獅子は宵闇の月にその鬣を休める

017.執務室 -既遂

アルハザードと共に執務室に戻ってきたリューンはほっと一息ついた。まさかあのようなところまで、ラーグがやってくるとは思わなかったのだ。後宮の渡り廊下がどうのと言っていたが、どういうことなのか。リューンは思案を巡らせる。アルハザードはラーグに質問をするとき、遠慮なく魔力を使っていた。恐らく何かが嘘で何かが真実だったに違いない。

とりあえず、リューンはお茶を淹れようと、執務室に備え付けている茶器を手に取った。侍女や従卒の手を煩わせなくとも、お茶程度なら美味しく淹れられる。

不意に、手元が影って大きな手が腰に回された。

「アル……火傷するから、気をつけて」

お湯を扱っているからと注意すると、アルハザードは大人しく身体を離して、リューンがお茶を淹れている隣に並びその黒い髪を手で弄び始めた。ちらりとその横顔を伺うと、何かを思案しているようだ。恐らく、リューンと同じことを考えているのだろう。

カップに紅茶を2人分淹れて、トレイなどは使わずにそのままテーブルへ運んだ。リューンは勝手にソファに座ると、お茶を口に運んで気になっていることを問いかけた。

「ラズリが、中庭に居るって言ったって、言っていたわね」

「あれは嘘だな」

「まあ、そうでしょうね」

「リューンが目的だったということと、」

アルハザードもリューンの隣に座り、紅茶で唇を濡らした。相変わらず紅茶のカップが似合わない男だ。

「後宮が絡んでいるということだけが本当だ」

「後宮に用があったってこと?」

「ああ」

神殿教会の司祭が、後宮の姫君達に信仰を説きに来ることはよくあることだそうだ。恐らく、その手のルートで後宮を訪ねたのだろう。

「……ん、ってことは、後宮の渡り廊下から……っていうのは?」

「それも真実だな。だが、何か隠していたようだ」

「後宮に手引きする人がいる、ってことなのかしら」

「普通に考えればそうだろう」

「ラーグが面会の理由にアルハザードの名前を出したのも、そのあたりが絡んでいるのかな」

「そそのかした者がいるのかもしれんな」

「ってことは、出所は教会じゃなくて後宮か」

そうなると、やはりリューンを害することが目的、なのだろう。

後宮の人間に自分が好ましく思われていないのは当然のことだ。だが、それではなぜ、ラーグをそそのかして……要するに、リューンの元へと面会させたのだろうか。教会関係者だったからあまり気にも止められていなかっただけで、少し調べれば怪しい男だ。そのような男がリューンの元に近づけば、絶対に調査が入るだろう。

後宮に出入りすればすぐに怪しまれるだろうし、そうなれば足がつくのは早いのだ。もちろん、後宮という特殊な場所である。しかも今まで1年、アルハザードは通っていなかった。上手くやれば隠れ蓑にはなるだろうが、結局のところ相手は皇帝なのだ。隠しきれるものではない。それなのに。

「嫌がらせにしてはリスクが高いような気がするんだけど」

「あるいは、その隙も罠の1つかもしれないがな」

「ワザと隙だらけの男を近づけたってこと? こっちの警戒心が強まるだけだわ」

警戒心。確かに、アルハザードはリューンを守るための警戒を一層強めている。そうした態度はアルハザードだけでなく、ギルバートを始めとする護衛騎士たちにも如実に現れることになるだろう。

「いずれにしても、ラーグ自身の目的は明白だ」

アルハザードは不愉快さを隠すことなく、吐き捨てるように言った。あのラーグのリューンを見る目。思い出しただけでも忌々しい。二度とリューンを見せるものかと、舌打ちしたい気分だった。ああ、しかも、リューンに触れている最中に邪魔をされたことも腹が立つ。アルハザードは、さっきまでリューンの肌を味わっていたことを思い出した。そう。続きがまだだったな。

アルハザードはリューンの名前を呼んで、頬に手を寄せ顔を向けさせる。ゆっくりとその唇に自分の唇を触れさせようと、

コンコン。

ノックの音がして、唇に触れるか触れないかのところでアルハザードの動きが止まる。「くそっ、また邪魔が……」彼らしからぬ悪態をついて、入るように促した。

****

あー……。

なんだこの空気(白目)

近衛騎士ヨシュアは久しぶりに、獅子王の不機嫌オーラを一身に浴びた。しかもその不機嫌の原因は、どうやら自分らしい。これは久々にやばい。腰が抜ける。だれか助けて。

今日は雨王宮での執務は無く、いわゆる休日出勤として皇帝陛下は陽王宮の自室の執務室で執務をこなしていた。その合間に月宮妃を伴い中庭の散策をしていたのはつい先ほどのことだ。だが、そちらで事があったらしい。疲れたという月宮妃を連れて、執務室に戻ってきたのである。

ヨシュアはその間、雨王宮でシドと共に近衛騎士隊の陣営について打ち合わせをしていたのだが、そこに護衛騎士隊長のギルバートがやってきた。シドに告げたのは、ラーグ子爵という貴族が中庭に侵入した、との報だ。ひとまず「迷い込んだ」ということにされたらしく、皇帝陛下と月宮妃には何も無かったらしい。だが、何らかの沙汰は無ければならない。報告を受け取ったシドは、ライオエルとと共にすぐに陽王宮へ出向く旨、皇帝に伝えるようにヨシュアを遣わしたのだ。

そのはずなのに、なんでしょうかこの針のむしろ感。別に私悪いことしてませんよね。

でも、その、……なんていうんだろう。邪魔? 自分邪魔?

部屋を訪ねると、ソファに座る皇帝陛下、そしてその逞しい身体に隠れるように控えている黒を基調とした女性が居た。これが今噂の月宮妃だろう。ヨシュアは普段雨王宮に勤めているし、アルハザード自身、休日に近衛はほとんど下がらせている。このため、いまだ月宮妃と見えたことは無かった。

それにしても、不安そうにこちらを伺う黒い髪と黒い瞳はこちらでは珍しい色だ。強い虹彩で美しい。この方が、「あの」皇帝陛下を夢中にさせているという女性か。思ったより派手でなくひかえめな雰囲気の方だなと、ヨシュアは思う。それにしても、ヨシュアが入ってくる瞬間は、明らかに皇帝陛下は月宮妃を抱き寄せるように寄り添っていた。

あ!
あー!
あーあーあーあーあ、そうですか。

そういうことですか。邪魔ですか。邪魔ですね。だったら、もう少し2人お離れになってから、落ち着いてから、入るように言ってくださいませんかね。ええ、夫婦仲のいいのはいいこと、な・ん・で・す・け・ど・ね!

遠い目で意識を飛ばしかけたヨシュアに、「用件は」とアルハザードが告げる。そこは皇帝の元で近衛を務めてきた男(苦労性)だ。すぐに我に返って一礼した。

「失礼いたしました。シド将軍が宰相閣下と共にこちらへ来られる、とのことです」

「ラーグの件か」

「はい。ギルバート殿が先ほど雨王宮へご報告へ来られました」

「夕食後に月の宮でリューンと共に話を聞く、と言っておけ」

「今はかまいませんので?」

「……」

「そのようにお伝えいたします」

アルハザードがじろりと睨む。言いません。余計なことは申しません。すみませんでした。

黙って2人きりにしろ、というアルハザードの無言の圧力を、恐れおののきながら受け止め、ヨシュアは一礼して踵を返した。「待て、ヨシュア」おっと、まだ何かあったのか。呼び止められ、再度アルハザードに向き直る。すると、アルハザードがリューンの手を取って立ち上がった。

「リューン、お前にはまだ会わせていなかっただろう」

紹介されているのかもしかして!

アルハザードとリューンが立ち上がった意図を汲んで、ヨシュアはすばやく騎士の一礼を取り、リューンの元に跪いた。

「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。近衛騎士隊隊長ヨシュア・ハルバードと申します」

「皇帝陛下より月の宮を賜っております、リューン・アデイル・ユーリルと申します。ヨシュア殿、今後ともよろしくお願いいたします」

リューンは見事な淑女の一礼を取ると、ヨシュアににっこりと笑ってみせた。屈託の無いその態度にヨシュアが恐縮して何か言おうとすると、アルハザードが彼を一瞥した。

いわく、「終わったらとっとと部屋出ろ」と。

****

アルハザードの態度に若干呆れつつ、リューンは茶器を片付けるために立ち上がった。アルハザードはリューンに逃げられたことに若干不満げではあったが、特に何も言わずにそれを見送る。食器は軽く水で流して置いておけば、あとできちんと片付けるために、侍従か侍女が回収しにくるだろう。

リューンは中断していた思索の続きを巡らせる。後宮に行っていたことは間違いないらしい。誰の元に訪ねたかは調べればすぐに分かるはずだ。問題は、その訪ねた先とラーグとリューンの関係。

リューン自身は、正直帝政に関わりたくは無かった。もちろん、後宮とも。ややこしいことになって欲しくない、……とリューンは思う。

やがて、ふわりと、背中が温かくなった。アルハザードの逞しい腕に抱かれていると気付いたときには、貪るようにその首筋をしゃぶられていた。背筋を何かが這っているようにぞくりとする。「アル……っ」抗議の声も熱い吐息混じりになって、アルハザードの劣情をそそる。中庭での行為が中断されたことも、ラーグが邪な視線でリューンを見ていたことも、アルハザードの性急な愛撫に拍車をかけていた。

「……ちょっと、まって、人来たらどうするのっ……」

「来ないだろう」

「すぐそこ、廊下じゃない」

「そうだな。静かにしていろ」

「……」

抗議の声は、唇を奪われることによって塞がれた。リューンの身体を壁に押し付け、唇を奪ったまま強引に身体を弄る。何度も何度も角度を変えて食まれる唇からは、いつもより大胆な音が響いて、やがてその端から唾液が零れた。一度唇を外して、零れ落ちた唾液を舐め取る。そのまま唇が触れるより先に舌をリューンの唇に差し挿れ、もう一度口腔内を犯した。歯列をなぞりながら、リューンの舌を探す。

おずおずと答えるリューンの舌を感じると、それをあっという間に絡め取った。その感覚にリューンの身体が崩れそうになり、アルハザードの腕にしがみついてくる。アルハザードは崩れそうなリューンの身体を調えて、真っ直ぐに壁に凭れさせかけ、スカートを弄った。

アルハザードの舌がリューンの耳の形をつつとなぞりながら、片方の手は服の上から胸の膨らみを撫で上げている。徐々に荒くなっていくリューンの吐息がアルハザードの首筋を熱くして、どんどん深みに嵌っていった。強引にスカートの中に手を入れて下着の上からそこを押さえると、ぴくんと身体が跳ねて、腰が震える。それを支えるために胸を弄んでいた手を腰に回し、下着の上から擦った。布越しだが、ぬるぬるとしたぬめりをアルハザードの指に伝え、早くここに自分を埋めたいという欲望で喉が詰まる。だが、まだだ。

下着の中にそっと指を入れてみる。くちゅ……と、濃密な音を立ててそれは一気に奥まで入り込んだ。リューンが堪えるようにアルハザードの胸に頭をつけて、時折ぴくぴくと小さく揺れている。その黒い髪に口付けを落としながら、アルハザードはリューンの秘所の蕾を捉え、人差し指で軽く擦り始めた。

静かな執務室を、極小さな水音とそれに重なるような衣擦れの音、荒い呼吸音が支配する。

「あ……アルハザードっ……」

「リューン……濡れているな」

空気を求めるようにリューンが首を仰け反らせた。自然、潤んだ黒い瞳と戦慄く唇がアルハザードを見上げる形になって、視線が絡まりあった。熱の籠もった瞳にアルハザードの息が荒くなる。……だがリューンは、恥ずかしくて視線を外した。

それを許すはずもなく、アルハザードは片方の手で蕾をもう一度くちくちと刺激しながら、腰にまわしていた手をリューンの頬にあてて自分の方を向かせた。情欲にお互いの視線が一瞬重なる。同時に、食べるように唇を合わせ、無理やりに唾液を送り込んだ。

やがてアルハザードの両手がリューンの身体から離れた。筋肉質のその身体ごとリューンを壁に押し付けて、逃がさぬようにしたまま、カチャリと金属音を響かせた。アルハザードがズボンを少し下ろし、既にそそり猛っている己を取りだす。リューンの片方の太ももを大胆に持ち上げると、下着を少しずらし、秘所の位置に合わせて己の腰位置を少し下げ、一気に突き上げた。がくんとリューンが揺れ、垂れるほど濡れていた愛液が、じゅぷと音を立てて流れを塞がれる。

「……ああ、リューン……お前はいつも締め付けてくる……」

「……そ、んなことっ……」

何度味わってもきついリューンの中は、温かくぬめっていて、毎回挿れた瞬間アルハザードの理性を大方奪っていく。集中しなければ一気に達しそうで気が抜けないのだ。片方の太ももを支えて何度も突き上げるようにそこを味わう。

「……や、まって、アルハザード……っ」

「は、……待てるわけが、ないだろうっ……」

身体が半分浮いている感覚が怖くて、リューンはアルハザードにしがみついた。鬣のような金髪に手を埋めて抱えるように首筋を逸らす。耳を擽るその手の動きに、アルハザードはさらに深く自分を挿れたくなり、もう片方の太ももも抱え上げた。

「……だからこれ、怖いって……っ」

「暴れるな。肩に手を回してしがみついておけ」

言われたとおり、リューンはぎゅっとアルハザードにしがみついた。身体を摺り寄せてくるリューンを愛しく思いながら、だが同時に自分の欲望を吐き出し、その身体を目茶苦茶にしたいという雄の欲情も湧き上がる。

アルハザードはリューンの腰を腕の筋肉で少し下げ、屹立している己で奥を貫いた。ぬち……と、あまりにも密着しているため水音が出ない。いつもと異なる体位は、いつもと違う角度で2人を刺激し、根元までがっちりとアルハザードのものを咥え込む。

リューンの身体が潰れないように、体重を分散させるように壁に押し付けると、アルハザードは彼女の腰を支え、下から上へ、叩きつけるように抽送を大きくしていった。身体が掠める音が響き、ちゅ、ちゅ……と2人のそこが、密着していることを示す粘着質な音を立て始める。徐々にその動きが大きくなり、乱暴にも思えるほどの激しさでリューンの身体を揺らす。

やがてリューンが「……あ、アルハザード……ッ……!」と掠れる声で小さく名を呼び、しがみついているアルハザードの身体をさらに強く抱きしめた。同時に、背中が弓なりになって、アルハザードに纏わりついている秘所の内壁がうごめく。

リューンの愛しい体重がすがりつくようにアルハザードの身体にかかってくる。それを受け止めると同時にアルハザードも達する。そのあまりの余韻に、2人はしばらくの間抱き合って、お互いの体温を堪能していた。