美しい女主人の髪を梳き、その身を整えるのも執事の大事な仕事である。
……いや、本来は執事ではなく侍女が設えるものなのだろうが、時折、シルフリードはその僥倖にあずかることがあった。
特に、狩人として外出する時は必ずシルフリードがその腕を奮う。イェルルージュのドレスを選び、美しい深緋色の髪を丁寧に梳く。髪は結わない。装身具も控えめに。彼女の身を飾るのは、その髪と剣だけで十分だ。
「これでよろしい」
シルフリードはイェルルージュの顎に長い指を寄せ、顔を少し上向きにさせた。左、右……と視線を傾け、流れる髪の美しさを確認する。華やかだが、しかし派手過ぎぬ化粧も彼女の眼差しの強い煌めきを損なわない。
「今日も私のお嬢様は美しい」
執事の言葉にイェルルージュは何かを言いかけて、やめた。彼のために誇り高くあるのだ。……彼を執事にしたばかりの頃は、彼自身に軽んじられぬよう気負っていたが、今は、彼に見合った主人……彼という剣を持つに相応しい主人で在りたい。
「行くわよ、シルフリード」
「はい。イェルルージュ様」
かすかに笑みを浮かべて、もう一度確認をしてみる。イェルルージュの薄翠色の瞳が、挑むようにシルフリードを見つめている。
互いの眼差しが絡み合い、視線だけで頷き合い、今宵も魔獣の跋扈する貴族街へと、二人は駆け抜けていく。