの声と、体温と、匂いに包まれて、思わずルクレツィアも腕を伸ばして背を抱える。

太くびくびくとしている箇所が裂け目にそってぬるぬると動かされ、抱き締め合う腕がきつくなった。

「は、あ。もう……出……っ!」

びくん……!とジャンティーレが震えて、ルクレツィアの腹がどろりと温かくなった。それがジャンティーレの精だとすぐさま分かったが、何かの反応をする前にジャンティーレが、ぎゅ、とルクレツィアにしがみつく。

「ルクレツィア。ルチア……」

泣きそうな顔でジャンティーレが腕の中のルクレツィアを見下ろしている。大きな手が頬を包み、こつりと額と額を合わせて、まるで許しを請うようにルクレツィアの蜂蜜色の瞳を覗き込んだ。

「ジャン……?」

そっと手を伸ばして、ジャンティーレの頭を撫でてみる。子供をあやすように、よし、よし、と撫でていると、ジャンティーレがほっとしたように笑った。

きゅん、と胸が狭くなる。

「ジャンティーレ様……」

「ルチア」

ふう……と息を吐いて、2人の身体が柔らかいクッションの中に転がり込む。ふかふかのクッションは2人を優しく受け止めて、暖炉の温もりと薪の香りに身体が安らぐ。

ジャンティーレが先ほどの激しさとは全く異なる優しい手つきでルクレツィアを抱き寄せて、ルクレツィアもまた、そっとジャンティーレの胸に身体を寄せる。

とくとくと脈打つ心臓の音を聞いていると、とろりと睡魔に襲われる。

****

……が、寝ている場合ではなかった。

ルクレツィアはジャンティーレの腕の中で目を覚ました。暖炉の火の大きさはほぼ変わっておらず、うっかり寝てしまったのはほんのわずかのようだ。

「ジャンティーレさま」

「ううん、ルチア、ルクレツィア……」

「ジャンティーレさま、起きて」

何度か名前を呼んでジャンティーレの肩を揺さぶってみるが、むにゃむにゃとルクレツィアの名を口にするばかりで一向に目覚める様子が無い。連日遅くまで仕事をしていたと聞いているし、また普段は口にしない度の強い酒を一気に飲んでしまったのも原因だろう。

「……どうしましょう」

途方に暮れながらもルクレツィアは身体をハンカチで拭って、服を整えた。拭ってもお腹周りが盛大に気持ち悪いが、ジャンティーレが寝てしまっているため、湯を用意してもらう訳にはいかない。何があったか……など、ルクレツィア一人で説明するにしろ、察してもらうにしろ、恥ずかしすぎた。

ルクレツィアはジャンティーレの眠っている前髪をそっと払って、寝顔を覗き込む。普段はきりりと凛々しい貴公子の顔も、こうしてみるとあどけない。よく考えてみれば1つとはいえ自分よりも年下で、弟のエヴァンジェリスタと同じ歳だ。そう思うと、頼りがいのある黒の貴公子がとても可愛い人に見えた。

もちろんルクレツィアは馬鹿ではない。ジャンティーレと行った行為も、それがルクレツィアの純潔までは奪っていないことも、……そして、ジャンティーレが恐らくは酔っていたことも、知っているし、理解している。

だがそれらの全てを咎めるつもりは無かった。受け入れたのはルクレツィアだったからだ。恐らく泣き叫べば使用人が飛んで来たであろうし、殴るなり蹴るなり……という、ジャンティーレの意識を正常に戻す努力をルクレツィアはしなかった。酒に酔ったときの言葉が本音なのかそうではないのか、人に聞けば二通りの答えが返ってくるだろう。しかしルクレツィアはジャンティーレの行動を、嘘だとは思いたくない。

あの時ジャンティーレは言ったのだ。

——— ルチア、俺は

『あなたのことがすきです』

酔っていながら言葉は少しも淀みなく、真っ直ぐで泣きそうな告白だと思った。

その時ルクレツィアは少しだけ感じ取ったのだ。……もしかしたら、ジャンティーレは見た目通りの麗しい黒の貴公子ではないのだろうか。エスコートがぎこちなくて、不器用で……けれどいつだってジャンティーレの声と眼差しは優しかった。

「私を想ってくださるの?」

けれどルクレツィアは行かなければならない。

結局ジャンティーレに己の口から全てを伝えることは出来ず、それだけが心残りだった。