その年の冬は水と風の力が大きく、その影響で雪が多いのだと言われていた。このためエクスウェリア王国では各所で記録的な大雪に見舞われており、ここ首都レムスもまた例外ではなかった。
雪はしんしんと降り積もり、止む気配を見せない。その様子を硝子越しに眺めながら、一人の青年が難しそうな顔で腕を組んだ。
「止みませんね」
「本当に」
もう一人の声はふんわりと空気を含んだような、それでいて芯のしっかりした女性の声だ。青年の隣にやってきた女性は背の高い青年に比べると小柄で、女性というよりは少女と言ったほうが似合うような雰囲気だった。
「ルチア!」
「え?」
青年は女性が急に隣に来たことに驚いたように身体を強張らせた。その後顔を赤くして、ぎくしゃくと片手を持ち上げた後、なぜか唐突に上着を脱ぐ。
「ジャン?」
「ルチア、窓のそばに寄ってはいけません、とても寒い。暖炉の、暖炉の前に!!」
「まあ、だいじょう……」
「大丈夫ではありません、これを着て」
ジャン……と呼ばれた青年は、ルチアと呼んだ女性に自分が着ていた上着を肩にかけた。男物の上着をだぶつかせながら肩にかけた小柄な女性の姿は、どこからどう見ても愛らしい。
青年はそれを見て鼻を押さえて上を向いた。
「ハア……」
「ジャン? 寒いのでは?」
「だい、大丈夫です、暖炉の前にいきま、いきましょう」
鼻血は出ていなかったようで、青年は顔を赤くしたまま女性の肩に手を回そうとして迷って、最終的にそうっと触れた。女性が青年を見上げて、小さく嬉しそうに微笑むと青年もまたホッとしたように小さく笑う。
青年の名前はジャンティーレ・マッツェリア。マッツェリア侯爵家の嫡男であり、ここは首都レムスにあるマッツェリア家の邸だ。女性はルクレツィア・フェルミ伯爵令嬢で、ほかならぬジャンティーレの可愛らしい婚約者である。
ルクレツィア・フェルミ伯爵令嬢とジャンティーレは、この冬に見合いをした。侯爵家嫡男と伯爵令嬢との見合いは政略的なものに見えたが、実をいえば出会う前から文通をしていた仲だった。ジャンティーレ自身、まだ見ぬころからルクレツィアに憧れていて、この見合いは何の問題もなく、むしろ愛に溢れてまとまったのは有名な話だ。
何しろジャンティーレは、先日仕事のために首都を離れるルクレツィアを追い掛けて、路上で愛を請うたのだ。この話は今、まさに貴族達の間に広まっている最中である。黒の貴公子が金の淑女の前に跪いて、生涯ルクレツィアを守ることを誓い、輝かんばかりの笑顔でルクレツィアが頷いた様子は、宮廷の憧れと羨望を一身に集めていた。
中にはジャンティーレが泣いて鼻水を垂らしながら求婚した、という噂もあったが、それは何の信憑性もない根も葉もない話だと一笑に付されている。何しろ黒の貴公子は、ルクレツィアの弟エヴァンジェリスタと並んで、宮廷で今もっとも華やいでいる男なのだから。
そのジャンティーレのお相手であるルクレツィアは、蜂蜜色の髪に琥珀色の瞳のまるで少女のような女性である。しかし幼げに見えるがジャンティーレの一つ年上で、学園都市ロムルスからも教員として呼ばれるほどの才女だった。先日もロムルスに特別講師として一週間ほど滞在している。
ジャンティーレは今日は年明けの挨拶にやってきたルクレツィアと夕食を共にしていたのだが、あまりに降り積もる雪のために馬車を動かすことができず、邸で雪の落ち着くのを待っていたのだった。
しかし一向に雪は降り止む様子を見せず、これでは馬を走らせることができない。マッツェリア家が所有している魔法馬車を動かすことはもちろんできるが、いずれにしろ道を除雪しなければ家から出られないだろう。
……と、いうことは、だ。
「る、るる、るるる」
「ジャン? どうかしまして?」
「ルチア、あの」
「はい」
雪が降り止むまではルクレツィアはこの家に滞在するということであり、そしてこの雪は一晩止みそうにないのである。そう、一晩止みそうにないのである。一晩止みそうにない、止むまでルクレツィアは滞在する、……一晩止みそうにない。
ここから導かれる法則に、ジャンティーレは声を大きくした。
「雪は、あの、一晩中降るそうです」
「まあ」
「……雪が止む、止むまで。明日の朝になったら雪も止むでしょうから」
ルクレツィアがきょとんと瞳を丸くする。まるで小動物のように無垢であどけなく、とても愛らしい。その愛らしい様子に胸を高鳴らせながら、それでいてもしも嫌な顔をされたらどうしようという不安も持ちながら、ジャンティーレは思い切って言った。
「今夜は、どうか、泊まっていかれては?」
言った、言ってやった。
しばしの沈黙。
ジャンティーレ・マッツェリアは、返事を待つこの一瞬のことを永遠にも近い時間だったと後に思った。自分を見上げる大きな瞳、少し潤んだバラ色の唇。それが動くのを待つ不安と期待の入り混じるこの気持ち。
やがて、ポ、と頬を染めてルクレツィアがうつむいた。
「あの……では、お言葉に甘えてもよいでしょうか」
「よいです! もちろんです! 今、執事に言って用意させています!あっ!」
あ、しまった。執事に言ってすでに用意させてるとか、泊まってもらう気満々みたいでちょっと逸りすぎた感じだろうか。変な風に思われていないだろうか。がっついているように見えたりとか。
だが、ルクレツィアはうつむいていた顔を上げて、ちょっとはにかんだように首を傾げて微笑んだ。
その笑顔を見てジャンティーレも、照れと安堵に暖かな息を吐く。窓の外は雪が止まないが、それに反して室内の温度は少し上がったような気持ちがした。
****
別に何かするというわけではないのに、同じ屋敷内に愛する人がいるというだけで心がソワソワするものだ。しかも使用人は何を考えているのか、ルクレツィアの部屋をジャンティーレの隣に設定した。
ジャンティーレはしばらくの間自室を落ち着きなくうろうろとうろついていたが、ルクレツィアの部屋のある方に身体を近づけてみた。なんだか水音がするような気がする。もしかして、風呂? ルクレツィアは風呂に入っているというのか。
風呂……風呂、ということは。
「はだ、はだか……くそう!!」
今、ジャンティーレはシンプルにルクレツィアの裸を妄想していた。なぜならば、隣から聞こえる水音がシャワーの音を連想させるからである。連想というよりもおそらくあれはシャワーの音そのものであろう。ならば確実に壁一枚向こうには裸のルクレツィアがいるということで、ジャンティーレはそんな邪な夢想をしている自分を戒めるために壁に頭を打ち付けた。
「いかん……俺も、風呂に……」
そして、ふらふらとジャンティーレは風呂に向かった。
そう。風呂は重要な要素である。もしもこれからルクレツィアと何かあった場合風呂に入っていない男というのはどうだろう。前回……ジャンティーレはまだ童貞だがこれでも前回があったのだ……しかし酔っ払っていた上に風呂に入っていなかった。痛い失態だ。冬であるしさほど運動していないといえど、やはり「そういう」場合というのは風呂に入って、ほのかに石鹸の香りなどをさせておいたほうがいいに決まっている。
「石鹸は、何の香りがよいだろうか。これでよいだろうか」
それとも、もっとこう、男っぽい爽やかな香りのほうがよいだろうか。浴室に行くと何種類か石鹸が置いてあるのだが、いつもは適当に掴んでいるそれらが何種類もあることに、今日は苛立ちを覚えながら念入りに香りを嗅いだ。
嗅いだところで自分を取り戻した。
別段、ルクレツィアに匂いをかがれることがあるわけでもないのに何を考えているのだ自分は、邪念だらけではないか。
邪念を打ち払うために、ジャンティーレは肌が赤くなるほど身体を石鹸でこすり、いつもより丹念にいろいろな箇所を洗い、熱い湯では足らぬと冷たい水をあえて被った。しかし邪念を払おうとしている割に、いろいろな箇所を丁寧に洗う余裕はあった。
「落ち着け。ルチアはもう寝室に入って明日の朝までゆっくりしているのだから俺と会うわけないじゃないか」
いやいや、しかしおやすみなさいの挨拶くらいはしたほうがいいのだろうか。
おやすみなさいの挨拶をする、しない、する、しない、する、しない。
ジャンティーレは冷水を浴びた髪を拭きながら、またも部屋を無意味にうろつき始めた。挨拶くらいはしたほうがいいのか。なぜならばルクレツィアはジャンティーレの婚約者であるのだし。
挨拶をする、しない、する、しない、する……のところで、足を止めた。隣の部屋から何か物音が聞こえたような気がしたのだ。
「ルクレツィア……?」
耳をすませてみると、ガタンと大きな音がして小さく「キャ」という声が聞こえた気がした。
「ルクレツィア! ルチア……!!」
もしや不埒な侵入者が。そう思って、ジャンティーレは寝室を飛び出した。部屋の扉をドンドンと叩くと、中からはガタガタと音がしている。それを聞いてジャンティーレは、ルクレツィアの返事を待たずに部屋に飛び込んだ。
まるで外に出たのかと思うほど、空気がひやりと冷たい。
「ルチア?」
「あ、ジャ、ジャン……」
そして、そこにいたのは不埒な侵入者ではなく、開いた窓とそれを閉めようとしている小さなルクレツィアの姿だった。窓からは外の雪が吹き込んでいて、ルクレツィアは肩にショールも掛けずに窓を閉めようと頑張っている。
「ルチア! どうしたのですか、風邪をひきますよ!」
ジャンティーレは慌てて窓に駆け寄ると、ルクレツィアを背後にかばって窓を閉めて鍵をかけた。すかさずルクレツィアの肩を抱いて、暖炉の前に連れていく。幸いなことに暖炉の火は消えておらず、窓が閉まると冷えていた空気も徐々に温まっていく心地がした。
「あの、雪の様子が気になって、窓を開けてしまって……」
聞けば、どうしても雪の様子が気になって窓を開けてしまったのだそうだ。しかしマッツェリア邸の窓は少し鍵の位置が高く、鍵を下すことはできたが上げることができなかった。思い切り背伸びをして手を伸ばしたがあと少しのところで鍵が上がらず、風が強く吹いて勢いよく開いてしまったのだという。
ジャンティーレは、冷えたルクレツィアの肩をさすりながら、ほう……と安堵の息を吐いた。
「そうですか、よかった。……俺、私は、てっきり不埒なものが侵入したのかと思って……」
「ジャン……心配かけて、もうしわけありませ……」
顔を上げたルクレツィアがジャンティーレを見て、かあ……と頬を染めた。その様子にジャンティーレも、はて、と思って自分を見下ろす。そして気がついた。
自分は風呂上がりで下履一丁だったのだ。
「すわっ、これは、す、もうしわけ、もうしわけない、でもこれはその違います!」
「あの、あの」
「違うんです、ルクレツィア!決して不埒な気持ちでは!!」
割と不埒な気持ちで自室で往復していたジャンティーレだったが、賢明にもそれは口にせずに慌てて後ろを向いた。次の言い訳を考えていると、ふわりと肩に暖かなショールが掛かる。
「す、みません、ジャンティーレ。不埒だなんて思っておりません。少し、びっくりしただけで」
「ル、ルチア……」
「こんなにも寒いのに風邪を引かれては……」
小さくしぼんでいく声に、ジャンティーレの胸がキュウンと狭くなった。鍛えたジャンティーレは仕官時代は冬に布だけで仕切られて外気温とほぼ同じような場所で風呂に入るなど日常のことだった。この程度の寒さは慣れたものである。むしろ自分の方がよっぽど不埒な侵入者であるのに、ルクレツィアはこんなにも心配してくれるなんて。
その優しい言葉が胸にシュンと染み込んで、ジャンティーレはルクレツィアを振り向いた。
ジャンティーレの肩をショールで包もうとしているルクレツィアが愛しくなって、きゅ、と抱きしめた。やっぱり、この小さいけれどしっかりとジャンティーレを支えてくれるルクレツィアが好きだ。本当に好きだ。愛してる。
「ルチア」
人間の男と女というのは、経験の有無など関係なく、互いに惹かれあって自然に距離が無くなる瞬間がある。ジャンティーレはその瞬間に逆らわず、ルクレツィアの唇にそっと自分の唇を重ねた。
驚くほど柔らかく、離すことが出来ない。
小さくて、自分のものとは全く違う感触。濡れたこの奥がどうなっているのか知りたくて、ジャンティーレは舌を挿し入れる。
「く、ふ……」
空気を含んだルクレツィアの呼気が、唇の端から溢れて色めいた音を立てる。
もしもこの時ルクレツィアが嫌がっていたら、まだ止められたかもしれない。だが、ルクレツィアが驚いたように身体を震わせたが、それだけで、暴れたり離れたりはしなかった。それで、ジャンティーレは止め時を失ってしまったのだと言い訳をした。口腔内をもっと探りたくて、思い切って舌を動かしてみると、ぬるりといやらしい感触がする。
一度、ルクレツィアの唇で味わったのことのある感触だ。しかしその一度は酒の酔いに任せてしまい、行為は覚えているが感触の詳細はあまり覚えてはいなかった。むしろそのことによって、あの時はどういう感触だっただろうかと思い出しては妄想やそれを元にした行動に耽ったりしていたのだが、その時に想像していた感触とは全く異なっていた。
ぬめる唾液と触れ合う舌、それに絡まる温度は心地がよくて離すことが出来ない。
手が勝手にルクレツィアの身体を弄り、胸のふくらみに触れる。先ほどまでずっと別の意味で余裕が無くて気がつかなかったが、ルクレツィアは下着をつけていなかった。触れた胸のふくらみと少し尖った箇所の感触の違いが、直接的にそれをジャンティーレの指先に伝えてきて、理性的な意味で今度は余裕を失ってしまう。
「あ」
しかし、そこに触れた途端に声を上げたルクレツィアに、ジャンティーレも我に返って手を止めた。止めることができた。
けれどこの時に感じた、どこか身体も心も距離の縮まった瞬間を逃したくなかった。
「あ、の」
「ジャン……私」
心なしかルクレツィアの声も熱を帯びているように聞こえて、ジャンティーレの身体の奥が痺れるように熱くなる。
「ルチア、……触れても」
「え?」
「少し、貴女に、触れても、かまいません、か?」
ルクレツィアからは返事がなかったが、うつむきジャンティーレの裸の胸に顔を埋めている。こくりと喉が咀嚼した動きが直に伝わり、ジャンティーレは止められなくなった。自分もごくりと唾を飲み込んで、ルクレツィアの小さな身体を横抱きにする。
「きゃ」
ジャンティーレの肩にかかっていたルクレツィアのショールが落ちて、裸の肌に吐息がかかった。なんというかもう、これだけで充分アレできるほど心臓が高鳴ったが、奇跡的にルクレツィアは落とさなかった。それにしてもルクレツィアの身体は本当に軽くて心配になる程だ。「重くありませんか」などと消え入りそうな声で言っているが、鍛えたジャンティーレに小柄なルクレツィアが重いはずがない。
ルクレツィアの身体を寝台に運んでそっと横たえる。
ジャンティーレもまた、その上に折り重なるように、しかしルクレツィアをつぶさないように慎重に自分の身体を両手で支える。部屋の明かりはまだ灯っており、見える表情は不安そうで安心させたくて、ジャンティーレは出来るだけ優しくルクレツィアの髪を撫でた。
初陣の時もこんなに緊張しなかった。心臓が先ほどから口から出るのではないかと思うほどドクドクと鳴り続けており、さらに言えばさっきから下穿きが破れるのではないかと思うほど下半身が熱くて硬くて重い。
心臓が一つ鳴るごとに逸る気持ちを抑えて、ジャンティーレはルクレツィアに身体を下ろして唇を重ね合わせた。抱き締めたくなって寝台と背中の間に手を入れて、恐る恐る、ぎゅ……と抱き付いてみる。
「重く、ないですか……?」
「大丈夫、です」
この時、嫌がる声が聞こえていたらもしかしたらジャンティーレはやめることができていたかもしれない。だが、「大丈夫」と言われたら、これはもう大丈夫なのだと解釈するしかないではないか。
ジャンティーレはルクレツィアの唇にもう一度触れて、その唇を首筋にずらした。石鹸のよい香りがする。自分と同じ香りで少し嬉しくなり、ふんふんと匂いを感じながら食むように唇を動かすと、ルクレツィアがすがりつくようにジャンティーレの背中に回った。
たったそれだけなのに、興奮する。興奮としか言いようがないほど、ぐっと身体の奥から何かが持ち上がる心地がする。ルクレツィアの柔らかな胸に手を触れてやわやわと持ち上げて揉むと、色めいた声が上がるのがたまらない。
直接触れたくて一度身体を離してみる。胸元にリボンがあったので、解いてみた。
しかし服は解けなかった。
どうやって脱がせるのだろうか。
一瞬焦ったが、ここは冷静に対応した。冷静に対応できた自分を褒めたい。ワンピースになっていた寝間着を裾から捲り上げたのだ。腕に引っかかったが、ルクレツィアが自ら腕を引いてくれて無事に脱がすことができる。……こういうときには、女性の意思というものが重要なのだと思い知った。自分一人ではとても脱がせられない……というか、手慣れた男というのはこういうときに一体どのように女性の服を脱がせるのか。しかしそれは今はどうでもいい、とにかく服をぬがせることができたのだから。
そんな喜びとともに見下ろすと、恥ずかしげに横を向いたルクレツィアが、両手で胸のふくらみを隠していた。しかしこんな綺麗なものを隠すなんて勿体なくて、ジャンティーレは思わずそれを掴んで寝台に押し付ける。
ハア……と息を吐く。
白い肌、ふるんと豊かな胸。愛らしくて、触れたくて、ジャンティーレは胸の頂を口に含んだ。ルクレツィアの身体が跳ねて、まろやかな腰がジャンティーレに触れる。
がっしりとそれを掴んで自分の腰に押し付けて、ジャンティーレは夢中で胸のふくらみの先端を舌で転がした。ぷるぷるとそれははっきりとした形を為していて、人の身体であるのに本当に甘くて良い香りがする。舌先で押してみたり、もう片方は指先で触れて、その度にルクレツィアの身体が揺れるのが愛しくて、それが愉悦によるものだろうかと想像するだけで自分の欲望も愉悦で震えそうだ。
胸を口に含みながら手を下へ下へと下ろしていく。触れたことはあるが、侵入したことのない場所だ。どうすればいいのか……というのは、一応理解しているつもりだった。年頃の男どもが集まる所帯で訓練していたから、そうした知識を十二分に伝える本もあったし、どう考えても虚構のものから技術指南書まで。そしてジャンティーレは、士官候補生時代からの友人でありルクレツィアの弟であるエヴァンジェリスタが推薦する、女性が書いた指南書を読んでいた。
ゆえに、ここは優しく取り扱い、十分な時間を掛けたのちにそれ以上の時間をかけてゆっくりと進めなければならないのだと理解していた。
場所は、間違ってないだろうか。
ジャンティーレは指を伸ばし、下着に触れる。
「あ、……や、ん」
ルクレツィアの甘い声が溢れて、いよいよ自分の下半身が苦しくなる。しかしここで耐えねば男ではない。ルクレツィアが激しく抵抗しない、むしろジャンティーレの背中や首筋を細い手で触れて励ましてくれているようで、その事実に興奮して、別段触れてもいないにジャンティーレの欲望は快楽を感じた。
だからこそ、ルクレツィアのその場所に触れたくて仕方がない。
「ひあ……ん」
「は、あ、……ルチア、濡れて……」
こういうときにどういう言葉をかけていいのかわからなくて、ルクレツィアの身体に触れるのに夢中で、そういえばジャンティーレはなんの言葉も発していなかった。愛しているとか、好きだとか、綺麗だとか、そういう風にいろいろ話せばよかったのかもしれないが、今となってはいつどんな時にそれを言えばいいのかも分からない。
「濡れて、ルチア……ルクレツィア」
下着を少し捲って触れた部分が濡れていて、指に蜜が絡みついた。丁寧に、とにかく今のジャンティーレにできる限り丁寧にそこに触れた。蜜を周囲に塗りつけて、ゆっくりと指を挿入する。そして驚愕した。
せま。
……女性のこの部分はこんなに狭いのか? この場所に口付けたことはあった。この蜜を啜るたびに奥から沸き上がるのが楽しくて、夢中でなめた記憶が確かにあった。もちろんルクレツィア相手である。しかしあの時もこんなに狭かったか? いや、今、酒の一滴も入っておらず、戦場に立つがごとく冷静でそれでいて興奮しているからそう思うのだろうか。
いやしかし、本当に狭い。指一本も入るのがやっとではないか、それなのに……
「ルチア、いたく、痛くないです、か?」
「ジャン……あの、あの……少し、変な感じがしますけど、でも痛くはない、です」
それなのに、これが入るのだろうか。
「ルチア……」
これが。
ジャンティーレは、ごくりと唾を飲み込んで、身につけている下穿きを脱いだ。ルクレツィアがハッと息を飲む。自分でもこれはと分かるほど、常になく己は怒張していた。右手で触れてもいないのに、これほどとは。
まてまて。しかしこれが、ルクレツィアのここに入るとは思えない。どこをどうやったらここに入るのだ。以前は……以前は、確か、挿入までしていないから確かめることができていない。
女性のここに男性のこれが入れば、女性は相当痛いと聞く。ただし痛いのは最初の数回で、あとは男性の技術と愛情次第で快楽を得られると。しかしそういう問題ではないだろう。ここに挿れたら確実に裂ける。
いやいやまてまて。ここからは確か子供も出てくるのだ。ということは、だ。この程度のものなら入るのだろうか。
「ル、チア……」
「ジャン……?」
「ルチア、愛して、愛して、います」
「……ジャンティーレ」
手を伸ばすルクレツィアに導かれるように、一度、ぎゅ……と抱きしめあって、幸福を確認する。そのまま秘部に指をもう一度触れた。くちゃ……と音がして、少し安堵して、ジャンティーレは一度身体を起こして、そこに己の欲望を押し付けた。
絶対入らないこれ。
そう思ったが、それでも女体の神秘を信じるほかない。先端だけならあの時入った気もするし。……ジャンティーレは、先端の部分でぬめりを確認すると、思い切って力を込めた。
「……っ……つ」
くぷり、と先端が入る。
あっ。
瞬間、突然下腹に甘い衝撃が走りそれが背中を突き抜け、これまで張り詰めていたものがパアア……と解放されるようなとんでもない開放感を味わった。
そしてよく見ると、ルクレツィアの下腹の上に白濁が掛かっていた。