獅子は宵闇の月にその鬣を休める

[小話] 計画倒れ

やり方を間違えたね、という話。

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今や月宮妃として獅子王の寵愛を一身に受けるリューン。

彼女が後宮入りして11日目に、獅子王アルハザードが極めて不機嫌になり、側近達をその纏う冷気で凍えさせた3日間は帝国の一部の者のみが知る事ではあったが、その前の10日間、月宮妃があれやこれやと策を講じていたのもまた、彼女に仕える一部の者のみが知る事である。

後宮に入って6日目のこと。

「いったいどうしたことだろう」

「何がですか」

「……何がってナニがですよ」

「リューン様、何かお困りごとが?」

「困ってますよ!」

バン! とラズリの主はテーブルを叩いた。その動きを察知して、侍女のアルマは紅茶のカップを置く手を一拍遅らせる。さすがだ。

リューンの悩み事は分っている。彼女が後宮に入ってから指折り5日間、アルハザードはずっとリューンの元に通っているのだ。1日も休むことなく。しかも朝帰りで。……朝帰りがそれほど珍しいのかと、噂になったときにラズリは思ったものだが、アルハザードの身辺ではそれはそれは珍しいことだったようだ。

アルハザードが毎日リューンを訪ね、そこで何が行われているかなど問うまでもないが、アルマの見たところによると、リューンに特別に体力的疲労は見られないようだ。アルハザードが上手くやっているのだろう。ラズリにとって、それは何よりである。

ただ、リューンは毎日こうして「一体何が悪いのか」を悶々と1人討議しているのだ。「何が」……問うまでもなく、「一回でヤリ捨て(以下略)計画」だ。ラズリは、もう少し言葉を謹んで欲しいと思わなくもない。

「リューン様」

「なに」

リューンの声は若干イライラしている。

「もうそろそろ諦めて、それ以外で心穏やかに過ごされるようお過ごしになってはいかがですか」

「それが無ければ心穏やかにすごせると思いませんか」

「とは申されましても」

「そもそも、万が一寵妃とか言われ始めたらどうするのよ」

「もう言われてますが」と言いたかったが、ラズリはすんでのところで自重した。リューンは後宮の妃、という以上に帝国の宮廷と関わりたくないのだろう。もちろん、それを慮って、面会を断り贈り物を査定し、ライオエルトらとリューンの身辺について相談するのはラズリの仕事だ。だが、事が皇帝とリューン自身の個人的な関係に関われば、ラズリに口出しはできない。まさか皇帝ともあろう人に妃の元に通ってくれるな、などと進言できるはずがない。

「……はあ……。いったい、どのあたりが面白いんだ」

「何がですか」

リューンもさすがに、ナニが、とはいえない。その様子を見ていたアルマが、何か思案するように首をかしげた。

「リューン様は、皇帝陛下がおいでになった際、何かお話をされているのですか?」

「話って」

「どのようにあの皇帝陛下を篭絡されたのかと、侍女たちにはもっぱらの噂です」

「ろ……」

唐突なアルマからの問いかけに、リューンは紅茶をブホっと噴出した。

篭絡……! 篭絡ですと!?……けしからん、君達、意味わかって言ってるの!? 辞書調べて、お願い!

「は、話っていうか、そりゃまあいろいろ話はするます」

動揺して語尾が変になる。

「どのような?」

「どのような……って、何の本読んでるんだとか、どんな調べものしてるのかとか。ああ、今は帝国の政治の仕組みとか?」

「楽しそうではありませんか」

「どこが。事務的なものだよ」

「そうでしょうか」

首を傾げるアルマを見ながらリューンは怪訝な表情をした。そこに甘い雰囲気など無いし、まして口説かれるようなこともない。もっとも、別に口説かれたくもない。アルハザードがあのドヤ顔で女を口説くさまを想像してみろ。そしてそれを至近距離で見せられたら、「やっぱりか! 武器は色気か! それともこの腹筋か!」と突っ込みそうだ。

2人の間で話題になるのは、今は、帝国の政治や法律の仕組みだ。日本で言えば子供が社会科で教わるようなレベルをリューンが求めて質問している。話題を振ったのは自分だが、皇帝陛下ともあろう帝国の頂点に立つ男が、よくも飽きずに、政治学の基本を語るとリューンは思っている。

もっともリューン自身にとっては、勉強になることが多々あってありがたい。日本の政治の仕組みは分っても、帝国の政治の仕組みは分からない。基本から物事を知ることは大事なのだ。

一方、ラズリはため息をついた。

リューンのことだから、恐らく、興味深く思慮深く、時々適切な質問を挟みつつ皇帝陛下の話を訊いているのだろう。男の仕事の話に興味津々で、なおかつそれを熱心に聞く女の姿が目に浮かぶ。リューンにとっては事務的な会話でも、皇帝陛下という男にとってはどうなのだ。この人本当に1回で終わらせたいと思っているんだろうか。

「リューン様」

「はい」

「たとえば、先に就寝なさっていてはいかがですか」

「ほほう?」

「無駄にお話をして、皇帝陛下の興味関心を買ったりせず、先に就寝しておけば、やたらにリューン様に構うこともないでしょう」

「なるほどね。ラズリ君、頭いいね」

「恐れ入ります」

皇帝陛下がやたらかまう、などと、シドあたりが聞いたら卒倒しそうなことをさらっと言った気がするが、アイデアとしては悪くない。さすがに、寝ている女をヤリたい余り「起きろ」と揺り起こしは……しないだろう。しない、よね?……うん、だとすれば、寝てたらすることなくて帰るかもしれないではないか。どうして自分はこんな簡単なアイデアを思いつかなかったのか。

ようし、今夜はその手で行こう。

****

「リューン?」

アルハザードが月の宮に訪れたとき、リューンは先に就寝しているようだった。いつもは自分がいるために、どちらか片方に身体を寄せているリューンが、今日は寝台の真ん中で無防備な寝顔を晒している。

アルハザードは寝台の中で見慣れている寝顔を、首を傾げて見下ろした。しばらくの間じっと見つめていたが、やがてそっと、……朝、自分が部屋を出て行くときのように、リューンの頬に指を滑らせてみる。滑らかな頬。少し強めに触れると、弾力があり心地よい。そのまま、つ……と指を首筋までなぞった。細く華奢な首元は、アルハザードがその大きな手で掴めば一思いに折れそうだ。ふむ、しかしこれは。

アルハザードは上の衣服を脱いで傍らに置いた。上半身だけ裸になると、寝台のリューンの隣に身体を滑り込ませる。人一人ど真ん中で寝ているとはいえ寝台は広い。その傍らにアルハザードの身体が納まらぬほどではない。

アルハザードはリューンの横に並ぶと、肘を付いて寝顔を眺め始めた。シーツも夜着も取り払いたいが、それはかわいそうだろう。皇帝は寝台の中で柔らかな妃の肢体からだに手を触れた。

まず腰を抱き寄せるように触れる。だが、身体をこちらに引き寄せることはせず、そのまま横腹に指を沿わせ、布越しにあばらの線をなぞりながら柔らかな段差にたどり着いた。程よいやわらかさの膨らみを、片方の手に包み込む。その膨らみの周辺をなぞるようにいやらしく指で辿ると、親指で頂の部分を引っ掛けた。下着はつけていないからその形がはっきりとアルハザードの手に伝わる。

早急に弄るわけでもなく、あくまでもゆっくりともてあそぶようにいつまでも触れる。触れながら、片方の腕をリューンの身体の下に差し入れた。リューンの首筋に顔を埋め、ちゅ……と微かな音を立ててそこを舐める。興に乗ったのか、まるでそこが何か甘い味でもするかのように、ぺろりぺろりと舐め始めた。徐々に舐める範囲を広げ、首筋、顎の筋、耳を飽きることなく味わっている。

一方リューンは、結局アルハザードが部屋にやってくるまでに眠ることができず、寝たふりをする羽目になってしまった。そこで、先ほどからのアルハザードの手管である。いつもの強引だったり激しかったりする動きに比べて、その柔らかな優しい愛撫……というか、味見……?に、寝たふり続行するのが難しくなってきた。布越しに胸に触れてくる指先と、濡れた舌先の感覚に翻弄されて、気持ちも身体もこそばゆいのである。

寝返りを打つフリをして、その手から逃れようとアルハザードに背を向けた。

舐めていた首筋が離れてしまったが、アルハザードは後ろから抱えるようにリューンの身体を抱き締めた。強くは無い。まるで繊細なものに触れるような柔らかい抱擁だ。その割りにもう片方の手は大胆に夜着を捲り上げていく。程なく露になった下着を少しずらして、そこに触れた。濡れている。アルハザードは、ふ……と笑って、指でそれ以上の攻略はせず、後ろからリューンのうなじに唇をつけた。

「リューン。挿れるぞ」

「……!」

急にぞくりとするほど甘いバリトンの声が耳元で響いた。思わず、自分の背筋がびくっと震えたのが分かる。密着していた胸にそれが伝わって、アルハザードは喉で笑った。

「……な……!」

「おっと、こっちを向くな」

ばれたと思った瞬間、リューンは抗議の声を上げてアルハザードの方に振り向こうとした。だが、抱き寄せる片方の腕がきつくなってそれは叶わない。うしろでアルハザードのもう片方の手と足が動いている。どうやら服を脱いでいるのだろう。間もなく、リューンの腰あたりに猛っている彼のものが触れて、その昂ぶりを主張してきた。

「また来たんですか」

「何が悪い」

「なぜ来たんですか」

「お前は俺の妃だ。それ以外の理由がいるのか」

「寝てくださいよ」

「お前が寝ていないからだろう」

「寝てたら寝るんですか」

「さあな」

いつもの質問にいつものように答えると、アルハザードはリューンの下着の両側を止めていた紐を解いて、それを取り去った。後ろからリューンの秘所を探るように、自分の陽根を宛てて裂け目に沿わせて軽く動かす。そこは既に充分濡れていたが、挿れずに動かすとさらにぬるぬるとアルハザードを誘い出す。添わせているだけのはずだが、何かの拍子に入りそうだ。

「ちょっと待っ、て、」

「何を」

「何を……って……」

リューンの膣内にぐ……と何かが入り込んできた。普段と違う角度で攻め入ってくるそれは、少し浅いがお互いの腰が密着していて、温かい体温の交換はいつもより深く感じられる。やがてリューンの身体がゆっくりと揺らされ、その度に、後ろからアルハザードの吐息が首筋をくすぐった。

「待ってもいいが、止めぬぞ」

「寝て、たの、に」

「寝ていなかった」

抽送しながらリューンの黒い髪に口付けを落す。

「寝てる女性を襲うなんて、へ」

変態だー! と言う前に、アルハザードは後ろからリューンの片方の足を持ち上げた。一度大きく動かし、今まで浅かったアルハザードの猛りが突然深くリューンに突き立てられる。

「……んぅ……っ」(注:「へんたい」の「ん」)

その衝撃でリューンの唇から色めいた声が零れた。その可愛らしい声を合図に、アルハザードが再びゆっくりと動き始めた。奥まで入り込んではそこを小さく小突き、一度大きく引き抜いて、また挿れる。その動きは、決して激しくはないのに、重く濃い。アルハザードはリューンの奥をじっくりと味わいながら、その身体に唇を寄せた。

「寝たふりをした罰だ、これで終わると思うなよ……」

獰猛な台詞なのに愛を囁くように甘い声である。リューンの背中はゾクリと反応した。それはこれから始まる快楽のためか、獅子の唸り声が耳元で聞こえたからか、どちらかは分からなかった。

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「ラズリ! あれは失敗でしょ!」

「……私のせいですか。何かあったのですか」

「何もない!」

何もないのなら何故怒る。しかも、完全に八つ当たりではないか。今の流行りなのか。

「1日では分からないかもしれないじゃないですか」

「もういい、あの作戦は無理!」

「はあ」

また寝てるフリがバレたらどーするんだ、怖えぇな!

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敗因:寝たフリがすごく下手