解けぬ悪魔と召喚主

007.優しい恋人

あっという間に服を剥ぎ取られたウィーネの身体にアシュマが覆い被さり、柔らかな触り心地の胸を口に含んだ。声を上げる間も無く、悪魔の舌が頂をなぞる。開いた方の胸は堅い指先が弾いて、あっという間にそこは先端が尖り主張し始めた。

「やめて、やめてよ!」

「止めぬと言っている。優しくしてやると」

「どうして……優しくなんて……召喚主だから、って、そう言って」

「お前は恋人だろう」

「え」

「お前は我の恋人だ。恋人ならば優しくするものだからな」

そうして笑ったアシュマの顔は、悪魔の顔に張り付いた表情であるくせに優しく蕩けるようだった。ついさっきウィーネの首筋を、血が出るほど噛み付いたとはとても思えない。

だがウィーネはほだされずに、いやいやと首を振る。

「だって、恋人だなんてそんなの。変な人を避けるためだけでしょう?」

「そうだ」

あっさりと頷くアシュマにウィーネの心がちくりと痛み、なぜか瞳に涙が溜まる。

「ウィーネ?」

「それなら、別に……私の部屋でまで恋人の真似なんてしなくてもいいもん……」

「真似? 真似とは何だウィーネ。我は恋人の真似事をしているつもりはない」

「じゃあ何なの」

「恋人というものだろう」

「だから!」

アシュマはウィーネの言っていることの意味が分からない。アシュマは確かにウィーネの周囲に男が言い寄らないように「恋人」と公言してきた。人間の男と女が常に2人でいるという事象は、「恋人」と称した方が都合がいいと判断したのも本当だ。しかし別段その「恋人」という関係を噓偽りとしているつもりはない。

「恋人の真似というのはどういう意味だウィーネ」

「それは……」

「真似と真実との境目はどこだ、ウィーネ」

問われて、逆に口ごもってしまった。本当と偽物、その違いはどこにあるのだろう。

「でも、だって、アシュマと私は使い魔と召喚主でしょう?」

「そうだ。最も重要な関係性。しかし、それであれば恋人と称してはいけないのか?」

「そんなの……」

知るはずが無い。ウィーネの記憶の中で、そうした恋人同士はいなかったし、駄目か駄目ではないかと問われればそんなのは当人の問題であるような気がする。

それなら、それならばと、ウィーネはずっと自分の胸を痛めつけてきたあの言葉を口にする。

「嫌いって、い、言ったじゃない……」

言って再び胸のズキズキが蘇って来たが、アシュマは先ほど「関係ない」と言った時と同じように、さも当然のことであるように言い返した。

「嫌いであれば恋人になれないのであれば、我を嫌いと言わなければいいのだ、ウィーネ」

「なに、なにそれ!」

「お前に嫌われるようなことはしない、もう強く噛み付きもしない。だから言っただろう、優しくしてやろうと」

「アシュ……」

「もう黙れ」

その命令の通り、アシュマはウィーネの唇を塞いだ。ウィーネの舌にアシュマの舌が絡まり、何度も擦り合わせた。アシュマの動きはウィーネの頭から余計な考えを追い出し、互いの交わり合いのことしか考えられないように誘い始める。指先は再び胸の柔らかみを這い上がり、ふっくらとしたふくらみを愛でながら、切っ先の弾力を摩った。

指で触れられているだけなのに、すぐに息があがってしまう。

「や、あ。まだ、話終ってな、あ」

「終った。後は優しくするだけだ」

アシュマの羽はウィーネの両側に置かれて、視界が狭く暗い。その暗さは夜の闇よりは明るく、夕闇よりは暗く、ウィーネを真綿にくるむような感覚をもたらした。

胸を舌と指で責められて、それはまるで読書室で抱かれた時と同じだった。それなのに、手つきは全く異なる。優しくかすめるような触れ方と丁寧で丹念な愛撫に、ウィーネはいつもの「いや」を言えない。

アシュマは意地悪な視線でウィーネを見ることなく、目の前の胸を震わせることに熱心だ。時折互いの喘ぎの混じった息が聞こえて、それがさらにウィーネの気持ちを詰まらせた。

ひょいとウィーネの身体が抱えられ、仰向けにアシュマの身体の上に乗せられる。

楽しげにアシュマがウィーネの顔を覗き込んだ。

闇色の異形は顔形は人間に近いが、人間とは全く異なった。紅の瞳は動く度に軌跡を残し、鋭い牙の見える唇からは唸り声が響く。しかし、そんな恐ろしい姿形からは想像もつかないほど、アシュマは繊細にウィーネの身体に触れた。

腕と肩の片方にウィーネを乗せ、その顔を覗き込みながら手を下へ下へと伸ばしていく。

「んっ……」

くちゅ、と、アシュマの指が届いた時には、そこは僅かに濡れていて、もっと溢れさせようと動き始める。

表面をそっと撫でて、時折花芽に触れる。微かな動きは常にないほど緩やかで、それなのにとぷとぷと中から蜜が溢れ出す。

時々、恋人にするような触れるだけの口付けが落とされて、その度にくすぐったさにウィーネがぎゅっと眼を瞑る。だから、ウィーネはアシュマがどんな顔で触れているのかよく分からなかった。

やがて指が入ってくる。一本、二本……指はゆっくりと出入りして、気まぐれにこちょこちょと中をくすぐった。

すべてのふれあいが焦れったく、いつもウィーネを無理矢理高みに連れて行く手は、今日はなぜか連れて行ってくれない。

それでも少しずつ押し上げられて、だがあと少しというところでアシュマの手が休む。

「あ、アシュマ……どして」

「優しくすると言った」

「んっ」

アシュマの中で、優しくする……というのは「激しくしない」という意味らしい。ウィーネの好いところをゆっくりと刺激するその手管は、激しくされるよりも遥かに意地悪だ。

「い、じわるしないで」

「していない……どこも痛くないか、ウィーネ」

アシュマは頬に音を立てて口づけを落とすと、逃げ腰のウィーネの身体を追い掛けた。ずるずるとウィーネの身体が落ちると、それを追い掛けてアシュマが覆い被さる。ごろごろと寝台を転がりながら、それでもアシュマの指はウィーネの中に触れたままだ。

ウィーネは、ずっと続く鈍い快楽についに根負けした。

「う、く」

「は……あ、ウィーネ、中が、しまって」

ぎゅ……とアシュマの胴にしがみつく。顔をアシュマの堅い胸板に押し付けながら、ウィーネはアシュマの指の動きに集中した。はあはあと息を吐きながら、登り詰められる感覚を追い掛ける。

「ふっ、あ……ああぁん」

途端に愉悦の感覚がウィーネを襲った。思わずアシュマにしがみつく腕を強くすると、呼応するようにアシュマも強くウィーネを抱き締めた。震える身体はいつまでも心地よく、アシュマの手がさわさわと忙しなくウィーネの身体をなで回し始める。

「ウィーネ……ああ、堪らぬ」

「あ……、へ、んなとこ触らないで」

「我を惑わすな。……優しくしてやろうと言っているのに」

言うアシュマの言葉は、熱い吐息が混じっている。まだアシュマ自身はウィーネを楽しんでもいないのに、なぜウィーネと同様に荒い息を吐いているのだろう。頬を寄せた異形の黒い身体には血色の文様が這っていて、それらはどくどくと脈打っている。

ぼんやりとそれを見ていると、アシュマがウィーネから指を抜いた。それでも羞恥にしがみついたままのウィーネを転がして、寝台の上にうつ伏せにさせる。

「あ、アシュマ?」

何をするのかとウィーネが振り向こうとすると、腰が持ち上げられた。

「きゃあ」

四つん這いのような格好になって、思わずじたばたと前に逃げようとしたが、アシュマの手が太ももをきつく抱えていて離れない。ずるんと前のめりにバランスを崩して、枕に顔を埋めた格好になってしまう。

「っあ」

じゅ……と大きな音を立てて、後ろからアシュマが先ほど指でもてあそんでいた場所に食らいついた。アシュマの喉奥から長い舌が伸びて、入口をゆるゆると触り始める。先端が花弁を一枚一枚丹念に舐め、ぷくんと膨れた場所をちろちろとなぞった。決して奥を暴こうとはせず、表面を撫でるだけだ。

「あ、ふ、アシュマ、アシュ……」

ウィーネの声に舌を止め、アシュマは顔を上げる。しかしアシュマは瞳を細めてうっとりとウィーネを眺めただけで、再び顔を下ろした。今度は伸ばした舌で幾度か秘裂を舐めて、くっと奥に侵入させた。

「あ、っ、や」

ぬるりとした感触が蜜壺の中に入ってくる。長く厚い悪魔の舌は、狭い膣内の襞を丹念に味わった。達したばかりの中を舌先で突きながら、溢れてくる蜜を絡め取る。

指や、ましてやアシュマ自身で貫かれるよりもはるかに心許ない切ない刺激だったが、先ほど知ってしまった感覚を手繰り寄せるのは容易かった。

今度はその前兆を感じ取ったのか、アシュマがウィーネに合わせて指で軽く膨れた箇所をこすってやった。ひとたまりもなく、ウィーネの身体が快楽と緊張に強張り、一気に解ける。

「あ、はあ……あ」

ちゅる……と舌を抜くと、崩れ落ちたウィーネの身体を後ろから抱いて、熱く堅いものが押し当てられた。

「ウィーネ、お前は我を分からなくする」

「んっ、ど、ういう、意味」

「……やはり、優しくできぬ」

「……あああ!」

優しく出来ぬと言いながらも、それはゆっくりと、だが奥まで止まることなくウィーネの中に潜り込んだ。ウィーネの中は温かく、そのやわい感触がアシュマの堅い熱を包み込む。悪魔が「ああ」とため息を吐いて動き始める。

アシュマなりに努力はしているようで、抽送もゆっくりだ。じっくりと時間をかけて引き抜き、それと同じ位時間をかけて奥を目指す。

ぐっちゅ、ぐっちゅ……と、アシュマが動く度にどろどろに解けた結合部が酷く粘ついた音をたてた。いつもより遥かにゆっくりとした動きだったが重くて力強く、あっという間にウィーネを追いつめる。

しかし、ウィーネが登り詰める前に、アシュマは動きを止める。

「達する時のお前の顔が見えぬな」

言って、つなげたままウィーネの身体を仰向けにさせた。

言われたウィーネは羞恥に顔を真っ赤に染めた。ばばっと手で顔を覆ってしまったが、それを許さぬようにアシュマの両手がウィーネの背中を抱き起こす。自分の上に座らせたウィーネの手を後ろに回して、片方の手で拘束した。もう片方の手は腰を軽く持ち上げて、先ほどまでのゆるやかな動きが嘘のように激しく穿ち始める。

「や、見ないでよ、そんな、あっ」

「いつも、見ている」

「そんなこと、言わな……い、んんっ!」

ウィーネの自重で深くつながったそれを、揺するように動かす。

腰を引き寄せては緩めると、胸が触れ合いウィーネが擦り寄ってくる。その様子がいじらしく、アシュマは拘束している手を離してやった。

そうすると、きゅ、とウィーネが抱きつく。そうだ、この瞬間のウィーネが堪らなく愛らしいのだ。

「ウィーネ、お前は愛らしい」

「ふ、う……ぅえ?」

「身体も、声も、何もかも」

甘くささやく悪魔の声。しかし快楽に身を委ねるウィーネが、その言葉を真剣に聞いていたのかどうなのか。アシュマは注意を向けることなく、がつんと一度大きく動かした。跳ね上がる声を聞いてから、再び細やかに揺らす。大きく穿つと極まったような声を出し、小さく可愛がれば小鳥の啼くように囀る。

この愛らしいアシュマだけの召喚主。アシュマとだけ魔力の契約を交わした、か弱い存在だ。

アシュマがその小さな身体を啼かせることに夢中になっていると、ウィーネが顔を上げた。瞳を少し赤くして溶けるような眼差しを向けている。

散々焦らされたウィーネが、アシュマの熱に陥落するのは早かった。

もう少し、あと少し、アシュマの身体を飲み込みたかった。もっともっとアシュマに近付きたかった。自身の理性とは別のところで、夢心地の少女は悪魔を求めてしまう。

「アシュマ、待って……」

「ウィーネ?」

「っん、ふ、」

ウィーネが身体をこすりつけるようにアシュマの上で動いた。誘うその動きにアシュマの表情が歪む。

「ウィーネ、何を……っ、待て、」

「あ、もうちょっと、奥……」

「これ以上は、ウィーネ……」

奥のどこかを捲り上げるように、少しずつつながり合う部分が深くなり、ウィーネの最奥……これまで最も奥だと思っていた場所から、さらにもうほんの少し深く沈み込んで吸い付かれた。

その状態でウィーネがもぞもぞと腰を揺さぶる。

あまりにも拙い動きだったが、鍵穴と鍵のようにぴたりと合わさっていたその場所は、あれほど巧みな上位二位の悪魔をいとも簡単に限界にさせた。

「は……あ、ウィーネ……くっ」

そして、アシュマは己にコントロール出来ぬ感覚で、頂点を迎え白濁を吐く。一度出してしまえばもはやその快楽に身を委ねるしかなく、アシュマはウィーネの身体を自身の胸に抱き寄せ、すべてを吐き切るまで動かした。ウィーネもまたアシュマにしがみついて眼を閉じる。今だけは、なぜかアシュマに対する矛盾した感情は無くなって、ただひたすら自分を預けて溶けた。

「ウィーネ、お前は……」

抱き合ったあとの心地よさは、いつにもましてお互い極上だ。ウィーネはアシュマの胸と腕が心地よくて優しくて物足りなかったし、アシュマは優しくするべきところが再び我を忘れた上にウィーネに翻弄された。

「ウィーネ?」

闇の界上位二位の悪魔を我知らず貪り飲み込んだ少女は、うとうとと瞳を細くしていた。アシュマは「またか」と慌ててウィーネの頬をつまむ。だがウィーネはアシュマに頬をすり寄せて、つまんでいた手指をきゅっと握った。

アシュマはウィーネに指を握らせたまま、ふ……と息を吐いて黙り込む。

まだ挿れたままの己でもう一度ウィーネを愛でてやってもよかったのだ。先ほどは意図せずウィーネに持っていかれてしまった。嫌な気分ではないが、よもや自分が……という思いが強い。

しかし再び強引にウィーネを抱く事が「優しくない」行為だというのは理解できた。仕方なくアシュマはウィーネから己を引き抜く。

なぜこんなにも自分がウィーネに執着するのか分からないが、アシュマはこの執着を手放すつもりはない。

例えばウィーネが他の使い魔を召喚したりすれば、アシュマはそれを阻止するだろうし、ウィーネが他の男子生徒を恋人にしようとすれば、アシュマは学校からウィーネを連れ去るだろう。考えただけで募るどす黒い苛立ち。ウィーネは他の誰にもやらない。共有するつもりもない。他の何者かがウィーネに触れるなど許さない。

「ウィーネ、お前は我だけのものであればいいのだ」

ウィーネはアシュマだけの召喚主であればいい。魔力も身体も、その笑顔も、何もかも。