獅子は宵闇の月にその鬣を休める

009.獅子の再訪

リューンは帝国内で展開されている事業の分類や割合なども調べていた。自分が個人の事業としてひっそりと目立たぬように、それでいて継続的に利益が出るようにどういったものが向いているのか考えてみようと思ったのである。だが、当然、やりたいこともないのに事業なんて成功するわけないよなー、畑か農場とかの第1次産業の方がいいかも……と思いが至ったとき、ガタンと扉が開く音がした。だからノックぐらいしろって。

部屋に来た気配が誰のものかはすぐに分かった。読んでいた資料を揃えて机に置くと、出迎えるために椅子から立ち上がる。

「また来たんですか」

「自分の妃を訪ねて何が悪い」

「あー、忘れ物取りに来たんですか」

「忘れ物?」

「そうですそうです」……と、リューンは外套掛けにいそいそと歩みを進めようとした。だが、あいにくその身体はさらうようにアルハザードの手に抱き止められる。そのままリューンの背中を自分の胸に押し付け、首筋に顔を埋めた。

「陛下」

「名を呼べ、リューン」

「アルハザード陛下」

「名を呼べといっている」

「……えー、アルハザード様」

「様はいらぬ」

「アルハザード殿」

「真面目にやれ」

「アルハザード」

「何だ。申してみよ」

リューンはため息をついた。後ろから抱きしめられている格好になっている体勢から、その筋肉質の筋ばった太い腕を掴み、緩めようと力を込める。一方アルハザードは、リューンの動きを楽しむようにわざと手を緩めてやった。腕が緩まったのを感じたのだろう、リューンはこちらを向く。さらに、アルハザードの逞しい胸に手を充ててぐっと身体を突っぱね……ようとしているらしい。もちろん、リューンの力でアルハザードの身体が離れるわけがない。楽しげに自分の腕の中で暴れるリューンを見下ろしながら、その頭を撫でる。

「何で来たんですか」

「理由が要るのか?」

「要ります」

「お前は俺の後宮に入った。それを俺が訪ねるのに何か理由がいるのか」

それを言われるとリューンはぐうの音も出ない。確かに後宮に入ったのはリューンだ。皇帝との夜伽も覚悟の中に入っていなければならない。だが、後宮のお姫様とは1回で終わるんじゃなかったのか。……そう思ったが、さすがにそれを聞くのは憚られた。

「リューン……」

「……っ」

急に甘い声で名前を囁かれ、抱きしめられている腕に力が込められ身体が僅かに持ち上げられる。リューンの唇にアルハザードのそれが落ちてきて重なった。幾度も角度を変えて、啄ばむようにリップ音を響かせて口付けられる。アルハザードが片方の手でリューンの耳をそっと撫ぜると、アルハザードの胸に添えられていた手がぴくりと動いた。アルハザードはその手を掴むと、リューンを横抱きにしてベッドへ運び……寝台の上に座らせるように彼女を下ろして、自分自身はその横に足を投げ出して座る。

「リューン」

「はい」

「脱がせてくれ」

「はいいい?」

何プレイ……。何故そんなプレイが皇帝陛下の口から出てくる。リューンは唐突な申し出に口が開いた。彼女は性行為のときに声が出ないだけで、羞恥心は人並みだ。というか、それは恥ずかしい。いや、誰だって恥ずかしいだろ。そもそも脱がせろと言われるのは予想外でどうすればいいのかリアクションに困る。しかもアルハザードの悪い笑みで見られると、逆らえないし目が離せない。逆らえない自分がこれまたむずがゆい。なんという負の連鎖。

だが、ここで取り乱すのは賢い方法とはいえない。獅子の前で猫じゃらしを揺らすようなものだ。リューンは冷静を装い、手を伸ばして、アルハザードのシャツのボタンを1つ1つ外していった。ボタンを全て外すと厚く鍛えられた鋼のような筋肉が現れる。昨日は気づかなかったが、その身体には幾筋も刀傷や矢傷と思われる傷痕が合った。……その身体に走る戦いの歴史に一瞬息を呑み、知らずにこくりと喉が鳴って、アルハザードはそれに気づくが何も言わない。そんなリューンの戸惑いも、彼の胸を高鳴らせた。

リューンはアルハザードの肌蹴た襟元の片方に手を掛け、腕を抜くように手を滑らせた。アルハザードは満足気に片方の腕を抜く。もう片方の襟元にも手を掛け、腕に滑らせるように落した。ついつい脱がせたシャツを畳もうと手に取ると、それはアルハザードに奪われ床に落とされる。

アルハザードはリューンの背に手をまわして、自分の腰の上に乗せるように抱き寄せる。その首筋を舐め、幾度かそうした何度目かに、耳元に舌を這わせて甘噛みした。クチ……と小さな水音が響くと、ピクリと身体が震えリューンが困ったように身を離す。それは予測していた動きだ。アルハザードは特にそれを追いかけず、肩紐に指を掛けて外すと、夜着は簡単にスルリと肌から滑り落ちて、ほどなくリューンの象牙色の肌が晒された。

「……」

リューンが困惑したようにアルハザードから顔を逸らす反応がたまらなくそそり、一気にしゃぶりつきたくなるのを堪えて、アルハザードはゆっくりとその首筋にもう一度舌を這わせる。逸らされた顔をこちらに向かせると、熱い息を吐きながら柔らかい唇を奪った。最初は遠慮の無い大きな音を響かせながらゆっくりと、すぐに唇を離すと、今度は下から嬲りあげるように激しく。

その緩急の混ざった動きにリューンは一瞬身を引いたが、アルハザードは身体ごとリューンの裸を強引に寝台に押し倒し、両手でリューンの頭をかき抱いた。少し体重をかけて口付けを深くすると、アルハザードの唾液がリューンの口腔内に入り込み、二人のものがそこに混ざり合い、もはやどちらがどちらの味なのか分からなくなる。長い長い間、くちゅくちゅとくぐもった水音が響く。

その水音を響かせたまま、アルハザードは片方の手をリューンの身体に沿わせて下ろしていった。柔らかな胸の膨らみを、脇から捏ねる様に包み込む。柔らかな肌がほどよく揺れ、その弾力が手に心地よい。剣を握りざらついた手が、胸の硬くなってきた頂を捉えてざらりと擦ると、その動きに合わせて、口付け合っているリューンの唇がわずかに空気を求めるように動いたのが分かる。その反応を味わいながら、さらに、胸の頂を指で挟み弾き、柔らかに押し込んでは戻ってきたところをまた弾く。その度に、戸惑うようにリューンの舌の動きが止まった。……だがアルハザードの舌がそれを絡め取り、休むことは許さない。

やがてアルハザードは名残惜しく唇を離すと、繋がる銀糸をそのままに、空いているもう片方の胸の頂をぺろりと舐めた。は……、と、小さな呼吸音がリューンから零れ、背の筋が跳ねる。いつの間にかリューンの手が、何かに堪えるようにアルハザードの肩を掴んでいた。肩を掴んでいる手はそのままにしておき、アルハザードは腰まで落ちていたリューンの夜着に手を掛け、それを下着ごと下ろした。足先までそれを下ろし、リューンの足に手を掛けると開かせ、その太ももに舌を這わせる。

「ちょ、と、……へいか」

「アルハザード」

「あ。アルっ……」

ああ、それもいいな、……と、くつくつ笑って、アルハザードは秘所に舌で触れた。羞恥のために、リューンがアルハザードの名前を呼ぶ。

そこまでされるの無理だって。なんでそこまでやるのもっとあっさり淡白にやって!

「ちょっと、ま、待って、アルっ……アルハザード……っ」

「待たぬ」

リューンの名を呼ぶ声に満足気に笑って、秘所をじゅるりと吸い上げた。そこは充分濡れていて甘い蜜を滴らせている。びくびくと足が震えるのがアルハザードの手に伝わり、その意味するところを感じとると、得も云われぬ満足を感じた。他の女を舐める気になどなったことが無く、時折、彼が気まぐれにこうするのは自分を埋めるためだけの作業にしか過ぎなかったが、リューンに対するその意味は全く異なった。

とめどなく溢れる蜜液は甘く、舐め取ってやるとさらに溢れてくる。舌をさし挿れてまず入り口をなぞる。少しずつ舌をずらしていくと、ぷくりと膨れた蕾に到達して、そこを包み込むようにぺろりと舐めた。リューンの身体に力が入っている。……反応しているのだろう。アルハザードは思わずそこに指を挿れる。内奥を引っかくとさらにとろりと液が溢れて、寝台を濡らしていった。指で押し広げるように何度も嬲っていたが、もう限界だ。自分をこの中に挿れたくて、たまらない。

アルハザードは身体を離すと下衣を脱いで、既に硬くなってその先を待ちわびている己を取り出した。リューンの身体の上に自分を滑らせるように圧し掛かると、そのまま彼女の足と足の間にそれを押し付ける。充分に濡れて滑りやすくなっている秘所の入り口に先端を押し付けると、ぎくりと身体を震わせてリューンは眉根を寄せた。

その表情をじっと見つめながらリューンの両脇を支え、ゆっくりと身体を上にずらしていくと、既に硬くなっているアルハザードの陽根と、既に柔らかく解けているリューンの秘所が深く繋がっていく。深く沈んでいくにつれて、黒い瞳が甘く瞬いて、その表情は扇情的だ。

「……くっ……」

アルハザードの喉が鳴る。ほどけているくせに締め付けてくるそこは、挿れただけでも感覚の全てを持っていかれそうだ。ここまで背筋を震わせる女の感覚を、アルハザードは味わったことが無い。やがてそこが完全に密着し全てを奥に仕舞い込ませると、リューンの身体を強く抱きしめた。強く、……だが、決して苦しませないように細心の注意を払いながら。

最初はゆっくりと動かした。彼女の身体をできる限り甘く責めるように。……が、何かに堪えるようにまわされたリューンの手がアルハザードの背を這っていて、恐らく無意識であろうその柔らかな動きは、アルハザードの集中力を削いでいく。気を緩めると達してしまいそうだ。リューンの首筋に思わず唇を寄せると、彼女の身体がピクリと反応して、膣内も甘やかに収縮した。その急な締め付けに、思わず強くリューンの肩を抱きしめる。

「……くっ……、リューン……!」

「陛下……?」

「俺の名を、呼べ……リューン……っ」

アルハザードは一度大きく彼女の身体を突いた。その動きに合わせて彼女の身体が跳ね上がる。

「ア……、ルハザード……」

アルハザードの突き上げる振動に合わせて、名を呼ぶリューンの声も跳ねる。彼女の黒髪を抱えるように両腕でその頭を抱え、アルハザードは自分の身体を彼女に打ち付けた。もはや理性を取り払い、獣のような激しさで動かす。揺れる身体にリューンの呼吸が乱れ、アルハザードの肩にまわされていた手が、彼を抱き締めるようにぎゅうと力を込めた。かくんと大きくリューンの身体が跳ね、同時にアルハザードの精が彼女の中に流れ込む。余韻を味わうように何度かゆっくりとそこを小突いて、アルハザードもリューンを抱き締めた。

アルハザードは一瞬我を忘れた。女を抱いているときに冷静さを失ったことなど彼には無い。だが、今は夢中でリューンの身体を味わい、彼女から伝わる感覚に身を委ねていた。

「……あ、アルハザード……?」

自分の名を呼ぶリューンの声に、我に返る。その黒く濡れた瞳には、確かに甘い余韻があった。それを見下ろしながら、彼女の中に挿れたままの自分がいまだ熱く猛っていることに気付く。まだだ。まだ、動きたがっている。彼女の負担にならぬよう、だがもう一度だけ……。

「リューン……」

アルハザードは、女の名を呼んで……先ほどの熱い快楽をもう一度味わう為に、リューンにゆっくりと覆いかぶさった。