特別授業を終えた今の時間は少し遅かったが、校内にはいつもよりは多くの生徒達が残っていた。そしていつもよりもカップルで歩いている者達が多く、中でも恋人同士というには初々しい距離感の2人が多かった。
男子生徒と並んで歩いている女子生徒達は、ニコニコと惜しげもなく笑顔を振りまいていて、それは作ったものではなく恐らく心からの表情だ。ショコラトルを渡して告白して上手くいった人達に違いなく、真っ直ぐで素直な笑顔はウィーネの目から見ても可愛らしくて、……少しうらやましかった。
「素直で可愛いなあ、みんな」
ぽそ……と、ほんとにほんとに小さく言った言葉を、隣のアシュマが拾う。
「お前は素直ではないのか?」
「え?」
「我にはお前も素直に見える」
何の気概もなく、ただそうだからそうだと言っただけの口調で、アシュマがウィーネを覗き込んだ。いつもと同じ紅茶色の瞳だったが、思いがけないほど真面目な顔でウィーネは瞳を丸くする。
そして、何故か全く分からないが、かあ……と頬が熱くなった。
「どこが! 目が悪いんじゃないの、アシュマ」
そっぽを向いたのは赤くなっただろう頬を見られないようにするためだ。アシュマを置いて行くように、いつものように早歩きになる。
しかし、アシュマは別段急いでいる風でも慌てた様子もなく、易々とウィーネの隣に並んだ。
「目が悪いはずがなかろう。上位二位の我が」
「じゃあ、きっと人間になって悪くなったのよ」
「そんなことより、ウィーネ、ショコラトルはどうした」
ピタ……と足を止めかけて、またすたすたと歩き始める。それでもアシュマは歩を乱すことなく、常にウィーネの隣だ。
しかし、不意に腕を掴まれた。
「! ……ちょっと離してよ、ショコラトルは自分で食べ……」
「階段だ」
「……分かってる」
ウィーネだって目は悪くはないのだから、目の前に階段があることくらいは知っている。それでもアシュマは一緒に歩いていて階段があると、例外無く必ず手を絡ませてくるのだ。
アシュマと手をつなぐようにして階段を下りると談話室があり、いつもならば部屋に戻る前に雑誌を読んだりお茶をしたりするのだが、そんな気分にもならずに談話室を通り過ぎ、男子寮と女子寮に分かれる踊り場で手を離した。
「ここでいい」
「ウィーネ」
いつもならば「後で行く」と囁かれて手を離されるのだが、胸のそわそわが消えないウィーネは、アシュマに何かを言われる前に慌てて自分の部屋に駆けて行った。
「よい香りがする」
ニヤリと嗤ったアシュマの顔には、もちろん気が付くこともなく。
****
あれからアシュマも来ることなく大体の用事を済ませることが出来たウィーネは、シャワーを使って一息ついた。鏡の前に座り、少し湿り気が残っている髪をひとまとめにして持ち上げ、少し右に寄せてくるりと丸めてみた。
『首が細く見えて似合うと思います』
「……そうかなあ」
ルフィリアはあのように言っていたが、自分ではよく分からない。正装をするときはまとめ髪を作るときもあるが、下ろした方が顔がすっきり見えるような気がするのだ。
まとめ髪を作ったまま、いろんな角度を鏡に映していると、寝台の方から「何をしている」と低い声が聞こえた。
「……!!」
手を外して、ばさ……っと髪が肩に落ちる。脊髄反射で振り向くと、男が寝台からゆっくりと下りてくるところだった。今のを見られていたのかと思うと恥ずかしくて、思わず髪の毛をばさばさと直す。
「別に!」
「髪を上げようとしていたのか?」
立ち上がろうとしたウィーネの身体はほんの僅かの力で押さえつけられて、アシュマの手が黒い髪を掬い取った。先ほどまでウィーネがやっていたように髪を持ち上げるが、まとめ髪にするでもなく、ただ手触りを楽しむようにスルスルと触れている。
「……違う、そういうわけじゃ」
「ああ。……お前は髪をあげるな」
「え?」
「下ろしておいた方がいい」
似合わないの? そう聞きそうになったが、なんでそんなことを気にしないといけないんだと思い直して我慢する。「もうやめて」と手を払おうとしたら、ウィーネの髪を丁寧に2つに分けて前に下ろしていたアシュマが、さらしたうなじに唇を付けた。
「あ……いやっ」
「他の者に見せてなどやらぬ。痕が残っているからな」
「なっ、」
首の後ろに熱を持った吐息を感じると身体を強張らせてしまうのは、そこを思い切り噛み付かれたことがあるからだ。アシュマが治したはずなのに、まだ痕が残っているという。髪を上げると見えてしまうのだろう。だから上げるなと言ったのか。それならば、どうしてちゃんと治してくれないの? しかし、そんな願いを口に出来るはずもなく、悔しくてウィーネは黙り込んだ。アシュマはそのような様子を面白がるように唇を寄せる。
最近のアシュマはいつもこの場所を唇で触れた。ただし絶対に噛むことは無く、ただひたすら優しく吸い付く。
「……ん」
そして必ずと言っていいほど、温かい舌でなぞるのだ。
大きな手がごそごそと下に降りてきて、ウィーネの胸をまさぐり始める。
「ちょっと、やめてよ! あっ」
慌ててウィーネがアシュマの手を掴んだが、バランスを崩した身体を抱きしめられた形になった。丸椅子から落ちそうになったウィーネは、脇から支えて持ち上げられる。アシュマが代わりに椅子に座って、無理やり膝の上に乗せられた。
「暴れると落ちるぞ」
「もう!しつこいっ!」
いやいやと頭を振るが、身体に巻き付けられた腕は決して離れない。服を捲り上げて胸の膨らみを直接愛でようと、悪戯な動きは止まらなかった。
暴れる身体を片方の腕で難なく押さえ、もう片方の指先が繊細に動いてウィーネの柔らかい胸に触れ始めた。先端を起こすように爪弾くと、反応した肌がひくんと震える。
「ウィーネ、ショコラトルは?」
「あっ、や」
同じ箇所をしつこく触れながら、ウィーネの耳元で質問を繰り返す。答えようと思うのだが、胸と耳から響く刺激に吐息が勝手に零れて声にならない。時々様子を伺うように耳に歯が触れ、胸を摘ままれると同時に少し強く耳を吸われる。大きな音を聞かせると、すぐに熱い息が流し込まれ、逃げようとするウィーネの背中がアシュマの逞しい身体に押し付けられた。
「ウィーネ、ショコラトルを作ったのだろう?」
「っあ、作った、けどっ、自分で食べ……っ」
「我のために作ったのに?」
「ち、が、……っう」
身体を押さえ込んでいた手が下半身に伸び、下着を掠めながら太ももを撫で始めた。アシュマがウィーネの耳に埋めていた顔を上げると、鏡に頬を紅潮させた召喚主の姿が映っている。ぎゅ……と目を閉じていたウィーネも、鏡越しのアシュマの視線を感じて瞳を開ける。
黒い髪の少女の部屋着のワンピースはお腹までたくし上げられていて、赤い髪に褐色の肌の男の手が、太ももの奥に触れていた。
「……いやっ」
「ん?」
「や、だ。はずかし……」
「いつも触れている」
く……と笑って、鏡に映った姿を見せつけるように足を開かせた。胸の頂を責めたてる指の動きはまだしつこく続いていて、絶え間ない感覚に鳥の啼くような小さな声しかあげられない。時々、ぐ……とアシュマの腰が押し付けられる。独特の硬さと質感を持ったものが何かは明らかだった。アシュマはいまだ制服を着ていたが、服越しでもその存在感は圧倒的だ。
「……ウィーネ」
「う、あ」
「ショコラトル」
「か、ばんのなか! かばんの、なかに、あるから! 取ってくるか、ら、はなして」
それを聞いたアシュマは、ちゅ、とウィーネの頬に口付けた。捲り上げていた部屋着を下ろしてやると、絡み付けていた腕をようやく緩める。その隙にウィーネはあわあわとアシュマの膝を下り、部屋着を整えながら勉強机に置いてあった鞄に手をつっこんだ。
ショコラトルを詰めた箱に手が触れてホッとする。しかしホッとした瞬間、ふわりと身体が浮いた。
「うえぇ?!」
ウィーネの腰に太く黒い鋼の腕が回されていて、抱えるように持ち上げていた。
「ちょっと! アシュマ、これ、ショコラトルあるから! 下ろしてよ、お……っ」
「分かっている」
悪魔の重い声がずんとお腹に響いた。部屋の灯りは悪魔の蝙蝠羽に陰り、それよりもさらに視界が暗くなったのは一瞬、悪魔の胸板に抱き寄せられたからだ。うわ……と思う間も無く、ぽすんと寝台の上に下ろされる。
瞑ってしまった目をそうっと開けると、人間とは異なり表情の分かりにくいはずの闇の異形が、うっとりとした顔でウィーネを見下ろしている。闇の界上位二位の悪魔は本性を現し、四つん這いの身体の下に少女を囲って、糧が与えられるのを待っていた。
ウィーネが作ったショコラトルを、アシュマは確かに欲しがっているのだろう。恋人がヴァレンティヌスの日のために作ったショコラトル、男ならだれでも欲しがるに決まっている。しかしアシュマがコレを欲しい理由は、恋人だからというわけではないのだ。
「アシュマ、は……なんで、そんなにショコラトルが欲しいの?」
「ウィーネ?」
「他の子から貰えばいいじゃない。別に私のじゃなくても……」
「お前の作ったものがいい」
きっぱりと言ったアシュマの言葉に、ウィーネが顔を上げた。その胸に、してはいけない期待が浮かぶ。
「どうして?」
「……お前の作ったショコラトルはお前の魔力そのもの。それ以外要らぬ」
そうしてやっぱり、ウィーネの勝手な期待は裏切られるのだ。
アシュマは他の女子生徒からショコラトルを受け取らない。その理由は、ウィーネの魔力ではないからだ。別にウィーネの作ったショコラトルだから欲しいわけではなく、ウィーネの魔力だから欲しいのだ。
魔力は要らないって言ってるくせに、結局アシュマが選ぶのもアシュマの価値観も、皆、ウィーネの魔力が全てだった。アシュマなんてただの使い魔なのだから、そんなことどうってことないはずなのに、突きつけられる事実が何故かとても切なくて、瞼の裏が熱くなる。
「魔力なんて込めなかったらよかった」
「……ウィーネ、どうした?」
思わず零した言葉は、涙声になって消えた。以前は「いい糧になるかも」なんて思っていたのに、今はどうしてこんなにも胸が痛くなるのだろう。
ウィーネはアシュマに涙を見せまいと顔を背けると、四角い箱を押し付けた。
「それあげるからもういいでしょ、退いてよ」
しかし箱を受け取ったアシュマは当然のように退かず、鼻を寄せてニヤリと嗤う。
「良い香りがする、ウィーネ。……我のために作った香りが」
「違うって!」
「違わぬ。お前の魔力が我を向いている。我のためにと」
「違う、違うし!」
じたばたと暴れ始めたウィーネの手首を、蝙蝠羽の鉤爪が押さえて寝台に縫い付けた。アシュマは鉤爪でウィーネを押さえた四つん這いの姿勢のまま、自由になった手でショコラトルを一粒取り出す。
なんという甘い香り。
ウィーネの肌や瞳や、小さく笑った顔に触れたときのような胸の高鳴りを覚える香りだ。そしてその香りが、慎ましくアシュマに向いている。
ふとウィーネを見下ろすと、先ほどまであれほど生意気に動いていた唇が今は閉ざされ、そっぽを向いていたはずの黒く濡れた瞳がこちらを不安そうに伺っている。いつもは不安を取り除いてやりたいと思うのに、時折、そうした表情がたまらなく愛らしく見えた。
「た、べないの?」
「食べる」
ショコラトルとウィーネをいつまでも見比べていたアシュマを不思議に思ったのか、不安顔のままウィーネが首を傾げている。それを見ながらアシュマはウィーネの唇にショコラトルを置いた。
「ん……?……ん!」
ウィーネの口の中に入りそうになったショコラトルを奪うように、アシュマがそれに唇を付ける。甘い味はウィーネの唇から離れていき、アシュマに移った。アシュマは顔を下ろしたまま、ウィーネの唇に触れるか触れないかのところで、口腔内のショコラトルを味わう。ウィーネはぴくりとも動けない。動くと、もぐもぐしているアシュマの唇に触れそうだからだ。
こくん……と飲み込むのはすぐだった。
「甘い」
「え?」
あまい、と言ったアシュマの唇がウィーネの唇に触れた。その距離感のまま、もう一度「甘いなウィーネ」……と言う声は掠れている。
ちゅ、と啄むだけの口づけをして、アシュマの顔が少し離れた。
アシュマは満足そうにウィーネの唇についたショコラトルを指で拭って、その指をぺろりと舐める。
「……前のものより甘いな、ウィーネ」
以前、ウィーネが作ったショコラトル。初めて食べたそれも甘く芳醇な香りがしたが、これもまた豊かな香りがする。しかしそれだけではない。前のものよりももっと甘く、いくつもの繊細な感情が込められている。胸の奥に真っ直ぐ届き、心臓をくすぐられるような心地よい魔力だ。それがさらに濃密に凝縮されていて、アシュマの欲望と、アシュマの欲望とは全く別の場所を同時に疼かせる。
それなのに、ウィーネは瞳を丸くした。
「嘘! ちゃんと味わってないでしょう」
「?」
常になく丁寧に味わったのに、おかしなことを言う召喚主だった。悪魔が無言で首を傾げると、片方の手をもぞもぞと動かし始めたので鉤爪を外してやる。ウィーネは自由になった片方でアシュマの持っている箱を探ると、一粒取り出して食べろと言わんばかりに差し出した。
「前より、ちょっと苦めに作ったの!」
そうは言うが、目の前のショコラトルは先ほどと同じ良い香りがする。……いや、ウィーネが積極的にアシュマに差し出しているからか、むしろ先ほどよりもさらに香りが濃くなって……。
吸い込まれるように、ウィーネの指ごとショコラトルを咥える。
「あ」
咥えられた指を慌てて抜いたので、アシュマはウィーネの離れていった手を、今度は鉤爪ではなく手で押さえつけた。胸がざわざわと騒ぎ始める。
「甘い」
「うそ」
「本当だ。何故我が嘘をつかねばならぬ」
言いながら、アシュマは本格的にウィーネにかぶさった。もう片方の鉤爪も離してウィーネの背中に腕を回し、先ほどショコラトルを奪った指先を口に含む。
「ちょっと、離れ……」
ウィーネの声を無視し、ペロリと指先に残ったショコラトルを味わいながら問う。
「何故、甘いものをわざわざ苦く作ったのだ」
「……え」
アシュマが指から唇を離す。
「ショコラトルは甘いものなのに、何故苦く作るのだ」
「そ、れは」
何故か顔を赤くしたウィーネの頬にアシュマの頬が擦り寄る。いよいよ本格的に抱き締められ、寝台の上は本性を露にした悪魔の姿で一杯になっていた。
「ん、ちょっと離して、離れて……だって、あ、アシュマが」
「我が、なんだ」
「いっつも珈琲、ブラックで飲んでるから、……苦い方が、す、好きかなって思っ……」
続きは言葉にならなかった。
アシュマが強引にウィーネの唇に己の舌を滑り込ませたからだ。突然激しく始まった行為にウィーネが驚いて手足をジタバタと動かしたが、容赦なく悪魔の躯に絡めとられて拘束された。黒い鋼の中に少女の身体が溺れていく。
口腔内を忙しなくうごめく悪魔の舌は甘くて苦いショコラトルの味がする。その味をウィーネに移すかのように、舌の表面が摺り合わされ、応えきれない動きは無理矢理吸い上げられて、何度も繰り返し強請られた。
唇を犯しながら、アシュマは再び鉤爪でウィーネの手首を押さえつける。不思議なことにその硬い鉤爪は決してウィーネを傷つけず、身体の重みも感じさせない。軽く押さえられているだけのように感じられるのに、逃れることは出来なかった。そうして動きを止められた身体に、悪魔の指が這い始める。
ぷるん……と胸に触れられる。
先ほど鏡の前で触れられていた感触が蘇り、そこがぷくりと起き上がるのはすぐだった。触れやすく立ち上がった場所を悪魔の指が幾度も往復して揺らし、その度にウィーネの腰が小さく反応する。だが声は上がらない。アシュマが塞いでいるからだ。
ウィーネの身体に心地のよい刺激が走る度に、「ん」……と吐息だけが音になって響く。それは口づけているアシュマの舌に直接届いて、悪魔を満足させた。ウィーネの愉悦が身体ごしにアシュマに伝わる様子は、魔力越しに伝わるのと同様か、それ以上の深い満足感をもたらす。
その満たされる心地をもっと得たくて、アシュマはようやく片方の手を胸から離した。下肢へと伸ばし、これから入ろうとする場所の具合を確かめる。
浅い部分に触れただけで、解けた様子が伝わる。この蜜はアシュマの愛撫で生み出されたものだ。今まで当たり前に思ってきたその様子が、急に狂おしい感情を生み出した。
言葉も無く身体を起こすとウィーネの腰を掴み、ぐ……と大きな熱の塊を押し付ける。
「……ぁ! んっ」
唇が離れ、代わりにウィーネの中に深くアシュマが入ってくる。ゆっくりと、しかし決して止まる事無く、膣内をずるりずるりと擦りながら奥深くに潜り込んだ。
「あ、ああ……」
「……ウィーネ……」
初めてアシュマが口を利き、手の甲でそっとウィーネの頬に触れる。
「ど、して、何、きゅうに、っい」
どうして急にこんな風にするのか。そう問いたいのだろう。アシュマにもそれは分かったが、答えることはしなかった。アシュマにも理由は分からなかったから答えようがないのだ。しかし、アシュマをこんな風にさせた言葉ならば分かる。
『……アシュマが好きだと思ったから、ショコラトルを苦く作った』
たったそれだけのウィーネの理由と行為が、アシュマの欲望を狂おしく燃やしたのだ。やはりこのショコラトルはアシュマのものだ。それもアシュマに向けた魔力を込めただけではなく、その味わいまでも……アシュマがどのようなものを欲しいか、考えて作ったのだから。
そのような事が、なぜこんなにも胸を騒がせるのだろう。この騒ぎはウィーネを味わえば収まるのだろうか。
早くウィーネの中を掻き混ぜて、解かして、啼かせたかった。アシュマ自身の欲望で、ウィーネを……
ウィーネを悦ばせたい。
「っ……あ」
一度ギリギリまで引き抜くと一気に最奥を突き、触れた奥の場所を先端で抉るように動かす。
蝙蝠羽の鉤爪をウィーネの横に突いて、さらに深く覆い被さった。ウィーネの腰を持ち上げてアシュマにさらに密着させ、好い場所に狙いを定めて細かく揺さぶる。
「……ウィーネ……素直ではないか。お前は……」
「や、だっ、ねえ、アシュマ……っ」
「もっとだ。ウィーネ……」
ウィーネの感じている愉悦が、肌を通して、粘膜を通して、空気を震わせてアシュマに届く。魔力がいつになく高鳴っているのも分かった。けれどそんなことは関係無い。魔力だけではない、ウィーネの反応の全てが欲しい。
魔力など、ウィーネが、
ウィーネがいれば、それでいい。今は。
アシュマが激しく動き始める。
ぐちゅ、ぐちゅ……と膣内の蜜液が音をたてた。奥を突く度に押し出された液が、悪魔と少女のつなぎ目を濡らしていく。ウィーネの吐息だけではなくアシュマの荒い息づかいも重なって、少女の戸惑いも悪魔の浮き立った心も全て溶かして、一つの場所を目指していく。
「そ、んな、はげしっ、も、」
「は……、来い。来るといい……ウィーネ、ウィーネ……」
来ればいい、この悪魔の許へ。
一際高い声を上げてウィーネの身体が強張り、幾度も揺れてアシュマを締め付けた。同時にアシュマも白濁を吐いて、ウィーネの蜜と混ぜ合わせる。
しばらくするとウィーネの身体から力が抜けていき、くたりと崩れた。それを先ほどの激しさとはまるで異なる優しさで、壊れ物を扱うようにそっとアシュマの腕が抱き止める。
だが、繋がった箇所はそのままだ。その手は少女を優しく愛でようとも、萎えぬ悪魔の凶暴な欲望は少女から出て行く気は無い。
「ウィーネ……」
この場所は、アシュマだけが悦ばせることの出来る、アシュマだけのものだ。
「足りぬ。もう一度、だ。我を感じろ」
今度は優しく、長く抱こうと決めた。
****
何度も悪魔の精を受け止めた白い少女の身体が、寝台に横たわっている。先ほどまでアシュマにしがみついていた手は無防備に枕に投げ出され、アシュマが揺らす度に愛らしい声で応えていたふっくらとした唇は、すうすうと健やかな息を吐いていた。
何も身に着けさせぬままのその身体を、悪魔の指が首筋から胸元にかけてなぞる。この身体のどこかに、アシュマの求めるものがあるはずなのだ。魔力が生み出される心臓、愛らしい声を吐き出す喉、悪魔の精と魔力をつなぐ子宮、一体どこにそれがあるのだろう。一体何があるのだろう。何度深く身体をつなげても、掴めそうで、掴めない。
ウィーネが苦いはずだと言っていたあのショコラトルも、魔力が絡み、確かに常より甘いと感じたのだが、それはなぜなのか。以前ならば、ただ美味になったと悦んだだけであろうに、今はその違いと理由が気になった。今までも魔力の味わいや香りが揺らぐ事は度々あった。けれど、それがアシュマに向けられているというだけでどのようなものでも満足だったのだ。今はその違いが……繊細な揺らぎやどんどん甘く美味になっていく様子が、気になって仕方が無い。
アシュマは傍らに置いてある箱からショコラトルを一粒取り上げた。
この一粒に、一体何が隠されているというのだろうか。
眠っているウィーネの胸の上に置いて、そこに口づけするようにアシュマが顔を下ろす。ウィーネの肌を味わうようにショコラトルをぱくりと口に含んだ。
「う、ん」
「ウィーネ……?」
ウィーネの胸に顔を埋め、肌の香りを楽しみながらショコラトルを口の中で溶かしていると、ゆっくりと黒い瞳が開いた。ぱちぱちと瞬きをして、むむう……と顔をしかめる。
「もう、しない」
そうして、むぎゅ、とアシュマの顔を押しやった。だがその力はか弱くて、アシュマはぴくりとも動かない。
悪魔はその本性に似合わぬ程、愛おしいものを見るように小さく笑って「ああ」と言った。
「寝るがいい」
「うん……」
大きな悪魔の身体を窮屈に動かして横になると、アシュマはウィーネの首の下に腕を回した。肩に近い場所にウィーネの頭を引き寄せると腕の中でもぞもぞと動き始め、やがて収まりの良い場所を見つけたのか、心地の良さげな息を吐いておとなしくなった。
悪魔もまた、腕枕を曲げてウィーネの肩を抱き、腰に手を回して血色の文様が張った黒鋼の身体に包み込む。
「アシュ……」
そうしていると、むにゃ……と眠そうなウィーネの声が聞こえた。「どうした?」とアシュマが見下ろす。
まどろむ声で、召喚主は使い魔に答えた。
「おやすみ」
「……」
その言葉に思わずウィーネの顔を覗き込むと、もうすっかり眠っている。
おやすみなどと言われたのは初めてだった。
いつもなし崩しに抱き合って疲れさせるか、無理矢理同衾するか、ウィーネが眠ってしまってから抱き寄せるかしていたから、「おやすみ」の言葉などあるはずがなかった。
もちろん悪魔もその言葉の意味は知っていた。だが、これまでの上位二位の悪魔にとって、実にどうでもいい言葉だった。それなのに、ウィーネのまろやかな声が口にするだけで、アシュマの欲しい言葉に感じる。
触れている腰のなだらかな曲線を撫でて、黒い髪に指を通して抱え込む。
「ウィーネ」
ただ抱いているだけで心地がいい。だが抱いているだけでは物足りない。
魔力もウィーネ自身も、欲しければただ貪ればアシュマは満足だった。そこに何が存在するか、そんなものはどうでもよくて、ただ欲しいものが手に入ればそれだけでよかった。
それなのに。
いつもと変わらないウィーネの身体。だが、その身に宿す魔力も、アシュマに対する感情も、手作りショコラトルの味のように、少しずつ少しずつ変わってきている。その理由をアシュマは知りたくなった。
しかし、悪魔のアシュマはただ欲望に従って欲しいものを求めることしか知らず、その心のままに、今は眠るウィーネを抱きしめて心地よい体温に身体を寄せる。
黒い異形が柔らかな少女を抱く様は、大切に守っているようにも見えるし、また、他の誰にも見せぬように隠している風にも見えた。