「っ……はぅ……ん……」
「声を上げるな」
狭い室内の寝台の上で、一組の裸の男女が絡み合っていた。女の髪は濃い茶色で夜目には黒に見える。女は目隠しをされ、向かい合って男の上に乗せられていた。男が女の腰を両の手で支え、既に深く結合している部分を強く動かすと、きつめの水音が響く。
「……ふ……っ……あっ……ああ……!」
「声を上げるなと言っている。口を縛られたいか」
「申し訳……あ、ありませ……んっ……!」
男から与えられる快楽は、女の秘所を存分に濡らし、喉が響いて声が零れる。だが、男は声を上げるなという。鋭く冷たい声は女を恐怖で震えさせたが、その身体に走る激しい快楽は同時に女を乱した。
月夜に照らされる男の短い髪は紺色。瞳は鳶色。鋭い顔つきの男は、女を見てはいなかった。
彼が見ていたのは、月の宮で見た黒い髪と黒い瞳。あの黒と震える身体を手に入れたくて、夜毎黒い髪に近い女を抱いてみた。だがどれも彼を満足させない。どの女も無駄に嬌声を上げ、その声は煩いばかりだった。あのときの月宮妃はどんな顔をしていただろうか。獅子王の愛撫を受けて声を上げることなく、背を揺らし、喉を逸らして、黒髪が溶けるように肩に流れ、快楽に震えていた。時折荒い呼吸音だけが聞こえ、掠れるような声で獅子王の名を呼ぶ声は、嬌声とは違っていたが、確かに艶やかで甘かった。揺れる身体に声も揺れて、戸惑うように獅子王の肩に顔を埋める。ひたすら獅子王の愛撫に身を任せ、その愛撫から与えられた身体の動きが相手と快楽を交換していたのだ。
鳶色の瞳の男もそれを求めて女を抱いた。……だが、どの女も思っていたものとは違う。強引にしなだれかかる女もいれば、卑猥な言葉を囁く女もいた。どれも求めている女ではない。
「……あ……ぅ……もう……っ……!」
「駄目だ」
達しそうになった女の身体を感じ取り、男は女から己を引き抜いた。はあはあと息をして物欲しそうに口を開けている女を寝台に倒す。「……そ……んなっ……あっ……!」抗議の声を黙らせるために、女の身体をうつ伏せにして枕に押さえつけた。片腕で女の腰を持ち上げ後ろから強引に貫く。「……んふぅ……っ!」枕に押さえつけられているため、くぐもった女の声が聞こえたが、それを無視して腰を動かした。引き抜いては貫いて、動くたびに女の声が響く。
「……んっ……んっ……」
「黙れと言っているのに、分からん女だな……」
自分の動きに合わせて女の声が聞こえる。……その声を聞かぬよう、男は瞑目した。脳裏に別の女を思い描く。あのとき、獅子王から獣のように後ろから貫かれていた黒い女。嬌声を上げぬくせに、獅子王の身体に快楽を伝える象牙色の肌。「……~~んっ……!」女の声にならぬ声が聞こえた。女の中がひくつくのを感じる。……達したか。だが男は、まだだ。女の達した直後の敏感な秘所に遠慮なく自分を打ち込む。
……あの黒い女が、自分に貫かれて達するとき、あの身体の中はどんな風になるのだろう。肌はどんな風に震えるのか。……それに恋焦がれながら、男はいつまでも激しく動いていた。
****
「アレはどこにいる」
「リリス様のところかと」
ファロール侯爵は苛立たしげに机を叩いた。報告に来た斥候につい八つ当たりをしてしまう。娘のリリスが彼の元から数名の私兵を借り受けたのは3日ほど前だ。目的は分かっている。月の宮を襲撃するのだろう。しかも、この時期にいつも使っている間者の1人が彼の元から消えていた。面白い事情があるのを気に入って、ファロールが拾い使っている男だった。
ファロールはその野心を疎んじられて、宮廷から離された地位に囲われていた。それゆえ、後宮の話が上がったときに、自分の地位を確固たるものにするためにリリスを推したのだ。リリスの力を持ってすれば、獅子王も陥落させると思ってのことだ。あの娘は異常だ。父親の自分ですら、あの女の持つ蟲惑的な雰囲気には抗えない。男なら誰でも膝を屈する、生まれながらの女王。それがリリス。
だが、あの皇帝は、獅子王は、リリスを前にしても微動だにしなかった。一度だけ渡って以降、その元には二度と通っていないのだ。そして1年後、カリストという小国とその女王を手に入れ、陽王宮の月の宮に囲い、溺れているといってもよいほど寵愛している。
ファロールとしてはリリスを使うことを諦めて、再び自分の出世の仕方を考えねばならぬと思っていた。だが、皇帝が月宮妃の下から毎日のように朝帰りをするようになってから、リリス自らが提案してきたのである。あの月宮妃が邪魔だ、と。
リリスが本気で皇帝を落としてくれるのであればそれでかまわない。先代の皇帝の例もあり、陽王宮で血なまぐさいことが起こるのは常のことだ。どのような手を使ってであれ、月宮妃がいなくなれば、その慰みにリリスが寵を受けるかもしれない。むしろ、リリスはそれを狙っているのだろう。ファロールはそう判断し、図書室の襲撃を起こした。
だが、リリスはファロールの思い通りには動かない。よもや、ラーグをそそのかして獅子王の暗殺まで企むとは思わなかったのである。
皇帝の暗殺を企んだのはラーグだった。元、帝国の<影>だったファロールの駒と、暗殺者の1人をラーグに近づけ、獅子王の下に忍び込ませた。当然、あの獅子王をそれでどうにかできるわけがない。月の宮の警備はいっそう強められる結果となった。ラーグを使ったとはいえ、リリスが獅子王の暗殺を匂わせるなど……ファロールには、もはや娘が何を考えているのか分からない。
さらにファロールはリューンのことを、夜会の襲撃で止めを刺そうと思っていた。だが、これも失敗した。失敗しただけではない、今度はルルイエの娘が、グラスの中にガラスを入れるという派手な嫌がらせを行ったために、これまでの襲撃が全て後宮の存在に由来するものとされたのだ。後宮は解散となり、自分に対する警戒はよりいっそう強められる結果になった。
そして、今度は自分の元から私兵がいなくなったのである。今、獅子王は帝都を離れている。確かに月宮妃を狙うにはいい機会だ。だが周辺の人間がそれに気づいていないはずが無い。<影>の技を使うあの男の手を借りれば、数名程度ならば忍び込ませることができるだろう。だが1人でも生き残れば、今度こそ自分の地位はおろか命までもが危ない。
リリスは今、別邸にいるはずだ。彼女は何事か……恐らくはリューンの暗殺を……企んでおり、その手口によればファロールの次はあるまい。しかも、今、自分の下に<影>の秘術を使うことができる男はいないのだ。隠密の行動はとても出来ない。
「……もう1人の姫をさらえ」
「ファロール様……?」
「さらって、別邸に置いておくよう、アレに伝えろ。その程度ならばお前達にも出来るだろう。リリスには知らせるなよ」
「どうなさるおつもりで?」
「後宮の姫と皇帝の妃、……2人死ぬのならば、誰かが犯人にならねばなるまい」
「ファロール様、まさか……」
「姫が護衛と共に消え、リリスの元を訪ねてきたと言え」
「しかし、別邸には見張りが……」
「その見張りの目をくらませてきたとすれば、より信憑性が増すだろう」
「リリス様は……」
「もう使えぬ。置いておけば混乱させるだけだ。アレに殺らせる」
「……」
「月宮妃とリリスが別邸で死ぬ。月宮妃をさらったのは気が触れたリリスともう一人の姫の共謀。そのもう1人の姫に、リリスと月宮妃を殺らせる筋書きを用意しろ」
「……そう上手くいきますか」
「実際に手を下すのは姫でなくてもかまわん。その場に居て気が触れていればそれでな……。ここまで来てしまっては時間の問題だ。多少手荒なことは仕方があるまい。ことは2、3日中に起こるだろう。タイミングを間違えるなよ」
****
「なるほどな。娘を捨てるか」
紺色の髪、鳶色の瞳の男が、雇い主から遠話を受け取っていた。リューンをさらい、リリスと共に殺せ……と。皮肉なことだが、リューンをさらうという目的は、親子……そして自分と一致したようだ。もっとも、それはもう男にとってはどうでもよい。自分はリューンさえ手に入ればそれでいい。だが、リューンをしつこく追ってこられても鬱陶しい。しばらくの間は、大人しくリューンを別邸に置いておけばよいだろう。混乱が極まったときに……あるいは、リリスを殺したタイミングで連れて行けばいい。
黒衣に身を包んだ、刃物のような男が身を翻した。
数名の兵士を従え、月の宮を襲撃する。この手にあの黒を抱くのはもうすぐだという予感がした。
****
「リューン殿!こちらへ」
月の宮が何者かによって襲撃された。
アルハザードが宮廷を留守にしてから、ちょうど4日目のことだ。リューンはバルバロッサとリューンの部屋で癒しの魔力について話をしていた。バルバロッサは、アルハザードが留守にしている間、このように毎日部屋を訪ねては、長い時間話に付き合ってくれている。
ガタン……と応接室の隣から激しい音が聞こえた。「カイル、ルーク!」入り口に待機していたギルバートが、外の入り口にいる護衛の2人に声を掛ける。すぐにバタンと扉が開いて護衛騎士が駆け込み、同時に隣の部屋からは3人の襲撃者が現れた。リューンは違和感を覚える。バルバロッサ卿と共に居るところを、普通襲撃するだろうか。アルハザードと共に居るときに襲撃するくらいは無謀だ。念のためにリューンは防御魔法を展開した。バルバロッサの邪魔にならないよう、自分を守る程度に強める。
「……どこの手の者か知らんが、怖れを知らぬ者どもよ。私が誰か知ってのことか」
バルバロッサの纏う空気が、静かで重いものになった。剣呑に瞳を細め、真紅の騎士は剣を抜く。それを合図に、室内の敵・味方も一斉に剣を抜いた。
「カイル、ルークは防御を固めろ。ギルバート!」
バルバロッサが騎士たちに指示を出す。カイルとルークがリューンの元に駆けつけようとした。だが、2人の敵に阻まれて剣を合わせる。それを見て、バルバロッサはリューンの身体を押して壁際に下げさせる。リューンは大人しくその手に従って下がった。
1人の敵は明らかにリューンを狙っていたが、バルバロッサにその剣を弾かれる。リューンを守る片方の手を軽く動かすと、一瞬敵の動きが止まり……その一瞬に合わせて相手の剣の柄に刃を滑らせた。金属の擦過音と共に敵の剣を落とし、そのままバルバロッサは一歩踏み込むと、剣を持った手で男のみぞおちに拳を叩き込んだ。敵は身体をくの字に曲げると床に倒れこみ、動かなくなる。
一方、カイルとルークが剣を合わせた2人の敵はギルバートが駆けつけて絶命させた。カイルが剣を合わせている敵の背後から喉に剣を滑らせ、さらにルークの相対している敵の肩口から首筋にかけてを一突きした。一瞬で戦闘が終わったかに、見えた。
「リューン殿!」
バルバロッサ卿の声が聞こえて、リューンが身体を強張らせた。ガシャーン!……窓が割れ、そこから1人の襲撃者が飛び込んできた。その音と突然の出来事に、一歩退いたリューンの身が竦む。敵が飛び掛ると思った、……同時、ドス……!と鈍い音が聞こえて、リューンの眼前に敵が伏した。いつかの中庭での襲撃のように、上から黒い影が落ちてきて襲撃者の背に乗っている。跪くように、片手を倒れた敵の首に突き立てていた。
だが、まだ窓の外に気配が1つ残っている。リューンの傍らの人物は<影>の衣装を着ていた。……すなわち、味方と認めて、バルバロッサはもう1つの気配に一瞬、神経を傾けた。
「……まだ来ます……!リューン様、こちらへ!」
「きゃ……!」
<影>がリューンの手を引いた。バルバロッサとリューンの距離が開く。まだ来る、と言った言葉通り、割れた窓からもう1人の敵が跳躍した。バルバロッサとリューンとの間に割って入る。その声と気配が現れるさま、バルバロッサが剣を翻し一閃、避けられたがすぐさま手をかざした。先ほども敵に対して行った、魔力による拘束だ。一瞬動きが止まったがすぐに抵抗を見せ、魔力の鎖が外れる。だが、出来た隙を見逃すはずも無く横様に蹴りを入れてその身体を飛ばした。すかさずギルバートが倒れた男の顎を蹴り上げて気絶させる。
手を引かれたリューンは黒い衣装の<影>に守るように抱き寄せられ、その腕からフードの中を見上げた。鳶色の瞳が自分を見下ろしていた。
「ナイア?」
「はい」
男は頷いた。……が。
違和感を、感じる。リューンは、癒しの魔力によって一度ナイアを治療したことがある。治療は、魔力によってその人間の身体の構造を探る作業でもあるのだ。かつてナイアを治療したときとは、異なる人間であることを、リューンの魔力は感じていた。
「違うわね、ナイアじゃない。誰」
リューンが声を荒げて手を払った。下がろうとするが、その腰を強引に引き寄せられる。不穏な空気を読み取ったバルバロッサはリューンが「ナイアじゃない」と言った瞬間に魔力による拘束を試みた。だが、
「リューン殿!」
「動くな」
<影>の方が一歩早かった。リューンを抱き寄せ、その喉元に鋭い短剣を突きつけている。
「まずは拘束魔法を解きな」
「バルバロッサ卿」
リューンは首を振る。だが、バルバロッサは拘束魔法を解いた。……どのみち<影>が相手であれば、すぐに抵抗されるだろう。
「最初からそれが目的か」
低い冷たい声でバルバロッサが帝国の<影>に問いかけた。人の多いときを狙った襲撃、それを当然のように助けに来る帝国の隠密。襲撃の直後ならば、<影>にリューンが守られても違和感は無い。しかも、その<影>本人が襲撃者を1人絶命させている。今まではリューンの命を狙っての襲撃が多かった。だが、今回は、襲撃者を全員撃退するのは分かっていたのだろう。バルバロッサがいるならば、なおさらだ。<影>の男がリューンに近づく為に、襲撃者を捨て駒にしたということだ。
目的は。
「大切なお姫様を傷つけたくないだろ」
バルバロッサが剣を持ち替えた瞬間、<影>の持つ短剣がリューンの首筋を押さえた。室内の全員が息を飲み、剣を引く。
一方、喉に冷たい刃の感触を覚えて、リューンの心は奇妙に鎮静する。この人は恐らくリューンを誘拐するつもりだろう。殺すならばいつでも殺せる状況だ。どこに連れて行くのかは分からないが、連れて行った先に、一連の襲撃の目的があるはず。
「バルバロッサ卿、この人は<影>のナイアじゃない」
「……リューン殿!」
「そう伝えてください」
「チッ……、煩いお姫様だ」
リューンがしゃべるたびに喉が動き、刃がその喉に朱を刻んだ。それを見て慌てたように<影>が短剣を喉から離し、その柄でリューンのうなじの少し上辺りを鋭く叩く。リューンの意識が手放され、<影>の手に身体を預けた。男のフードの下から僅かに見える口元が、笑みを履く。<影>はリューンの身体を抱えると、そのままトンと後ろに下がり、窓に手を掛けた。
「……月宮妃は貰い受ける」
「どこへ連れて行く」
「言うと思うか?」
そのまま、ふらりと身体を落すように窓の外へと、リューンを抱えた<影>が……消えた。
****
バルバロッサ卿は取り乱しはしなかったものの、眉間に皺を刻み、その顔には言い表せぬ屈辱と怒りが滲んでいた。ギルバートはリューンをさらわれた展開に呆然としている。……事態から最初に立ち直ったのは、無論バルバロッサである。冷静さを取り戻すとギルバートを振り返った。
「ギルバート。念のために陽王宮を全て封鎖しろ。ルルイエ、ファロールの館に、さらに見張りの強化を連絡。ラーグ関係の教会もだ。ただし、知る人間は最小限に留めろ。陛下には私が連絡する」
「……バルバロッサ様……」
「言うな。行け。必ず取り戻す」
「……はっ」
バルバロッサは瞑目して魔力を集中させた。あれほどの人数が、どのように月の宮に入り込めたのか。あれが<影>だからか。寝室の襲撃以来、<影>の人間が数名で、陽王宮を守っているはず。「ナイアではない」……とリューンは言っていた。あの<影>は、リューンの知っている人物だったのか。……だが、あの<影>は襲撃者の2名を何のためらいも無く殺していた。襲撃者とあの人間は、味方の関係ではないのか。
「アルハザード……」
バルバロッサは遠話の呪文を唱えた。確実に、アルハザードの意識を捉える為に。
****
雨王の神殿の視察を終え、アルハザードはシドと共に用意されている部屋に戻った。
「明日の明朝には出立する。今年の騎士団は、護衛や近衛を希望するものが多いな」
「……リューン様の噂があるからでしょう。護衛や近衛はもはや騎士の憧れです。来年辺りからは女性の騎士を増やす必要もありますな」
「ああ」
リューンの名前に、ふっとアルハザードは瞳を緩めた。まだ4日目だというのに長く離れている心地がした。無事で居るだろうか……一瞬だが、帝都へと思いを馳せる。
そのとき。
「陛下!」
「ヨシュアか」
開いていた扉の前で、一礼して控えた騎士を認めて、アルハザードは続きを促した。
「ラーグの扱う薬品の出入りが知れたようです。帝都から連絡が」
アルハザードとシドが顔を見合わせる。ヨシュアが数枚のメモ書きを持って頷いた。
「作成していたのは『冥王の娼婦』という名の媚薬です。薬品構成は完全に違法ですね」
「出入りしていたのは」
「ファロール侯爵です」
「……リリスか……。どうやって分かった」
「<影>の協力で娼館をあたった所、ファロール侯爵のよく利用する高級娼館の娼婦に、該当の媚薬の痕跡が」
「ほう」
「ファロール侯爵周辺を特に調査しましたら、侯爵に仕えている侍女の姉が、修道女としてラーグ所轄の教会に勤めておりますことが発覚し、時折、妹と面会しておりました」
「証拠は」
「『偶然』その侍女が教会からの帰りに路地で暴漢に絡まれておりましたので、助けて、保護のために騎士団へ」
「出てきたか」
「現在、ファロール侯爵の関係者については尋問が強化されています。荷を改めました」
「……そうか。間違いないな」
「はい」
アルハザードはシドに向かって頷いた。
「シド。ファロール侯爵はお前に任せる。ヨシュア、お前はラーグを抑えろ」
「はっ。リリス姫はいかがされますか」
「まだファロールの元にいるだろう。身柄は確保しろ」
「……今から出ることを許可いただけますか」
「……ああ、俺も共に……」
「陛下?」
アルハザードの眉が歪み、声と身体の動きが止まる。リューンの身体にかけた魔力が僅かに揺るいだ……気がしたのだ。だが、結界は壊れていない。攻撃はされていない……ということだ。アルハザードは魔力を極度に集中させる。……だがいかんせん、雨王の神殿と帝都は離れている。離れていると魔力も届きにくい。
そのとき、バルバロッサの魔力がアルハザードの魔力に横槍を入れた。遠話の魔法だ。「アルハザード……!」自分を呼ぶ声がその魔力に乗って、聞こえてきた。
リューンがさらわれた、という報であった。