月の宮に戻ると、襲撃について報せを受けていたラズリとアルマが2人を出迎えた。ラズリは、会場の方へ出向こうとしていたところだった。
「……陛下、リューン様! ご無事で」
「怪我などはない。もう休む。下がれ」
「……は? は、はい……」
リューンを横抱きに抱えて、何か言いたげな侍女も家令も下がらせて、月の宮の寝室で2人きりになる。
「あ、アルハザード、ちょっとどういうつもりよ」
「何がだ」
「下ろして」
「そうだな」
アルハザードは寝台まで歩くと、そこにリューンを下ろした。その横に座り、リューンの靴を脱がせる。
「ちょ。……ちょっと、なにやって」
「だから、何が」
「自分で脱げる、……ってそうじゃなくて、」
アルハザードも靴を脱いだ。略式とはいえ、フォーマルな軍服に身を包んでいる。脱ぐのは大儀だが、仕方あるまい。ベルトを外して剣を取り、寝台の脇に置く。詰襟の襟を緩め、マントを外した。呆気にとられているリューンを完全に無視して、リューンに覆いかぶさる。
「なんなのアルハザード、待ってよ」
「リューン」
「……な、なに」
話の途中でリューンを連れ去り、早急に抱きたがるなど今までにないことだ。だが、アルハザードは怪訝そうなリューンを気に留めない風に、その両手を掴んで寝台に縫いつけた。
「よく聞け」
「……な」
「俺はお前が傷つくのは見たくない」
「……あ、アルハザード……?」
「髪の毛一筋も。だから、もう2度とあんな真似をするな」
「……」
「俺の言っていることが分からないか?」
アルハザードはリューンを組み敷いたまま、黒い瞳を見下ろした。真剣な群青色の眼差しは、言葉を飾ることなく告げる。
「愛している」
リューンの目が驚きに見開かれた。何かを言おうとした唇を、アルハザードの唇が塞ぐ。ぐ……と力を込めて舌を挿れてすぐに離した。そして、唇同士が触れ合うか触れ合わないかの距離で、もう一度囁く。今度は吐息の混じった、熱い声で。
「お前を愛している……。リューン」
アルハザードは片方の手を外し、少し身体を起こすとリューンの黒い横髪を梳いた。その肩が、ぴくりと上がる。
「お前を後宮に縛り付けているのは、俺の身勝手だ。皇帝という権力を使って、お前を手に入れた」
「……アル」
「だが、これからお前を抱く男は、皇帝ではないと思え」
アルハザードとリューンの視線が絡まりあった。その途端、驚きに見開かれたリューンの黒い瞳から、真珠のような雫が、ぽろりと零れ落ちる。アルハザードは、目元に唇を寄せる。
「何故泣く」
アルハザードのその優しい行為に、もう一度雫が零れる。それはぺろりと舐め取られた。
「泣いても、俺はお前を離さない」
「どうして」
「お前は、いつもそう言う」
アルハザードは、困ったように笑った。
「離してほしいのか?」
「違う」
リューンはふるふると頭を振った。肩が震え、涙が零れ落ちてくる。アルハザードは少し面食らって、組み敷いていた手を離してリューンを抱き起こしてやった。
「どうした。リューン……」
「アルハザード……私、は、」
リューンがアルハザードの背中に手を回し、肩に額を預けてきた。
思いがけないアルハザードの言葉に、リューンの心はなぜか痛んだ。以前、「好いた女」と言われたことがある。だが、リューンはそれをどこか現実的ではなく受け止めていた。素直にその言葉に身を委ねることが、リューンは怖かったのだ。
「私は死んで、リューンも死んだのに……リューンを置いて、私は生きているわ」
「リューン……」
龍は死んで、リューンも死んだ。2度死んだ後、生きているのは自分ひとり。リューンを差し置いて、誰かの側で安心して過ごすことを龍の心はいつまでも受け入れられなかった。それに。
「それに私は、カリスト王国のみんなにベアトリーチェを殺させた」
リューンは嗚咽交じりの声で、搾り出すように訴えた。
龍はベアトリーチェを殺す為にリューンの人生を受け入れた。だが、実際に手を下したのは龍ではなくてカリスト王国の人たちだ。自分は1人安全圏に居て、誰にも会うことなく、ただ状況を見ているだけだった。自分ひとりで手を下そうと思えば、それは不可能ではなかったに違いない。方法は幾らでもあったはずだ。それなのに、2年間もリューンはベアトリーチェを生かしたままにしておいたのだ。その間に粛清された人間も、牢獄に入れられた人間も居たというのに。
「今だって、みんなを危ない目にあわせた」
そして、今日もまた同じだった。戦う術を持たないリューンは、自分で手を下すことが出来ない。そのくせ、襲撃者を誘い出すような真似をした。自分を護衛してくれる人間がいることを知っているからだ。彼らが怪我をするかもしれない可能性だって分っていた。分っていて、やったのだ。後宮で大人しくしておくと言いながら、帝国の政に関わらないと主張しながら、自分やアルハザードを脅かされるのが、耐え切れなくて。
自分にできることなど何もないと分っている。自分にできるのは守られることだけだ。それでも討ちたい敵が居た。それでも自分の留まる場所が欲しかった。そのために他を犠牲にする。そのような自分など、誰かを愛する権利もなければ、
「愛される権利なんて……なんで……」
「お前は……」
アルハザードは身体を離してリューンを見つめる。ベアトリーチェを殺したのは、国の意志であり、宮廷の意志だった。リューンを守るのは、護衛や部下や、そしてアルハザードの意志だろう。何故リューンが泣くのだ。それを言葉にすると、リューンは子供のようにふるふると首を振った。
「ベアトリーチェを殺そうと思えばいつでも殺せた。放っておけば寝所に来るのだから。でも私はそれをしなかった」
「それをお前にさせなかったのは宮廷で、あれを殺しただけでは、国が治まらないからだろう」
「そんなのは言い訳だわ!」
「違う!」
「違わない! 私は、個人的に彼女を、恨んでいた。殺したかった。だけど、いろんな言い訳をしてそれをしなかった。今日の襲撃も同じよ。襲われると分かっていて、ワザと、黙って庭に出たんだもの」
「……ベアトリーチェに恨みをもつものはお前だけではない!……それに、今夜お前のおかげで襲撃者を捕らえたのは間違いないのだ」
アルハザードは、リューンの前髪を優しく払った。
「リューン。責任を全て自分で負うのは止めろ。他の人間にも背負うべきことがある」
「……」
「ベアトリーチェへの恨みも、お前を守りたいと思う者の気持ちも、……お前が全て背負うと、否定することになる。お前は、他人の気持ちを勝手に奪うつもりか?」
「……!」
「そんなことはさせない。俺の……お前への気持ちは否定させない」
リューンは、両腕で顔を覆った。さらに涙が溢れ、嗚咽で喉が震える。
「自分を傷つけるな。お前が傷つくのは耐えられない」
顔を覆うリューンの両腕を掴んで離させると、溢れてくる涙を止めるように唇で頬に触れる。
「俺の側に居ろ、リューン」
アルハザードは、リューンの肩を抱き寄せた。欲しいと望み、この手に入れたリューンの香りと肌。いつからだろうか。その瞳とその心に、愛しさが募って仕方が無いのだ。
「俺の側を離れるな」
アルハザードの声がリューンの胸を締め付ける。
龍の心は問いかけた。リューン、私は、ここに居てもいいんだろうか、と。そう質問しても、答えを出すのは自分なのだ。自分がリューンなのだから。
「駄目」
どれほど抱き締めていたのだろうか、やがて、涙交じりのリューンの声が聞こえて、少し驚いたようにアルハザードが顔を上げた。
「私が、貴方の側に居させてアルハザード」
****
アルハザードの舌はゆっくりとリューンの舌を探して動き、やがてそれを見つけると絡め取った。リューンの舌もそれに答え、その動きがなお2人を深みに誘っていく。
身を飾っていた夜会の服は既にお互い脱がされ、アルハザードはリューンの上に四つん這いになっていた身体を静かに下ろした。彼女の足と足の間に、自分の足と足を置く。アルハザードは裸の自分の身体をそっと彼女の肌に重ね、その耳朶に舌を這わせた。焦らすように、甘くリューンを攻める。
「弱い、な、リューンは、ここが……」
く……と笑うと、その吐息すらも彼女を小さく震わせて、リューンは思わず顔を背けて逃れようとした。だが、その背けた顔はアルハザードに否応無く抱えられ、逃げることは叶わず、固定される。
「逃げてはいけない」
「アルハザード……っ……」
「そうだ、もっと呼べ……」
彼女が小さく自分の名を呼ぶ度に、アルハザードの身体は熱くなる。その声を聞きながら、アルハザードは彼女の胸の柔らかさを楽しもうと、心地よい膨らみを手に納めた。ゆるやかに手を遊ばせ、屹立してきたその頂を指で弾き摘み上げると、与えられた刺激にリューンの身体がびくりと震える。
その反応に気をよくして、アルハザードは人差し指と中指の間にほんのりと色づいた頂を挟み、刺激しながら激しく揉みしだいた。もう片方は先端をゆるゆると親指で弾く。両の胸に与えられる刺激は、片方は激しく片方は焦らすように切なくて、リューンの息が徐々に上がっていった。
荒い吐息を楽しむように、アルハザードはリューンの唇を奪う。くぐもった口腔内にお互いの唾液が絡まり、くちゅくちゅと音を立てて飲み込まれ、行き場を失ったそれは二人の口元から淫靡に流れていった。それでもアルハザードは口付けを止めることを許さず、リューンの乳房にも刺激を与え続ける。
お互いの熱い吐息と口付けの音だけが聞こえる中、アルハザードは自分の下のリューンの身体が、与える刺激のたびにびくびくと跳ねるのを堪能していた。合わせている肌がお互いの熱さを伝え、互い違いに置いた足の間でリューンの滴りが伝わり、自分の中心は既に猛々しくその先を待っている。
不意に、胸の膨らみを堪能していた手が下に下がり、リューンの秘所へと埋められる。くちゅ……と小さな音を立てていつものようにするりと入り込み、指を飲み込むようにきつく締め付けてきた。その素直さに、「ああ……」と瞳を細めて、アルハザードはすぐ上にある蕾を親指でゆっくりと擦りながら指を動かし始める。同時に、唇を離すと華奢な鎖骨に顔を埋めた。舌を首筋に這わせ、時折ちくりと吸い付いて痕を散らしていく。その吸い付きは、鎖骨から胸元へと範囲を広げていき……、その度にアルハザードの背に回されたリューンの手が這い回り、時折何かに堪えるように力が入る。
リューンは、アルハザードがこうして首筋や胸元に顔を埋めてくるのが好きだった。少し硬い金髪がくすぐったく、重みと吐息が心地よい。そうやって首筋や胸に舌で触れながら、彼の指はリューンの感じる場所をすぐに探し当ててくる。リューンが快楽を感じると、少し身体を離してじっと顔を見下ろしながら攻め始め、そうされると、リューンは見つめられている羞恥で顔を逸らしてしまうのだ。ほら、また……。彼は不敵に笑って、愉悦に揺れて泣きそうになるリューンをなだめるように、鎖骨から胸へと指を滑らせた。片方の指は膣内を探り、内奥の……リューンが弱い部分を小さく引っ掻いている。
「……リューン……、ここだな」
「……アルっ……ど、して」
「ん?……どうした」
「どう、して……」
アルハザードがこうして話しかけてくると、リューンは沈黙が怖くて、それに律儀に答えてしまう。相変わらず声を出すことは出来ないが、荒い息遣いの中で話していると、思いがけず色めいた声になってしまうことがあった。
アルハザードは、リューンの潤んだ切なげな瞳をじっと見つめながら、侵入させている指を増やしてくる。奥から溢れてくる蜜を掻き分け、指を折ってリューンの感じる箇所を擦った。次々と這い上がってくる感覚に、リューンの喉がこくりと鳴って息が上がる。溢れてくる液は彼の指を伝い、遠慮なく寝台を濡らしている。……この人はどうして、何もかも分かるのだろう。
「どうして分かるのか。不思議か?」
「……んっ……」
「分からないほうが、不思議だがな……」
「……アルッ……や、まだ……っ」
「ああ、ダメだ。……俺が入るまでは……」
リューンが達する直前で激しい指の動きが止められた。安堵したようなリューンの様子に、アルハザードは小さく笑って、片方の手でさらに胸の頂をなぞっては弾く。胸元を舌で嬲り唇で蹂躙したから、赤い花びらがいくつも散っている。それを満足気に見ると、アルハザードは少し体勢を変え、存分に硬く熱くなっている自分をリューンの足と足の間に触れさせた。
身体を下ろしてお互いの胸を擦り合わせるように密着させ、下半身を濡れた秘裂に沿わせて動かし始める。アルハザードはリューンの耳元に唇を寄せ、舐めるように囁いた。
「お前の中に入りたい」
「……あ、アルハザード……」
「かまわぬか。こうしていると、今にも入りそうだ……」
「な、んで、聞くの……」
「早くお許しを。姫君」
「……挿れて、い、……んんっ……!」
リューンの言葉の途中で、アルハザードは突き上げた。彼のものがリューンに突き刺さった衝撃で、身体と声が大きく揺れる。入った途端、くちゅくちゅと小さく何度か動かして彼女の中を確認し始めた。リューンの一番好きな瞬間だ。アルハザードとひとつになるのは、これまでに味わったことのない深い安心感と陶酔感があった。
「く……、リューンあまり、締めないでくれ……」
そして、アルハザードがこのときだけは、余裕の無い表情でリューンを見つめてくる。いつも冷静で不敵な獅子王をこんな顔にさせているのは自分だ。そう思いが至ると、この時を味わっているのは自分だけではなく彼も同じなのだ……と、どうしようもなく満たされる。リューンはアルハザードに揺らされながら、逞しい背中を抱きしめた。もう一度甘えたくて、確認したくて、仕方が無かった。
「あ……、アルハザード……」
「リューン?」
「私は、貴方の側に居ても、……い、いいの?」
「リュ……」
「おねが、い……もう一度、言っ、て」
アルハザードを抱きしめる腕が、少しきつくなった。同時にぞくりとした刺激がアルハザードの全身を襲う。急に締め付けられ、膣内が誘うように脈動していた。
「お前……そんな風に、今……」
心の重なる瞬間が2人に確かに訪れた。お互いの肌と体液を求めて、激しく動く。動かずにはいられない。
「当然だ……、リューン……俺の、側にいろ。俺から離れることは許さぬ……っ……!」
「アル……、も、う、私……」
「ああ、リューン……俺もだ……共に……くっ……」
リューンの背が反れ、アルハザードを包む膣内がひくつく。リューンがびくびくと腰を震わせると、アルハザードと1つになった箇所がほどけるようにとろりとした一瞬を迎え、そしてきつく締まった。誘われるように、アルハザードはその中に自分を強く放つ。リューンは自分の奥でアルハザードのものがどくどくと脈打つのを感じ、同時に熱いもので満たされるのが分った。
2人の息が荒いのは、激しく動いたからだけではない。お互いの身の内にある激情が交わり合ったからだろう。アルハザードはリューンを抱きしめたまま何度も頭を撫で、荒い息を整えるようにリューンも身体を寄せた。アルハザードが付け毛で長くなった黒い髪にそっと指を通すと、それは柔らかく、さらさらと流れていく。
自分の身体から一度抜こうとしたアルハザードの腰を、リューンは思わず引き寄せた。アルハザードは少し驚いたようにリューンを見下ろす。リューンは潤んだ瞳とわななく唇でアルハザードを見上げて、何かを求めるように切なげな声を零した。
「……い、や……、まだ、離れな、いで」
「……リューン……!」
自分を求めてくるリューンの言葉に、アルハザードの感情が荒く昂ぶる。その激情に身を任せれば、リューンを食らい付くしてしまいそうなほどだった。アルハザードはリューンの身体を抱き起こすと、震える唇を貪るように奪った。当然のように舌が絡まりあい、それだけでは足りないと、顎のラインから頬、耳元に至るまで、食べるような強引さと激しさで、唇と舌と歯を使ってなぞっていく。
「……く……っ……頼むから、そんな風に言うな……っ、止まらなくなる……。手加減できない」
「……アル……、あ……っ」
アルハザードはリューンに繋げたまま、跳ね上がったその身体を抱きしめた。肌同士が触れ合う箇所すべてを味わうように、お互いの身体を弄りあう。朝までまだ時間はある。そして、離れがたい身体は温かい。
繋がった音と、お互いの名前を呼ぶ声は、いつまでも飽くことなく空気を揺らしていた。