窓から零れ落ちる朝の光に、いつものようにゆっくりとリューンは覚醒した。背中には自分を後ろから抱き締めているアルハザードの体温を感じる。
アルハザードと共に眠るようになって、リューンはいつも見ていた夢を見なくなった。リューンになってからというもの、独り寝のときはいつも見ていた悪い夢。それはベアトリーチェの夢だったり、父親の夢だったり、粛清の宴の夢だったり、そういうどうしようもない夢ばかりだった。夢を見るのに疲れてしまって、いつも夜中に起きてしまう。リューンはこの2年間ほとんどぐっすり眠っていなかったのだ。
それなのに、アルハザードの隣で眠れば起きると大概朝で、夜中に起きるということはあまり無くなった。完全に無くなったわけではない。多分、それは癖のようなものだ。でも、アルハザードに抱かれた夜中に起きるのは、夢に追われて起きるのと違って、隣で眠る体温を確認する悪くない時間だった。
起き上がるには少し早い時間だ。もう少し眠ろうか、それともアルハザードの寝顔を見ようか。リューンは寝返りを打つフリをして、アルハザードの方に身体を向けた。
「って、アル起きてたのっ?」
「悪いか」
てっきり寝てるとばかり思っていたアルハザードが起きていて、リューンはびっくりして仰け反った。その様子を面白そうに眺めながら、アルハザードはリューンの細い腰を引き寄せる。昨夜は執務室から渡るのが遅くなり、先に眠っていて手を出さなかったから、物足りないといえば物足りなかった。
アルハザードはどんなに執務が遅くなっても、月の宮で眠るようにしている。遅くなるときは先に寝ておけと言って、部屋に渡る。そんなときは、既に眠っていれば何もしないし、起きていれば抱くこともあった。もちろん、いつもの時間に渡って明け方まで彼女の身体を離さないこともあるが、体力を考えてゆっくりと1度だけ……というような夜もある。月の物が来ているときは行為は行わず、ただ寝台で抱きしめて眠る。それはリューンが怖い夢を見ないようにという思いからだった。
いつだったか、侍女のアルマから、リューンが独りで寝ていたときには、夜に何度か起きてしまう程度に眠れていなかったと聞いていた。自分が一緒に眠ることでそれが無くなるのであれば、いくらでもそうしてやろうと思っている。……それに、アルハザード自身、そのほうが翌日楽だった。恐らく、リューンを抱いて眠っているほうが、独り寝のときよりも充分に身体を休めることが出来ているからだろう。隣に他人が寝ているにも関わらず身体を休めることができる……という事実は、戦士として常に気を張っているアルハザードには、意外で珍しいことだった。
ただ、こうやって抱きしめていると、無性に。
「……おはよう、アルハザード」
「ああ」
アルハザードはリューンが振り返ったことをいいことに、リューンの腰をさらに引き寄せながらその背に手を這わせた。びっくりしたように跳ねるリューンの身体。相変わらず反応がよい。リューンの肩に落ちている少し伸びた髪を後ろに払いながら、唇を寄せた。リューンは驚いたように身を竦ませるが、舌を優しく挿れて、くちゅりと水音を立ててやると、アルハザードの腕の中で身体の力が安堵したように抜けていくのが分かる。
自分の腕の中でリューンが解けていく感覚が、アルハザードは好きだった。しばらくの間、ゆっくりとした、だが軽くはない口付けを堪能し、どれくらい口付けていただろうか。荒い息遣いと共に唇を離すと銀糸が2人の口元を繋いでいて、軽い口付けでそれをアルハザードは受け止めた。
リューンは少し恥らうように俯いた。自分の表情を隠すように、アルハザードの胸に顔を寄せる。恥ずかしいというのは分かるが、その行為がどれほどアルハザードを煽るか知っているのだろうか。
「そういえば」
「なんだ」
きょとんと顔を上げたリューンからは、恥ずかしさは消えていて、純粋な好奇心が浮かんでいる。
「アルハザードは大丈夫なの?」
「何がだ」
「子供、とか」
「……」
聞いた瞬間は、単なる好奇心だった。
毎晩アルハザードと共に過ごすのは全く苦ではない。それはいいのだが……。リューンの知識にあるような避妊を、アルハザードはしていない。リューンは薬を飲んではいるが、恐らくアルハザードはそれを知らない。ということは……あれだけしていたらリューンの妊娠の可能性も考えているはずだ。少なくともリューンの身体に生理は来ているから、妊娠ができる身体である、ということは分かっているはず。アルハザードがどのように考えているのかが気になった。
一瞬アルハザードは目を見開いて驚き、眩しそうにリューンを見た。好奇心の瞳を消して急に不安そうに俯いた彼女の頬に手を充てて、顔を覗き込む。自分の顔に、ニヤリと獰猛な笑みが浮かぶのが分かった。
「子供が欲しいのか?」
「え、いや、あの、そういうわけじゃなくて」
「そういうわけではないのか」
「いや、そういうわけでもなくて、」
アルハザードの顔が、嬉しそうな顔から反転、不機嫌な顔になるのを見て、リューンは慌てて言った。アルハザードのそれは演技である。リューンの顔を面白そうに見やり首の下に自分の腕を動かして、腕枕にしてやった。
「避妊はしている」
「え?」
「男が飲む薬がある。飲んでいれば、妊娠はさせない」
「……もしかして、後宮に通っていたときも飲んでた?」
「通ってはいない。……だが、そうだな。飲んでいた」
後宮の話が出て、アルハザードは苦い顔をした。リューンは当然、自分が後宮の妃に1度ずつしか通っていない話や、高級娼婦を召喚していた話は聞き及んでいるだろう。知ってはいても、それがリューンの口から出るのは苦々しかった。自分は、リューンが処女じゃなかったというだけであれほど取り乱したというのに、都合のいいことだ。
「お前も飲んでいるだろう」
「知ってたの?」
「やっぱり飲んでいるのか」
「え」
謀られたー! さらっと聞かれてうっかり答えてしまったリューンは口を閉ざす。アルハザードはそんなリューンの姿を見て、楽しげに悪い笑みを浮かべた。
「お前は後宮に入ることを拒んでいただろう」
アルハザードは、リューンの額に口付けた。
「恐らく飲んでいるだろうと思っていた」
「アルハザードは……」
「飲んではいるが、お前以外の女を抱くつもりはない」
その言葉の意味に赤面して俯いたリューンの頬を、アルハザードは空いている片方の手で撫でる。その優しい手つきに、リューンは身体を少し近づける。
「子供が欲しいというわけではないの?」
「そうだな……」
リューンに腕枕をしたまま、アルハザードは天井を見上げる。身体を摺り寄せてきたリューンを受け入れるように、腕枕をしている手でリューンの肩を抱いた。
「俺が帝位に就くために、皇位継承者が2人死んだことは知っているだろう」
「ええ」
無論、リューンはアルマやラズリから直近の帝国史を教えてもらっていたから知っていた。アルハザードの一つ前の皇帝は彼の父。偉大な賢王だったと聞いている。その先代皇帝には2人の息子が居た。全てにおいて実力の高いアルハザードと平凡な弟。そしてもう1人、王には野心家の弟が居た。その3人において、すさまじい皇位継承争いがあったという。皇弟はアルハザードの下の弟を擁立して、アルハザードの暗殺や陥れを企んだ。アルハザードが、先代皇帝の側室……後宮に入っていた身分の低い女性の息子だったからだ。……よくある話だ、とリューンは思う。そもそも先代の皇帝は側室のみで、皇妃がいなかったという。身分が低いという理由で皇妃になれなかったアルハザードの母は、アルハザードを生み、すぐに死んだ。そのあと、身分が高いというだけの理由で皇妃が宛がわれ、下の弟が出来たのだ。
「先代の皇帝の皇妃は、野心と権力欲だけがある頭の悪い女だった。だが、まあ哀れだったともいえる」
先代の皇帝が本当に愛していたのは、側室だけだった。……だが、側室が死んでしまい新たな妃を立てようとしなかった先代皇帝に、ほとんど無理矢理、皇妃が宛がわれた。当然のことながら、皇帝はこの皇妃を愛することが出来なかった。身分が高いことだけを自分の矜持と疑わない、愚かな女。皇帝に愛してもらえない皇妃は、当然子供にも恵まれない。自分の野心と権力を満たす道具を作れない。
……そこで、皇妃は愛欲と権力欲を両方叶えてくれる男を求めた。それが皇帝の弟である。皇妃は、自分を愛さぬ皇帝との間ではあったが、それでも奇跡のように1人息子を設けた。だが、その父は……皇帝の弟だったのである。
生まれた下の弟は、顔は美しいが性格は母親にそっくりで、皇帝の血を引いたものは何一つ無かった。皇帝は自身のその魔力を使って皇妃を問い質すことはできただろう。……だが、それをしなかった。
皇帝は、そのような醜い野心家を身内に抱えながらも国をよく治めた。だが、彼とて人だ。いずれ倒れる。生き急いだように病に倒れた皇帝は、その年齢からは早すぎる死を迎え、当然、次の皇帝はアルハザードだと、宮廷の賢明な者は異を唱えなかった。だが、宮廷とは、どこの国も同じだが、賢明な者だけではない。こうして、リューンもよく知る、アルハザードと皇弟と弟の3人での皇位継承争いが始まったのだ。
その争いは、先代皇帝の皇妃と皇位継承者の2人が死んで終わる。宮廷には多くの血が流されたが、アルハザードに歳の近い若い官吏も入れ替わりに多く登用されることになった。
「だから、俺は後宮は持たず、妃は1人と決めていた」
後宮などという、わざわざ女同士が争いやすいような場所を作るから、生まれなくてもいい争いや不幸が生まれるのだ。後宮の争いが増えれば宮廷が荒れる。宮廷が荒れれば国も荒れよう。例え争いが無くても、その後ろ盾が騒がないとも限らない。子供を成すことも皇帝の仕事かもしれないが、子が自分だけに似るとどうしていえるのか。愚かな女を迎え、その女にそっくりな子が生まれてしまったら、それを重用することなど自分には出来ない。そして、なによりも、不仲な人間ばかりを見て育つ子供たちは、不仲な人間関係を当たり前だと感じる子に育つ。それは不幸だ。そして、さらなる争いを呼ぶ。
だから、アルハザードは、皇妃に、少なくとも権力欲だけで出来ているような女を迎えるつもりはなかった。せめて、穏やかで平凡な、だが、出来れば自分に並び立つような女を迎えたかった。子を為しても、それを慶びと思えるような妃を。ただ、それは皇帝という身のアルハザードにとっては、最大の我侭だろうことも分かっていた。だからこそ、10年も妃を迎えず、悪く言えば遊んでいたのだ。
「リューン。後宮の件が完全に片付いたら、俺は」
アルハザードは、腕枕している腕を曲げて、そのままリューンを自分の胸へと抱き寄せた。もう片方の手も包み込むようにリューンの身体に回す。
「お前を皇妃に迎えようと思っている。側室は迎えぬ。……反論はさせぬ」
アルハザードの言い方に、リューンは苦笑した。リューンはアルハザードの側にいられればそれでよい。……とはいっても、他の女性を側室に迎えると言えば、心穏やかではいられないだろう。だから、だから……、こんな条件は、リューンにとって都合がよすぎるのだ。心が痛んでしまうほど。
「アルハザードはそれでいいの?」
「どういう意味だ」
「……私は、ベアトリーチェの娘だよ」
アルハザードは予測通りのリューンの言葉に、胸に抱き寄せている身体を撫でた。
「愚かな女王から生まれた愚かな娘だよ?」
リューンの耳、首筋、肩に指を這わせて、その心地よさを楽しむ。
「リューン」
「……はい」
「俺が、それを考えてないと思っているのか」
そんなことはとうの昔に受け入れている。一番最初に、まだ会わぬリューンを手に入れようと思ったときから。
「安心しろ。お前は愚かな娘などではない。俺が側に置いているのだから」
アルハザードは身体を起こしてリューンをひっくり返した。下になったリューンに覆いかぶさるように、唇を重ねる。心地よい重みがリューンにかかって、思わずリューンはその背に手を回した。アルハザードの唇が、リューンの唇から頬に、頬から耳元に、首筋にと這っていく。
両手は夜着越しに柔らかな胸を揉み、それに反応するリューンの背中を押さえるように、さらに首筋に顔を埋めた。そのまま、肌を嘗め回すようにアルハザードの舌が降りていき、やがて夜着の肩紐を少しずらして片方だけ露になったリューンの胸の頂に到達する。貪るように、くちゅくちゅと音を立てて、そこに吸い付いた。吸い付いた代わりに胸から離した片方の手を、リューンの腰を後ろから抱えるように下ろし、夜着を弄り下着をずらしていく。長い指で後ろからリューンの秘所を探り、なぞるように触れてやると、「……っん……」荒い息がリューンから零れ、がくりとその身体が揺れた。アルハザードの身体の下で、リューンの柔らかな肌が震える。
「リューンは感じやすい」
「え」
アルハザードは少し身体を離すと、一度秘所を探っていた指を抜き、紐を解いて下着を取り去った。今度は上からやわやわと下腹部を撫でながらゆっくりと指を2本挿れる。徐々に深く入ってくる動きに合わせて、リューンの瞳が甘い疼きで戸惑うように揺れ、濡れたように潤む。
「ここを、こうすると」
「……アルっ……」
指を挿れたまま手の向きを変えて、内壁をぐるりと擦る。途端に中がひくついて、奥から蜜が溢れてくる。リューンの唇から、甘いため息が零れた。
「すぐに、そんな顔をする……」
「……は、恥ずかしいからそういうこと言わないで……っ」
「それに……」
アルハザードは身体を下ろした。リューンに重なるように身体を合わせると、指を挿れたまま片方の手で身体をきつく抱き寄せた。リューンの感じている瞳を見るだけで、自分の背筋も歓喜に震える。堪えきれぬように荒い息で近づいたアルハザードの唇が、耳元で低く意地悪く囁く。
「指を挿れただけで、相当きついくせに、」
「……あ、アル、そんな風に……っ」
ぺろりと耳を舐める。アルハザードは、わざと音を立てるように、指を激しく動かした。
「ここに俺のは、すぐに入ってしまう。この音が聞こえるか?」
「も……や……、そんなこと、言わないで……っ……」
「充分濡れているな、挿れてやろう……」
粘着質な水の音がリューンの耳に届いて、どうしようもなく恥ずかしく、リューンは表情を隠すようにアルハザードにしがみついた。
アルハザードはリューンの様子を満足気に見下ろすと指を抜いた。しがみついている手を外させ、寝台に自分だけ身体を起こすと、リューンの夜着を腰まで引き上げ、足を強引に開かせて自分の腰の上に引き寄せた。腰を掴んで支え、ゆっくりと己を埋めていく。結合している部分が少し高くなり、いつもとは異なる体勢にリューンの顔が羞恥に染まった。
「見えるか。お前と繋がっている……」
「ん……アル……、や……」
リューンが顔を背けて視線を逸らす。
「……恥ずかしくなどない。そういう顔も悪くは無いがな」
リューンの腰を支え、そのままぐい……と秘所の奥まで自分を推し進める。いきなり、リューンの内奥の感じる箇所を突き上げた。
「……んぅ……」
「……リューン?」
突然の感覚に、リューンの喉から音が零れた。アルハザードはそれに気付いたが、リューンは気付いてないらしい。初めて聞いた、それは愉悦の響きだろうか。アルハザードの背が興奮に震える。だが、追撃はしまい。少しずつ聞かせてもらえばよい。楽しみは徐々にもたらされればよいのだ。また1つの楽しみを見つけたアルハザードは、先端まで引き抜くと、さらに同じ箇所を一気に突いた。くちゅりと音が響いて、リューンから再び小さく声が漏れる。
「リューン……っ!動くぞ……」
「……んっ……ぁっ……」
リューンの顔を見下ろして身体を動かしていると、羞恥の中に快楽に揺れる艶かしい表情が見え隠れする。それが我慢を越えて零れたものだと思えば愛しさがなお募る。たまらなくなったアルハザードは、リューンの腰を高い位置に持ったまま、一気に引き抜き、一気に突く動きを激しく繰り返した。突き上げるたびに、アルハザードの陽根がリューンの感覚を確実に攻める。
もっとリューンを感じさせてみたいが、それをするとリューンの内奥が今度はアルハザードを攻め始めた。挿れただけでもアルハザードの感覚を一気に持っていこうとする、きついリューンの内奥。出来る限りリューンを甘く揺らそうと集中し、抽送を大きくする度にひくついて解けていく。リューンの身体の奥が、高みに上がっていっているのをアルハザードは感じた。
「……は……ぁ、アル……ん……っ!」
「……く……っ……ああ……リューン……」
リューンが吐息交じりの小さな声を零して、その腰ががくりと揺れる。その度に奥へと動きを誘う。そこに自分が解放された愉悦を味わうと、アルハザードはリューンを寝台に下ろして自分も重なり、柔らかな身体を包み込むように抱きしめた。
リューンと共に達するのは、何故これほどまでに満ち足りているのか。アルハザードは思う。この満足の先にあるのが、2人の子供だとしたらそれも悪くない。
……だが、それはもう少しリューンを味わってからでもかまわない、か。